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08.会いたくない人
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アルフィンの元を訪れてから五日後。
私は迎えの馬車に乗り、再び王宮を訪れていた。
今日はジェラルド様は外出しており来られずに申し訳ありませんとディオンさんに謝られたけれど…そもそも魔女を迎えに王子が来る事がおかしいからね?
それに前回の事があるから馬車の中に二人きりとか耐えられないし…。
今日はジェラルド様と顔を合わせずに済むかなとホッとしていたのもつかの間———通された王女の部屋で待っていたのは、この王宮で一番会いたくなかった人だった。
「先日は動揺してご挨拶もできなくて…ごめんなさいね」
王女様の隣に座った王妃様はそう言って微笑んだ。
「いえ…」
促されるまま私は椅子へと腰を下ろした。
「あの時はショックだったけれど…シャルロットやジェラルドの話を聞いたらそう悪いお話でもないのかしらと思えてきたわ。お相手の霊獣もシャルロットの事をちゃんと考えてくださっているようだし」
「…そうですね。アルフィンは…ガサツな所もありますが、性格は穏やかで優しい、いい子ですから」
「…いい子?」
私の言葉に王女様が小さく首を傾げた。
あ、つい言ってしまったわ。
「彼が子供の時から知っていますので」
初めて会った時はまだ仔犬みたいに小さくて。ホント可愛かったわ。
今では大きすぎるほど大きくなって、こんな可愛いお嫁さんを貰うようになるなんて…。
ああもう母親の気分だわ。
「魔女様は…随分と長生きされているそうね」
王妃様が言った。
「お若いように見えるのだけれど」
水色の瞳がまるで何かを探るように、じっと私を見つめる。
———どうしよう、まさかもう気付かれたの?
「…三百年近く生きております」
冷静に、ボロを出さないようにしなければ。
顔を見られなければ大丈夫…なはず…
「まあそんなに?」
王女様が驚きの声を上げた。
「あの、アルフィン様は…どれくらい生きているのかしら」
「百年くらいでしょうか。人間でいえばジェラルド殿下より少し上くらいになります」
「…まだ…お若いのね?」
さっと頬が赤く染まる。
すっかり恋する乙女だわあ。
本当に人型の姿をまだ見ていないのかしら。
それとも獣のアルフィンに恋?もしかしてそういう趣味?
「…では、本題に入ってもよろしいですか」
私は紙とペンを取り出した。
嫁入りに関して、まずは王女側の要望を一度全て出してもらう事にした。
それをアルフィンに見せて出来る事、出来ない事を判断してもらい、出来なければ代案を出すなどなるべく王女の希望が叶うように調節するのが私の仕事だ。
…魔女のやる事ではない気もするけれど。
「あの…」
王女様と王妃様の希望を紙に書き出していると、急に王女様が顔を赤くした。
「その……子供部屋って…必要なのかしら」
真っ赤な顔でちらと隣の母親の様子を伺う。
———結構大胆なお姫様ね。
確かに大事な事だけれど。
王妃様は目を丸くしているわ。
「そうですね、あった方がいいですね。幾つ必要でしょうか」
「え、ええと…とりあえず二つ…?」
真っ赤になりながらもしっかり答えるのね。
「ねえ…その…獣なのよね……」
王妃様が動揺しながら口を開いた。
「子供って……」
「…アルフィンは人間の姿になれるのでその辺りは大丈夫です」
うう、何て会話してるんだろう。
「人間の姿?!」
「ジェラルド殿下からお聞きしていませんか」
「聞いていないわそんな事…」
王女様は少し目を潤ませた。
「それで…アルフィン様の人間のお姿って…どういう…」
「背が高くて、格好いいですよ」
「そうなの……」
ますます瞳が潤んでいく。
「…早くお会いしたいわ」
良かった。人間の方がいいみたいね。
でもちょっと期待させ過ぎてしまったかしら。
だけど本当に霊獣にしておくのはもったいないくらい見目はいいからなあ。
一通り王女様達の希望を聞き出して、王妃様にお茶に誘われたのを丁寧にお断りして———人前で飲食はできないと言って、帰ろうと立ち上がった。
「馬車を用意するからもう少しゆっくりしていったら?」
「いえ、転移魔法で帰れますので大丈夫です」
頭を下げ、向かおうとした扉がノックする音が響いた。
「フローラ!良かったまだいたのか」
扉の向こうには二番目に会いたくなかったジェラルド様が笑顔で立っていた。
「……今帰る所です」
「そうか、では送っていこう」
ああ…どうして間に合っちゃうかな。
あと当然のように肩に手を乗せないで。
「フローラ…?」
ジェラルド様に促されるまま出ようとすると後ろから声が聞こえた。
「貴女の名前、フローラというの?」
「母上?」
しまった。
———ああ、どうして正直にこの名前を教えてしまったんだろう。
恐る恐る振り返ると王妃様があの瞳でじっと私を見つめていた。
「はい…失礼いたします」
動揺する素振りを見せないように。
私は深く頭を下げて部屋を出た。
馬車に乗ると当然のようにジェラルド様は私の隣に座り、ドアが閉められると同時に私のフードを外した。
「っジェラルド様!」
「ずっと被っていたら息苦しいだろう」
「慣れています…!」
ヴェールまで外されるのは阻止しようと魔法を使おうとしたが———それより早くジェラルド様が私を抱きしめ頭にキスを落とすので思わず動きが止まってしまった。
抱きしめられたまま、素早くヴェールを外される。
うう…もういや…。
「———本当にフローラは美しいな」
うっとりとした表情でジェラルド様が私を見つめる。
顔で騙されないで!
中身は王子様にはふさわしくないんだからね!
「確かに外に出るときは顔を隠さないとならないな。こんなに美しいものを他の男には見せられない」
あなたにも見せたくないんです。
もう離して…。
「君は本当に何百年も生きているのか?」
ジェラルド様の言葉に思わず身体が強張る。
「この顔も…肌も…まだ十代のようだ」
「…そういう…存在なんです」
「だが他に聞いた事がない。霊獣には見えない」
私だって好きでこうなっている訳ではないんです。
「———私は…呪われているんです」
「呪われて…?」
私を抱きしめるジェラルド様の手がぴくりと震えた。
「呪いのために私は…あの森で何百年も生きて…この先もずっと森で生き続けるんです」
おそらくは、あの森が消えるまで。
それがいつになるかは分からないけれど。
「ですから…ジェラルド様もこれ以上私に関わらないで下さい」
「———その呪いを解く方法は?」
私は首を横に振った。
ジェラルド様の腕に力がこもる。
馬車が着くまで、ジェラルド様は無言で私を抱きしめたままだった。
私は迎えの馬車に乗り、再び王宮を訪れていた。
今日はジェラルド様は外出しており来られずに申し訳ありませんとディオンさんに謝られたけれど…そもそも魔女を迎えに王子が来る事がおかしいからね?
それに前回の事があるから馬車の中に二人きりとか耐えられないし…。
今日はジェラルド様と顔を合わせずに済むかなとホッとしていたのもつかの間———通された王女の部屋で待っていたのは、この王宮で一番会いたくなかった人だった。
「先日は動揺してご挨拶もできなくて…ごめんなさいね」
王女様の隣に座った王妃様はそう言って微笑んだ。
「いえ…」
促されるまま私は椅子へと腰を下ろした。
「あの時はショックだったけれど…シャルロットやジェラルドの話を聞いたらそう悪いお話でもないのかしらと思えてきたわ。お相手の霊獣もシャルロットの事をちゃんと考えてくださっているようだし」
「…そうですね。アルフィンは…ガサツな所もありますが、性格は穏やかで優しい、いい子ですから」
「…いい子?」
私の言葉に王女様が小さく首を傾げた。
あ、つい言ってしまったわ。
「彼が子供の時から知っていますので」
初めて会った時はまだ仔犬みたいに小さくて。ホント可愛かったわ。
今では大きすぎるほど大きくなって、こんな可愛いお嫁さんを貰うようになるなんて…。
ああもう母親の気分だわ。
「魔女様は…随分と長生きされているそうね」
王妃様が言った。
「お若いように見えるのだけれど」
水色の瞳がまるで何かを探るように、じっと私を見つめる。
———どうしよう、まさかもう気付かれたの?
「…三百年近く生きております」
冷静に、ボロを出さないようにしなければ。
顔を見られなければ大丈夫…なはず…
「まあそんなに?」
王女様が驚きの声を上げた。
「あの、アルフィン様は…どれくらい生きているのかしら」
「百年くらいでしょうか。人間でいえばジェラルド殿下より少し上くらいになります」
「…まだ…お若いのね?」
さっと頬が赤く染まる。
すっかり恋する乙女だわあ。
本当に人型の姿をまだ見ていないのかしら。
それとも獣のアルフィンに恋?もしかしてそういう趣味?
「…では、本題に入ってもよろしいですか」
私は紙とペンを取り出した。
嫁入りに関して、まずは王女側の要望を一度全て出してもらう事にした。
それをアルフィンに見せて出来る事、出来ない事を判断してもらい、出来なければ代案を出すなどなるべく王女の希望が叶うように調節するのが私の仕事だ。
…魔女のやる事ではない気もするけれど。
「あの…」
王女様と王妃様の希望を紙に書き出していると、急に王女様が顔を赤くした。
「その……子供部屋って…必要なのかしら」
真っ赤な顔でちらと隣の母親の様子を伺う。
———結構大胆なお姫様ね。
確かに大事な事だけれど。
王妃様は目を丸くしているわ。
「そうですね、あった方がいいですね。幾つ必要でしょうか」
「え、ええと…とりあえず二つ…?」
真っ赤になりながらもしっかり答えるのね。
「ねえ…その…獣なのよね……」
王妃様が動揺しながら口を開いた。
「子供って……」
「…アルフィンは人間の姿になれるのでその辺りは大丈夫です」
うう、何て会話してるんだろう。
「人間の姿?!」
「ジェラルド殿下からお聞きしていませんか」
「聞いていないわそんな事…」
王女様は少し目を潤ませた。
「それで…アルフィン様の人間のお姿って…どういう…」
「背が高くて、格好いいですよ」
「そうなの……」
ますます瞳が潤んでいく。
「…早くお会いしたいわ」
良かった。人間の方がいいみたいね。
でもちょっと期待させ過ぎてしまったかしら。
だけど本当に霊獣にしておくのはもったいないくらい見目はいいからなあ。
一通り王女様達の希望を聞き出して、王妃様にお茶に誘われたのを丁寧にお断りして———人前で飲食はできないと言って、帰ろうと立ち上がった。
「馬車を用意するからもう少しゆっくりしていったら?」
「いえ、転移魔法で帰れますので大丈夫です」
頭を下げ、向かおうとした扉がノックする音が響いた。
「フローラ!良かったまだいたのか」
扉の向こうには二番目に会いたくなかったジェラルド様が笑顔で立っていた。
「……今帰る所です」
「そうか、では送っていこう」
ああ…どうして間に合っちゃうかな。
あと当然のように肩に手を乗せないで。
「フローラ…?」
ジェラルド様に促されるまま出ようとすると後ろから声が聞こえた。
「貴女の名前、フローラというの?」
「母上?」
しまった。
———ああ、どうして正直にこの名前を教えてしまったんだろう。
恐る恐る振り返ると王妃様があの瞳でじっと私を見つめていた。
「はい…失礼いたします」
動揺する素振りを見せないように。
私は深く頭を下げて部屋を出た。
馬車に乗ると当然のようにジェラルド様は私の隣に座り、ドアが閉められると同時に私のフードを外した。
「っジェラルド様!」
「ずっと被っていたら息苦しいだろう」
「慣れています…!」
ヴェールまで外されるのは阻止しようと魔法を使おうとしたが———それより早くジェラルド様が私を抱きしめ頭にキスを落とすので思わず動きが止まってしまった。
抱きしめられたまま、素早くヴェールを外される。
うう…もういや…。
「———本当にフローラは美しいな」
うっとりとした表情でジェラルド様が私を見つめる。
顔で騙されないで!
中身は王子様にはふさわしくないんだからね!
「確かに外に出るときは顔を隠さないとならないな。こんなに美しいものを他の男には見せられない」
あなたにも見せたくないんです。
もう離して…。
「君は本当に何百年も生きているのか?」
ジェラルド様の言葉に思わず身体が強張る。
「この顔も…肌も…まだ十代のようだ」
「…そういう…存在なんです」
「だが他に聞いた事がない。霊獣には見えない」
私だって好きでこうなっている訳ではないんです。
「———私は…呪われているんです」
「呪われて…?」
私を抱きしめるジェラルド様の手がぴくりと震えた。
「呪いのために私は…あの森で何百年も生きて…この先もずっと森で生き続けるんです」
おそらくは、あの森が消えるまで。
それがいつになるかは分からないけれど。
「ですから…ジェラルド様もこれ以上私に関わらないで下さい」
「———その呪いを解く方法は?」
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