呪いを受けて少女は魔女になった

冬野月子

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29.王子対霊獣

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大きなざわめきが起きた。
「今日の主役が来たな」
ラウルの示した先に…陛下に伴われたシャルロットとアルフィンがいた。

アルフィンの腕に手を添えて寄り添うように立つシャルロットは、とても美しかった。
愛する人と一緒にいる幸福感が身体から滲み出ているようだった。
胸元に描かれた異様な印でさえ、彼女の美しさを引き立てていた。

私はそっとギルバート王子の姿を探した。
離れた場所からシャルロット達を見るその視線は———嫉妬と侮蔑と、様々な負の感情が入り混じっていた。

場内は異様な空気に満ちていた。
戸惑いと、不安と、好奇心と…恐怖。
ここにいる人々は皆、シャルロットが霊獣に見初められた事を知っている。
普通の人間は霊獣と接する機会がまずない。
だからどんな異形の相手が出てくるのかと思っていた所に現れたのが自分達と同じ姿をしているのだ。
戸惑いもあるだろう。

陛下とシャルロットは先程私も挨拶させられた侯爵夫妻や、何人かの人達と短い会話を交わしているようだった。
アルフィンは———トラブルの元になるからなるべく喋るなと言い聞かせておいたからか、シャルロットの隣で強い視線を送りながらも黙って立っていた。

(アルフィン…大丈夫?)
(今の所は。しかしこの貴族というのは何を言いたいのか分からんな)
(あー…うん。それは私もよく分からないの)
「フローラ様」
アルフィンと念話で会話しているとラウルが耳元で囁いた。
「あの王子が動いた。俺達も行こう」


「シャルロット」
ギルバート王子はシャルロットの前に立った。
「これが噂の泥棒犬かい?」
蔑むような目でアルフィンを見上げると、シャルロットの美しい眉が不快そうに顰められた。

(フローラ、これは何だ)
(…その人がシャルロットの元婚約者よ)

「———お前がシャルロットが死にたいほど嫌っている男か」
常よりも低い声を発したアルフィンの目が鋭く光った。
…まずい、あれは完全に王子を敵として認識した目だ。

「何だと…」
「お前がいるとシャルロットが苦しむ。出て行け」

「は、獣の分際でこの俺に命令するのか」
王子は腕を組んでアルフィンを睨みつけた。
「大体霊獣と聞いていたがどう見ても人間じゃないか。お前、シャルロットを騙したんじゃないのか」
「…ギルバート様…」
シャルロットの顔が悲しげに曇った。
それを見たアルフィンの白い髪の毛がわずかに逆毛立つ。

次の瞬間———アルフィンの姿は白い獣になった。

あちこちで悲鳴が上がった。
「な…」
王子は驚愕の表情で後ずさった。

アルフィンはシャルロットと王子の間へと歩み出た。
「我が花嫁を穢す者は許さぬ」
後ずさる王子を追うように———ゆっくりと前脚を踏み出す。

「ひ…」
王子が息を飲んだ瞬間、アルフィンが咆哮を上げた。
王子の体が後ろへと吹き飛ばされる。
さらに悲鳴とどよめきが上がる。
「威嚇魔法か」
ラウルが呟いた。

王子は倒れたまま動かなかった。
霊獣が使う威嚇魔法はその名の通り、相手を威嚇する為に使われるが、相手が弱いと効きすぎてしまう。
命が奪われる事はないけれど…。
「ラウル…王子を助けた方がいいかしら」
「え?何で?」
「丸腰の人間にあれは強すぎるわ。多分痺れて数日は動けないと思うの」
あの王子口だけで弱そうだし。
「…仕方ないな」
ラウルと私は王子の元へと向かった。


アルフィンの様子を伺うと、シャルロットの元へ戻りドレスの裾へと身体をすり寄せていた。
「…アルフィン様……」
目を潤ませたシャルロットは膝を折り、身を屈めてアルフィンの頭を撫でるとそっと額に口付けを落とした。

それはまるで絵画のように美しい光景だった。
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