悪役令嬢は国一番の娼婦を目指したい

冬野月子

文字の大きさ
5 / 14

05

イザベラを乗せた馬車が着いたのは、王都一の繁華街の一角にある瀟洒な建物だった。

「ここは娼館組合です」
建物の裏口へ馬車を停め、降りようとしたイザベラに手を差し伸べながらニールは言った。
「…娼館に入る女性はまずここに来るそうです」

「そうなの…立派な建物ね」
王都にある娼館は、全てここで管理されていると聞いていた。
性産業が儲かるのはこの国でも同じなのだろう、イザベラが知る商業用の建物の中でも特に立派なものに見えた。



「ようこそ、お待ちしておりました」
立派な身なりの中年の男性が出迎えた。
「組合長を務めます、シリル・トルーマンと申します」

「組合長様自らありがとうございます」
「いえ、まさかイザベラ様のような方にお越し頂けるとは思いませんでしたから」
笑顔でそう答えると、シリルはニールを見た。

「お見送りはこちらまでで結構です」
「しかし…」
「オルブライト侯爵に、〝お嬢様は蘭の花になる〟と伝えていただけますか」

「蘭の花?」
「そう伝えていただければ分かりますから」
どこか威圧のある笑顔でシリルは言った。


「……それではイザベラ様…」
「ありがとうございました、ニール様」
名残惜しげにニールは去って行った。



「では参りましょうか」
シリルはイザベラを振り返った。
「はい…あの、蘭の花とはどういう意味でしょう」

「それについては移動しながら説明いたしましょう。イザベラ様はこの王都の娼館が三種類に分かれているのをご存知ですか?」
「はい…聞いた事はあります。上級・中級・下級ですよね」
下級娼館は手頃な値段で、お金さえ出せば誰でも女性が買える所だ。
中級娼館は値段が高いがその分女性や接客の質も良い、平民にとって憧れの場所。
そして上級娼館は貴族や一部の裕福な平民のみを相手にする場所だ。

「上級娼館の中でも特に格の高い、三軒の娼館には花の名前がつけられています」
長い廊下を歩きながらトルーマンは言った。
「オーキッド、ローズ、リリー。イザベラ様にはその中の一つ、オーキッドハウスに入って頂きたいのです」
「…もう行く場所が決まっていたのですか」
昨夜、父親が手紙を出すと言っていたからだろうか。



「こちらです」
案内された部屋には一人の男性が待っていた。

「彼はハロルド・ターナー。オーキッドハウスの館主です」
「初めまして。ハロルドとお呼び下さい」
穏やかな紳士といった雰囲気のハロルドは、そう言って手を差し出した。

「いきなりで失礼ですがイザベラ様。シヴォリ語は話せますか?」
「え?ええ…」
唐突な質問に、戸惑いながらイザベラは頷いた。

「どれくらいですか?」
「…一応外交をこなせる程度には…」


「おお、素晴らしい!」
「助かった…!」
突然喜びの声を上げた男性二人に、イザベラは目を丸くした。


「あの…?」
「我々、困っていたのです」
戸惑うイザベラにシリルは期待の眼差しを向けた。

「オーキッドハウスは接待が一番重要な仕事。他国の賓客をもてなす事もあるのですが、シヴォリ語を話せる女性がいなくて…」
「———そういえば…今度シヴォリ王国からの使者が来ると聞きましたわ」
そう言ってイザベラは首を捻った。
「つまり…シヴォリからのお客様をもてなすのが私の仕事と?」

「ええ。さすがイザベラ様、話が早いです」
「他の国の言葉ならまだ話せる者もいるのですが…」
「シヴォリ王国は最近交流が始まったばかりですものね」


南方にあるシヴォリ王国は、これまで距離があった事もあり直接的な交流はほとんどなかった。
だがここ数年、彼の国で採れるスパイスの需要が国内で高まり、これまで高い手数料を払って別の国経由で手に入れていたのを直接取引しようという事になったのだ。
その為国を挙げて外交に取り組んでおり、今回の来国も相当気を遣っていると聞いていた。
そして今後重要な貿易国となるという事で、イザベラもシヴォリ語を学んでいたのだ。

そんな話をイザベラがすると、男性二人は大きく頷いた。

「さすがイザベラ様…外交事情にも詳しいとは」
「その賓客をもてなす場の一つとして当ハウスも選ばれたのですが…。流石にシヴォリ王国の客というのは初めてでして」

接待するには相手の事を知らなければならない。
だが、シヴォリ王国の事を知る者は娼館関係者ではまずいない。
接待は国からの依頼なので王宮に協力を求めたのだが、王宮でも準備に忙しく人を回せないという。
せめて少しでもシヴォリ語を教えて欲しいと言ったのだが、王宮でも話せる者はまだ少ないからと断られてしまったのだ。

困っていた所にイザベラが娼館に来るという情報がもたらされた。
第一王子の婚約者ならばシヴォリ語を話せるかもしれない。
そう期待をしながらイザベラが来るのを待っていたのだ。


「本当に助かりました!是非他の接待役にもシヴォリ語を教えていただきたいのです」
「それからシヴォリ王国についてイザベラ様の知っている事も…!」


「それはもちろん…私でよろしければ…」

———なんか…想像していたのと違う。

雇われる側のはずなのに、何故雇用主に頭を下げられるのか。

(それに接待がメインって…娼婦というよりホステス…?)


男性達に期待の目で見つめられ、イザベラはどこか釈然としないものを感じていた。

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

【完結】男運ゼロの転生モブ令嬢、たまたま指輪を拾ったらヒロインを押しのけて花嫁に選ばれてしまいました

Rohdea
恋愛
──たまたま落ちていた指輪を拾っただけなのに! かつて婚約破棄された過去やその後の縁談もことごとく上手くいかない事などから、 男運が無い伯爵令嬢のアイリーン。 痺れを切らした父親に自力で婚約者を見つけろと言われるも、なかなか上手くいかない日々を送っていた。 そんなある日、特殊な方法で嫡男の花嫁選びをするというアディルティス侯爵家のパーティーに参加したアイリーンは、そのパーティーで落ちていた指輪を拾う。 「見つけた! 僕の花嫁!」 「僕の運命の人はあなただ!」 ──その指輪こそがアディルティス侯爵家の嫡男、ヴィンセントの花嫁を選ぶ指輪だった。 こうして、落ちていた指輪を拾っただけなのに運命の人……花嫁に選ばれてしまったアイリーン。 すっかりアイリーンの生活は一変する。 しかし、運命は複雑。 ある日、アイリーンは自身の前世の記憶を思い出してしまう。 ここは小説の世界。自分は名も無きモブ。 そして、本来この指輪を拾いヴィンセントの“運命の人”になる相手…… 本当の花嫁となるべき小説の世界のヒロインが別にいる事を─── ※2021.12.18 小説のヒロインが出てきたのでタグ追加しました(念の為)

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました

ミズメ
恋愛
 感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。  これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。  とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?  重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。 ○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます

転生令嬢、シスコンになる ~お姉様を悪役令嬢になんかさせません!~

浅海 景
恋愛
物心ついた時から前世の記憶を持つ平民の子供、アネットは平凡な生活を送っていた。だが侯爵家に引き取られ母親違いの姉クロエと出会いアネットの人生は一変する。 (え、天使?!妖精?!もしかしてこの超絶美少女が私のお姉様に?!) その容姿や雰囲気にクロエを「推し」認定したアネットは、クロエの冷たい態度も意に介さず推しへの好意を隠さない。やがてクロエの背景を知ったアネットは、悪役令嬢のような振る舞いのクロエを素敵な令嬢として育て上げようとアネットは心に誓う。 お姉様至上主義の転生令嬢、そんな妹に絆されたクーデレ完璧令嬢の成長物語。 恋愛要素は後半あたりから出てきます。

【完結】貧乏子爵令嬢は、王子のフェロモンに靡かない。

櫻野くるみ
恋愛
王太子フェルゼンは悩んでいた。 生まれつきのフェロモンと美しい容姿のせいで、みんな失神してしまうのだ。 このままでは結婚相手など見つかるはずもないと落ち込み、なかば諦めかけていたところ、自分のフェロモンが全く効かない令嬢に出会う。 運命の相手だと執着する王子と、社交界に興味の無い、フェロモンに鈍感な貧乏子爵令嬢の恋のお話です。 ゆるい話ですので、軽い気持ちでお読み下さいませ。

婚約破棄された「無能」聖女、拾った子犬が伝説の神獣だったので、辺境で極上もふもふライフを満喫します。~捨てた国が滅びそう?知りません~

ソラ
ファンタジー
「エリアナ、貴様との婚約を破棄し、この国から追放する!」 聖女としての魔力を使い果たし、無能と蔑まれた公爵令嬢エリアナ。 妹に婚約者を奪われ、身一つで北の最果て、凍てつく「死の森」へと捨てられる。 寒さに震え死を覚悟した彼女が出会ったのは、雪に埋もれていた一匹の小さなしっぽ。 「……ひとりぼっちなの? 大丈夫、私が温めてあげるわ」 最後の手向けに、残されたわずかな浄化の力を注いだエリアナ。 だが、その子犬の正体は――数千年の眠りから目覚めた、世界を滅ぼす伝説の神獣『フェンリル』だった! ヒロインの淹れるお茶に癒やされ、ヒロインのブラッシングにうっとり。 最強の神獣は、彼女を守るためだけに辺境を「極上の聖域」へと作り替えていく。 一方、本物の聖女(結界維持役)を失った王国では、災厄が次々と降り注ぎ、崩壊の危機を迎えていた。 今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくる王子たち。 けれど、エリアナの膝の上には、甘えん坊の神獣様(執着心MAX)が陣取っていて――。 「聖女の仕事? いえ、今は神獣様とのお昼寝の方が忙しいので」 無自覚チートな聖女と、彼女にだけはデレデレな神獣様による、逆転溺愛スローライフが幕を開ける!

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。