異世界転移したと思ったら、実は乙女ゲームの住人でした

冬野月子

文字の大きさ
24 / 62
第3章 惹かれる心

07

しおりを挟む
「とても美味しかったです」
食堂から出て、ロゼはヴァイスを見上げた。
クレープも、ヴァイスが初めて女性を連れて来た記念だと女将が出してくれたデザートのタルトケーキも、日本を思い出させるだけでなく味も美味しかった。

「口に合って良かった」
ロゼに笑みを向けるとヴァイスは手を差し出した。
「少し歩こうか」
「はい」
先刻よりも自然に手を重ねると二人は歩き出した。



第二騎士団は、王都の警備を主な仕事としている。
団長であるヴァイスが見回りに出る事はないが、いざという時のために定期的に街を回り道の変化や治安状況などを確認しているという。
そのためか街の人々にヴァイスの顔は知られているらしく、その騎士団長が女性と手を繋いで歩いている姿に皆一様に驚きを見せていた。

当のヴァイスは人々の視線を気にすることなく、歩きながらロゼに王都の名物や、店頭に並ぶ商品を指しながらこの時期に採れるものなどの説明をしていた。
自分が注目される事が苦手なロゼだったが、繋がれた手の温かさのお陰か———こちらへ向けられる視線が好意的なものが多いからか、そう緊張する事はなかった。


工芸品などが並ぶ通りの、ある店の前でヴァイスは足を止めた。
「ここに入ろう」
「はい…」
カラン、と鈴の音を立ててドアを開ける。

小さな店内の、陳列棚の上には様々な装飾品が並べられていた。
「これは団長様。お待ちしておりました」
店の奥から店主らしき男性が出てきた。
「急な依頼で悪いな」
「いえいえ。こちらのお嬢様ですか」
ヴァイスに頭を下げていた店主はロゼを見た。
「どうぞこちらへ」
店主に促され、ヴァイスはそっとロゼの背中に手を添えると奥へ入るよう力を込めた。
「あの…?」
「花は枯れてしまうからね。次は枯れないものを贈らせて欲しい」
見上げたロゼにそう言ってヴァイスは微笑んだ。



店の奥は応接室になっており、二人はソファに並んで腰を下ろした。
「この店は完成したものも売っているが、好きな石を組み合わせて作るのが人気らしい」
…セミオーダーみたいなものだろうか。
ヴァイスの説明を聞いてロゼは思った。

「お待たせいたしました」
店主がいくつかの箱を持ってきた。
箱の一つを開けると、中には様々な大きさのカットされた紫色の石が入っていた。
「店にある紫水晶の中で良いものを揃えました」
「…色の濃さも様々なんだな」
興味深そうに箱を覗き込んで、ヴァイスは顔を上げた。
「毎日つけるとしたらどういうものがいいのだろうか」
「そうですね…ネックレスやイヤリングはドレスに合わせて毎日変えるでしょうから」
店主はロゼを見ながら言った。
今はお忍び用の商家の娘スタイルの服を着ており装飾品は着けていなかったが、職業柄なのか、あるいは髪色からか、ロゼの素性は分かっているのだろう。
「指輪などいかがでしょう。重ねて着けることもできますし」
「そうか。それでいい?ロゼ」
「あ…はい」
「ではこちらからお好きな形をお選び下さい」
店主は箱の一つを二人の前に置いた。

「せっかくですから、お嬢様の瞳と同じ色の石もお持ちしましょうか」
「あるのか?」
「はい、どうぞごゆっくりお選び下さい」
そう言って店主は出て行った。


「わあ…」
箱の中を見てロゼは思わず声を上げた。
中には指輪の空枠がずらりと並んでいた。
シンプルなものから、ダイヤが入ったもの、繊細で緻密な細工が施されているものなど様々なデザインのものがある。
手芸好きでアクセサリー作りにも手を出していたロゼとしては、完成品よりも心が躍るものだった。

「気に入ったものがあれば幾つでも選んでいいから」
目の前の箱の中に夢中になっているロゼを見つめながらヴァイスは言った。
「…いえ、幾つもはいらないです…」
「そうか?とても楽しそうに見ているが」
ヴァイスの言葉にロゼの頬が赤く染まった。
「…こういうのを見るのが好きなんです」
「見るのが?身につけるのではなくて?」
「…作る方に興味があるんです」

「そういえば見事な刺繍だったな」
ヴァイスは微笑んだ。
「ここは上の階に工房があるというから、後で見せてもらおうか」
「出来るんですか?」
「頼んでみよう」
ぱあっと目を輝かせたロゼの頭を撫でると、ヴァイスは頭を包み込むように腕を回しその身体を抱き寄せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】教会で暮らす事になった伯爵令嬢は思いのほか長く滞在するが、幸せを掴みました。

まりぃべる
恋愛
ルクレツィア=コラユータは、伯爵家の一人娘。七歳の時に母にお使いを頼まれて王都の町はずれの教会を訪れ、そのままそこで育った。 理由は、お家騒動のための避難措置である。 八年が経ち、まもなく成人するルクレツィアは運命の岐路に立たされる。 ★違う作品「手の届かない桃色の果実と言われた少女は、廃れた場所を住処とさせられました」での登場人物が出てきます。が、それを読んでいなくても分かる話となっています。 ☆まりぃべるの世界観です。現実世界とは似ていても、違うところが多々あります。 ☆現実世界にも似たような名前や地域名がありますが、全く関係ありません。 ☆植物の効能など、現実世界とは近いけれども異なる場合がありますがまりぃべるの世界観ですので、そこのところご理解いただいた上で読んでいただけると幸いです。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

【完結】転生白豚令嬢☆前世を思い出したので、ブラコンではいられません!

白雨 音
恋愛
エリザ=デュランド伯爵令嬢は、学院入学時に転倒し、頭を打った事で前世を思い出し、 《ここ》が嘗て好きだった小説の世界と似ている事に気付いた。 しかも自分は、義兄への恋を拗らせ、ヒロインを貶める為に悪役令嬢に加担した挙句、 義兄と無理心中バッドエンドを迎えるモブ令嬢だった! バッドエンドを回避する為、義兄への恋心は捨て去る事にし、 前世の推しである悪役令嬢の弟エミリアンに狙いを定めるも、義兄は気に入らない様で…??  異世界転生:恋愛 ※魔法無し  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。 ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。 ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。 竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。 *魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。 *お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。 *本編は完結しています。  番外編は不定期になります。  次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。

腹ペコ令嬢は満腹をご所望です【連載版】

古森きり
恋愛
前世は少食だったクリスティア。 今世も侯爵家の令嬢として、父に「王子の婚約者になり、次期王の子を産むように!」と日々言いつけられ心労から拒食気味の虚弱体質に! しかし、十歳のお茶会で王子ミリアム、王妃エリザベスと出会い、『ガリガリ令嬢』から『偏食令嬢』にジョブチェンジ!? 仮婚約者のアーク王子にも溺愛された結果……順調に餌付けされ、ついに『腹ペコ令嬢』に進化する! 今日もクリスティアのお腹は、減っております! ※pixiv異世界転生転移コンテスト用に書いた短編の連載版です。 ※ノベルアップ+さんに書き溜め読み直しナッシング先行公開しました。 改稿版はアルファポリス先行公開(ぶっちゃけ改稿版も早くどっかに公開したい欲求というものがありまして!) カクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェ、ツギクル(外部URL登録)にも後々掲載予定です(掲載文字数調整のため準備中。落ち着いて調整したいので待ってて欲しい……)

処理中です...