風の精霊の愛し子は王子に見染められ人の心を知る

冬野月子

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風の章

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明るい日差しが差し込む森の中をしばらく進むと、ふいに開けた場所に出た。

「この先が精霊の領域です」
先を歩いていたガーランド伯爵が立ち止まり、一行を振り返った。

「ここが…」

「殿下。落ち着いて下さいね。アリア様の事になると暴走しやすいんですから」
「…分かっている」
ブライアンの言葉に眉をひそめて答えると、ルキウスは前方を見た。
柔らかな草の合間に小さな花々が咲き乱れる草地の、その先に広がる森は今まで歩いてきた森とは明らかに異なる雰囲気を漂わせていた。


ふいに強い風が吹き抜けると、長い金色の髪に金色の瞳の青年が森の入り口に立っていた。

『アリア、お帰り』
風の精霊シルフはアリアに向かって手を差し出した。

「ただいまシルフ」
シルフへと歩み寄り、差し出された手をアリアが取るとシルフはその身体を抱き寄せた。
『すっかり人間の匂いがついてしまったね』
アリアの髪に顔を埋めるように鼻先を擦り付けるとシルフはルキウスを見た。

『君が王子か』
金色の瞳が鋭く光った。
「ルキウス・ローランド・ルースウッドだ」
『ローランド…ふうん、まだ続いていたんだ』
視線をルキウスの背後のサラマンダーへ送る。
『君も飽きないね、何百年も前に死んだ人間との約束をまだ守ってるんだ』
『まあな』
『何でそんなに人間がいいんだか』
ふっと息を吐くとシルフはアリアの顔を覗き込んだ。

『アリア。森へ帰っておいで』

「…ごめんなさいシルフ。私は…」
『人間の世界なんて面倒だろう。まして王妃なんてさ』
シルフは愛おしそうにアリアを抱きしめた。
『前みたいにふたりで森で暮らそうよ』

「アリアは…」
『君はアリアの何を知っている?』
口を開きかけたルキウスをシルフは睨みつけた。
『アリアと知り合ったのはたった数ヶ月前だろう』

「時間なんか関係ない」
シルフの視線を受け止めながらルキウスは言った。
「アリアは私の唯一の女性だ。アリアを返してくれないか」
『返す?アリアは僕のものだよ。僕がずっと…』
「シルフ」
アリアはシルフの腕を掴んだ。

「———ごめんなさいシルフ。あなたにはとても感謝しているわ。でも私は…森には帰らない」
『僕は嫌なの?』
「そうじゃないの」

『子供はいつか親から巣立つものだ』
サラマンダーが口を開いた。
『愛し子も同じだ。いつまでもお前の元にいるわけではない』

シルフの視線がアリアからサラマンダー、そしてルキウスへと動いた。
強い光を湛えるその瞳からは何の感情も読み取れなかった。


『君にアリアを護れるのか?』
「護る。約束する」
『寿命も力も少ない人間の君に?』
「…確かに私は精霊に比べれば弱い生き物だ。けれど心なら何者にも負けない。必ずアリアを幸せにする」

ざわ、と森が風で揺れた。

『アリアはね、僕が大事に育てて来たんだよ』
すっと金色の瞳が細められた。
『そのアリアをただ渡すのは癪に触るよね』

次の瞬間、アリアの身体が強い光に包まれるとその姿が消えた。

「アリア!」
『アリアは森の中だよ。そんなに欲しいなら見つけてごらん』
シルフは口角を上げた。

『祭が始まるまでにアリアを見つける事が出来たらアリアは君に託そう。だけど見つけられなかった時は、アリアは二度と君達人間には渡さない』
「何だと…」
『探すのは王子一人だ。他の人間が森に入るのは許さない。サラマンダー、君もだよ』
そう言い残すと強い風とともにシルフの姿はかき消えた。
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