花還らず

シーア

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花嫁の間

第三話 声のない再会

翌朝、香蓮は夢の中にいたような気分で目を覚ました。
昨夜の鈴の音は夢だったのか、それとも――
と、しばらく布団の中で呼吸を整える。

香の匂いまだ漂っていた。
香炉の火は消えているのに、どこかから、ずっと焚かれているような甘い香りがする。
鼻腔の奥が痺れるようで、気付けば少し涙が滲んでいた。

身支度を整え、廊下に出ると、薄紅色の袴をつけた女官たちが無言で往来していた。
誰もが視線を合わせない。まるで最初から感情を持たない人形のようだった。

――けれど、その中に、見覚えのある後ろ姿があった。

「……茜《あかね》?」

思わず声をかける。
香蓮の声に、その背がわずかに揺れた。
ゆっくと振り返ったその女官は、確かに香蓮の幼馴染、茜だった。

けれど――どこか、違う。

目が合った瞬間、香蓮の中を冷たいものが走った。
その瞳はまるで水の底のように濁っていて、何かを見ているようで、何も見てはいなかった。

「茜……私、香蓮よ。覚えてる?」

茜は一歩だけ近づいた。
けれど言葉は返ってこない。
香蓮が戸惑いながらもう一歩踏み出そうとすると、茜は急に口元に人差し指を当てた。

“しずかに”

――言葉ではなく、仕草だけ。
その指は微かに震えていた。
唇の端が引きつって、無理矢理笑おうとしているように見えた。

そして茜は、なにも言わずに振り返り、歩き去っていった。
その背中が角を曲がる寸前、香蓮には見えた気がした。

――茜の首筋、うなじのあたりに、小さな赤い“花”の痕のようなものが浮かんでいた。

それはまるで、肌の下から咲き始めた小さな呪いの花。
この後宮に咲く者は、誰も、声を持たないのだろうか。

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