永遠への階~オルセレイド王国物語~

弥生

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第8話 自覚なし

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「まあ、そうなのですか!おめでとうございます!」

 驚きに固まってしまったシルフィアとは対照的に、店員は表情を和らげて、ぱあっと笑顔になった。
 シルフィアの肩に手を置いたまま、アークレイはシルフィアを見下ろしてにっこりと笑う。

「ありがとう。まだ正式に婚姻を結んでいないので、何と答えればよいか迷ったようだ」

「では、こちらのお綺麗な方はご婚約者様でございますか?」

「ああ、そうなるな。今日は俺の母にこの人を紹介することになっているんだ。だから、母が好きなこの店の焼き菓子を土産にしようと思って」

「まあ!そのような素敵な事に当店を選んでいただき、誠にありがとうございます」

 頭を下げて喜ぶ店員に、アークレイは笑顔のまま大きく頷き返す。

「それですまないが、そちらの菓子と、これと・・・あといくつか見繕って詰めてもらえるか?200ディナールほどで」

「はい!かしこまりました!では、用意いたしますので、どうぞこちらでお掛けになってお待ちください!」

 2人が案内されたのは、通りに面した日当たりのよいテーブルだった。
 淡い緑色に塗られた木のテーブルに、清潔そうな真っ白のクロスがかけられ、その中央には黄や白の花が差された小さな硝子の花瓶が飾られている。
 そのテーブルに向かい合わせに席に着くなり、先ほどとは別の店員が来て、紅茶が注がれたカップと焼き菓子が入った篭を目の前に置いた。

「これは?頼んでいないが・・・」

 アークレイも流石に驚いたらしく、テーブルの上を指差して見上げれば、店員は2人を交互に見てにっこりと笑った。

「来月ご結婚なさるとお伺いいたしました」

「ああ、そうだが?」

「おめでとうございます。当店からのささやかなお祝いでございます。どうぞお召し上がりくださいませ」

「ほう・・・それはそれは。心遣い感謝する。では、遠慮なくいただこう」

「はい。では、ごゆっくり」

 店員が席から離れると、アークレイは嵌めていた右手の革手袋をはずし、篭に入っていた焼き菓子を指でつまみ口に入れようとした。
 ふと視線を上げれば、目の前に座っているシルフィアは、じーっとテーブルに視線を落としている。

「どうされた?店側からの心遣いだ。戴くといい。うむ、美味いぞ」

 俯いたまま微動だにしなかったシルフィアが、ようやくゆっくりと顔を上げた。
 その表情は、困惑と戸惑いに満ちている。
 そんなシルフィアの思いをすぐに察したのか、アークレイは苦笑して肩を竦める。

「先ほどのことか?間違ったことは言っていないだろう?」

「で、ですが・・・・・・」

「貴方は来月、俺の妃となるのだから。間違っているか?」

「それは、間違っておりません・・・ですが・・・・・」

 シルフィアがアークレイの妃になる、ということは理解している。
 揺れ動く碧玉の瞳から、戸惑いの原因はどうやら他にあるようだ。

「何を気にされているのだ?」

 シルフィアはアークレイに視線を向けるが、すぐに横に反らし、そして再び下を見て俯いてしまう。

「お店の方々・・・私のことを女性と思われてますよね?」

 アークレイは焼き菓子を口に入れたまま目を見開き、そして肩を揺らし、「ふっ」と口に手を当てて笑った。
 それを感じ取ったシルフィアは顔を上げて、アークレイを真っ直ぐに睨んでくる。
 だがそれも、迫力のあるものではない。

「わっ、笑うところではございませんっ」

「ああ、すまぬ。気にされていたのはそこなのか。気にすることなどないのに」

「気にいたします。私は女性ではないのですから」

 むうっとまるで子供のように眉を顰める表情が新鮮で、思わずアークレイは笑ってしまう。
 シルフィアと出会ってまだ1ヶ月も経っていないし、直接会って話す機会もあまりないため、未だよく性格が掴めていないところはある。
 見た目同様、普段は穏やかでおっとりとした雰囲気なのだが、案外、喜怒哀楽をはっきりと顔に出してしまう性格なのかもしれない。

「今まで女性に間違われたことはなかったのか?」

「・・・・・・・」

 うっと黙って目を伏せてしまったシルフィアに、『あったのだな』と確信する。
 そもそもシルフィアのこの容姿で、初対面の人間がすぐに男性だと見抜く者などまずいないだろう。
 アークレイとて、シルフィアが王子だという情報があったにも関わらず、謁見の間で初めて会ったとき、『王女の間違いではないだろうな』と一瞬疑ってしまった程だ。

「フードも被っておりますので、顔もあまり見えないはずなのですが・・・あ、それともフードを外せばよろしいのでしょうか?」

「っと、それは駄目だ」

 若草色のコートのフードに手をかけようとしたシルフィアに、慌てて左手を伸ばして右手首を掴んだ。

「すまないが・・・フードは決して外さないでくれないか?」

「?・・・・・・はい」

 首を傾げて疑問に感じながらも、シルフィアもあえてそれ以上理由を聞こうとは思わなかったようだ。

「ですが、何故、私は女性に間違われるのでしょう・・・・・・」

「ん?」

「センシシアでもよく間違われていました。女性の衣服を纏っているわけでもないのですが、何故かいつも女性だと思われるようで・・・そういえば、ナレオ様からも間違われました。子供にまで間違われるなど・・・・・・」

 王宮の庭でナレオと会ったときのことを思い出したのだろう、シルフィアはがっくりと肩を落としてため息をついた。
 だが、子供だからこそ率直なのだ。
 見たまま感じたまま、ナレオは答えただけだ。

「いや、まあ・・・貴方のそのご容姿であれば仕方がないのではなかろうか」

「・・・何故ですか?」

 きょとんと大きな瞳を更に大きくし、首を傾げ、不思議そうな表情でアークレイを見上げてくる。

「何故って・・・」

 今度はアークレイのほうが首を傾げ、苦笑する。

「私の容姿が何か関係しているのでしょうか」

「もちろんだ。当然だろう?」

「?」

「それほど不思議なことではないだろう。貴方は綺麗なのだから」

「・・・え?」

「え?って・・・いや、皆、そう思っているぞ?」

「そ、そんな!わ、私はべつに、普通です!」

「普通って・・・・・・」

 頬を染め、慌てて両手を振ったシルフィアの表情から、冗談を言っているようには見えなかった。
 だが、『普通』などではないだろう。
 もしやシルフィアは、自分の容姿というものを全くといっていいほどわかっていないのだろうか。
 センシシア王国の王族たちは、シェラサルトの民の血を色濃く受け継くため、皆、美形ばかりだという。
 その中でもシルフィアは突出した美貌の持ち主だというが、確かにそのような環境の中で育てば、自分の容貌が特別なものだとは思わないのかもしれない。

 女性のように化粧など全くしていないにもかかわらず、まるで白粉を塗ったかのように白い肌。
 頬紅を塗ったかのようにうっすらと薄紅色に染まる頬。
 細い、綺麗に弧を描く白金の眉。
 癖の無い白金の睫。
 ふっくらとした淡い朱色の唇。
 すっきりとした鼻梁と顎の線が僅かに男性らしさを漂わせるが、女性的な顔立ちとの微妙な均衡が、より一層シルフィアの美しさを際立たせているようだ。
 これでは女性だと間違われても仕方が無い。

「まあ、男性なのに女性に間違われるのは大変気の毒だとは思うが、折角の店側からの心遣いだ。遠慮せずにいただこう」

「・・・はい」

 何故女性に間違われてしまうのか。
 アークレイはその理由をわかっているようなのだが、シルフィアはまだ理由がわからずに困惑を隠せなかった。
 だが、促されるように篭の中の菓子に手を伸ばして口の中に入れれば、ふわりと甘酸っぱい柑橘の香りと、僅かに甘いクリームが蕩けるように口の中に広がっていく。

「わ・・・美味しいですね」

「ああ。焼きたてだからな、格別だ」

 顔を上げればアークレイと視線がぶつかり、ふっと柔らかな笑みが返ってきた。
 何故だかその笑みを見ると、先ほどまでの陰鬱とした気持ちが抜け落ちていくかのようだった。

「ねえ。あの方、素敵じゃない?」

「ほんと!素敵な方ね」

 ふと、どこか上擦った囁き声とともに、シルフィアは自身の背中に何やら熱い視線を感じた。
 振り返ると、それは店内にいる何人もの女性たちが、チラチラとアークレイに送っている熱い視線だった。
 その理由に気づいたシルフィアは、フードに隠れた顔に思わず笑みを浮べた。
 仕方がない。
 アークレイは同じ男であるシルフィアから見ても、大変魅力的な男性なのだ。
 端正で精悍な凛々しい顔立ち。
 どこからどう見ても男性的なのだが、アークレイの方こそ綺麗な容姿だと思う。
 軽装であってもどこか高貴な気を纏うアークレイは、人の上に立つべくして生まれた、孤高の獅子のような雰囲気を醸し出している。
 女性の目からみて、アークレイが魅力的に映らないわけがない。

「シルフィア殿?何か?」

 シルフィアの様子に気づいたアークレイが、怪訝そうな視線で見下ろしてくる。

「いえ・・・なんでもありません」

 これほどたくさんの視線に囲まれても、全く気にしている様子もないアークレイ。
 普段から見られることに慣れているからだろうか。

「お客様、お待たせいたしました!」

 店員の元気な声にアークレイが振り返る。

「おっと。すまない、勘定を済ませてくる」

「貨幣をお持ちなのですか?」

 国王が貨幣を持ち歩くなど聞いたことがない。
 だが、アークレイは上着の内側から革の巾着袋を取り出した。
 その袋の中からジャラッと貨幣らしき音がする。

「ああ。外出するときは貨幣を持ち歩けとシメオンから口うるさく言われていてな。俺が民と同じ経済観念をもたずして国を治められるかと」

「ああ、シメオン様らしいですね」

 シメオンの秀麗な美貌を思い出してシルフィアは思わず笑ってしまった。
 国王であるアークレイに対して、物怖じせずに物を言える数少ない人物だ。

「では、少し待っていてくれ」

「はい」

 店員のほうへと行ってしまったアークレイの背を暫し追っていたのだが。

「あの・・・・・・」

 ふと、声をかけられてシルフィアは振り返った。
 そこに立っていたのは4人の女性たち。
 見た感じで10代後半から20代前半くらいと年齢的にバラバラだったが、質の良い衣服や立ち居振舞いから、どこかの貴族の令嬢たちと思われる。

「はい?なにか?」

 立ち上がり振り返ったシルフィアの、若草色のフードの下に隠れていた顔に、女性たちは息をのんで顔を見合わせた。

「どうかなさいましたか?」

「あ、あの・・・貴方と先ほど一緒にいらっしゃった方は、どちらかのお貴族様ですの?」

 どうやらアークレイのことらしい。
 先ほどからアークレイに熱い視線を送っていた女性たちの中から、勇気ある女性たちが声をかけてきたようだ。

「ええ・・・貴族のようなもの・・・でしょうか」

 貴族ではないが、一応それに近い。
 曖昧に答えることしかできなかった。

「よろしければあの方のお名前を教えていただけませんか?」

「名前ですか?」

 女性たちの直球とも言える問いに思わず瞳を瞬かせる。
 だが、それに正直に答えてしまっては、アークレイが国王であることがすぐにわかってしまうだろう。
 どう答えるべきか悩んで出した答えは、この女性たちにアークレイのことを諦めてもらうことだ。

「あの方は妻帯者ですよ?」

 穏やかな笑みを浮べて女性たちに返すが、10代で結婚することも珍しくない貴族たちにはあまり有効ではなかたようだ。

「では、貴方が奥方様ですの?」

 先ほどの店員と同じことを聞かれ、シルフィアは答えに窮してしまう。
 アークレイは「今はまだだが、来月結婚する」と店員に言っていた。
 しかしシルフィアにはそこまで言い切る勇気はなかった。
 確かにアークレイの正妃になるが、自分は男なのだし、戸籍上は『妻』ではなく『弟』になるのだから。
 それに、この女性たちからも、どうやら女性と間違われているようだ。
 まずはその間違いを訂正したかった。

「いえ、私は男ですよ?」

「お・・・・・男!?」

 女性たちの顔に更に驚きが浮かぶ。

「貴方、男性ですの!?」

「ええ。ああ、フードを取りましょうか?」

 アークレイには『決して外さないように』と言われたが、そもそもその理由がよくわからない。
 フードを外すことに何ら問題はないと考え、若草色のフードに手をかけ、スルッとそれを後ろに落とした。
 同時に、流れるような白金の彩が、マントにハラリと落ちて輝きを放った。
 目の前の女性たちは息を飲み、驚いたように口に手をあてた。
 それだけではない。
 周囲にいた他の客たちもこちらを振り返り、店員までもが、皆が皆、シルフィアを見て驚愕に目を見開いている。

「あの・・・何か?」

 皆が固唾をのむ周囲の雰囲気にわけがわからず見回すが、誰もが固まったようにシルフィアを見ているだけだった。

「金髪・・・なんて綺麗・・・・・・」

「あの・・・貴方、本当に男性ですの?」

 目の前にいた令嬢たちが、ようやく搾り出すような声でシルフィアを見上げてきていた。

「はい。私は男ですよ」

「信じられませんわ」

「こんな、こんな綺麗な男性がいるなんて・・・・・・」

 皆のこの異様なまでの反応が何なのか、その原因が全くわからない。
 今もまた『綺麗』だと言われた。
 アークレイにも言われたが、べつに『普通』の自分が何故そのように言われるのかシルフィアには理解できなかったのだ。

「終わったぞ」

 不意に、耳に響く優しい声に振り返る。

 その姿を見て、シルフィアは小さく微笑んだ。

「待たせたな・・・って、おいおい!」

 アークレイは慌ててシルフィアの側に寄ると、その若草色のフードを再び白金の髪に被せてしまった。

「・・・あの?」

「・・・この異様な視線は貴方のせいか・・・」

 フードを押さえたまま周りを見渡せば、女性だけでなく、男性までもが驚きの表情を浮べたり、惚けたような表情でこちらを見つめていた。
 それもこれも、シルフィアのせいで。
 この、女性と見紛うばかりに中性的な稀有な美貌のために。

「あの、私が何か?」

 だが、その視線の先にいる当人は、その意味に全く気づいていない。
 自分の容姿を『普通』だというシルフィアは、あまりにも無防備で無頓着なのだ。

「いや、なんでもない・・・随分と騎士たちを待たせてしまったな、そろそろ出よう」

「はい」

 シルフィアにはもう少し、自分の容貌を自覚してもらう必要がありそうだ。
 今後のことを考え、アークレイは思わずため息をもらしてしまった。
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