永遠への階~オルセレイド王国物語~

弥生

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第9話 ローラハイン離宮

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 オルセレイド王国ネスベスカ領ローラハイン。
 エシャールからガーナスブルク街道を北へ進んだところにある、森と湖に囲まれた風光明媚な町だ。
 王都と比べるとやや標高が高い場所にあるため、夏の避暑地としても知られており、貴族の別荘などが多く建ち並んでいる。
 普段は静かなこの町も、夏の頃には貴族たちが訪れて賑わいをみせるようになる。
 エシャールを出てから二の刻ほど馬を走らせ、ようやく昼をかなり過ぎた頃にローラハインへと辿り着いた。

「静かで綺麗な湖ですね」

 春の日差しをキラキラと反射させる湖の水面に、シルフィアは目を細め、口元に笑みを浮べて魅入っていた。

「ああ。コルフォール湖というんだ」

「『コルフォール』・・・『水の鏡』ですか?」

「ほう?古代アルフェレイク語だぞ?よく知っていたな?」

「はい。何冊か古代アルフェレイク語の書物を読みましたので」

 この町へ向かう道中、シルフィアと様々なことを話したが、シメオンから聞いていたとおり、シルフィアは本当に頭がいいようだ。
 まず聞き上手であるし、理解力が高い。
 言葉の選び方も上手いので、会話の流れが良く、アークレイもかなり話しやすかった。
 知識が豊富なため、様々な話題に事欠かない。
 好奇心も探究心も強いらしく、自分が知らないことをもっと知りたいのか、積極的に質問を投げかけてくる。
 それも、こちらにとって負担にはならないように気を遣いながらだ。

「古代アルフェレイク語に興味があったのか?」

「はい。アルフェレイク王国のことを知ってみたいと思ったからです。かつてこの大陸で繁栄を極めていた国ですので、どのような国だったのか、どのような政治を行っていた国だったのか、大変興味がございました。オルセレイドにはアルフェレイク王国の遺跡がまだ各地に点在すると聞いております」

「ああ。大小合わせると50くらいかな。中には魔物が棲み付いているため調査が出来ていない遺跡もあるんだが。なんだ?シルフィアは遺跡にも興味があるのか?」

「はい!是非、行ってみたいです!」

 古代遺跡に興味を示して瞳をキラキラと輝かせているシルフィアは、冒険心に満ちた少年そのものだった。
 こういうところは男性らしい。

「当時の書物が王城の図書室にあるとシメオン様に教えていただいたのですが」

「ああ、そうだな」

 初代国王と大魔術師が収集し、後世のためにと遺されたアルフェレイク王国の書物。
 1000年以上も前の書物なのだが、大魔術師の結界術により、劣化も傷みもほとんどない。
 アルフェレイク王国の歴史や、政治、文化などに関する様々な書物が、図書室の最奥で厳重に保管されている。

「今では貴重な書物ゆえ、俺か大宰相の許可が無くては読むことが出来ない。が、シルフィア殿が望まれるのならば許可しよう」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

 シルフィアは心から嬉しそうに笑った。
 そんなシルフィアを見ているとこちらも心が暖かくなる。

「コルフォール湖が『水の鏡』と呼ばれる由来は、穏やかな流れの湖面がまるで鏡のように周りの景色を映しこむからだと言われている。森の中に源泉があって、そこから沸き出でる水が湖へ流れ込み、更にライネーレ川へと流れていくんだ。水が常に循環しているからとても澄んでいて、しかも冬でも湖面が凍ることはないんだ」

「水が凍らないなんて凄いですね・・・」

 感心と驚きと、複雑な感情が入り混じったシルフィアの口調に、そういえばセンシシア王国は冬が厳しい北国であることを思い出す。

「センシシア王国は、1年の半分以上を雪で覆われていると聞いているが」

「はい。大陸最北の国ですので、秋から春の半ばまで雪に覆われてしまいます。そのため人々は日中も家の中で過ごしています。女性は機を織ったり、男性は家具を作ったり」

「家具?ああ、そういえばセンシシアは家具が産業だそうだな」

「はい。厳しい寒さで引き締まった木から作っていますので、とても頑丈な家具です。1年のほとんどを家で過ごすため、自分の家の中を自分の好きなように飾りたいという思いから始まったそうです。民の中にも職人顔負けの技術を持つ者も出てきて、王都では家具の品評会などが盛んです」

「ほう?面白そうだ。あと、豊かな温泉が湧き出るそうだな。それが観光資源になっているというが」

「はい。観光というほどのものではございませんが、怪我の治癒に有効的なものであったり、腰痛、胃腸の痛みなど様々な効能の温泉があるため、湯治を目的とした方が多く訪れます」

「なるほど、湯治か」

「はい」

 はきはきと答えるシルフィアの姿は、自国センシシアのことを心から誇りに思っていることが伺える。

「そうか・・・一度、国王陛下へのご挨拶も兼ねて、センシシア王国へ行って見たいものだな」

「本当ですか!?」

 嬉しそうに微笑むシルフィアに、アークレイも無意識のうちに笑みを浮かべていた。
 不思議だ、と思う。
 シルフィアと話していると、自然と頬が緩み笑みをこぼしてしまう。
 もちろん、他の妃や子供たちと話しているときも、心から笑っていることは間違いない。
 だが、違うのだ。
 何が違うのか、と問われるとうまくは答えられないのだが。
 馬を進ませながらシルフィアとの会話を楽しみ、穏やかな木漏れ日が降り注ぐ森の小道を抜け、木々が途切れ、視界が開けたその先に、湖のほとりに建つ2階建ての屋敷が見えてきた。
 敷地を鉄柵がぐるりと囲み、離宮へと続く道の先には獅子の紋様が飾られた大きな門がある。
 その前には左右に宮殿騎士が立ち、門の入口を固く守っていた。

「ようやく着いたな」

「ここが、前王妃様がおられる離宮ですか?」

 オルセレイド王国の離宮というわりには敷地も然程広くはなく、建物も質素な造りで、シルフィアが想像していた離宮とはまったく違っていた。

「ああ。父上が母上のために建てた、まあ、離宮というよりも、別荘のようなものだな」

 門の前まで馬を進ませると、アークレイの姿に気づいたらしい騎士が機敏に敬礼をする。
 突然の国王の来訪だが、先触れがあったのか、騎士たちに特に驚く様子はなかった。
 何も言わなくとも騎士たちは素早く動き、重い鉄の門がギイッと軋ませて両側に開かれた。
 それに導かれるようにアークレイは馬を進ませ、シルフィアも後に続いた。
 敷地は広くはないものの、綺麗に刈られた、目にも鮮やかな一面の緑の芝生が広がり、手入れが十分に行き届いていることがわかる。
 左手には太陽の光を浴びてキラキラと水面の輝く湖が広がり、小さな木の船が繋がれた桟橋が伸びていた。
 右手には色とりどりの鮮やかな花が植えられた庭園があり、中央には赤い屋根が設けられた小さくて可愛らしい木造りの東屋があった。
 林の向こうには厩舎と思われる建物、更に離れたところには従者たちの宿舎だろうか、2階建ての小屋もあった。

「可愛らしい雰囲気の離宮ですね」

「まあ、母上の好みに造り直したからな。あの花園にある東屋で本を読んで日中を過ごされるのが、母上の最もお気に入りなのだそうだ」

「それは素敵です。今の季節は気持ちがよさそうですね」

 屋敷に近づいていくと、アークレイの到着が知らせれたのだろう、離宮の者たちと思われる人々が外に出てきており、アークレイに向けて一斉に臣下の礼をとった。

「ああ、そう気遣うな。今日は少し寄らせてもらっただけだ。皆、気楽にしてくれ」

 馬から下りたアークレイは、ヴィアクロイスの首を労うように軽く叩きながら、皆の顔を見回して苦笑する。

「そうも参りませんでしょう、陛下。貴方はもう王子では無いのですから。国王陛下がお越しになって、気楽に出来る者などおりませんよ」

 鈴が鳴るような軽やかな笑い声とともに、屋敷の入口から涼やかな声が聞こえてきた。
 シルフィアもメリアールから下りて、その声の主のほうへ視線を向けた。

「母上」

 アークレイの顔にふわりと笑みが浮かぶ。
 いつもとはまた違う柔らかな表情。
 国王として、父として、夫として見せる表情とは全く違った、それは、母を慕う息子の顔だった。
 それだけで、アークレイがどれほど心を許しているのかが窺い知れた。
 薄紫色の長衣を身に纏った女性。
 淡い茶色の髪を結い上げ、穏やかな笑みを浮べるその人は、大きな息子がいるとは思えないほどまだ若々しさを残している美しい女性だった。
 アークレイの母、エレーヌ=サフィア=フォーミュレイ。
 オルセレイドの西方にあるオルヴェアン王国出身の姫で、16歳のときに4歳年上の王子の妃として嫁ぎ、17歳で長子であるアークレイを産んだと聞いている。
 アークレイは23歳だから、その母であるエレーヌは未だ40歳ということになる。

「お久しぶりでございます、陛下。しばらくお会いしないうちに顔つきが随分と変わられましたね」

 感心したような瞳で見上げてくる母親に、アークレイは苦笑して軽く首を振った。

「『陛下』だなんてよしてください、母上。名前で呼んでください」

「ですが、貴方はもう一国を担う国王ですのよ?例え私が貴方の母親だとしても、気軽に名前でお呼びするわけには参りませんわ」

「それでも、母上」

「・・・もう、仕方がない子ですね、アークレイ」

 エレーヌは背の高いアークレイに手を伸ばし、そっとその頬をなでた。
 ふと、馬の手綱を持ったままたたずんでいたシルフィアに気づき、エレーヌはふわりと笑みを浮かべた。
 その包み込むように柔らかな笑みは、どこかアークレイに似ている。

「・・・そちらの方は?」

「母上がお会いしたいとおっしゃったので、お連れいたしましたよ」

「まあ、ではあの方がセンシシアの?」

「はい。シルフィア殿、こちらへ」

 アークレイに手招きされ、シルフィアは少し戸惑いながらもアークレイの側まで行き、マントのフードをゆっくりとはずした。
 若草色のマントにフワリと落ちた白金の彩が、春の日差しに照らされて眩しいほどの輝きを放つ。

「まあ・・・・・・」

 手を口にあてて目を見開いたエレーヌを含め、まるで時間が止まったかのように、その場にいた全員が固まり息を飲んだ。

「お初にお目にかかります、前王妃様。センシシア王国より参りました、シルフィア=ヴァイン=フィルクローヴィスと申します」

 微笑を浮かべて優雅な仕草で礼をとるシルフィアに、あちらこちらから惚けたようなため息がもれた。
 シルフィアを初めて見た人は、誰しもが同様の反応を示す。
 アークレイにはすでに見慣れた光景になってしまった。

「まあ、まあ!アークレイったら!」

 まるで少女のような笑顔になって、エレーヌは嬉しそうにアークレイの袖をぐいぐいとひっぱった。

「お話は聞いておりましたけど、こんなに綺麗な方だったなんて!まあ、どうしましょう!貴方ったらどうしてもっと早く紹介してくださらなかったの!」

「どうしてって・・・シルフィア殿は我が国に来られてまだ3週間ですよ。これでも早くお連れしたつもりですが」

「駄目よ!遅いくらいだわ!」

 アークレイを睨みつけてぷうっと頬を膨らませたエレーヌに、アークレイは呆れたように笑って肩を竦めた。
 二人の遣り取りを見て、シルフィアは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 そもそも自分は、エレーヌの養子として籍に入ることになるのだから、何よりも優先してエレーヌに挨拶すべきだったのだ。
 会うことは難しいとしても、手紙を出すべきだったのに。

「前王妃様、陛下に非はございません。私のほうがもっと早くにご挨拶にお伺いすべきでした。配慮が足りず、大変申し訳ございません」

 シルフィアが深く頭を下げると、エレーヌは「まあ」と目を見開き、シルフィアの側に寄ると、その菫色の瞳をゆっくりと細めた。

「なんて慎ましい方なのかしら。お気に為さる必要はございませんわ、シルフィア様。貴方にこそ非はございません」

「そうだぞ、シルフィア殿。母上の我侭を貴方が気になさることはない」

「まあ、我侭だなんてひどいわ。どうせ貴方のことだから、『政務が忙しかったから』なんて理由をおっしゃるおつもりでしょう?色々と理由をつけて、可愛い孫達の顔も見せてくれないのだから」

「いくらこの離宮が王都から近いとはいえ、3つや4つの子供をそう簡単に遠出させられませんよ・・・それよりもほら、冗談ばかり言わないでください。またシルフィア殿が気にされますよ」

「あら、申し訳ございません、シルフィア様」

 母子の言い合いになりそうな雰囲気にシルフィアが言葉を挟めずにいると、アークレイたちにとってはいつものことなのか、気にした様子もなく、すぐに笑顔を交わしあう。

「ローラハイン離宮へようこそお越しくださいました。私、エレーヌ=サフィア=フォーミュレイと申します。エレーヌとお呼びくださいませ。息子が無理やりお連れしたのではございませんか?遠いところを大変申し訳ありませんでした」

「いいえ、エレーヌ様。私も是非お会いしとうございましたから」

「まあっ。私もシルフィア様にお会いできて本当に嬉しいですわ。大したおもてなしも出来ませんが、ご一緒にお茶でもいたしましょう」

 ふと、優しげに微笑むエレーヌの顔に、3週間前に別れたばかりの自身の母親の笑顔が重なった。
 『身体を大事になさい』とシルフィアを強く抱きしめて送り出してくれた母。
 どことなく似通った雰囲気があるのは、同じ『母親』だからだろうか。

「はい、喜んで、エレーヌ様」

「母上がお好きな『フェリス・ローズ』の焼き菓子、お土産にお持ちいたしましたよ」

 手に持っていた包みを持ち上げアークレイは片目を瞑った。
 それは先ほど『フェリス・ローズ』で購入した焼き菓子の包みだ。
 シルフィアを母親に紹介するという話から、店側が小さな花束まで付けてくれていた。

「まあ、貴方ったら気が利くこと。嬉しいわ」

「そのかわり、これからも離宮へ来ることを許してください」

 息子の企みに苦笑しつつも、母は「はいはい」と優しい笑みを浮かべた。
 アークレイとエレーヌとの短い遣り取りだけで、この母子は仲が本当に良いのだとわかる。

「シルフィア様もお疲れでしょう、どうぞ中へお入りください」

 優しげに微笑むエレーヌに手を取られ、「はい」と笑顔を返すシルフィアだったが、正直、戸惑いは隠せなかった。
 エレーヌはシルフィアを笑顔で迎えてくれたが、実際のところどのように思われているのだろうか。
 何しろ、男の身でアークレイの王妃となるのだから。
 オルセレイド側が政治的な思惑で望んだことだとしても、小国の王子、しかも男である自分が息子の妃になることに対して、母親であるエレーヌが何も思わない筈はないだろう。
 この優しいエレーヌに嫌われたくない。
 もやもやと心を覆う不安は拭えず、シルフィアは小さくため息を吐いて、そっと瞳を伏せた。
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