永遠への階~オルセレイド王国物語~

弥生

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第12話 剣豪

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 アークレイは「しまった」と心の中で舌打ちした。
 シルフィアにとってあまり触れられたくなかった話題なのだろう。
 このような表情をさせてしまったことを酷く後悔した。

「すまない。おかしなことを聞いたな」

「いえ・・・私こそ申し訳ございません。少し、驚いたものですから・・・」

「いや、答えたくないことであれば、俺の質問は忘れてくれ」

 だがシルフィアは、ゆっくりと首を振った。

「お気遣いいただきありがとうございます。ですが・・・その、私は、剣が苦手なのです・・・」

「剣が苦手?」

 予想外な答えに首を傾げれば、まだ少し強張った表情のままシルフィアは苦笑した。

「はい。剣が、というよりも、人を傷つけることが怖いのです」

「・・・・・そういえば、先日もそのようなことを言っていたな?」

 シルフィアの部屋でウォーレンに問われ、シルフィアは「人を傷つけることは・・・」と言葉を濁していた。

「はい」

 シルフィアは眉をひそめ、こくっと小さく頷いた。

「私が剣を習い始めたのは6歳の頃です」

「6歳?それは随分と早いな」

 アークレイが剣を習い始めたのは8歳くらいからだ。
 それも、王子としての嗜みにすぎず、遊びの延長線のようなものだ。
 本格的に剣術を学び始めたのは、12歳を過ぎた頃だったと思う。
 伝説の剣豪に憧れて騎士になることを夢見たウォーレンに触発され、自分も強くなりたいと思ったことがきっかけだ。
 剣術に優れた騎士に教えを請うた。
 騎士たちの鍛錬場にも足繁く通い、騎士と並んで武術の訓練を受けた。
 真面目に取り組んだおかげで、今やアークレイの剣術はオルセレイド王国の騎士の中でも5本の指に入るとまで言われるほどの腕前だ。
 だがそれも、王族としては珍しい方だろう。
 エルガスティン王国のように、国王や王族が自ら率先して戦場へ赴き、先頭に立って乱戦へと飛び出していく好戦的な王族も中にはいる。
 しかし、普段騎士に護衛される立場である王族が、真剣に剣術を学ぶのは珍しいほうだ 。
 だがシルフィアは、アークレイよりも早い6歳の頃から剣術を習い始めたのだという。
 とても驚きだった。

「それはセンシシア王国の習わしなのか?」

「いえ、これは私だけで・・・私が6歳の頃、山賊に襲われたことがあるのですが、その時にある方に助けていただいて」

「・・・山賊!?」

「はい。すぐ上の兄と供にエフタミューズ神殿に参詣し、リーリンカッテシーから戻る道中で襲われたのです」

「リーリンカッテシー・・・ああ、なるほど」

 リーリンカッテシー王国には、大陸中から巡礼者が参拝の為に訪れる。
 巡礼には一般の庶民だけでなく、王族や貴族も向かうため、それを狙った賊が少なからず横行しているのだ。
 オルセレイドもリーリンカッテシーへ向かう街道が通っているため、賊対策の警備はかなり厳重に行っている。

「兄と私は捕えられそうになったのですが、その危ないところを助けてくださった方がいて」

「ほう?山賊と言っても、一人や二人ではないだろう?」

「そうですね・・・30人くらいはいたと思います。助けてくださった方は二人組でしたが、センシシア王国の騎士が数で敵わなかったその山賊たちを、たったお二人で倒されてしまって」

「2人で30人もの山賊を?それは凄いな」

 いくら剣に優れていたとしても、二人で30人もの、しかも力もあって体格も良い男たちばかりだろう、そんな山賊を相手にすることなどなかなか難しい。
 よほどの手練れなのだろうか。

「しかも一人はまだ15、6歳くらいの少年でした。更にもう一方は右足を怪我されていて・・・ですが、お二人はそのようなことは微塵も感じさせないほど軽やかな動きをされていました」

「ふうむ・・・凄い方なのだな」

「はい。その方々は供にセンシシアに来てくださることになり、足の怪我の療養も兼ねて、そのまま留まってくださることになりました」

「ああ、湯治だな?しかし、そのような方に剣術指南されるとは、センシシアの騎士たちが実に羨ましいな」

 だがシルフィアは、微笑みを浮かべてゆっくりと首を横に振った。

「いいえ。騎士の指南役にと父上がお誘いしましたが、断わられたそうです」

「そうなのか。それは残念だな」

「ええ・・・父上も本当に残念そうでした。ご自分がセンシシア王国に居ることを世間に知られたくないから、という理由だそうです」

「世間に知られたくない?」

「はい。その方の為に、人目を避けるように森の中に庵が建てられました。訪れる方は誰もいなかったのですが、兄と私はその方を慕っておりましたので、時々庵へ遊びに行っておりました」

「それで・・・剣術を?」

 遊びに来た子供に剣術を教えるなど、いくらなんでも普通はしないだろう。
 だが、シルフィアは笑って頷いた。

「はい。『おまえたちは危なっかしくて見ておれん。捕まったら簡単に売り飛ばされるぞ。少しは身を護ることを覚えたほうがいい』と言われました。子供でしたから、当時はよく意味がわかりませんでしたが。師匠も軽い気持ちだったと思います。供にセンシシアに来たマーロウという少年も、そのような師匠に随分と驚かれていましたから」

「しかし、6歳だろう?そんな簡単に剣を振れないのでは?俺とて本格的に剣を学び始めたのは12歳くらいだぞ?」

「もちろん最初は木製の短剣からでした。ですが・・・師匠は、マーロウもですが、子供に剣術を教えるのがとても上手かったんですよ」

「・・・・・・子供に?」

「はい。遊びのような感覚で教えていただいたのですが、師匠の教えのとおりに学んでいたら、兄は1年で、私は1年半ほどで短剣の扱いを身に付けることができました」

 アークレイは正直驚きを隠せなかった。
 幼い子供に、たった1年ほどで短剣の技術を学ばせる。
 そのようなことが本当にできるのだろうか。
 シルフィアの『師匠』は一体何者なのだろう。

「身体が成長すると、長剣の扱いも教えていただくようになりましたが、幼い頃から基本を徹底的に教え込まれていたので、さほど苦労せずに扱えるようになりました」

「・・・しかし、よくぞ貴方のご両親はそれを許されたな。子供に危ないことをさせようとは普通思わないだろう?」

「もちろん、両親には剣を学んでいることは内緒でした。というよりも、危ないことをしているという自覚が私にはなく、ただ遊びに行っているのだと思っていましたから。兄上は自覚があったかも知れませんが」

「遊び・・・か」

「マーロウはもっと幼い、4歳の頃から短剣の扱いを学んだそうですよ」

「4歳!?」

 アークレイの息子であるナレオやジェレスと然程変わらない年齢の少年が、その歳で剣を学んだ?
 自分の子供たちを思い浮かべるが、彼らが剣を学ぶ姿など想像できなかったし、したくもなかった。

「一体・・・シルフィア殿に剣を教えたという方はどのような方なのだ?ご自分の居場所を世間にしられたくないということは、それなりに名を知られた方なのか?」

 シルフィアは少し困ったように苦笑し、何かを逡巡するかのようにゆっくりと目を伏せ、だが、再びその碧玉の瞳をアークレイに向けた。

「はい」

「ほう、やはりか。俺も存じ上げている方だろうか」

「どうでしょうか。その方の名が知られていたのは、今から20年も昔のことですから」

「・・・20年?」

 20年前といえば、アークレイは4歳になるかならないかという頃だ。
 さすがにそんな幼い頃のことは覚えていない。
 だが、その20年という年月が何か引っかかった。
 20年前に名を馳せていた剣術の使い手・・・・・・?
 もやもやと霞む思考でしばし記憶の中を探っていたのだが、ある名を思い浮かべたとき、アークレイははっと目を見開いてシルフィアを凝視した。

「まさか・・・!あの、伝説の剣豪!?」

 驚くアークレイに対し、シルフィアは静かに微笑みゆっくりと頷いた。

「はい。ディヴェルカ=イングラム様です」

「なんと・・・・・・」

 ディヴェルカ=イングラム。
 剣を握るものであれば、誰もがその名を知る、伝説とも言われている剣士の名。
 幼い頃より剣士や傭兵として各地を旅し、20代の頃には既に、その剣の実力で大陸中に名を轟かせていた天才剣士だ。
 各国が騎士団の指南役に迎えようと必死に説得しても、気楽な傭兵がいいからと首を振ろうとしなかった。
 だがそれももう、何十年も前の話だ。
 20年ほど前に表舞台から姿を消し、今はどこに居るのかもわからない。
 噂では、もう亡くなられたのではないかとも言われていた。
 それでも未だその名は忘れられておらず、ディヴェルカ=イングラムに憧れて騎士になったという者も少なくない。
 ウォーレンもその一人だ。

「ディヴェルカ=イングラム・・・彼の剣豪が貴方の剣の師匠なのか?」

「はい」

 大きく頷くシルフィアに、アークレイは衝撃から抜け出せずに呆然となったまま、しばらく言葉を返せなかった。

「・・・・・・そうか・・・・・・では今もセンシシアに?ご存命なのか?」

「はい。今もセンシシアに居られます。ですが、2年程前に身体を壊されてしまい、残念ながら剣を振ることもままなりません」

「おお、それは残念だな・・・・・・しかし、ディヴェルカ=イングラムか。各国が大金を積んでも指南役となることを断わられてきた剣豪が、まさか6歳の子供に剣を教えているとはな」

 アークレイは腕を組み、まだ信じられずに、大きく「う~む・・・・・」と唸った。

「恐らくイングラム様の気紛れのようなものだろうと、マーロウが笑って言っておりました」

「だがしかし、貴方が羨ましいな。いや、ウォーレンが地団駄踏んで悔しがるぞ?」

「ウォーレン様がですか?」

「あいつはディヴェルカ=イングラムに憧れて騎士になったのだからな」

「そうなのですか?」

「ああ。元々ジェスハルナス家は高官を多く輩出してきた文官の家系なのだが、ウォーレンは、ディヴェルカ=イングラムのようになりたいと、親族一同の反対を押し切ってまで騎士になった男だからな。子供の頃、実際にイングラム殿の剣技を見たらしくて、絶対騎士になるんだ、と息巻いていたものだ」

「ウォーレン様は、イングラム様にお会いになられたことがあるのですか?」

 シルフィアが驚いたように目を見開き、身を乗り出してきた。

「ああ、そのようだな。イングラム殿をオルセレイド王国に招いたらしい。我が国では騎士の剣術大会を2年に1度催しているのだが、どうやらそれに招待されたようだ。それこそ20年ほど前のことだ。我が国の指南役にとお誘いしたようだが、やはり断わられてしまったようだな」

「・・・・・・陛下はお会いになられたのですか?」

「俺か?んー・・・いや、どうだろうな。俺もその頃は4歳になるかならないかという子供だったから、さすがにな。残念ながら、覚えておらん」

「そう・・・・・・ですか」

 シルフィアはふっと視線を反らし、少しだけ寂しそうに瞳を伏せた。

「しかし、ウォーレンがそのことを知ったら、任務を放棄してでもセンシシアに行くと言いそうだ。あいつは本当に憧れているからな」

「あの、陛下」

「ん?」

「ウォーレン様には、イングラム様のことを内緒にしていただけませんか?」

 どこか真剣な眼差しで、訴えるような瞳でアークレイをまっすぐ見るシルフィア。

「ああ、イングラム殿は存在を世間に知られたくないのだったな」

「はい」

 足の怪我のための治療目的もあっただろうが、大陸の北にある、1年のほとんどを雪に閉ざされたセンシシアに滞在することになったのも、己の身を隠す最適の場所だと判断したからかもしれない。
 実際、イングラムが存命であることを知れば、ウォーレンのように会いたいと思う者も少なくないだろう。
 剣術の指南役になってほしいと願う国も多いだろう。

「わかった。ウォーレンには秘密にしよう。他の者にも話さないほうがよいな?」

 そう言うと、シルフィアはほっと安堵したように笑みを浮かべた。

「はい。ありがとうございます」

「だが、俺は知ってしまったが、それはいいのか?」

 元々、アークレイから尋ねなければ、シルフィアの剣の師匠が誰なのか知ることはなかったはずだ。

「はい」

 シルフィアはにっこりと微笑んで、だが、何故アークレイが知っても問題ないのか、その理由を言うことはなかった。

「しかし、ディヴェルカ=イングラムが直々に教えた剣技か。興味があるな。一度、手合わせしてみるか?」

「いえ、陛下、それは・・・」

 困ったように目を伏せたシルフィアに、アークレイは最初にシルフィアが言っていたことを思い出す。

「ああ、すまぬ。貴方は剣が苦手なのだったな」

「いえ・・・その、先ほども申し上げたとおり、人を傷つけるのが怖いのです」

「もしや、傷つけたことがある?」

「はい・・・・・・人を、殺めたことも・・・・・・」

 その時のことを思い出したのか、シルフィアは両手で自らを抱き肩を震わせた。
 剣を振るうということは、それ相応の覚悟をしなければならない。
 人を傷つけこともあるかもしれない。
 場合によっては人を殺めることもあるかもしれない。
 だが、躊躇っていては、逆に傷ついたり殺されてしまう可能性もある。
 何の為に剣を握るのか、意志も目的も明確でない剣は、ただ人を殺傷する道具となってしまう。

「お恥かしい話ですが、私にとっての剣術はあくまでも護身のためのものに過ぎず、剣を持つことの怖さを理解していなかったのです。自分の剣が誰かを傷つけるなど想像もしたことがありませんでした。ですが・・・」

 目を閉じ眉根を顰めたシルフィアの、何かに怯えるかのような仕草。
 シルフィアは自身を落ち着かせるように大きく肩で息をつくと、ふうっと瞼を開き、まっすぐにアークレイを見上げてきた。

「2年前のことになりますが、センシシアの王城に宝物庫を狙った賊が侵入いたしました」

「賊?」

 そういえば、ウォーレンがそのような話をしていたことを思い出す。

「それは、先日ウォーレンが聞いていたことか?」

「はい、そのとおりです。センシシアは小国で豊かな国ではありませんが、1000年近く続く古い国ですから、それなりに昔からの貴重な品々が保管されております。また、他国に嫁いだり養子に行かれた王族の方々が、様々な品を贈ってくださいますので。財政難に陥った場合や飢饉などの被害が起きた時には、それらを売って資金に充てるのだそうです」

「ほう・・・なるほど。賊たちはその存在を知って狙ってきた、というわけか」

「はい。オスカー兄様がいらっしゃれば、そう易々と侵入を許すことはなかったと思うのですが・・・」

「貴方と供に、ディヴェルカ=イングラムに剣術を学んだという兄上か?オスカー殿とおっしゃるのか?」

「はい。オスカー兄様はセンシシアでも最も優れた剣の使い手でした。私とは違い、剣を握ることの意味を十分に理解されておられたようですし、18歳の頃から騎士団の副団長の地位に居られました。ですがちょうど2年前、エルガスティン王国へ養子として国を出られてしまい、その直後だったために騎士団の指揮系統が整っていなくて・・・・・・」

「その隙を賊に狙われたということだな?」

「はい・・・」

 センシシアの王城を襲った賊は全部で10人。
 そのうち8人は、騎士たちの手によって無傷のまま捕えられた。
 しかし残り2人、賊の頭であった男ともう1人の男の抵抗は激しく、このままでは騎士にまで死者が出てしまいかねなかった。危惧したシルフィアは、両親や長兄が止めるのも聞かずにその場へ駆けつけた。
 賊たちは現れたシルフィアを、体のいい人質になると油断したのだろう。
 シルフィアを掴まえようと襲い掛かった賊に、シルフィアは怯むことなく剣を抜き、ディヴェルカ=イングラムに教え込まれたとおりに剣を振るったのだ。

「身体が自然と動いておりました」

「それで・・・・・」

 シルフィアは目を細め、ふっと瞼を閉じた。

「賊は全て捕えました。ですが・・・・・・」

 シルフィアは力任せに振り下ろしてきた賊の剣を、その重たさと勢いを逆に利用して剣で跳ね除け、その身の内に簡単に潜り込み2人連続で切りつけたのだ。

「私の剣は、わずか一振りで賊の頭の急所を刺していました。初めての感覚に自分でも驚いてしまって、もう1人の賊への振りは勢いが鈍り、急所は外れたのですが・・・・・・」

 その時の、人を斬った奇妙な感触が今でも忘れられない。
 血を流し呻き苦しむ賊の姿に、シルフィアはようやく気づいたのだ。

「剣は人を傷つけ殺めるものだということを、私は初めて知ったのです」
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