永遠への階~オルセレイド王国物語~

弥生

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第20話 敵対心

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 パンッ!
 叩きつけるような甲高い音が響き渡り、「わあッ!」という歓声と「うわッ!」という嘆息に似た悲鳴が同時に沸き起こる。

「おお、やっているな」

 弓術場へと足を踏み入れたアークレイは、その様子に楽しそうな笑みを浮かべた。
 国王の姿に気づいた騎士たちは、一斉に表情を引き締め、皆が皆直立不動の姿勢になる。

「全員、整列!!」

 騎士団総団長の朗々とした声に、60名はいるであろう騎士たちが、機敏な動きで整列する。
 先ほどまでは各騎士団それぞれの騎士が入り乱れていたが、見事に真ん中で分かれ、向かって左に第2騎士団、右に第3騎士団の騎士たちが列を乱すことなく作った。

「国王陛下および王子殿下に、礼!!」

 総団長の声とともに、全員が最高位者に対する礼を取った。

「ああ、すまない。競技を途中で中断させてしまったようだな」

 アークレイは苦笑しつつ騎士たちに向かって軽く手を振った。

「どのような状況だ?」

 後ろに付いて来ていたウォーレンが騎士に問いかけると、最前列にいた第2騎士団の騎士が「は」と僅かに顔を上げる。

「現在は3対2で、我が第2騎士団が勝利しております」

「は!?本当か!?おい、こらっ!おまえら、何をやっている!」

 ウォーレンは第3騎士団の列の前まで行くと、腰に手をあてて怒りの形相で騎士たちを睨みつける。

「弓は前回も負けたんだぞ!!今回も負けたら3連敗になるじゃないか!!おまえたち、もっと気合い入れろ!」

「ジェスハルナス副騎士団長、弓術で第3騎士団に負けるわけにはいかないからな。悪いが、今回もこちらが勝たせてもらうぞ」

「なんだと!?」

 いきりたつウォーレンとは対照的に、余裕の表情のオーガスティン。
 今にも一触即発しそうな二人を交互に見て戸惑うシルフィアに、アークレイは安心させるように笑みを見せた。

「心配いたすな。彼らも本気で喧嘩をしているわけではない」

「そうなのですか?」

「第2騎士団と第3騎士団は昔からお互いに敵対心を持っていてな、何事にも相手には負けたくないという思いが強いのだ。騎士の力を競い会うこの合同演習では、彼らも騎士団の名誉をかけて闘うから必死なのだ」

「・・・・・・真剣勝負なのですね」

「ああ」

 ウォーレンは第3騎士団の騎士に向かってビシッと指差すと、ギロッと騎士たちを睨みつける。

「おまえら死ぬ気で本気だせ!わかっているのか!?今日は殿下も来られているのだぞ!殿下の前で恥をかくつもりか!?」

 ふん!と荒く鼻息を吐き出したウォーレンだったが、ふと何かを思いついたのか、くるりとこちらを振り返るとにやりと笑った。

「殿下、我が第3騎士団への気合入れのために、よろしければ彼らに声をかけてやっていただけないでしょうか?」

「え?」

「おい、ウォーレン」

 嫌な予感がしていたアークレイが眉をしかめてウォーレンを睨むが、そんなことも全く気にせずにウォーレンはいつもの飄々とした笑顔を浮かべた。

「まあまあ、いいじゃないか。騎士の励みにもなるし」

「しかし」

「ジェスハルナス副騎士団長、第3騎士団だけというのはおかしいだろう。我が第2騎士団へも殿下よりお声をかけていただくべきだ」

 そこへオーガスティンも苦い顔をしてウォーレンを睨みつける。

「はあ?最初にお願いしたのは俺の方だ。こちらにお声をかけていただくのが当然だろう」

「それだと不公平ではないか」

「え・・・と、あの・・・?」

 再び一触即発になりかけた雰囲気に、はらはらと表情を曇らすシルフィアに、アークレイははあ・・・と手を顔にあてて深くため息をついた。

「わかった・・・シルフィア」

「は、はい」

「すまないが、騎士たちに声をかけてやってくれないだろうか。両方の騎士団へだ。ウォーレンが言うように、彼らの励みになるだろう」

「私でよろしいのでしょうか?」

 シルフィアが声をかけるよりも、国王であるアークレイのほうが彼らにとって励みになるのではないかと思ったのだが。

「ああ、構わない」

「は、い・・・」

 アークレイがそう言うのであれば、シルフィアもそれを断る理由はなかった。
 それでも、こんな大勢の騎士の前に立つのはさすがに緊張する。
 王子という立場ではあるが、センシシア王国でもあまり大勢の前に出る機会はなかったからだ。
 そんなシルフィアを勇気付けるづけるかのように、アークレイに軽く背を押され、シルフィアは騎士たちに向かって一歩踏み出した。
 シルフィアが立つ場所は、彼らよりも1段ほど高い場所にある。
 緊張した面持ちで、彼らを見下ろすシルフィアを、騎士たちは固唾を飲んで見上げていた。
 女性と見紛うばかりのシルフィアの美貌に、全員が全員、男性だということも忘れて見惚れていたのだが、一応厳しく訓練された騎士たちはそれを表情には出さない。

「・・・皆様お疲れ様でございます。第2騎士団、第3騎士団の騎士の皆様、日頃の鍛練の成果を発揮して、お互いにどうぞ頑張ってください」

 何を言えばいいのかわからなくて、そんな簡単な言葉しか出てこなかったが、少しでも励みになればと心から願い、彼らに向かってゆっくりと微笑んだ。
 しん・・・・・・っと静まり返る弓術場。
 その沈黙は、短いものではなかった。
 居並ぶ騎士たちは、騎士という矜持を忘れてしまったかのようにあんぐりと口を開けたまま、シルフィアを呆然とした表情で見上げていたのだ。
 そんな彼らの反応にシルフィアは内心ひどく戸惑っていた。
 何だろうか。
 何か自分は変なことを言ってしまったのだろうか。
 もう少し気の効いた事を言えばよかったのだろうか。
 そんな不安に襲われかけたとき。

「ウ・・・・・・」

 ウオォォォォォォォォッ!!
 堰を切ったかのように、地響きにも似た悲鳴のような歓声が沸き起こった。
 騎士たちの表情は歓喜へと変わり、中には興奮し、雄叫びをあげている者もいる。
 まるで騎士とは思えないほどに浮かれて、顔を紅潮させ、それはお祭り騒ぎのようだった。
 一体、何が。
 驚きうろたえるシルフィアに、アークレイは困ったような表情で苦笑し、労うようにポンと肩に手を置いた。

「・・・ありがとう、シルフィア。彼らには随分と励みになったようだ」

「え?」

 彼らがどのような反応をするのかある程度予想はついていたので、アークレイはあまりシルフィアの笑顔を見せたくはなかったのだが。
 そんなシルフィアの言葉が功を奏したのか、劣勢だった第3騎士団も奮起し、競技は一進一退の激しい戦いとなった。
 離れた場所に立てられた棒の上の、丸い的を射抜く競い合いだ。
 的には真ん中から赤、黄、白、青と色が塗られ、それぞれの色ごとに決められた点数がある。
 各々10名の騎士が選ばれて、1人が矢を20本ずつ射抜き、射抜いたその場所の合計点で競うのだ。
 そして、最後の10番目の騎士の戦いが終わった。

「あーーーーっ!くそ!負けた!!」

 ウォーレンは悔しそうに顔をしかめて、ガシガシと髪を掻き毟る。
 結局、激しい戦いの末、6対4で第2騎士団が勝利した。
 喜び合う第2騎士団とは対照的に、敗北に項垂れる第3騎士団。

「悪いな、ジェスハルナス副騎士団長。今年も我が第2騎士団が勝利をいただいた。これで3連覇だな」

「うるさいよ、フェレイド。来年こそは一矢報いてやるさ。なあに弓術ではそちらに勝ちを譲ったが、競馬は我が第3騎士団が3連覇中だ。今年も勝利をいただくぞ」

「ふん・・・負け惜しみだな」

 睨みあう二人の間に火花が散るのを、アークレイは苦笑して見ているだけだ。
 こう見えて、お互いの仲は悪くない。
 オーガスティンのほうがウォーレンよりも年上だが、普段は名前で呼び合う友人同士で、気さくな間柄だ。
 オーガスティンは公私をわきまえて、この場ではウォーレンのことを家名で呼んでいるが。
 仕事が終わると街の酒場に行っては飲み合い、くだらない話で盛り上がっていると聞いている。
 ウォーレンもアークレイに対するときよりもざっくばらんに話しているように見えるのは、決してアークレイの気のせいではないだろう。
 少しだけ羨ましいと思う気持ちがないわけではないが、気を取り直し、アークレイは隣で興奮冷めやらぬかんじのシルフィアを見下ろした。

「シルフィア、どうだった?」

「はい、素晴らしかったです。的を真っ直ぐに見て、弓を引くときの真剣な表情と漂う緊張感に、私も思わず息を止めて見てしまいました」

「シルフィア殿下は弓はいかがですか?」

 いきなり割って入ってきたのは、先ほどまでオーガスティンに噛み付いていたウォーレンだった。
 再びいつもの表情に戻って、シルフィアに声をかけてきた。

「弓ですか?いえ、私は弓は苦手で・・・・・」

 慌てて手と首を振るシルフィアに、ウォーレンは首を傾け「へえ?」と曖昧な笑みを浮かべる。
 その笑みを見て、アークレイは少しだけ嫌な予感がした。
 こういうときのウォーレンは、何かを企んだときの笑みだ。

「弓は苦手なのですか?」

「はい。私は肩の力が弱いものですから、うまく弓を引くことができなくて、なかなか的まで矢が届かないのです」

「なるほど。まあ、けっこう的まで距離がありますからねえ・・・ああ、そうだ」

 ウォーレンは胡散臭い笑顔を貼り付けたまま、アークレイに顔を向けた。

「『陛下』」

「・・・・・・何だ」

 普段は滅多に使わない『陛下』という言葉で呼びかけられ、嫌な予感がますます強まった。

「貴方様の弓の腕前を、殿下にお見せしてはいかがですか?殿下もきっとお喜びになりますよ?」

「・・・・・・おい」

「殿下、ご存知ですか?アークレイの弓術はなかなかのものですよ?」

「陛下の弓術ですか?」

 アークレイは剣術も騎馬術も優れていると聞いていた。
 そのうえ弓術も優れていると知り、シルフィアは尊敬の眼差しをアークレイに向ける。

「陛下は何でも器用にされますからね。しかも、騎士と比べてもかなりの腕前ですよ。いかがです?ご覧になられたいのでは?」

「え?あ、はい・・・それは・・・ですが・・・」

 アークレイの弓術がどのようなものか見てみたいという気持ちはあるが、だが、アークレイが好まないことを無理にして欲しいとは思わない。
 国王であるアークレイが、これだけ多くの騎士の前で弓を引くということ自体、普通は考えられないことだったから。
 そんなシルフィアの想いを表情だけで感じ取り、アークレイはため息をついて肩を落とす。

「ウォーレン、おまえ、何のつもりだ」

「何のつもりって、何がだ?」

「・・・・・・」

 しれっと笑顔を返すウォーレンに、アークレイがそれ以上言い返す言葉はなかった。

「・・・・・・わかった。いいだろう」

 驚いて顔を上げたシルフィアに、アークレイは口の端を上げて笑った。

「久しぶりだから情けない姿を見せるかも知れないが。そのときは笑ってやってくれ」

「引かれるのですか?」

「ああ。最近はあまり引いていないから、自分の今の実力を知る良い機会でもあるし・・・・・・シルフィアにも見て欲しい」

 指を鳴らして喜ぶウォーレンを無視し、アークレイはシルフィアの顔を覗きこみ囁く。
 シルフィアは一瞬目を見開き、だが、頬を染めて嬉しそうにはにかんだ。

「はい・・・・・・」

 そんなシルフィアの綺麗な笑顔に、先ほどまであまり気が進まなかったアークレイも、シルフィアを楽しませてやりたいと俄然やる気が出てくる。
 なんだかんだ言って、やはり自分はシルフィアに甘いらしい。
 だが、そんな自分も悪くない。
 アークレイは目を閉じて、口元に小さな笑みを浮かべていた。
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