永遠への階~オルセレイド王国物語~

弥生

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第21話 的中

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 弓術場がにわかに慌ただしくなる。
 アークレイが弓を放つこととなり、緊張感漂うなか、騎士たちがその準備のために動き回っている。
 新しい的に替えられ、歪んでいないか、真正面に立っているか、騎士たちは綿密に調整していた。
 そんな雰囲気の中、アークレイは羽織っていた白のマントと上着を脱ぎ、バサッとウォーレンに投げた。

「持っていろ」

「うおっと。おいおい、良いお召し物なんだから乱雑に扱うなよ。汚れでもしたら、折角用意してくれた侍従たちが悲しむだろ」

「うるさい」

 両手に嵌めていた白の手袋もはずし、ウォーレンが抱えるマントの上に投げ、騎士から渡された弓用の手袋を嵌める。
 矢が滑らないように表面がザラザラとした、弓術専用の手袋だ。

「おい、アークレイ」

「ジェスハルナス副騎士団長」

『アークレイ』という呼びかけに、先ほどから黙って背後に立っていた騎士団総団長が鋭い声で咎めるが、ウォーレンは気にした様子もなくにやっと笑う。

「剣も邪魔だろ?俺が持ってやろうか?」

「・・・・・・いらん。大事な剣を誰がおまえに預けるものか」

「おやおや、冷たい」

 ギロッとウォーレンを睨んだアークレイだったが、ふとシルフィアの方へ視線を向け、「ああ」と何かを思いついたように眉を上げた。
 そして、おもむろに腰から提げていた剣を革のベルトごと外し、それを真っ直ぐにシルフィアへと差し出した。

「シルフィア、すまないが、しばしこれを持っていてくれ」

「え!?」

 シルフィアにとって、それはあまりにも唐突で、思いもかけないほどの驚きと衝撃を与えるものだった。

「わ、私がでございますか!?」

「ああ」

「で、ですが・・・陛下の大事な剣を私などが・・・」

「構わない。シルフィアに持っていてほしい」

「・・・・・・」

 剣は己の分身であり、己の魂に等しい。
 この大陸では、遠くアルフェレイクの時代から、そのような考えが深く根付いている。
 寝るときも、風呂に入るときでさえ、己の剣を肌身離さず側に置くものだ。
 滅多なことで剣を離すことはないし、ましてやそれを他人に預けるようなことも稀だ。
 家族であっても、妻であっても、それに触れさせようとしない騎士もいるのだという。
 そのような剣を自分が受け取っていいのだろうか。
 『大事な剣』
 アークレイはそう言った。
 騎士と同じように、アークレイも己の剣を我が身と同様に考えているのだろう。
 それを、まだ1ヶ月も共にいないシルフィアに託すと言うのだ。
 ありえないと思った。
 自分にそのような価値はない。

「・・・・・・・」

 アークレイの剣を目の前にして、躊躇い、なかなか受け取ろうとしないシルフィアに、アークレイは肩を竦めて苦笑した。

「良いんだ。俺はシルフィアに持っていてほしいのだ」

 シルフィアの右手を掴むと、強引に、その手に剣を握らせる。

「ほら、頼んだぞ」

「陛下・・・・・・」

 ズシリと重いアークレイの剣。
 国王の剣とは思えないほど装飾の少ない、実用一点張りの剣だ。
 シルフィアが持つ剣よりも幅広で、重さもある。
 その重さは『オルセレイド王国の国王』としての、アークレイの肩に圧し掛かる重責のように思えた。

「ですが、私になど・・・・・・」

「俺はシルフィアを信頼している。俺の剣を預けても良いと思うほどにな。それでは答えになっていないか?」

 口の端を上げて笑うアークレイに、シルフィアは驚きに目を見開き、そしてぎゅっとその剣を腕に抱きしめた。

「いいえ・・・・・・陛下からの信頼、大変嬉しく思います。ありがとうございます。大切にお預かりいたします」

 戸惑いはあるもの、素直に嬉しかった。
 自分にそれだけの価値があるとは思えないが、信頼は裏切りたくないと思う。
 アークレイは満足げに頷くと、騎士から渡された弓と矢を持って、的の真正面へとゆっくり歩を進めた。
 先ほどまで戦い熱に満ちていた弓術場がしんっと静まり返る。
 アークレイに皆の視線が集まり、緊張感が高まる。
 弓を放つ姿を見逃すまいと、居並ぶ騎士たちが真剣な表情を浮かべていた。
 それほどまでに、アークレイの弓術は凄いのだろうか。

「アークレイは剣術も弓術も騎馬術も、上位騎士並の実力の持ち主なので、殿下同様に、騎士たちもその腕前を見てみたいのですよ」

 シルフィアの疑問を察したのか、一歩後ろに立つウォーレンが小声でささやく。

「陛下は凄い方なのですね」

「ええ・・・・・・本当に凄い奴ですよ」

 そう言ってふっと笑ったウォーレンの表情は、良く出来た弟を自慢するかのような誇らしげなものだった。
 射場に立つのは今はアークレイただ1人。
 この雰囲気の中でも堂々と立つ、凛としたその佇まいに、誰しもが視線を奪われていた。
 常に側にある宮殿騎士も、今はアークレイの集中力を削がぬようにと少し離れた場所に立っている。

 足を肩幅ほどに開き、弓を左手に握り、アークレイはふうっと気を落ち着かせるように目を閉じた。 
 しばし集中した後に再び目を開けると、すっと背筋を伸ばし、真正面を見据え、ゆっくりと弓を構える。
 ぐっと強い力で弦が引かれ、キリッときしむ音とともに矢をつがえた弓が大きくしなる。
 的を見据えるアークレイの視線は、国王として見せるそれではなく、シルフィアに見せる穏やかなものでもなく、今まさに獣を狩ろうとする野生の獅子のような鋭い視線だ。
 誰一人言葉を発しない。
 シルフィアもアークレイの雄姿を見逃さないようにと、目を大きく開けて、胸に抱く剣を強く握り締めた。

 ビィィィィィンッ

 空気を震わせる振動とともに弦が唸り、アークレイの手から矢が放たれた。
 その一瞬の後。

 パンッ!!

 わあっ!!
 おおっ!!

 甲高い音が弓術場に響き、同時に、大きな歓声が沸き起こった。
 アークレイが放った矢は見事に的を射ていた。
 真っ直ぐ突き刺さった矢は、衝撃によりまだ揺れていた。
 シルフィアは剣を胸に抱いたまま、興奮し、大きな称賛の拍手を繰り返していた。

「凄い!凄いです、陛下!」

「はは、ありがとう」

 緊張から解放されたアークレイは、肩から力を抜き、シルフィアの賛美に照れたように笑った。

「だが、少し外してしまったな・・・・・・」

 そう言うと、アークレイは僅かに悔しそうに眉をしかめた。
 確かに、アークレイが射た矢は、真ん中の赤の円を僅かに外した、赤と黄色の境目当たりに刺さっていた。
 外したとはいえ、そもそも赤の円はそれほど大きく描かれていない。
 弓が苦手なシルフィアにとっては、遠く離れた小さな的に当てられることも、ほぼ真ん中に近い場所に当てられることも凄いことだ。
 だが、アークレイは納得していないようだ。

「やはり久しぶりだから勘が鈍っているな・・・・・・ふむ」

 手を口元に当てたアークレイは、何かを思いついたのか、ちらっとシルフィアの方を見た。
 だが、その視線はシルフィアに向けられたではなく、シルフィアの背後に向けられたものだった。

「レグナス」

 シルフィアの背後にいた、とある騎士の名が呼ばれた。
 シルフィアが驚いて振り返ると、右斜め後ろに気配を消すように立っていた騎士は、表情を変えることなく頭を下げた。

「おまえも横で射ろ。5本勝負だ」

「えっ?」

 突然のことに驚き、騎士を見て、アークレイを見て、そして再び騎士を見た。
 ウォーゼル=ハイン=レグナス。
 アークレイに名指しされた騎士は、シルフィア付きの宮殿騎士だ。
 確か26歳だったとシルフィアは記憶している。
 シルフィアを護衛する宮殿騎士たちの中でも、隊長格の立場にある騎士だ。
 シルフィアの左斜め後ろに立つもう一人の宮殿騎士。
 彼にとってもこれは予想外のことだったらしく、驚愕に目を見開いていた。
 この騎士の名は、ラシェル=ヴォイド=オーヴィン。
 シルフィアとともにオルセレイド王国に来た、元センシシア王国の騎士だ。
 22歳とまだ若い騎士だが、家柄も申し分なく、騎士としても人格も優れていたため、シルフィアの推挙もあり、オルセレイド王国の宮殿騎士となることを認められた。

「おいおい、レグナスと勝負するってか?いくらおまえでも無謀じゃないか?」

 ウォーレンはレグナスを指名した理由がすぐにわかったらしい。
 アークレイのマントなどを手に持ったまま、クククッとおかしそうに笑う。

「無謀だろうがなんだろうが、上を目標にしたほうが俄然やる気が出るだろう?越えられない壁を越えようと、もがけばもがくほど、持っている以上の力を出すものだ」

「はは、それはおまえが負けず嫌いだからだろ」

「何とでも言うがいい。レグナス、前へ」

 レグナスは表情を変えることなくアークレイを見て、そして、僅かに視線を動かし、騎士団総団長のエレンハイムへとそれを向けた。
 レグナスはシルフィアの護衛騎士であり、しかも今は任務中だ。
 国王からの命令だとしても、持ち場を離れてしまうので、レグナス1人の判断でそれを受けるのは難しい。

「レグナス、私が代わって殿下をお護りしよう」

 レグナスの肩に軽く触れてすっと彼の横に並んだのは、オーガスティン第2騎士団騎士団長だった。
 オーガスティンへ視線を向け、再び騎士総団長にそれを向けると、エレンハイムは許可の意味を込めてゆっくりと頷いた。

「・・・・・・御前、失礼いたします」

 軽く頭を下げると、レグナスは素早くマントと上着を脱ぐ。
 側にいたオーヴィンがそれをすかさず受け取ろうとしたのだが、レグナスは軽く首を横に振り、近くにいた第2騎士団の騎士へと手渡した。
 剣は腰に提げたまま、アークレイの横へと並ぶ。

「俺が相手だからと言って手を抜くな。わざと外すようなこともするな。勝つつもりで真剣にやれ」

 レグナスは否とも諾とも言わず、冷静な表情のまま僅かに頷く。

「まずは、レグナスが先だ」

 手袋を替え、弓と矢を持ったレグナス。
 周りの騎士たちは固唾をのんでその後ろ姿を見ている。
 彼が選ばれた理由がいまだわからずに戸惑うシルフィアだったが、レグナスに代わって護衛に付いたオーガスティンが、すぐにその答えをくれた。

「殿下、彼は全騎士団の中でも随一の弓の名手なのですよ」

「そうなのですか?」

「はい。弓術の大会も3年に1度開催されているのですが、彼は優勝を2回連続で掻っ攫った男なのです。その技術は正確無比。私とて弓では到底敵いません」

 騎士団随一の剣の使い手であるオーガスティンに、そこまで言わしめるレグナスの弓。
 一体どれほどのものなのだろうか。

「大会に年齢制限はありませんが、彼はまだ26歳ですからね。今後も優勝を続けていく可能性は大いにあります。弓術は剣術と違い、年齢にあまり影響を受けませんから。精神力と筋力と体幹ですからね」

「そう・・・・・ですね」

 シルフィアは悲しいことに、その筋力が乏しいのだ。
 それでは弓の力に負けてしまう。

「とはいえ、騎士を退団するまで彼の天下が続くのも面白くありませんから。出場回数に制限を設けようと言う声もあがっています。強すぎるために、大会規定を変えにいこうとしているくらいです」

「それほどまでに強いのですか?」

「それほどまでにです。ほら、彼が射ますよ」

 促され、慌ててそちらを振りかえれば、矢を弓につがえたレグナスが、今にもそれを放つ瞬間だった。
 ビィィィィンッと弦が振動し、唸る。
 そして。

 パンッ!!
 おおおっ!!
 甲高い音が空に響き、騎士たちの歓声が沸き起こった。

「わあ・・・・・・」

 シルフィアは思わず声をあげ、驚愕に大きく目を見開いた。
 レグナスが放った矢は赤の円の中央、つまり、的のど真ん中を貫いていた。
 正確無比。
 オーガスティンの言葉どおりだった。

「ったく・・・真剣にやれとは言ったが、本当におまえは恐ろしいな」

「・・・・・・申し訳ございません」

 弓を持つ手をゆっくり下ろしたレグナスは、アークレイに向かって深々と頭を下げる。

「いや、良い。俺がそう言ったのだ。次も同じようにやれ。俺に遠慮して手を抜くなよ」

 今度はアークレイがゆっくりと矢を弓につがえた。
 ぴんっと伸びた背筋。
 集中力を高めるため、一旦目を閉じ、そして大きく目を見開いて、まっすぐに的を見据えた。
 そして。
 弦の唸る音とともに、矢が放たれた。
 直後に。

 パンッ!!

「よしっ」

 強く右手こぶしを作ったアークレイに、今度は満足げな笑みが浮かんだ。
 アークレイが放った矢は、赤い円、そのほぼ中央に深々と突き刺さっていた。
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