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第28話 愚の骨頂
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「古代アルフェレイク王国には、当時1000人近い魔術師がいたと歴史書で読みました」
「ええ、そうです。特にシリティア暦2000年頃が最も多く、3000人はいたと言われています」
用意された紅茶を一口飲み、ほとんど音をたてずに優雅な仕草でカップを置いたローザランは、にっこりと笑みを浮かべる。
星天の間の中央に置かれた豪華な応接ソファーに、シルフィアはローザランの隣に並び腰掛けていた。
憧れのローザランと対面し、こんな間近で直接話ができることに、シルフィアは未だ興奮が冷めることはなかった。
「3000人もですか?」
今の時代、魔物が数多く棲息するこの広い大陸で、魔術師の数は僅かに100人足らず。
そのあまりの数の差に驚愕させられる。
そんなシルフィアの驚きに、ローザランはふふっと小さく笑った。
「3000人といっても、まともな魔術師がどれほどいたかはわかりませんよ?」
「え?」
「当時、“魔術師”を騙る者も少なくなかったと言われてますからね」
「騙る?」
「ええ。実態は碌に力がない魔術師が多かったようですよ。魔物を滅することすらできない魔術師が」
「何故そのようなことに?」
「そうですね・・・・・・当時は今のようなギルドもありませんし、彼らを管理する組織のようなものがなかったからです。魔術を教える場所もあるにはあったようですが、かなり限られていたと思われます。それこそ魔術の基本すら知らない者も少なくなかったようです」
ローザランは嘆かわしそうに首を振った。
「ですから、”自称”魔術師が多かったわけです。魔術師だと名乗ればそれだけで良いのですから。実に愚の骨頂ですよね」
まるで他意などなさそうにふわりと笑ったローザランに、シルフィアも「そうですよね」と同意し頷くが、向かいのソファーに座るシメオンは、先程から言葉も発することもできず、ひきつった笑いを浮かべるだけだった。
「ですが、それでは魔術師の役目を果たせていなかったのではございませんか?」
「魔術師の役目、ですか?」
サラリと黄金の髪をかきあげて、ローザランはフッと笑う。
それは、どこか嘲笑にも似た笑みだった。
「まあ、果たせていたのでしょう」
「魔術を知らないのに?」
「ええ。当時の魔術師の役目は便利屋ですからね」
「便利屋?」
思いもかけない言葉に、シルフィアは僅かに腰を上げて目を見開く。
「ええ。例えば火をつける、凍らせる、水を張る。物を運ぶ、物を壊す。畑を耕したり木を伐採したり。それくらいなら魔術を使えない者でも何とか出来ますよ。多少魔術を使える者なら怪我や病の治療を、ときには雨を降らすこともしていたようです。つまり、魔術は生活の道具として使われました」
「生活の道具?魔術師がですか?」
魔物を滅する最後の砦と言われている今の魔術師と比べると、とても崇高な地位にある魔術師とは思えなかった。
「ええ。人力に頼らずに魔術に頼ったというわけです。人々は苦労をせずに楽をしようと魔術師を雇うのです。ですから、先ほど申し上げたような“自称”魔術師が数多く出現したわけですよ」
「金銭を得られるから・・・・・・でしょうか?」
ローザランはにっこりと微笑んだ。
「おっしゃるとおりです。殿下はご理解が早いですね」
「い、いえ・・・・・そのような・・・・・・」
憧れのローザランに誉められ、恥かしくなって俯いてしまう。
「多くが使えない魔術師ばかりだった中にも、幸いまともな魔術師もおりました。しかし、その数は2、300人ほどだったと言われています」
「3000人の中の2、300人ですか?随分と少ないのですね」
「ええ、少ないですね」
ローザランは人差し指を頬にあて、「うーん・・・・・」と考えるように小首を傾げて目を伏せた。
その仕草が、年上に対しては失礼かもしれないが、とても可愛らしいと思った。
シルフィアは、ローザランの知らない一面を垣間見て嬉しくなる。
「そんな300人の中でも、高度な魔術を要する古代魔術を扱えるのは100人ほどだったと記録が残っています」
「古代魔術ですか・・・・・・詳しくは存じあげませんが、とても強大な力を持つ魔術だと聞き及んでおります」
「ええ。扱いを間違えると、町の一つや二つ、簡単に灰塵と化すことが出来ます。より強力になれば、この大陸すら滅ぼせますよ」
「そんな簡単に!?」
「ええ、簡単に」
微笑むローザランは、まるで大したことではないと思っているようだった。
「ですが、そのような古代魔術も宝の持ち腐れだったようです」
「え?何故ですか?」
「当時、この大陸には今ほど魔物が棲息していなかったので、魔物を滅する役割としての魔術は然程求められていなかったのです」
「・・・今とは随分と違うのですね。では、そのような魔術師の方々のお力も、先ほどのように生活の道具とされていたのですか?」
「少し違いますね。力のある、特に、古代魔術を扱える魔術師たちは当然のことながら各地で重宝されました。そもそもアルフェレイク王国という国は、いくつかの領国が集まって成り立っていた連邦国家のようなものです。一応『アルフェレイク国王』は存在しておりましたが、あくまでも象徴的なものであり、実質的にはそれぞれの領王たちが領国を統治していたと言って良いでしょう」
ローザランは深くソファに腰掛けると、どこか遠い過去を視るかのように、月天の世界が描かれた天井を見上げた。
「2000年当時、領国の数は大小100近くあったそうです。そして、それぞれの領国同士の小競り合いが絶えなかった。領土を巡る争い、資源を巡る争い。愚かなことに、今も昔もそう変わらないのですよ。人間とは過去に学ばない生き物ですよね」
ふう、とため息をつき、ローザランは呆れたように首を振る。
「戦争をしていたのですか?同じアルフェレイク王国の中で?」
「ええ。それぞれの領国に自治権があるようなものです。あまり同国同士という意識はなかったのでしょう。そして、領国は魔術師たちをその争いのために利用しました」
「え?」
「簡単にいえば・・・兵器です」
ローザランは再びカップを取ると、優雅な仕草で紅茶を飲んだ。
話の内容はかなり物騒であるにも関わらず、まるで談笑をしているかのような柔らかな表情を浮かべながら。
「兵器?魔術を兵器としたのですか?」
「そうですよ。本来は魔物を滅するための魔術を兵器に転用する。安易といえば安易ですけどね。当然のことながら、領王たちは魔術師たちをこぞって手に入れようとしました。中には力のある魔術師を100人近く集めて、魔術師軍団をつくった国もあったくらいです。もちろん、戦争のためにですが」
「戦争・・・魔術師の方々はそれでよかったのでしょうか?」
「兵器として扱われることですか?まあ、よかったのではないでしょうか」
ローザランはわずかに苦笑して肩を竦める。
「大金を手に入れられるわけですし、大国に召し抱えられれば、魔術の研究が出来る環境も整っていたようですしね。魔術師たちの方が選択の自由はあったと思いますよ。先程の魔術師軍団を設けた領国、オーデンレイドというのですが、領国の中でも1、2を争う大国だったそうです。魔術師軍団を用いて戦を起こし、領土を広げていく。軍事的に最強の領国だったと言われています。何しろ、古代魔術を扱える魔術師が30人もいたのですから」
「30人もですか!?」
古代魔術を扱える魔術師が100人ほどという中で、30人もの魔術師が一国に集まったのであれば、かなりの占率だ。
「オーデンレイドは魔術師を戦争の兵器として使う一方で、彼らの研究に惜しみなく財を与え、古代魔術のさらなる発展と、魔術師の育成に随分と寄与したそうですよ。勿論、それによって自国を強化する目的もあったのでしょう。魔術師にとっても戦争は研究の成果を試せる場ですからね。実験場ですよ」
ローザランは事も無げに言うが、実験の対象は敵兵、つまり人間だ。
それに気付いたシメオンは恐ろしさで身体を震わせた。
「ですが、そのおかげで古代魔術を記した書物が多く残り、それが現代にも受け継がれているのですから、そう悪くはなかったと私は思っていますよ。私は兵器として扱われるなんて、当然にお断りいたしますけどね」
ニコッと笑ったローザランに、シルフィアもその笑みの意味がよくわからないながらも、同じように笑みを返した。
「魔術師の全盛期を迎えた2000年以後も領国各国は争いを繰り返したため、次第に国力が疲弊していきました。更に魔術師の数も減ってしまい、各国は魔術師獲得のために血眼になったのです。それすらも争いの原因となり、一層戦争の激しさが増していきました」
「そうなのですか・・・・・・残念ですね」
「ええ、誠に残念です。その力を日常的に生活の道具としていた人々にとっても、魔術師の減少は実に深刻な問題でした。元々まともに魔術すら使えない魔術師が多かったわけですから。それなりに魔術を扱える魔術師は一部の特権階級に雇われていたため、一般の民にはとてもその力を得ることはできません。かといって、力に頼らず自力で生活していく方向へ転換できたかというと、それまでの習慣を変えることはなかなかに難しかったようです。楽な方法を見つければそちらへ、また別の楽な方法をみつければそちらへ・・・・・・実に愚かで嘆かわしいことです」
眉根をひそめてふう・・・・・と深い溜息をついたローザランは心から当時の人々の辛さを思って、悲しみ、憂いているように見えた。
シルフィアも共感し、同じように悲しい気持ちになる。
シメオンはというと、ローザランは憂いているというよりも、言葉どおりに当時の人々のことを「愚か」だと思っていると気づいていたのだが、シルフィアの夢を壊すわけにはいかなかったので黙っていることにした。
「国力は弱まり、各地で疫病は流行り、自然災害が発生する・・・・・それでも人々は争いをやめはしませんでした。まるで虫の大群のように他国を侵略し、その土地の全てを奪いつくした後、土地が荒れればまた次の国を侵略する。それの繰り返しです。そうやって、お互いがお互いを食い潰すような醜い争いを繰広げていたとき、それがアルフェレイクを襲ったのです」
「それは・・・魔物、でしょうか?」
「おっしゃる通りです」
ローザランは一度瞬きをして、ゆっくりと頷いた。
「魔物の襲来により、魔物に対峙する術がないアルフェレイク王国は、闇の生き物たちの前に簡単に滅び去ってしまいました。以降、かろうじて生き残った人々が、細々と魔物に怯えながら暮らしていくわけです。あれほど多くいた魔術師たちも数十人足らず、ましてや古代魔術を扱える者も数えられるほどになってしまいました」
静かな口調で淡々と語り、ローザランは膝の上に両手を組んだ拳を乗せて目を伏せた。
「そのような危機的状況を救われたのが、偉大なる大魔術師ラヴェル=ファイエ=ヴォルドレー様なのです。ヴォルドレー大魔術師が建国間もない小国のオルセレイド王国に訪れた理由、殿下はそれをご存知でしょうか?」
「シェラサルトの民の保護のため。そのように私は学びました」
「そうですね、それも一つの理由です。ですが、もう一つ・・・・・・ヴォルドレー大魔術師は、何よりもまず、少数となってしまった魔術師の数を増やすこと、かつては兵器として使われ、いつしか廃れてしまった古代魔術を復活させること、それこそが急務であると考えられたのです」
「古代魔術の復活ですか?」
「はい。当然ながら、ヴォルドレー大魔術師は古代魔術を扱える数少ない魔術師のお1人です。ですが、大魔術師でさえ知らない古代魔術も少なからずあったようです。それらが記された古の魔術書が、オルセレイド王国に遺されていたのです」
今でこそオルセレイド王国は魔術王国として大陸中にその名を知られる国ではあるが、建国当時は現在のセンシシア王国よりも小国で、決して豊かではない国だった。
そのような小国に、ヴォルドレー大魔術師が求める魔術書が存在していたことは驚きだった。
「オルセレイド王国は、かつてアルフェレイク王国で権勢を誇った、領国オーデンレイドの末裔たちが築いた国なのです」
「あっ」
シルフィアが思わず声をあげると、ローザランはにっこりと笑って頷いた。
「そうです。魔術を兵器とし、領土を広げていったオーデンレイドです」
非戦で中立の立場をとる現在のオルセレイドの源が、列強のオーデンレイドにあると聞いてもあまり共通点は感じられない。
オルセレイド王国の歴史書には、そのようなことは記載されていなかったはず。
そのことを問いかけてみれば、ローザランは右手を顎にあてて、ふふっと微笑んだ。
「歴史書には記されていないと思います。あくまでも、アルフェレイク王国の末裔であるということのみ書かれていると思われます。ローランリッジ宰相はいかがですか?さすがに政を司るお方ですから、それくらいは当然にご存知ですよね?」
視線を向けられてふわりと微笑むローザランに、シメオンは苦虫を潰したような表情でゆっくりと頷いた。
「ええ、まあ・・・・・・そうですね。公の歴史書にはあまり記されておりませんが、初代国王グラミラス1世はオーデンレイド領国の領王の末裔だったと言われております。我が国が『魔術王国』と呼ばれるようになった理由の一つであるとも言われております。しかし、非戦を掲げる今のオルセレイド王国の理念にとって、それはあまり印象がよいものではないとの理由で、いつしか非公式の事実とされ、現在は一部の政府高官にしか知らされておりません」
「そうだったのですか・・・・・・」
「アルフェレイク王国の当時のことを詳しく知る者はそうおりませんから、私はべつに公にしてもよいと思いますけどね。オーデンレイド領国が魔術師を庇護し、戦のためとはいえ、それによって古代魔術に関する多くの書物が遺され、偉大なるヴォルドレー大魔術師に受け継がれたのですから」
「ねえ?」と微笑むローザランはシメオンに同意を求めているようにも見えたが、恐らくそのようなものは求めていないだろうと、シメオンは「はあ・・・・・」と曖昧な笑みを返すだけだった。
「ローザラン様は、その古代魔術を研究されていると伺っておりますが」
再び瞳をキラキラと輝かせて、尊敬の念でローザランをみつめるシルフィアに、ローザランはにっこりと笑み返す。
「ええ。ヴォルドレー大魔術師が受け継がれたかつてのオーデンレイド領国の魔術書が、大魔術師の結界のおかげで、あり難いことに今も大切に遺されておりますからね。当時の魔術書や、大魔術師が記された書物を読み解き、私も後進のために役に立ちたいと思っているのですよ」
「ご立派なお志ですね!さすがローザラン様!素晴らしいです!」
「いえいえ、とんでもない。素晴らしいのは、やはりヴォルドレー大魔術師でございましょう。偉大なお方ですから私も尊敬しております。ギルド魔術師を辞めてからは、魔術学院で古代魔術を研究しておりますが、まだまだ大魔術師の足元にもおよびません」
「ギルド魔術師・・・・・・そういえば、ローザラン様がギルド魔術師をされていた時、オーガスティン第2騎士団団長と組まれていたとお聞きいたしましたが」
オーガスティンの名を聞き、ローザランはふわりと優雅な微笑を浮かべた。
シメオンはその微笑に「おや?」と首を傾げる。
今までの嘘くさい微笑みではなく、本心から微笑んでいるように見えたからだ。
「ええ、そうですよ」
「ギルド魔術師を辞められたのは、古代魔術を研究するためなのですか?」
「それもありますけど・・・・・・最大の理由は、フェレイドにお願いされたためですかね」
「オーガスティン団長からのお願いですか?」
「ええ。彼はオーガスティン家の次男なのですが、不幸な事故でご長男がお亡くなりになられて。そのため実家に戻らなくてはならない事態となったのですよ。そのときに、一緒にオルセレイドに来て欲しいとお願いされたのです」
「え、ええ?それ、何だか求婚しているようにも聞こえますが・・・・・・」
シメオンが僅かに腰を浮かして、驚きの表情を顔に張り付かせていた。
「求婚という言い方は正しくないとおもいますよ、ローランリッジ宰相。同性同士で婚姻できる法律はこの国にはございませんでしょう?」
どこか馬鹿にしたような笑みを返され、シメオンはむっと顔をしかめて、再びソファにどっかりと腰を落とす。
「まあ、ですが、意味合いは間違っていないでしょう」
「え?」
ローザランは今まで以上に優美で綺麗な微笑みを浮かべ、シルフィアへと視線を向けた。
「フェレイドと私は、恋人同士、ですから」
「ええ、そうです。特にシリティア暦2000年頃が最も多く、3000人はいたと言われています」
用意された紅茶を一口飲み、ほとんど音をたてずに優雅な仕草でカップを置いたローザランは、にっこりと笑みを浮かべる。
星天の間の中央に置かれた豪華な応接ソファーに、シルフィアはローザランの隣に並び腰掛けていた。
憧れのローザランと対面し、こんな間近で直接話ができることに、シルフィアは未だ興奮が冷めることはなかった。
「3000人もですか?」
今の時代、魔物が数多く棲息するこの広い大陸で、魔術師の数は僅かに100人足らず。
そのあまりの数の差に驚愕させられる。
そんなシルフィアの驚きに、ローザランはふふっと小さく笑った。
「3000人といっても、まともな魔術師がどれほどいたかはわかりませんよ?」
「え?」
「当時、“魔術師”を騙る者も少なくなかったと言われてますからね」
「騙る?」
「ええ。実態は碌に力がない魔術師が多かったようですよ。魔物を滅することすらできない魔術師が」
「何故そのようなことに?」
「そうですね・・・・・・当時は今のようなギルドもありませんし、彼らを管理する組織のようなものがなかったからです。魔術を教える場所もあるにはあったようですが、かなり限られていたと思われます。それこそ魔術の基本すら知らない者も少なくなかったようです」
ローザランは嘆かわしそうに首を振った。
「ですから、”自称”魔術師が多かったわけです。魔術師だと名乗ればそれだけで良いのですから。実に愚の骨頂ですよね」
まるで他意などなさそうにふわりと笑ったローザランに、シルフィアも「そうですよね」と同意し頷くが、向かいのソファーに座るシメオンは、先程から言葉も発することもできず、ひきつった笑いを浮かべるだけだった。
「ですが、それでは魔術師の役目を果たせていなかったのではございませんか?」
「魔術師の役目、ですか?」
サラリと黄金の髪をかきあげて、ローザランはフッと笑う。
それは、どこか嘲笑にも似た笑みだった。
「まあ、果たせていたのでしょう」
「魔術を知らないのに?」
「ええ。当時の魔術師の役目は便利屋ですからね」
「便利屋?」
思いもかけない言葉に、シルフィアは僅かに腰を上げて目を見開く。
「ええ。例えば火をつける、凍らせる、水を張る。物を運ぶ、物を壊す。畑を耕したり木を伐採したり。それくらいなら魔術を使えない者でも何とか出来ますよ。多少魔術を使える者なら怪我や病の治療を、ときには雨を降らすこともしていたようです。つまり、魔術は生活の道具として使われました」
「生活の道具?魔術師がですか?」
魔物を滅する最後の砦と言われている今の魔術師と比べると、とても崇高な地位にある魔術師とは思えなかった。
「ええ。人力に頼らずに魔術に頼ったというわけです。人々は苦労をせずに楽をしようと魔術師を雇うのです。ですから、先ほど申し上げたような“自称”魔術師が数多く出現したわけですよ」
「金銭を得られるから・・・・・・でしょうか?」
ローザランはにっこりと微笑んだ。
「おっしゃるとおりです。殿下はご理解が早いですね」
「い、いえ・・・・・そのような・・・・・・」
憧れのローザランに誉められ、恥かしくなって俯いてしまう。
「多くが使えない魔術師ばかりだった中にも、幸いまともな魔術師もおりました。しかし、その数は2、300人ほどだったと言われています」
「3000人の中の2、300人ですか?随分と少ないのですね」
「ええ、少ないですね」
ローザランは人差し指を頬にあて、「うーん・・・・・」と考えるように小首を傾げて目を伏せた。
その仕草が、年上に対しては失礼かもしれないが、とても可愛らしいと思った。
シルフィアは、ローザランの知らない一面を垣間見て嬉しくなる。
「そんな300人の中でも、高度な魔術を要する古代魔術を扱えるのは100人ほどだったと記録が残っています」
「古代魔術ですか・・・・・・詳しくは存じあげませんが、とても強大な力を持つ魔術だと聞き及んでおります」
「ええ。扱いを間違えると、町の一つや二つ、簡単に灰塵と化すことが出来ます。より強力になれば、この大陸すら滅ぼせますよ」
「そんな簡単に!?」
「ええ、簡単に」
微笑むローザランは、まるで大したことではないと思っているようだった。
「ですが、そのような古代魔術も宝の持ち腐れだったようです」
「え?何故ですか?」
「当時、この大陸には今ほど魔物が棲息していなかったので、魔物を滅する役割としての魔術は然程求められていなかったのです」
「・・・今とは随分と違うのですね。では、そのような魔術師の方々のお力も、先ほどのように生活の道具とされていたのですか?」
「少し違いますね。力のある、特に、古代魔術を扱える魔術師たちは当然のことながら各地で重宝されました。そもそもアルフェレイク王国という国は、いくつかの領国が集まって成り立っていた連邦国家のようなものです。一応『アルフェレイク国王』は存在しておりましたが、あくまでも象徴的なものであり、実質的にはそれぞれの領王たちが領国を統治していたと言って良いでしょう」
ローザランは深くソファに腰掛けると、どこか遠い過去を視るかのように、月天の世界が描かれた天井を見上げた。
「2000年当時、領国の数は大小100近くあったそうです。そして、それぞれの領国同士の小競り合いが絶えなかった。領土を巡る争い、資源を巡る争い。愚かなことに、今も昔もそう変わらないのですよ。人間とは過去に学ばない生き物ですよね」
ふう、とため息をつき、ローザランは呆れたように首を振る。
「戦争をしていたのですか?同じアルフェレイク王国の中で?」
「ええ。それぞれの領国に自治権があるようなものです。あまり同国同士という意識はなかったのでしょう。そして、領国は魔術師たちをその争いのために利用しました」
「え?」
「簡単にいえば・・・兵器です」
ローザランは再びカップを取ると、優雅な仕草で紅茶を飲んだ。
話の内容はかなり物騒であるにも関わらず、まるで談笑をしているかのような柔らかな表情を浮かべながら。
「兵器?魔術を兵器としたのですか?」
「そうですよ。本来は魔物を滅するための魔術を兵器に転用する。安易といえば安易ですけどね。当然のことながら、領王たちは魔術師たちをこぞって手に入れようとしました。中には力のある魔術師を100人近く集めて、魔術師軍団をつくった国もあったくらいです。もちろん、戦争のためにですが」
「戦争・・・魔術師の方々はそれでよかったのでしょうか?」
「兵器として扱われることですか?まあ、よかったのではないでしょうか」
ローザランはわずかに苦笑して肩を竦める。
「大金を手に入れられるわけですし、大国に召し抱えられれば、魔術の研究が出来る環境も整っていたようですしね。魔術師たちの方が選択の自由はあったと思いますよ。先程の魔術師軍団を設けた領国、オーデンレイドというのですが、領国の中でも1、2を争う大国だったそうです。魔術師軍団を用いて戦を起こし、領土を広げていく。軍事的に最強の領国だったと言われています。何しろ、古代魔術を扱える魔術師が30人もいたのですから」
「30人もですか!?」
古代魔術を扱える魔術師が100人ほどという中で、30人もの魔術師が一国に集まったのであれば、かなりの占率だ。
「オーデンレイドは魔術師を戦争の兵器として使う一方で、彼らの研究に惜しみなく財を与え、古代魔術のさらなる発展と、魔術師の育成に随分と寄与したそうですよ。勿論、それによって自国を強化する目的もあったのでしょう。魔術師にとっても戦争は研究の成果を試せる場ですからね。実験場ですよ」
ローザランは事も無げに言うが、実験の対象は敵兵、つまり人間だ。
それに気付いたシメオンは恐ろしさで身体を震わせた。
「ですが、そのおかげで古代魔術を記した書物が多く残り、それが現代にも受け継がれているのですから、そう悪くはなかったと私は思っていますよ。私は兵器として扱われるなんて、当然にお断りいたしますけどね」
ニコッと笑ったローザランに、シルフィアもその笑みの意味がよくわからないながらも、同じように笑みを返した。
「魔術師の全盛期を迎えた2000年以後も領国各国は争いを繰り返したため、次第に国力が疲弊していきました。更に魔術師の数も減ってしまい、各国は魔術師獲得のために血眼になったのです。それすらも争いの原因となり、一層戦争の激しさが増していきました」
「そうなのですか・・・・・・残念ですね」
「ええ、誠に残念です。その力を日常的に生活の道具としていた人々にとっても、魔術師の減少は実に深刻な問題でした。元々まともに魔術すら使えない魔術師が多かったわけですから。それなりに魔術を扱える魔術師は一部の特権階級に雇われていたため、一般の民にはとてもその力を得ることはできません。かといって、力に頼らず自力で生活していく方向へ転換できたかというと、それまでの習慣を変えることはなかなかに難しかったようです。楽な方法を見つければそちらへ、また別の楽な方法をみつければそちらへ・・・・・・実に愚かで嘆かわしいことです」
眉根をひそめてふう・・・・・と深い溜息をついたローザランは心から当時の人々の辛さを思って、悲しみ、憂いているように見えた。
シルフィアも共感し、同じように悲しい気持ちになる。
シメオンはというと、ローザランは憂いているというよりも、言葉どおりに当時の人々のことを「愚か」だと思っていると気づいていたのだが、シルフィアの夢を壊すわけにはいかなかったので黙っていることにした。
「国力は弱まり、各地で疫病は流行り、自然災害が発生する・・・・・それでも人々は争いをやめはしませんでした。まるで虫の大群のように他国を侵略し、その土地の全てを奪いつくした後、土地が荒れればまた次の国を侵略する。それの繰り返しです。そうやって、お互いがお互いを食い潰すような醜い争いを繰広げていたとき、それがアルフェレイクを襲ったのです」
「それは・・・魔物、でしょうか?」
「おっしゃる通りです」
ローザランは一度瞬きをして、ゆっくりと頷いた。
「魔物の襲来により、魔物に対峙する術がないアルフェレイク王国は、闇の生き物たちの前に簡単に滅び去ってしまいました。以降、かろうじて生き残った人々が、細々と魔物に怯えながら暮らしていくわけです。あれほど多くいた魔術師たちも数十人足らず、ましてや古代魔術を扱える者も数えられるほどになってしまいました」
静かな口調で淡々と語り、ローザランは膝の上に両手を組んだ拳を乗せて目を伏せた。
「そのような危機的状況を救われたのが、偉大なる大魔術師ラヴェル=ファイエ=ヴォルドレー様なのです。ヴォルドレー大魔術師が建国間もない小国のオルセレイド王国に訪れた理由、殿下はそれをご存知でしょうか?」
「シェラサルトの民の保護のため。そのように私は学びました」
「そうですね、それも一つの理由です。ですが、もう一つ・・・・・・ヴォルドレー大魔術師は、何よりもまず、少数となってしまった魔術師の数を増やすこと、かつては兵器として使われ、いつしか廃れてしまった古代魔術を復活させること、それこそが急務であると考えられたのです」
「古代魔術の復活ですか?」
「はい。当然ながら、ヴォルドレー大魔術師は古代魔術を扱える数少ない魔術師のお1人です。ですが、大魔術師でさえ知らない古代魔術も少なからずあったようです。それらが記された古の魔術書が、オルセレイド王国に遺されていたのです」
今でこそオルセレイド王国は魔術王国として大陸中にその名を知られる国ではあるが、建国当時は現在のセンシシア王国よりも小国で、決して豊かではない国だった。
そのような小国に、ヴォルドレー大魔術師が求める魔術書が存在していたことは驚きだった。
「オルセレイド王国は、かつてアルフェレイク王国で権勢を誇った、領国オーデンレイドの末裔たちが築いた国なのです」
「あっ」
シルフィアが思わず声をあげると、ローザランはにっこりと笑って頷いた。
「そうです。魔術を兵器とし、領土を広げていったオーデンレイドです」
非戦で中立の立場をとる現在のオルセレイドの源が、列強のオーデンレイドにあると聞いてもあまり共通点は感じられない。
オルセレイド王国の歴史書には、そのようなことは記載されていなかったはず。
そのことを問いかけてみれば、ローザランは右手を顎にあてて、ふふっと微笑んだ。
「歴史書には記されていないと思います。あくまでも、アルフェレイク王国の末裔であるということのみ書かれていると思われます。ローランリッジ宰相はいかがですか?さすがに政を司るお方ですから、それくらいは当然にご存知ですよね?」
視線を向けられてふわりと微笑むローザランに、シメオンは苦虫を潰したような表情でゆっくりと頷いた。
「ええ、まあ・・・・・・そうですね。公の歴史書にはあまり記されておりませんが、初代国王グラミラス1世はオーデンレイド領国の領王の末裔だったと言われております。我が国が『魔術王国』と呼ばれるようになった理由の一つであるとも言われております。しかし、非戦を掲げる今のオルセレイド王国の理念にとって、それはあまり印象がよいものではないとの理由で、いつしか非公式の事実とされ、現在は一部の政府高官にしか知らされておりません」
「そうだったのですか・・・・・・」
「アルフェレイク王国の当時のことを詳しく知る者はそうおりませんから、私はべつに公にしてもよいと思いますけどね。オーデンレイド領国が魔術師を庇護し、戦のためとはいえ、それによって古代魔術に関する多くの書物が遺され、偉大なるヴォルドレー大魔術師に受け継がれたのですから」
「ねえ?」と微笑むローザランはシメオンに同意を求めているようにも見えたが、恐らくそのようなものは求めていないだろうと、シメオンは「はあ・・・・・」と曖昧な笑みを返すだけだった。
「ローザラン様は、その古代魔術を研究されていると伺っておりますが」
再び瞳をキラキラと輝かせて、尊敬の念でローザランをみつめるシルフィアに、ローザランはにっこりと笑み返す。
「ええ。ヴォルドレー大魔術師が受け継がれたかつてのオーデンレイド領国の魔術書が、大魔術師の結界のおかげで、あり難いことに今も大切に遺されておりますからね。当時の魔術書や、大魔術師が記された書物を読み解き、私も後進のために役に立ちたいと思っているのですよ」
「ご立派なお志ですね!さすがローザラン様!素晴らしいです!」
「いえいえ、とんでもない。素晴らしいのは、やはりヴォルドレー大魔術師でございましょう。偉大なお方ですから私も尊敬しております。ギルド魔術師を辞めてからは、魔術学院で古代魔術を研究しておりますが、まだまだ大魔術師の足元にもおよびません」
「ギルド魔術師・・・・・・そういえば、ローザラン様がギルド魔術師をされていた時、オーガスティン第2騎士団団長と組まれていたとお聞きいたしましたが」
オーガスティンの名を聞き、ローザランはふわりと優雅な微笑を浮かべた。
シメオンはその微笑に「おや?」と首を傾げる。
今までの嘘くさい微笑みではなく、本心から微笑んでいるように見えたからだ。
「ええ、そうですよ」
「ギルド魔術師を辞められたのは、古代魔術を研究するためなのですか?」
「それもありますけど・・・・・・最大の理由は、フェレイドにお願いされたためですかね」
「オーガスティン団長からのお願いですか?」
「ええ。彼はオーガスティン家の次男なのですが、不幸な事故でご長男がお亡くなりになられて。そのため実家に戻らなくてはならない事態となったのですよ。そのときに、一緒にオルセレイドに来て欲しいとお願いされたのです」
「え、ええ?それ、何だか求婚しているようにも聞こえますが・・・・・・」
シメオンが僅かに腰を浮かして、驚きの表情を顔に張り付かせていた。
「求婚という言い方は正しくないとおもいますよ、ローランリッジ宰相。同性同士で婚姻できる法律はこの国にはございませんでしょう?」
どこか馬鹿にしたような笑みを返され、シメオンはむっと顔をしかめて、再びソファにどっかりと腰を落とす。
「まあ、ですが、意味合いは間違っていないでしょう」
「え?」
ローザランは今まで以上に優美で綺麗な微笑みを浮かべ、シルフィアへと視線を向けた。
「フェレイドと私は、恋人同士、ですから」
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