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第29話 微笑みの下で
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「こ、こ、恋人!?」
勢い良く立ち上がり目を白黒させて、言った本人よりも動揺するシメオンに対し、ローザランは涼やかな笑みを向ける。
「ええ、そうですよ」
「ま、真でございますか!?」
「本当ですよ。私が貴方に偽りを告げても何の得もないでしょう?それに、それほど驚くことでもないと思いますが」
稀代の天才魔術師とまで謳われるセヴェリーニ=ローザランと、オルセレイド騎士団随一の剣術の使い手であるフェレイド=ローザ=オーガスティン。
その二人が恋人同士なのだという。
シルフィアも正直驚きを隠せなかったが、脳内で二人の姿を並べてみると、確かにしっくりとしていてお似合いだと思えた。
「男性同士ではございませんか!!」
「おや。妙なことをおっしゃいますね、ローランリッジ宰相は。何か不都合でもございましたか?」
「ふ、ふ、不都合って・・・・・!」
「では、貴方はどうなのです?貴方とジェスハルナス第3騎士団副団長は?貴方がたも男性ですが、恋人同士ですよね?」
「なっ!!」
思いもかけないことを指摘され、シメオンは目を見開き、顔を真っ赤にして固まってしまった。
ようやく吐き出した言葉は裏返っていて、常のシメオンの冷静さからはかけ離れた狼狽えぶりだった。
「な、な、な、なぜっ!!何故、あなたが、それを、ご存知なのですか!?」
「シメオン様、あの、落ち着いてください」
シルフィアは顔を紅潮させて身体を震わせているシメオンの側に寄ると、その肩にそっと手を置いた。
「殿下・・・・・・ですがっ・・・・・・」
「先日の合同演習で、ウォーレン様とオーガスティン騎士団長との遣り取りを見ましたが、お二人は随分と親しい間柄のように思えました。その繋がりで、ローザラン様もご存知なのではないでしょうか」
「え?は?え?」
「そのとおりです、殿下。さすがでございますね。ご理解が早くて、私も説明の手間が省けます」
嬉しそうに微笑むローザランだったが、シメオンは未だよく理解できていないようだった。
「オーガスティン騎士団長とウォーレンが親しいことは知っていますが、それで何故ローザラン様が・・・・・・」
「やれやれ、宰相ともあろう方がまだわかっておられないのですか?」
呆れたように肩を竦め、ローザランは大袈裟に溜息をついた。
「ジェスハルナス殿は頻繁にフェレイドの屋敷に来ているのですよ。事前に何の連絡もなく。任地から戻られたときには、土産と称して酒を持ち込んで、二人で朝まで飲み明かしていますよ。嫌々ですけれど、私もその場に付き合わされたことがあります。酔っ払ったジェスハルナス殿から、私は貴方のことを散々聞かされました・・・・・・まったく、惚気るのも大概にしていただきたいものです」
「な・・・・・・な・・・・・・」
口をぱくぱくと魚のように開けたまま、顔を真っ赤にさせたり真っ青にさせたり、とにかくシメオンの動揺ぶりは半端なく、今にも倒れてしまいそうなほどだった。
「殿下もご存知ですよね?」
「は、はい・・・・・・」
シルフィアが二人の関係を知っていることも、恐らくウォーレンから聞いたのだろう。
「ジェスハルナス殿は、私とフェレイドの関係を貴方に教えてはいなかったのですね。てっきり話していると思っていたのですが、案外口は固いのでしょうか。別に秘密にして欲しいと言った覚えはないのですが」
「んー・・・・・」と人差し指を頬にあてて、ローザランは記憶を手繰り寄せるように考え込む。
「秘密にされていないのですか?」
お似合いの二人だとは思うが、天才魔術師と騎士団団長が恋人同士などと公に知られれば、それはかなりの大騒ぎになるだろう。
だというのに、ローザランは特に気負うことなくあっさりと公言した。
「いいえ、しておりませんよ。かといって、誰彼構わず言いふらすようなこともしておりませんから、実際知る者は限られていますが」
「ですが、お二人とも男性ですよ!?同性同士ですよ!?隠そうとは思わないのですか!?」
再び声をあけたのは、戸惑いながらもどこか真剣な表情のシメオンだった。
「隠す?何故です?同性同士だとか、そのようなことは特に何の意味も成さないのではないですか?相手を愛しているのであれば」
ふわりと微笑むローザランに、シルフィアもシメオンも言葉を詰まらせて目を見開いた。
「私はフェレイドを愛していますよ。ギルド魔術師を辞めてまで、この人と共にオルセレイドに行きたいと思ったくらいに。安売りはしませんが、ちゃんとフェレイドにも気持ちは伝えておりますよ?」
ローザランはゆっくりと立ち上がると両手を後ろで組み、一度すうっと天井を見上げ、そして、その綺麗な紫の瞳をシルフィアとシメオンに向けた。
「貴方はいかがですか?ローランリッジ宰相」
「私は・・・・・・」
「ジェスハルナス殿は酔っ払っていつもおっしゃってますよ。『あいつは恥かしがりやだから、なかなか面と向かって言ってくれないが、俺のことを愛してくれていることは視線や表情でちゃんとわかっている。だが、たまには面と向かって、愛していると可愛い声で言ってほしいんだけどなあ』と。まったく・・・聞かされるこっちはたまったものではないですよ」
はあ・・・・・・と呆れたように溜息を吐いたローザランは、両手を組んだまま肩を竦めた。
「そ、そ、それは・・・・・・・」
かあああっとまるで茹でられたように、これ以上ないくらいに顔を真っ赤にさせて、シメオンは恥かしそうに俯いてしまう。
「何故言ってさしあげないのですか?自信が無いのですか?それとも・・・愛していらっしゃらない?」
「そ、そんなことはございません!私はウォーレンのこと、愛しています!」
顔を上げ、かっとなって勢いで言ってしまったらしいシメオンは、はっと我に返り、慌てて口を押さえて頬を染め、再び俯いてしまった。
「それならば、隠す必要も恥かしがる必要もないでしょう?そして、その気持ちをジェスハルナス殿にちゃんと伝えてはいかがです?言わなくても汲み取ってもらえるなどと考えるのは傲慢ですよ?そして、あの男の手綱をしっかり掴まえておいてください。私とフェレイドの邪魔をしないように」
「う・・・・・・」
返す言葉を無くしたシメオンから視線をはずすと、微笑を浮かべたままのローザランは、今度はそれをシルフィアへと向けてきた。
シルフィアの心臓がドクンと脈打つ。
「それで?殿下はいかがです?」
「え?私ですか?・・・いえ、私は特にそのような方はおりませんから・・・・・・」
先ほどまでは特に気にならなかったローザランの視線が、何故か今はとても痛くて、逃れるようにシルフィアは瞳を伏せてしまう。
「おや、そうなのですか?合同演習のとき、国王陛下と殿下は、誰も入り込むことができないような良い雰囲気だったとか。陛下は殿下のことを大切に想われているようだと聞いたので、てっきりお二人は愛し合っておられるのだと思ったのですが?」
「ちっ、ちがっ・・・・・違います!誤解です!そのようなことは決してございません!」
シルフィアはかあああっと頬を染めて、慌てて首と両手を大きく振った。
「違うのですか?おかしいですね・・・フェレイドの観察眼が外れることはないのですが・・・・・・」
人差し指を頬にあて、「うーん・・・・・」と考える様子のローザランは、ふと、何かを思いついたように笑みを浮かべた。
「なるほど。そういうことですか・・・・・・自覚なし、と」
「え?」
「ああ、いいえ。やはり推測で話すのはやめておきましょう。陛下と殿下にも失礼ですからね」
ローザランのその笑みは何を考えているのか、シルフィアには読み取ることはできなかった。
「しかし残念ですね。殿下がオルセレイドに嫁いでこられると聞いたとき、ようやく同性同士の婚姻を認める法律ができるのかと、少し期待していたのですよ。私はあまり婚姻関係にこだわりませんが、フェレイドが酷く残念がっていました」
「ローザラン様、その件に関しては我が国だけで済む話ではございません。当然のことながら神殿も関わることですし、他国とも調整をしなくてはなりません。強い反対もまだございますので、安易に施行できる類の法律では・・・・・・」
先ほどまでの動揺ぶりが嘘のように、シメオンは宰相の顔へと変わり些か強い口調になる。
「わかっておりますよ、宰相殿。ですが、最終は国王陛下が決断されるかされないかでしょう?まあ・・・そう遠くない日に実現するかもしれません。あまり期待はせずに待っておきましょう」
1人納得した様子のローザランは、ふと窓の外に視線を移した。
「ああ・・・・・気づけばけっこう時間がたちましたね。そろそろ失礼しなくては」
「え?もうですか?」
話に夢中で気づかなかったが、窓の外の空を見上げれば、確かにもう夕方の色になりかけていた。
「今日のところは。私も残念ですが」
「そうですか・・・・・・」
忙しい合間を縫って、こちらからの無理なお願いを聞き入れてもらったのだ。
憧れのローザランともっとたくさんの話をしたいけれども、なかなかこのような機会はないだろう。
「殿下がよろしければ、今日のように時間をいただいて、またお会いしたいですね」
「え!?」
思いもかけないローザランからの申し出に、シルフィアの表情が一気にぱあ・・・・と笑顔で満たされた。
「私も殿下と話をしていて楽しかったですし、ご理解がとても早いので会話もはずみますしね。アルフェレイクのことだけでなく、殿下とは色々と話をしたいですね。シェラサルトの民と祖を同じくするセンシシアのこと、次回にでも私に教えていただけませんか?」
「は、はい!こちらこそ喜んで!」
「・・・・・・よろしいでしょうか?」
ローザランから確認を求められてシメオンは少し考えたが、承諾の意を込めて頷いた。
「はい。陛下からもお許しいただけると思います」
「だそうです。よかったですね」
「はい!」
シルフィアは飛び上がらんばかりに歓喜し笑顔になる。
「ところで殿下、それは・・・・・・剣ですか?」
「え?」
興奮の絶頂にいたシルフィアは、ローザランの視線を追う。
「あ、これは・・・はい」
上衣でいつも覆っているが、僅かに開いた袷から柄の部分が見えたのだろう。
腰に提げた細身の剣。
「ジェスハルナス殿と手合わせをされたそうですね。フェレイドが殿下の剣術が素晴らしいと随分ほめておりました。一度手合わせしたいと言っていましたよ」
「オーガスティン団長と手合わせなど、恐れ多いことです!」
驚いてぶんぶんと首を振れば、手を口元にあてたローザランがくすっと笑う。
「謙遜される必要はございませんよ。フェレイドがそのようなことを言うのは珍しいのですから。剣を拝見してもよろしいでしょうか?」
「え?あ、はい」
シルフィアは剣帯から剣を外そうとしたのだが、ローザランは遮るように手を振った。
「そのままで結構です。剣は大切なものでしょう?簡単に触れさせるものではございませんよ?」
「いいえ、構いません。ローザラン様に触れていただけることは大変光栄なことですから」
「おや、嬉しいですね。殿下に信頼いただけたということでしょうか。では、少しだけ失礼いたします」
ローザランは剣の柄に指先でそっと触れた。
「ああ・・・良い剣ですね」
「良い剣・・・でございますか?」
確かにこの剣は、良い材質と腕の良い職人によって鍛えられた良質の剣なのだが、ローザランが言っているのはそういうことではないだろう。
「物には使う方の気が宿りますからね。これは殿下の良質の気が宿った良い剣です」
「気?」
何を言っているのか理解ができず、シルフィアはシメオンと顔を見合わせ、二人して首をかしげてしまった。
「では・・・・・・」
不意にローザランの口からこぼれた、聞きなれない言葉。
言葉の意味は理解できないが、ローザランの声で紡がれるそれは、耳に優しく心地よかった。
それが途切れたと途端、剣の周囲が一瞬ボウッと白く輝いたかと思うと、その輝きはすぐに消えうせてしまった。
「・・・あの、これは?」
「これは護符の術です」
「護符?」
「はい。万が一危険な目に合われた際に殿下を御守りする術です。その術は『その時』にならなければ発動いたしません。願わくは、それが発動しないことを願いたいですね」
シルフィアは目をぱちぱちさせたまま、剣とローザランを交互に見る。
「そのような術・・・よろしいのでしょうか・・・」
セヴェリーニ=ローザランに術を施された剣ともなれば、これは国宝級の宝物になってしまったのではないだろうか。
あまり重たさを感じなかった剣が、急にずしりと重く感じられた。
「まあ、気休めのようなものですから気になさらないでください。殿下とお知り合いになれた記念とでも思っていただければ」
「は、はい・・・ありがとうございます」
「ですが、私が術を施したことは、あまり公にはされないほうがよろしいかと思います。出来れば、陛下にも内緒にしておいてくださいね。ローランリッジ宰相も」
ローザランのその笑顔はどこか有無を言わせないもので、シルフィアもシメオンも頷くことしか出来なかった。
「殿下、一つだけ私から忠告を申し上げてよろしいでしょうか?」
「え?は、はい」
忠告とは一体何を言われるのだろう。
ドキドキして構えるシルフィアに、ローザランは先ほどまでとは違う、どこか慈愛にも似た穏やかな微笑を浮かべた。
「相手に遠慮して想いを胸に秘めておくことは、必ずしも美徳とは言えません。言葉で伝えなくては何も伝わりません。一度、殿下の想いを言葉にして伝えてみてはいかがですか?恐れる必要はございません。思いもかけず、何かが変わるかもしれませんよ?」
勢い良く立ち上がり目を白黒させて、言った本人よりも動揺するシメオンに対し、ローザランは涼やかな笑みを向ける。
「ええ、そうですよ」
「ま、真でございますか!?」
「本当ですよ。私が貴方に偽りを告げても何の得もないでしょう?それに、それほど驚くことでもないと思いますが」
稀代の天才魔術師とまで謳われるセヴェリーニ=ローザランと、オルセレイド騎士団随一の剣術の使い手であるフェレイド=ローザ=オーガスティン。
その二人が恋人同士なのだという。
シルフィアも正直驚きを隠せなかったが、脳内で二人の姿を並べてみると、確かにしっくりとしていてお似合いだと思えた。
「男性同士ではございませんか!!」
「おや。妙なことをおっしゃいますね、ローランリッジ宰相は。何か不都合でもございましたか?」
「ふ、ふ、不都合って・・・・・!」
「では、貴方はどうなのです?貴方とジェスハルナス第3騎士団副団長は?貴方がたも男性ですが、恋人同士ですよね?」
「なっ!!」
思いもかけないことを指摘され、シメオンは目を見開き、顔を真っ赤にして固まってしまった。
ようやく吐き出した言葉は裏返っていて、常のシメオンの冷静さからはかけ離れた狼狽えぶりだった。
「な、な、な、なぜっ!!何故、あなたが、それを、ご存知なのですか!?」
「シメオン様、あの、落ち着いてください」
シルフィアは顔を紅潮させて身体を震わせているシメオンの側に寄ると、その肩にそっと手を置いた。
「殿下・・・・・・ですがっ・・・・・・」
「先日の合同演習で、ウォーレン様とオーガスティン騎士団長との遣り取りを見ましたが、お二人は随分と親しい間柄のように思えました。その繋がりで、ローザラン様もご存知なのではないでしょうか」
「え?は?え?」
「そのとおりです、殿下。さすがでございますね。ご理解が早くて、私も説明の手間が省けます」
嬉しそうに微笑むローザランだったが、シメオンは未だよく理解できていないようだった。
「オーガスティン騎士団長とウォーレンが親しいことは知っていますが、それで何故ローザラン様が・・・・・・」
「やれやれ、宰相ともあろう方がまだわかっておられないのですか?」
呆れたように肩を竦め、ローザランは大袈裟に溜息をついた。
「ジェスハルナス殿は頻繁にフェレイドの屋敷に来ているのですよ。事前に何の連絡もなく。任地から戻られたときには、土産と称して酒を持ち込んで、二人で朝まで飲み明かしていますよ。嫌々ですけれど、私もその場に付き合わされたことがあります。酔っ払ったジェスハルナス殿から、私は貴方のことを散々聞かされました・・・・・・まったく、惚気るのも大概にしていただきたいものです」
「な・・・・・・な・・・・・・」
口をぱくぱくと魚のように開けたまま、顔を真っ赤にさせたり真っ青にさせたり、とにかくシメオンの動揺ぶりは半端なく、今にも倒れてしまいそうなほどだった。
「殿下もご存知ですよね?」
「は、はい・・・・・・」
シルフィアが二人の関係を知っていることも、恐らくウォーレンから聞いたのだろう。
「ジェスハルナス殿は、私とフェレイドの関係を貴方に教えてはいなかったのですね。てっきり話していると思っていたのですが、案外口は固いのでしょうか。別に秘密にして欲しいと言った覚えはないのですが」
「んー・・・・・」と人差し指を頬にあてて、ローザランは記憶を手繰り寄せるように考え込む。
「秘密にされていないのですか?」
お似合いの二人だとは思うが、天才魔術師と騎士団団長が恋人同士などと公に知られれば、それはかなりの大騒ぎになるだろう。
だというのに、ローザランは特に気負うことなくあっさりと公言した。
「いいえ、しておりませんよ。かといって、誰彼構わず言いふらすようなこともしておりませんから、実際知る者は限られていますが」
「ですが、お二人とも男性ですよ!?同性同士ですよ!?隠そうとは思わないのですか!?」
再び声をあけたのは、戸惑いながらもどこか真剣な表情のシメオンだった。
「隠す?何故です?同性同士だとか、そのようなことは特に何の意味も成さないのではないですか?相手を愛しているのであれば」
ふわりと微笑むローザランに、シルフィアもシメオンも言葉を詰まらせて目を見開いた。
「私はフェレイドを愛していますよ。ギルド魔術師を辞めてまで、この人と共にオルセレイドに行きたいと思ったくらいに。安売りはしませんが、ちゃんとフェレイドにも気持ちは伝えておりますよ?」
ローザランはゆっくりと立ち上がると両手を後ろで組み、一度すうっと天井を見上げ、そして、その綺麗な紫の瞳をシルフィアとシメオンに向けた。
「貴方はいかがですか?ローランリッジ宰相」
「私は・・・・・・」
「ジェスハルナス殿は酔っ払っていつもおっしゃってますよ。『あいつは恥かしがりやだから、なかなか面と向かって言ってくれないが、俺のことを愛してくれていることは視線や表情でちゃんとわかっている。だが、たまには面と向かって、愛していると可愛い声で言ってほしいんだけどなあ』と。まったく・・・聞かされるこっちはたまったものではないですよ」
はあ・・・・・・と呆れたように溜息を吐いたローザランは、両手を組んだまま肩を竦めた。
「そ、そ、それは・・・・・・・」
かあああっとまるで茹でられたように、これ以上ないくらいに顔を真っ赤にさせて、シメオンは恥かしそうに俯いてしまう。
「何故言ってさしあげないのですか?自信が無いのですか?それとも・・・愛していらっしゃらない?」
「そ、そんなことはございません!私はウォーレンのこと、愛しています!」
顔を上げ、かっとなって勢いで言ってしまったらしいシメオンは、はっと我に返り、慌てて口を押さえて頬を染め、再び俯いてしまった。
「それならば、隠す必要も恥かしがる必要もないでしょう?そして、その気持ちをジェスハルナス殿にちゃんと伝えてはいかがです?言わなくても汲み取ってもらえるなどと考えるのは傲慢ですよ?そして、あの男の手綱をしっかり掴まえておいてください。私とフェレイドの邪魔をしないように」
「う・・・・・・」
返す言葉を無くしたシメオンから視線をはずすと、微笑を浮かべたままのローザランは、今度はそれをシルフィアへと向けてきた。
シルフィアの心臓がドクンと脈打つ。
「それで?殿下はいかがです?」
「え?私ですか?・・・いえ、私は特にそのような方はおりませんから・・・・・・」
先ほどまでは特に気にならなかったローザランの視線が、何故か今はとても痛くて、逃れるようにシルフィアは瞳を伏せてしまう。
「おや、そうなのですか?合同演習のとき、国王陛下と殿下は、誰も入り込むことができないような良い雰囲気だったとか。陛下は殿下のことを大切に想われているようだと聞いたので、てっきりお二人は愛し合っておられるのだと思ったのですが?」
「ちっ、ちがっ・・・・・違います!誤解です!そのようなことは決してございません!」
シルフィアはかあああっと頬を染めて、慌てて首と両手を大きく振った。
「違うのですか?おかしいですね・・・フェレイドの観察眼が外れることはないのですが・・・・・・」
人差し指を頬にあて、「うーん・・・・・」と考える様子のローザランは、ふと、何かを思いついたように笑みを浮かべた。
「なるほど。そういうことですか・・・・・・自覚なし、と」
「え?」
「ああ、いいえ。やはり推測で話すのはやめておきましょう。陛下と殿下にも失礼ですからね」
ローザランのその笑みは何を考えているのか、シルフィアには読み取ることはできなかった。
「しかし残念ですね。殿下がオルセレイドに嫁いでこられると聞いたとき、ようやく同性同士の婚姻を認める法律ができるのかと、少し期待していたのですよ。私はあまり婚姻関係にこだわりませんが、フェレイドが酷く残念がっていました」
「ローザラン様、その件に関しては我が国だけで済む話ではございません。当然のことながら神殿も関わることですし、他国とも調整をしなくてはなりません。強い反対もまだございますので、安易に施行できる類の法律では・・・・・・」
先ほどまでの動揺ぶりが嘘のように、シメオンは宰相の顔へと変わり些か強い口調になる。
「わかっておりますよ、宰相殿。ですが、最終は国王陛下が決断されるかされないかでしょう?まあ・・・そう遠くない日に実現するかもしれません。あまり期待はせずに待っておきましょう」
1人納得した様子のローザランは、ふと窓の外に視線を移した。
「ああ・・・・・気づけばけっこう時間がたちましたね。そろそろ失礼しなくては」
「え?もうですか?」
話に夢中で気づかなかったが、窓の外の空を見上げれば、確かにもう夕方の色になりかけていた。
「今日のところは。私も残念ですが」
「そうですか・・・・・・」
忙しい合間を縫って、こちらからの無理なお願いを聞き入れてもらったのだ。
憧れのローザランともっとたくさんの話をしたいけれども、なかなかこのような機会はないだろう。
「殿下がよろしければ、今日のように時間をいただいて、またお会いしたいですね」
「え!?」
思いもかけないローザランからの申し出に、シルフィアの表情が一気にぱあ・・・・と笑顔で満たされた。
「私も殿下と話をしていて楽しかったですし、ご理解がとても早いので会話もはずみますしね。アルフェレイクのことだけでなく、殿下とは色々と話をしたいですね。シェラサルトの民と祖を同じくするセンシシアのこと、次回にでも私に教えていただけませんか?」
「は、はい!こちらこそ喜んで!」
「・・・・・・よろしいでしょうか?」
ローザランから確認を求められてシメオンは少し考えたが、承諾の意を込めて頷いた。
「はい。陛下からもお許しいただけると思います」
「だそうです。よかったですね」
「はい!」
シルフィアは飛び上がらんばかりに歓喜し笑顔になる。
「ところで殿下、それは・・・・・・剣ですか?」
「え?」
興奮の絶頂にいたシルフィアは、ローザランの視線を追う。
「あ、これは・・・はい」
上衣でいつも覆っているが、僅かに開いた袷から柄の部分が見えたのだろう。
腰に提げた細身の剣。
「ジェスハルナス殿と手合わせをされたそうですね。フェレイドが殿下の剣術が素晴らしいと随分ほめておりました。一度手合わせしたいと言っていましたよ」
「オーガスティン団長と手合わせなど、恐れ多いことです!」
驚いてぶんぶんと首を振れば、手を口元にあてたローザランがくすっと笑う。
「謙遜される必要はございませんよ。フェレイドがそのようなことを言うのは珍しいのですから。剣を拝見してもよろしいでしょうか?」
「え?あ、はい」
シルフィアは剣帯から剣を外そうとしたのだが、ローザランは遮るように手を振った。
「そのままで結構です。剣は大切なものでしょう?簡単に触れさせるものではございませんよ?」
「いいえ、構いません。ローザラン様に触れていただけることは大変光栄なことですから」
「おや、嬉しいですね。殿下に信頼いただけたということでしょうか。では、少しだけ失礼いたします」
ローザランは剣の柄に指先でそっと触れた。
「ああ・・・良い剣ですね」
「良い剣・・・でございますか?」
確かにこの剣は、良い材質と腕の良い職人によって鍛えられた良質の剣なのだが、ローザランが言っているのはそういうことではないだろう。
「物には使う方の気が宿りますからね。これは殿下の良質の気が宿った良い剣です」
「気?」
何を言っているのか理解ができず、シルフィアはシメオンと顔を見合わせ、二人して首をかしげてしまった。
「では・・・・・・」
不意にローザランの口からこぼれた、聞きなれない言葉。
言葉の意味は理解できないが、ローザランの声で紡がれるそれは、耳に優しく心地よかった。
それが途切れたと途端、剣の周囲が一瞬ボウッと白く輝いたかと思うと、その輝きはすぐに消えうせてしまった。
「・・・あの、これは?」
「これは護符の術です」
「護符?」
「はい。万が一危険な目に合われた際に殿下を御守りする術です。その術は『その時』にならなければ発動いたしません。願わくは、それが発動しないことを願いたいですね」
シルフィアは目をぱちぱちさせたまま、剣とローザランを交互に見る。
「そのような術・・・よろしいのでしょうか・・・」
セヴェリーニ=ローザランに術を施された剣ともなれば、これは国宝級の宝物になってしまったのではないだろうか。
あまり重たさを感じなかった剣が、急にずしりと重く感じられた。
「まあ、気休めのようなものですから気になさらないでください。殿下とお知り合いになれた記念とでも思っていただければ」
「は、はい・・・ありがとうございます」
「ですが、私が術を施したことは、あまり公にはされないほうがよろしいかと思います。出来れば、陛下にも内緒にしておいてくださいね。ローランリッジ宰相も」
ローザランのその笑顔はどこか有無を言わせないもので、シルフィアもシメオンも頷くことしか出来なかった。
「殿下、一つだけ私から忠告を申し上げてよろしいでしょうか?」
「え?は、はい」
忠告とは一体何を言われるのだろう。
ドキドキして構えるシルフィアに、ローザランは先ほどまでとは違う、どこか慈愛にも似た穏やかな微笑を浮かべた。
「相手に遠慮して想いを胸に秘めておくことは、必ずしも美徳とは言えません。言葉で伝えなくては何も伝わりません。一度、殿下の想いを言葉にして伝えてみてはいかがですか?恐れる必要はございません。思いもかけず、何かが変わるかもしれませんよ?」
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