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第41話 強い愛着

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「に・・・・・兄様?」

 アークレイの顔が、一瞬にして引きつった。

「はい。すぐ上の兄様です」

「えー・・・と、共にディヴェルカ=イングラム殿より剣の指南を受けられたという兄君のことか?」

「はい。兄様は私より3歳年上ですが、そのオスカー兄様の雰囲気がアークレイ様とよく似ておられます」

「兄・・・・・・」

 何に衝撃を受けているのか、アークレイは目を伏せて片手で顔を覆ってしまった。

「兄君と同等にされて、ここは喜ぶべきなのか悲しむべきなのか・・・・・」

 シルフィアにはよくわからないことをアークレイはつぶやいている。

「オスカー兄様はとても凛々しくて、強くて、頭は良いし、誰に対しても公平に接する、皆からの信頼がとても厚い人なのです」

「ほう・・・・・・確か、センシシアの騎士団を束ねられていたのだったな」

「はい、仰るとおりです。兄様は2年前にエルガスティンへ養子に出られてしまって・・・手紙は頂いておりますが、長くお会いしておりませんので、今は少し寂しいです・・・」

「エルガスティンか・・・・・・」

 エルガスティン王国といえば、大陸の北西に位置し、リヒテラン王国などと並ぶ大国四強の一国だ。
 四強国の中でも、勇猛果敢で好戦的な人々が多いと知られている。
 一方で、法規はさほど厳しくはなく、柔軟性があり、かなり大らかな国民性だとも言われている。
 リヒテランやファーリヴァイアのように、オルセレイド王国に対して圧力をかけてくるということもない。

「はい。あ、ですが・・・・・・」

「ん?」

「兄様は寡黙で多くを語らない方ですので、どちらかというと人を寄せ付けない雰囲気があります・・・・・・私にはとても優しい方なのですが、初めて会う人からは、兄様は『怖そうな人』と思われてしまうそうです」

 シルフィアは、そんな兄の顔を思い出してくすっと笑った。

「ほう?」

「そういうところは、アークレイ様とは違いますね」

「ん?俺にはそのようなところはないか?」

「アークレイ様はそのような・・・・・・初めてお会いしたときからお優しくて、私はとても安心いたしました。緊張しておりましたが、アークレイ様の笑顔に解していただきました」

「そうかそうか」

 シルフィアの答えに満足したのか、アークレイは嬉しそうに笑みを浮べて大きく頷いた。

「シルフィアは第5王子だったな?兄君が4人おられるのか?」

「はい。あと、姉が2人おります」

「7人兄弟か・・・・・・貴方は末っ子だったな」

「はい。一番上の兄様以外は、既に他国に嫁いだり養子に出られておりますが、時々センシシアに戻って来られています」

「ほう、仲がいいのだな。兄弟姉妹、人数も多いし楽しそうだ」

「はい。アークレイ様には妹君のセルフィーナ様がおられますよね」

「ああ」

「とても綺麗で可愛らしい方だと伺っております。西宮の『獅子の間』に飾られている、幼い頃の肖像画を拝見いたしましたが、本当に愛らしい方ですね」

「おお!シルフィアもそう思うか!そうなのだ。セルフィーナは幼い頃から本当に可愛らしかったのだ!」

 満面の笑みを浮かべたアークレイは、拳を強く握り、嬉しそうに何度も力強く頷く。

「ラスヴィスタ王国に嫁がれたのですよね」

 シルフィアがそう言った途端、満面の笑みはすっと固まり、苦虫を潰したような顔に変わってしまった。

「ああ・・・4年ほど前に嫁いでしまった。幼い頃から婚約をしていた相手で、オルセレイドにも何度か来られていて、俺も会ったことはあるのだが・・・・・・」

 むうっと眉をしかめ、どんよりとした空気を纏ったアークレイ。
 そのあまりの落差に、機嫌を損ねるような話題だったのだろうかと不安になる。

「あの・・・・・・何か、お相手の方に問題があるのでしょうか?」

「・・・・・・ない」

「え?」

「ないから腹が立つのだ」

 ラスヴィスタ王国は大陸の西側に位置しており、四強国とまではいかないまでも、大陸の中では領土も広く、海に面しているため海洋貿易も盛んで、国力もある豊かな国だ。
 音楽や美術、工芸、彫刻などの芸術面の発展に力を入れており、『芸術の国』とも言われている。
 アークレイの妹であるセルフィーナ王女は、ラヴィスタ王国の世継である第一王子の妃なのだと聞いていた。

「相手のステファン王子はセルフィーナと同い年で、背もすらりと高く姿形も良い男だ。性格も良いし、頭も良い。世継としても申し分がない。セルフィーナのことを大層愛しんでくださっているようだ。2年前に王子を授かり、今年には姫が誕生したばかりだ」

「それはおめでとうございます。仲の良いご夫婦でいらっしゃるのですね」

 シルフィアは素直に喜びを露にしたのだが、アークレイは暗い表情のまま、はあ・・・・・と深いため息を吐き出した。

「アークレイ様?」

「そうなのだ・・・・・・仲が良いのだ・・・・・・」

「あの?それが、何か?」

「幼い頃は『兄上兄上』と可愛らしい笑顔で俺に抱きついてきたセルフィーナが、今はステファン王子のものだと思うと・・・・・・彼女の幸せを兄として願ってやらねばならぬ気持ちはあるのだが、それでも口惜しいというかなんというか・・・・・・」

 そういえば・・・とシルフィアは思い出す。
 湖の畔の離宮で、アークレイの母親であるエレーヌが言っていた。
 可愛がっていた妹が他国に嫁ぐとき、アークレイは人目も憚らずに男泣きをしたと。
 そのときは意味がわからず聞き流していたのだが、このアークレイの言動から、そういうことなのか・・・・・・と納得できた。
 アークレイの意外な一面を垣間見てしまった気がする。
 だが、アークレイが妹のことを大切に想う気持ちもよくわかる。
 シルフィアも、兄を慕い、尊敬している。
 兄がエルガスティン王国へ旅立った日は、悲しみのあまり、一日中泣き続けたことを思い出した。

「幼子がいるからセルフィーナは滅多に戻って来れないし、母上は離宮におられるし、なかなか家族全員が集まるという機会はないな」

「左様でございますか・・・・・・残念でございますね」

 自分のことのように項垂れたシルフィアにアークレイは苦笑し、シルフィアの頭を抱き寄せた。

「ああ、残念だ。だが今は、貴方がいるからな」

「わ、私でございますか?」

「ああ。もう間もなく、俺の正妃になるわけだし」

「・・・・・・」

「4日後だ。楽しみだな」

 正妃。
 シルフィアは4日後、アークレイの妃となる。
 1ヶ月前、センシシアからこのオルセレイドに来ることになった理由。
 その現実を思い出し、アークレイの腕の温もりを感じて頬を染めた。

「あ、あのっ」

 恥ずかしくて、その話題から流れを逸らそうとアークレイに向き直る。

「アークレイ様、お尋ねしたいことがございます」

「ん?なんだ?いきなり」

 アークレイは虚を突かれたような顔になる。

「私の警備の数を増やしたのは何故でございますか?」

「ん?」

「騎士の数です」

「騎士の」

「はい。私には2人でも十分ですのに、今日からは3人も・・・・・・騎士の数を増やしたのは、アークレイ様のご命令だと聞いております」

「・・・・・・ああ、そのことか」

 アークレイは納得いったというように表情を緩める。

「貴方が剣の使い手であることは承知しているし、その実力も大いに理解している。だが、それでも警備の数は多いにこしたことではないだろう?」

「ですが・・・・・・」

「それに、騎士の数が増えたのは貴方だけではない。俺もそうだし、王子や妃たちの騎士の数も増えている」

「それは、すぐにわかりましたが・・・・・・」

 シルフィアは控えている騎士たちの方にちらりと視線を向ける。

「ですが、やはりわかりかねます。何故今なのですか?」

「なに、大したことではない。大宰相やシメオンには以前から言われていたからな。平和なオルセレイドとはいえ、王族の警備の数が少なすぎるとね」

 安心させるように笑うアークレイ。
 だが、どこかはぐらかされているような気がした。

「ですが・・・騎士たちの様子がおかし過ぎます。痛いほどの緊張感が伝わってきて・・・・・・」

「・・・・・・」

「アークレイ様、私にはお話いただけませんか?この国に来て日が浅いうえに、私はまだまだ未熟者です・・・アークレイ様の信頼に足るほどお役に立てないかもしれません。ですが、何も知らされないまま、ただ守られているのは嫌なのです」

 シルフィアの真剣な眼差しがまっすぐにアークレイに突き刺さる。

「・・・・・・」

 アークレイはそんなシルフィアの顔をしばし凝視し、フー・・・・・と深い息を吐き出した。

「やれやれ・・・貴方には敵わない」

 苦笑し、シルフィアの頬をそっとなでた。

「そうだな・・・・・・貴方には知っていただいたほうがいいだろう。不安な気持ちにさせてすまない」

「アークレイ様・・・」

 アークレイの気遣いに感謝し、シルフィアは小さく微笑んだ。

「少しばかり長くなるかもしれないが、俺の話を聞いてくれるか?」

「・・・・・・はい」

「さて・・・では、何から話そうか」

 アークレイはその長い足を組み少し前かがみになると、両手のひらを組み、その上に顎をのせて「ふむ・・・・・」と何か考えるように正面を見据えた。

「そうだな・・・・・・シルフィアには回りくどい言葉は伝わらないしな、単刀直入に話そう」

「え?あ、はい」

「簡単に言うと、俺が命を狙われている・・・ということだ」
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