永遠への階~オルセレイド王国物語~

弥生

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第40話 遥かなる頂の先

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「え・・・・・・え、えぇええ!?」

 シルフィアは両手を口で押さえて、跳ねるように長椅子から立ち上がってしまった。
 驚愕のあまり、裏返った声が出る。
 衝撃に思考が固まり、咽喉が潰れてしまったかのように、口を開けたまま言葉が出てこなかった。

「・・・・・・何をそう驚く」

 シルフィアの動揺も楽しむかのような笑みを浮かべたアークレイは、少し腰を浮かしてシルフィアの腕を掴む。

「あっ」

 驚くシルフィアをよそに、再び長椅子に座らせて、その細い肩を抱き寄せた。

「アークレイ様!」

「先ほども言っただろう?愛し合う者同士が、より深く愛を確かめ合うための行為だ。何も驚くことではあるまい。俺は、愛しい貴方の心も身体も全てが欲しいのだから」

「で、ですが!」

 シルフィアは慌ててアークレイの胸を突っぱねようとするが、その力強い腕は一向に緩もうとしない。

「私は男です!女性ではございません!」

「それは知っている。貴方を女性扱いなどしていない」

「ならば!私に子は成せません!」

「それもわかっている。いくらシェラサルトの民の末裔といえども、純血ではないのだから、男性の貴方に子が成せるわけがないだろう」

「・・・え?」

 何故そこでシェラサルトの民の話が出てくるのか、一瞬動きを止めて見上げれば、アークレイは少しだけ困ったように苦笑した。

「ああ、すまない。いや、今のは聞かなかったことにしてくれ。だから、俺は別に貴方を女性扱いしているわけでも、一時の快楽を求めるために抱きたいと言っているわけでもない」

「ですから!私は男でございますよ!?せ、せ・・・い、こ・・・、など、出来ません!」

 言葉にするのも恥ずかしくて、熱い頬を両の手のひらで押え、シルフィアはぎゅっと目を閉じてしまった。

「・・・・・・ああ、そうか。貴方は知らないのだな」

「なにが、で、ございますか?」

 目を開けることも出来ないシルフィアだったが、不意にその手首をアークレイに掴まれ、そのまま降参の仕種のように、両手を挙げた格好をとらされる。

「アークレイ、様?」

 口の端を上げ、にっと笑ったアークレイが顔を近づけて覗き込んでくる。

「出来るのだよ」

「え?」

「俺も当然に経験はないが・・・・・・男同士でも、出来るそうだ」

「・・・・・・は?」

「男同士でも『性行為』は出来るのだそうだ」

「え?は?え・・・と、え?ど、どのように・・・・・・?」

「・・・・・・はははっ」

 至極素朴な疑問を口に出しただけなのだが、また笑われてしまった。
 くくくっと肩を震わせながら、アークレイは笑い続けている。

「直球だな、貴方は」

「そんなつもりは・・・・・・」

「どのように行為をするかだと?野暮なことを聞くな、シルフィア。これでも俺は理性で必死に抑えているほうなのだぞ?ウォーレンのような性観念がだらしない男にそのようなことを聞こうものなら、あっという間に喰われてしまうぞ?」

 言われていることが全く理解できていないシルフィアは、ただただ間近にあるアークレイの端正な顔を見上げるだけだった。
 フッと笑みを浮かべたアークレイは、その両手首を掴んだまま顔を寄せた。

「安心するがいい。貴方は何も知らなくとも良い。俺が導いてやる・・・・・・シーツの中で、な」

「なっ!・・・・・っ」

 驚きに口を開き、抗議をしようとした唇を塞いだのはアークレイの唇。
 吸い付くように重ねられ、アークレイの舌先がシルフィアの下唇を舐めた。
 目を見開くシルフィアから、ゆっくりと唇が離れていく。

「もう一度言っておこう。次は『最後』までだ。遠慮などするつもりはないから、貴方もそのつもりで」

 顔を真っ赤にしてワナワナと震えるシルフィアに対し、アークレイは平然とした顔でにっこりと笑みを浮べた。

「アークレイ様!!!」





 庭園に響く子供たちのはしゃぐ声。
 暮れなずむ夕空の下、爽やかな春の風が吹き抜ける花の庭で、王子たちが歓声を上げて走り回っていた。
 子供たちの姿を、父親としての温かな眼差しでみつめるアークレイ。
 その横顔をちらりと見て、強張っていた身体を落ち着かせるように深い息を吐く。
 シルフィアの乱れた心もようやく落ち着いてきた。
 どれほどの時間が経ったのかはわからないが、多忙なアークレイが長時間ここにいてもいいのだろうかと、ふと疑問が沸いてくる。

「あの・・・・・・アークレイ様・・・・・・」

「ん?」

 声をかければ、アークレイの翠の視線がシルフィアへと移った。
 それだけで容易くシルフィアの心は奪われてしまう。

「あ、あの・・・・・・その、よろしいのでしょうか?お仕事は・・・・・・」

「仕事?ああ、先ほども言ったとおり、予定されていた謁見も終えたし、山積みされた書類をようやく片付けてきたところだ。夕食を食べたあとは会議が控えているが、大宰相からも休憩の許しをもらってきた。シメオンはうるさかったがな。午前中は体調不良だったくせに、復活した午後からは官吏たちが恐れるほどの辣腕ぶりだ」

 ははっと苦笑し肩を竦める。

「え?シメオン様が?お風邪でも召されたのですか?大丈夫なのでしょうか・・・」

「ああ、大丈夫だ。今はもう元気になり、精力的に動いている」

「それはよかったです」

「なに、あれのは自業自得だ。シルフィアが気にすることではない」

「?」

 首を傾げるシルフィアに柔らかな笑みを返し、アークレイはシルフィアの頭を軽くぽんぽんと叩いた。
 そしてそのままシルフィアの頭を引き寄せ、こつんっとアークレイの頭と触れ合った。

「ア、アークレイ様?」

「うむ・・・・・・やはり、シルフィアの側は落ち着くな。疲れた身体も癒されていくようだ」

「アークレイ様・・・・・・」

 最近、アークレイが仕事に追われていることをシメオンから聞いていた。
 式が近いという理由もあるが、連日のように会議があり、また書類の決裁など執務の量も半端なものではないらしい。
 深夜遅くまで精力的に政務をこなし、ほとんど寝ていないのだとか。

「アークレイ様、あの・・・・・・ご無理なさらないでください・・・・・」

 アークレイは、シルフィアの髪を愛しむように優しく撫でて笑みを浮べた。

「はは、ありがとう。シルフィアにそう言ってもらえると、俺も元気が出てくるな」

 オルセレイドが建国されて約1000年。
 世情は安定したといっても、法や制度の設備などが整ったとはまだまだ言い難い。
 古い法律も多く、今の時代に合わせた改定も必要だし、所々綻びも出始めている。
 アークレイはそれを洗い直し、制度を徹底的に見直そうとしているのだと聞いている。
 前王が着手しかけていたが、志半ばで逝ってしまったその遺志を継ごうとしているのだと。
 厳しい道のりだろうと思う。
 もちろん、反発も予想される。
 法律の穴を抜けて不正をしようとする貴族や商人も少なからずいる。
 国王の影響力が及ばない地方もあり、オルセレイド王国といえども一枚岩ではないのだ。

 しかし、意思の強いこの王は、決してその信念を曲げることはないだろう。
 たった独りで、アークレイは高い頂の遥か先を見据え、長い長い階を上っている途中なのだ。
 シルフィアは凛々しいアークレイの横顔をみつめ、そっと小さく息を吐いた。
 非力な自分ではあるが、何かこの方のお役に立ちたい・・・・・・
 出来ることならば、アークレイと供にその長き道のりを歩きたい。

「あ、あの、アークレイ様」

「ん?」

「私にも、何かアークレイ様のお手伝いは出来ませんか?」

「手伝い?」

「はい。この国のために、アークレイ様のために、私も何か、少しでもお役に立ちたいのです」

 アークレイは困ったように笑みを浮べて首をかしげた。

「おいおい。シルフィアはもう既に貢献しているではないか。教育指導書の見直し、指導要領の法整備化。率先して意見を出しまとめてくれていると聞いている。官吏や学士たちが貴方のことを大層誉めていたぞ?貴方のおかげで、長年課題とされていたことが、ようやく解決に向けて動き出しそうだと」

「いえ、ですが・・・・・・それは皆さまの協力があったから・・・・・・」

「大きなことを一つ成し遂げようとする時は、自分ひとりの力ではうまく出来ないものだ。多くの者たちの助けがなくてはな。なかなか進まなかった教育改革に着手できたのも、シルフィアが皆の力をまとめてくれたからだ。それで十分ではないか?」

「アークレイ様・・・・・・」

 アークレイの瞳がふっと細められ、指がシルフィアの頬をゆっくりと滑っていく。

「慌てる必要はない。まだまだ時間はあるのだからな。今は、貴方のその気持ちだけで十分だ」

「アークレイ様・・・・・・」

 アークレイの言葉に、シルフィアの身体に温かいものが流れていく。
 涙が出そうになって、それを誤魔化すように勢いよく頭を下げた。

「ありがとうございます」

「いや、礼を言わねばならないのは俺のほうだ。ありがとう、シルフィア」

 アークレイ=サラスカ=フォーミュレイ。
 自分とたった4歳しか違わないのに、なんて器の大きい人なのだろう。
 この人の側に居られることが何よりも嬉しい。
 国王としても、一人の男性としても、心から尊敬できる人だ。
 こんな男性は自分の周りには今まで・・・・・・

「あ・・・・・・」

 もう一人いた。
 シルフィアが尊敬してやまない、身近な男性が。

「ん?」

「あの、このようなことを申し上げると、大変失礼なのかもしれませんが・・・・・・」

「ん?また子供だと言うのか?」

「いいえ!そうではなく、あの、アークレイ様によく似た人を思い出しましたので」

「俺に似ている?」

「はい、その、容姿が似ているというのではなく、その、雰囲気が似ているのです。器が大きくて、凛々しくて、雄々しくて、心から尊敬できるお方です」

 アークレイは少し驚いたように目を瞬かせたが、髪を掻いて照れ臭そうに笑った。

「はは、そのように俺のことを思ってくれたのか?シルフィアに言われると気恥ずかしいものだな。それで?どのような方なのだ?」

「はい。オスカー兄様です!」
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