永遠への階~オルセレイド王国物語~

弥生

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第52話 想いを繋ぐ鍵

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 力強い腕に抱かれて胸に頬を寄せれば、心まで温もりに包まれるかのようだった。
 『愛している』と幾度も囁かれて、甘い口づけを落とされた。
 蕩けるような口づけに翻弄されて、シルフィアは受け入れるだけで精一杯だったが。
 ふと、指で唇に触れる。
 アークレイからたくさん口づけをされて、赤くなったり腫れたりはしないのだろうか。

「ん?どうした?」

 アークレイの指がシルフィアの指に重ねられ、訝しげに顔を覗き込んでくる。

「あ・・・の・・・腫れていないかと思って・・・・・・」

「腫れて?何がだ?」

「唇が・・・その・・・・・・」

 恥かしくて最後まで言えなかったのだが、アークレイはそれだけでわかったらしい。
 目を大きく瞠り、呆気にとられたように口を開けるが、次の瞬間盛大に噴出した。

「ははははっ!!」

「ア、アークレイ様!」

 まさか笑われると思わず睨み上げても、アークレイはまるで気にした様子もなく、肩を震わせながら笑い続けている。

「貴方という人は本当に可愛いな!俺の予想を裏切ってばかりだ」

「かっ!可愛いなどと言われても嬉しくありません!」

「何故だ?可愛いのだから可愛いと言って何が悪い?」

「ですがっ・・・わたっ・・・・・・っ!」

 抗議しようとした口を塞ぐように、腰を引き寄せられて、再び深く口づけられた。
 反射的に身体を竦めるが、アークレイから与えられる口づけに酔わされて、あっという間に思考は奪われてしまう。
 向きを変えながら、軽く触れ合うものから、深く重なり合うものまで。
 まるで砂糖菓子のように甘い口づけだ。
 唇を離しても息が触れ合うくらいに顔を寄せて、アークレイは口端を上げて笑った。

「ほら・・・やはり、貴方は可愛い人だ。こんなにも俺を虜にする」

 間近にあるアークレイの端正な顔に、激しい心臓の鼓動は鎮まってくれない。

「・・・・・・わ、私は、男ですよ?可愛いなどと言われても・・・・・」

「男性でも女性でも、可愛いものは可愛いだろう?」

 アークレイの指がシルフィアの唇にそっと触れた。

「大丈夫だ、腫れてなどおらぬよ。紅く熟れてはいるがな。貴方の唇は、もっともっとと味わいたくなるほど甘くて柔らかい」

「なっ・・・・・・」

 臆面も無く言われて、シルフィアのほうが羞恥でかあっと熱くなる。

「アークレイ様!」

「何だ?何を恥かしがることがある?本当のことだぞ?」

 くすくすと笑うアークレイから唇を尖らせて顔を背けると、苦笑したアークレイの両手で頬を挟まれて正面に向き直させられた。

「ほら・・・・・・そういうところが可愛いのだ」

「・・・可愛くなど、ありません」

「やれやれ・・・・・・頑固な人だな。だが、そんな貴方も含めて、全てが俺の愛しいシルフィアだ」

「アークレイ様・・・・・・」

 切れ長の翠の瞳に吸い込まれるように、吐息混じりの口づけを繰り返す。
 静寂に満ちた部屋の中で聞こえるのは、微かな衣擦れの音と互いの吐息。
 唇が離れても、互いの存在を確かめ合うかのようにきつく抱き合った。
 アークレイに髪を梳くように指で撫でられるたびに、心地よい安堵感が胸に広がる。
 この腕の中に在る幸せにずっと浸っていたくなる。
 このまま夜が明けなければいいのにと、望んではいけないことを望んでしまう。
 この方は国王なのだ。
 オルセレイド王国という国の頂点ににある方なのだ。
 シルフィアだけが独占することなど出来ない方なのだ・・・・・

 アークレイの腕に抱かれたまま、どれほどの時間が経っただろうか。
 不意にアークレイが顔を上げ、そのまま視線を部屋の片隅へと向けると、何かを思い出したかのように自身の膝を軽く叩いた。

「そうだ。シルフィアに渡すものがあったのを忘れていた」

「え?」

 突然のことに驚いて顔を上げるシルフィアだったが、安心させるように、シルフィアの頬にアークレイの手が触れた。

「ああ。すまないが、一旦部屋に戻る。少しここで待っていてくれないか?」

「は、はい・・・・・・」

 アークレイは腰掛けていたベッドから立ち上がると、未だ展開に付いていけていないシルフィアの唇に軽く口付けを落とす。
 シルフィアが顔を染めて何か言い返すよりも前に、手をひらひらと振り颯爽とした足取りで、シルフィアの寝室を出ていってしまった。

「・・・・・・」

 残されたシルフィアはというと、閉じた寝室の扉を凝視し、口付けられた唇に手をあてたまま、しばらく固まってしまっていた。

「もう・・・・・・」

 火照った頬をぎゅっと両手で挟み、その手をぱたんとシーツの上に置いて、ふうっと熱いため息を吐き出した。
 いつも主導権をアークレイに握られているような気がして、同じ男として少しだけ悔しい。
 アークレイの方が大人で、ずっと懐が広くて、余裕があるということはわかっているけれど。

 それにしても・・・・・・様々なことがあった怒涛の1日だった。
 晴れてアークレイが正妃を迎える今日。
 国王であるアークレイを狙った『レイス・レーヴェ』の暗殺者。
 アークレイを護るために、背に凶刃を受けて血を流したシルフィア。
 その傷を癒してくれた、セヴェリーニ=ローザランの護符の術。
 暗殺者を捕らえるために、再び握った剣。
 そして、寸でのところでアークレイを救った兄。
 すべてがまるで遠い過去のことようにも思えてくる。

 しばらくの間、アークレイが戻ってくるのを待ち、今日の出来事を思い巡らせていたそのとき。
 突然部屋の中に人の気配を感じ、はっとシルフィアは身体を強張らせた。

(侵入者!?)

 先ほどまで命のやりとりをしていたシルフィアは人の気配に敏感だ。
 アークレイを狙った別の暗殺者が、今度はシルフィアを狙いに来たのだろうか。
 気配がある先は、薄暗い寝室の奥、大きな姿鏡のある方向だった。
 意識を集中して目を凝らすと、その鏡の前に誰かが立っていた。

「シルフィア、待たせたな」

「アークレイ様!?」

 軽く手を上げてそこに立つ人物は、先ほど寝室から出ていったばかりのアークレイだった。
 マントは外し、上着も脱ぎ、手袋も外した軽装姿だ。
 しかし、アークレイはどこから入ってきたのだろうか。
 その姿鏡のある場所は、寝室の入口とはまったく逆方向であり、扉もないし、窓だって閉まっている。

「どちらから・・・・・・」

 唖然となって固まったままのシルフィアの側へと歩み寄ってきたアークレイは、いたずらが成功したような笑みを浮べた。

「ふふ・・・・・・驚いたか?」

「それは・・・・・・驚きましたが。あの、一体・・・・・・」

「今から種明かしをしよう。シルフィア、こちらへ」

 戸惑いつつもベッドから下りたシルフィアは、アークレイに手を引かれて姿鏡の前まで連れて来られた。
 この鏡は元から寝室に備え付けられていたもので、壁に打ち付けられているらしく、動かすことはできない。
 丁寧に磨かれたその鏡面に映るのは、アークレイに肩を押されて戸惑うシルフィアと、楽しそうな笑みを浮かべるアークレイだ。

「あの、これが何か?」

「まあまあ、見てのお楽しみだ」

 本当に楽しそうに笑うアークレイはまるで子供のようだ。
 姿鏡を囲む美しい装飾の陰になっている部分に何かを差込み、シルフィアが訝しげに見ている前で、アークレイはそのまま鏡を引いた。
 すると、ギイッという小さく軋む音とともに、鏡がまるで扉のように手前に開き、その先がぽっかりと開いたのだ。

「さあ、どうぞ」

「あ、あの・・・アークレイ様?」

 まだ目の前の出来事に目を白黒させているシルフィアの手を引いて、アークレイは奥へと歩みだした。
 鏡の奥、厚い壁を挟んでその先に広がっていたのは、立派な調度品と大きな天蓋付きの寝台が置かれた広い部屋だった。

「こ・・・ここは?」

「俺の部屋の寝室だ」

「アークレイ様の?」

 確かに、国王の部屋と正妃の部屋は隣り合っている。
 そう言われれば納得出来ないことではないが、それならば、今自分が通ってきたあの姿鏡の扉は何なのだ。
 振り返れば扉は既に閉じられ、そこには壁があるだけだ。
 鍵がかかったのだろうか、押してもその扉らしき壁はびくともしない。

「その扉は一度閉じると自動的に鍵がかかるようになっているのだ」

「自動的に?」

「ああ。扉の重さを利用した鍵らしいのだが、どのような原理なのか俺も詳しいことはわからん」

 はは、と笑ったアークレイは、シルフィアの右手を取って手のひらを上に向けさせた。

「これを貴方に渡したかったのだ」

 そう言って手のひらに置かれたのは、小さいながらもずっしりとした重さがある銀の鍵。
 柄の先には、オルセレイド王国の守り神である雄雄しい獅子の姿が象られていた。

「鍵?」

「ああ。これはあの扉を開けるための鍵だ」

 アークレイが指差した先にはただ壁があるだけで、さきほど開いた扉がどこにあったのかもわからなかった。

「ほら、ここだ」

 壁の下のほう、その指し示された先には、小さな鍵穴らしきものが確かにあった。
 よく見なければわからないほど周りの壁の色に溶け込んだ鍵穴だ。

「この扉は一体・・・・・・」

「これは、王と正妃の部屋を結ぶ秘密の扉だ」

「秘密の扉?」

「ああ。その銀の鍵は正妃が持つ鍵、王が持つのはこちらの鍵だ」

 アークレイが右手の人差し指と中指に挟んでいたのは、渡された鍵と同じ形の鍵だったが、シルフィアのとは異なり、黄金色に輝く鍵だった。

「この扉は、300年ほど前の王が密かに造らせたものだそうだ」

「それは何のために・・・・・・」

「誰にも見られることなく、王と正妃が夜毎会えるように・・・という理由だ」

 その意味がよく理解できず首を傾げたシルフィアに、アークレイは口元に手を当てて微苦笑する。

「わからないか?堂々と扉から出入りすれば、扉の前の騎士や控えている侍従に知られてしまうだろう?だから、こっそりこの扉から互いの寝室を行き来して、誰にも知られることなく逢瀬を重ねていたということだ」

 その意味に気づき、シルフィアは鍵を握り締めながらかあっと顔を赤らめる。

「この鍵は、国王から次代の国王へと渡されてきたものだ。俺の場合は父上が突然亡くなられたために直接は受け取れず、母上から渡されることになったのだが」

「エレーヌ様から・・・・・・」

「故に、この扉の存在を知る者は歴代の国王と正妃のみ。あとは大宰相くらいか。とはいえ、国王と正妃の関係が良好とは言えない場合、正妃には渡されなかったそうだがな」

「・・・・・・そのようなものを私がいただいてもよろしいのでしょうか?」

 鍵を握り締めた両手を胸にあててアークレイを見上げれば、シルフィアが好きな優しい穏やかな笑みが返ってくる。

「何故だ?当然ではないか。貴方は正妃なのだから」

「ですが・・・・・・」

 正妃と言っても形式上の正妃だ。
 正式にアークレイの伴侶となるわけではない。
 戸籍上はあくまでも『弟』なのだから。
 そのような自分が、他のお妃を差し置いて受け取ってよいのだろうか。

「シルフィア」

 逡巡していたシルフィアは、名を呼ばれてはっとなって顔を上げる。
 そこには、さきほどとは打って変わって、真剣なアークレイの眼差しがあった。
 その眼差しに、自然とシルフィアの背筋がまっすぐに伸びる。

「俺の話を聞いてほしい」

「はい」

「俺の妻・・・・・・というのはおかしいか。シルフィア、俺の生涯の伴侶になってくれないか」

「・・・・・・え?」

 伴侶?
 何を言われたのかよくわからず、困惑の表情でアークレイを見上げることしかできなかった。
 その戸惑いを包み込むように、アークレイの指がシルフィアの頬をそっと撫でる。

「貴方は確かに俺の正妃だが・・・・・・今のままでは正式な妃というわけではない」

 厳しい表情で眉根をひそめるアークレイはどこか苦しげで、何かに対して怒っているかのようにも見えた。

「今の法律に於いて貴方を我が国の王族として迎えるためには、母上の養子となり、戸籍上は俺の『弟』とする方法しかない。しかし俺は・・・・・・俺は、そのような形で貴方を迎えたくない」

「アークレイ様・・・・・・?」

「戸籍上、貴方を俺の配偶者として正式に迎えたいのだ」

 シルフィアは目を見開いて、信じられないといった表情でアークレイを見上げた。
 急激に体中に熱が滾り、がくがくと足が震える。
 そんなシルフィアの細い身体を、支えるかのようにアークレイの力強い腕が抱き寄せた。

「ですが、それは・・・・・・」

「もちろん、法律上の問題もある。しかしその点はシメオンが、同性同士であっても婚姻を認める法律の草稿を、ほぼ完成間近まで作り上げてくれている」

「シメオン様が?」

「ああ。この件についてはシメオンも積極的に動いてくれている。おかげで宰相たちの意見も固まりつつあり、あとはそれを実現させるだけだ。本当は貴方を迎え入れる以前から宰相会議などで議題にあがっていたのだが、他国の強い反対などがあったうえに・・・すまない・・・俺もそこまで真剣に考えていなかった」

「・・・・・・いえ、それは仕方がないことです」

 以前のアークレイであれば、同性婚を認める法を作るなど考えてもいなかったことだろう。
 例え同性同士の恋愛に寛容であったとしてもだ。

「だが、俺はその法を必ず実現化させる。それも必ず近いうちにだ。例え他国の反対があったとしても、俺は・・・・・・シルフィア、貴方を俺の伴侶として迎えたいのだ」

「アークレイ様・・・・・・」

 自分自身に誓うかのような力強いアークレイの言葉に、シルフィアもその背に腕を回し、ぎゅっと力を込めた。
 そのような大きな決断を、アークレイがシルフィアのために真剣に考えてくれたのだということが嬉しかった。
 胸の奥からじわりじわりと温かいものが湧き上がってくる。
 この人の側に居られる自分は、なんて幸せなのだろう。

「俺の・・・・・・伴侶になってくれ、シルフィア」

「アークレイ様・・・・・・嬉しいです。喜んでお受けいたします」

 アークレイを見上げるシルフィアの碧玉の瞳は、涙に濡れて潤んでいた。
 あふれ出した透明の雫が、その白い頬に筋を引く。
 その瞼に口付けをおとして、アークレイはシルフィアの耳元に唇を寄せた。

「愛している、シルフィア・・・・・・必ず、貴方を幸せにする」
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