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第58話 その罪の重さ
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恥かしそうに目元を染めた少年はアークレイを見上げてきたが、視線が合うと慌てて目を伏せ、助けを求めるようにオスカーへと視線を向けた。
「メルヴィル・・・・・・」
その視線を受けたオスカーが、表情を緩めて困ったように微苦笑する。
アークレイは顔には出さなかったが、「おや?」と内心で首を捻った。
オスカーの表情が随分と柔らかい。
両親に対してでさえ、真面目な表情を崩さなかったオスカーが。
「・・・・・・メルヴィル殿とおっしゃるのか。確か、エルガスティン王国の末王子であらせられるな?」
「は、はい」
少年は目を忙しなく泳がせながらも、再びアークレイを見上げてこくっと頷いた。
メルヴィル=ディーラ=ステファンノース。
エルガスティン王国の末王子。
養子となったオスカーを除けば、現国王の5番目の子だったとアークレイは記憶している。
「そうか。俺はアークレイ=サラスカ=フォーミュレイと申す。遠方よりおこしいただいたにも関わらず、我が国の騒動でご迷惑をおかけし大変申し訳ない」
「い、いえっ!そのような、迷惑など!」
メルヴィルは目を見開き、慌てたようにぶんぶんと左手を振った。
「陛下とシルフィアがご無事で何よりでございます!」
シルフィア?
呼び捨て?
口に出したわけではないが、思わずシルフィアを見てしまったアークレイの視線でわかったのだろう。
シルフィアは口元に手をあてて、ふふっと微笑んだ。
「メルヴィル様は今から3年ほど前、センシシアに半年近く滞在をされたことがあるのです。そのときに、私と同い年ということもあり親しくしていただいて。今では文を交し合う仲の良い友人です」
「ほう?」
同い年ということは19歳だろうが、シルフィアのほうが少し大人っぽく見える。
しかしメルヴィルという少年、シルフィアとはまた違った意味で目を引く容姿だ。
肩に毛先が僅かにかかる程度の長さの、癖のない漆黒の髪。
伏し目がちの、大きな紫色の瞳。
シルフィアのように少女と見紛う程ではないにせよ、おもわずハッとさせられる綺麗な顔立ちをした少年、というのがアークレイの印象だ。
漆黒の髪はエルガスティンでは珍しい。
エルガスティンは特に茶系の髪色を持つ国民が多い。
その中で、大陸でも北東の民の特徴ともいえる漆黒の髪は、さぞかし目立つことだろう。
一夫多妻が慣例となっている王侯貴族には珍しく、エルガスティンの現国王には妃が一人しかいないのだが、その妃がリヒテラン王国出身で、しかも現リヒテラン国王の姉だ。
噂では大陸4大美女の一人と謳われているそうだが、メルヴィルのこの容姿は、母親の血が色濃く出たためなのだろう。
メルヴィルは、血統においてリヒテラン現国王の甥でもあり、アークレイの妃ロージアの従弟ということになる。
その従弟の義兄として養子に入ったオスカー。
さらにその実弟が、アークレイの正妃となるシルフィア。
点が線に繋がって、どうも奇妙な縁で結ばれているようだ。
エルガスティンは好戦的な国民性で、幾多の戦争を繰り広げて領土を拡大してきた歴史がある。
国王自らが戦場で陣頭指揮を執り、王子たちも戦場へと躍り出て剣を振るうのだとか。
皆背が高く、鍛え上げられた肉体・・・・・・というのがアークレイが知るエルガスティンの王族に対する印象だ。
だが、このメルヴィルにはその印象が全く当てはまらない。
背はシルフィアと然程変わらないし、ほっそりとした体つきだ。
大人しそうで、戦場で剣を振るう姿など想像できなかった。
「メルヴィル殿は何故センシシアに?留学か何かか?」
「それは・・・・・・」
アークレイは何気なくシルフィアに問いかけたのだが、シルフィアは困ったように苦笑し、兄オスカーへと視線を向ける。
何か、あまり聞かれたくないことだったのだろうか。
シルフィアを困らせるつもりはなかったので慌てて右手を振った。
「ああ、いや、不躾なことを聞いてしまい申し訳ない」
「いえ、お気になされる必要はございません」
オスカーの、先ほどメルヴィルに見せた柔らかな視線が嘘のように、至極真面目な表情で硬い口調に変わる。
「メルヴィルは右腕に怪我を負ってしまったため、湯治でセンシシアに来たのです」
「右腕を?」
「はい」
メルヴィルの右腕に視線を落とせば、確かに右腕はだらりと下がったままだ。
先ほども左手を振っていた。
利き腕が左手なのかと特に気にはしていなかったのだが。
3年ほど前の話ということだが、この様子では恐らく完治していないのだろう。
「そうか・・・・・・この城で不便はかけていないだろうか?何か足りないことがあれば、遠慮なく申し付けていただいて結構だ」
「あっ!いえっ!大丈夫です!お気遣いいただきまして、ありがとうございます!」
顔を紅潮させたメルヴィルは、勢いよく頭を下げた。
何だか一生懸命な少年の姿が微笑ましくて、アークレイも自然と笑みが浮かぶ。
「ところで、エルガスティンの方々も5日後の式に出席してくださるとお聞きしているが、お二人ともに?」
「はい。私もメルヴィルも出席いたします」
表情を変えずに頷くオスカーに「え?」と反応したのはシルフィアだった。
「5日後?」
「ああ、5日後に式を再度執り行うことになった」
まだ理解ができないのか、「え?」と再び首をかしげてきょとんと見上げてくる。
「式が昨日の騒ぎで中断されてしまっただろう?言祝ぎの儀も途中となってしまったため、やり直さねばならないからな」
「ですが・・・・・・」
胸の前でぎゅっと手を握ったシルフィアは、眉を顰めて唇をかみしめた。
「まだ陛下のお命を狙う者が・・・・・・」
暗殺者は捕らえられたとはいえ、アークレイの命を狙う真の首謀者は捕らえられていない。
そんな中で、式を行ってもいいのだろうか。
シルフィアの表情からそのような考えが読み取れた。
「大丈夫ですよ、殿下」
アークレイたちよりも2,3歩下がって、何も言わずに待機していたシメオンがシルフィアに声をかけてきた。
「シメオン様・・・・・・」
「『レイス・レーヴェ』の暗殺者を雇った者たちは、今朝方捕らえられました」
「本当ですか!?」
「はい」
「・・・・・・一体誰が陛下のお命を?」
シメオンがアークレイにチラリと視線を向けてくる。
シルフィアに告げても良いかということではなく、この場には他国の者であるオスカーとメルヴィルがいる。
彼らがいる前で話しても問題が無いかという確認だろう。
オスカーは間違いなく信頼に足る人物であるし、シルフィアが友人だとアークレイに紹介してくれたメルヴィルの人格を疑うのも愚かなことだ。
アークレイは承諾の意を込めて軽く頷いた。
優秀な宰相は、言葉なくとも理解したようだ。
「此度、陛下のお命を狙ったのは、ライブルーディンという地方貴族を首謀者とした10名の貴族たちです」
「貴族・・・・・・」
「はい。首謀者のライブルーディンは、様々な手段で法を犯して財を成してきた貴族なのですが、陛下と我々中央政府が進めようとしている政策に反意を抱く者たちを集めて、陛下を弑逆しようと企んだようなのです」
「連中は全て捕らえた。だから、安心していい」
強く握られたシルフィアの手にそっと手を重ねれば、ほっと安堵の表情を浮かべてアークレイを見上げてくる。
「陛下・・・・・・」
「無論、それで全てが解決するわけではない。国を改革していこうとする俺を厭う者たちは他にもいるだろうし、これからも国王という地位にあり続ける限り、命は狙われ続けるだろう」
「それは・・・・・・」
そのことはシルフィアもわかっているのだろう。
わかっているからこそ、アークレイのことを案じ、不安に満ちた表情を浮かべる。
「今は、此度のことでしばらく動きはないだろう。彼らの逮捕は、言い方は悪いが、見せしめにもなる」
「見せしめ・・・・・・でございますか?」
「ああ。あまりこの手は使いたくないのだがな・・・・・・」
「その者たちは、極刑となるのでしょうか」
いきなり滑り込んできた抑揚のない、どこか冷徹とも思える声に視線を向ければ、オスカーが眉根一つ動かさずにアークレイを見据えていた。
どう答えるべきか一瞬悩んだが、アークレイも国を治める者の立場として、その問いにはっきりと答える。
「無論だ」
「兄様、極刑って・・・・・・・」
シルフィアに対しては表情を緩めるはずのオスカーの視線が、まるで何も感情を映していないように硬かった。
「死罪ということだ」
「死罪・・・・・・」
無意識にだろうか、シルフィアとメルヴィルは二人顔を合せて息を飲み、オスカーを恐る恐る見上げる。
「貴族という身にありながら、己の私腹を肥やすために陛下のお命を狙ったのだから、その者が死罪となるのは当然のことだ。どの国においても、国主暗殺に対する罪は重い。国によっては国民の前で公開処刑をするほどだ。国主の暗殺を企てた者はこのようになるという見せしめでもあり、他者への抑止力にもなる」
「公開処刑って・・・・・・人を殺害する場面を民に見せるということですか?」
「そうだ」
「・・・・・・」
重い現実を受け止めきれないかのように、シルフィアは呆然となったまま言葉を無くす。
「シルフィア」
アークレイはシルフィアの顔を覗き込むように腰を屈めた。
「俺は、俺の命を狙ったばかりか、シルフィアを危険な目にあわせた者たちを許すことはできない」
「陛下・・・・・・」
複雑な感情が入り混じる碧玉の瞳が、戸惑うようにアークレイを見上げてくる。
「ですが、私が刺されたのは、私が自分で・・・・・・」
「そうではない。俺を狙うのであれば、俺が一人のときを狙えばいい。だが計画は、シルフィアだけでなく他国の方々がいるあの場で行われた。俺以外の者に危険が及ぶ可能性があるにも関わらずだ」
「・・・・・・」
「結果、シルフィアは俺を庇って暗殺者の刃に刺された。俺は、暗殺者も当然に許せないが、計画を企んだ貴族たちのことは更に許せない」
「陛下・・・・・・」
「我が国の法律では公開処刑はおこなっておりません。ただし、国王暗殺を企んだ者は、その地位も剥奪、私財も領地もすべて没収されてしまいます」
シメオンの、事務的ともいえる淡々とした声にシルフィアが驚きの声をあげる。
「地位も私財も?では、その貴族のご家族はどうなるのですか?」
アークレイの暗殺を企んだ者の家族の行く末をシルフィアは案じたのだろうが、それに対してシメオンは実に冷静に言葉を返す。
「当然、一族全員捕らえられます」
「全員?それで・・・どうなるのですか?」
「配偶者および直系男子は死罪。たとえそれが、赤子であってもです」
「!!」
ぎょっと目を見開いて身体を揺らしたシルフィアは、シメオンを見て、アークレイを戸惑いがちに見上げてきた。
「それは・・・・・・真でございますか?」
「本当だ」
「ですが、何故そこまで・・・・・・」
「遺恨を残してはならないからだ」
「遺恨?」
「ああ」
生き残った家族が逆恨みによって、国王を再び暗殺しようと考える可能性もある。
将来への不安要素を取り除くためにも、国王暗殺という大罪にはそれに見合う重罰が法で定められており、特例はない。
首謀者は死罪。
配偶者、直系男子も死罪。
他の一族の者も、山深いレイ・レシャンヌという鉱山跡地へと流され、生涯を監視の下で暮らさなくてはならない。
一族郎党にまでこれほどの思い罰が課せられるのは、オルセレイドの法の中でも国王暗殺という罪に対してくらいだろう。
国王暗殺を企むのであれば、それだけの覚悟をもって実行せよ、という暗に警告を含ませた刑罰でもある。
100年前にこの法が整備されてからは、国王暗殺の数も相当激減したというが、そのような危険を冒しながらも、暗殺を企てる者は100年経った今でも残念ながら無くなることはない。
「赤子まで、死罪となるのですか?」
苦しそうにその綺麗な顔を歪めるシルフィアは、罪の無い赤子までが刑に処せられるということが受け入れられないようだった。
本当ならば、そのような顔をシルフィアにはさせたくない。
だが、こればかりはアークレイにも譲ることはできなかった。
「そうだ。どのようなことがあろうとも、彼らに恩赦はない」
「ですが・・・・・・」
「国を治めるということはそういうことだ、シルフィア」
静かな、だがどこかシルフィアを諌めるような深く落ち着いた声に、全員がはっとなって目を開く。
「父様・・・・・・」
その声はシルフィアの父、センシシア王国レファード国王だった。
側には穏やかな笑みを浮かべて佇む、シルフィアの母親もいた。
「王という者は、誰よりも法に准じる立場になくてはならない。罪ある者に対して温情を抱いたり、権力によって法を捻じ曲げることは、例え王制といえども法治国家においてあってはならないことだ。わかるな?」
父親の言葉にシルフィアはくしゃりと顔を歪め、今にも泣き出しそうな表情でゆっくりと頷く。
「・・・・・・はい」
「確かに重い刑かもしれないが、やはり国主暗殺は重罪だ。それに、ロイスラミア陛下とて好んで刑を処するのではない。しかしながら、犯罪に対して強い意志を示さねば、考えが甘いと捉えられて、陛下に対する臣下や民からの信頼を無くしてしまう可能性もあるのだ」
「あ・・・・・・」
諭すように指摘をされてシルフィアは瞠目し、緩慢な仕草でアークレイを見上げてきた。
そんなシルフィアの手を握り締めたまま、真っ直ぐ向けられたその視線にアークレイは笑顔で応じる。
「オルセレイド王国という国を治められているロイスラミア陛下は、その肩にかかる重圧は想像以上だろう。私などよりも数倍も重い荷を背負っておられるはずだ。シルフィア、おまえはそのような陛下を、誰よりも理解してさしあげねばならない」
「は、い・・・・・・」
「この国のため、民のため、そして何よりもロイスミア陛下のために支えて差し上げなさい」
「父様・・・・・・」
全てを包み込むような慈愛に満ちた父親の言葉に、シルフィアの瞳からはらはらと涙がこぼれ落ちていく。
白い頬を伝いおちる雫を指で拭ってやれば、切なげに揺れる瞳とぶつかった。
「申し訳ございません・・・・・・貴方様のお立場を理解せずに申し上げてしまって・・・・・・」
「構わん。シルフィアはそれで良い・・・・・・俺が間違っていると思うのならば遠慮せずに言ってくれ。貴方は俺の正義であって欲しいのだ。全てを受け入れることは、俺の立場からは出来ないかもしれないが、貴方の分け隔てなく人を想うその優しい気持ちを俺も失いたくはない」
「・・・・・・アークレイ様」
あふれる涙を拭うこともせず、シルフィアは震える声で無意識にだろうかアークレイの名を呼んでいた。
シルフィアの強く握られた手をそっと両手で包み込む。
「シルフィア・・・・・・貴方の言葉が、考えが、俺を正しい方向へと導き、きっとこれからも支えとなってくれるだろう」
「アークレイ様・・・・・・」
わななくように震える唇は、だが、ふわりと綻び、涙を湛えた瞳が細められて笑顔に変わった。
「ありがとうございます・・・・・・」
やはりシルフィアにはいつも笑っていてほしい。
辛い思いはさせたくない。
愛しい思いが沸きあがり、その笑みを抱くように、アークレイは細い肩を抱きしめていた。
「メルヴィル・・・・・・」
その視線を受けたオスカーが、表情を緩めて困ったように微苦笑する。
アークレイは顔には出さなかったが、「おや?」と内心で首を捻った。
オスカーの表情が随分と柔らかい。
両親に対してでさえ、真面目な表情を崩さなかったオスカーが。
「・・・・・・メルヴィル殿とおっしゃるのか。確か、エルガスティン王国の末王子であらせられるな?」
「は、はい」
少年は目を忙しなく泳がせながらも、再びアークレイを見上げてこくっと頷いた。
メルヴィル=ディーラ=ステファンノース。
エルガスティン王国の末王子。
養子となったオスカーを除けば、現国王の5番目の子だったとアークレイは記憶している。
「そうか。俺はアークレイ=サラスカ=フォーミュレイと申す。遠方よりおこしいただいたにも関わらず、我が国の騒動でご迷惑をおかけし大変申し訳ない」
「い、いえっ!そのような、迷惑など!」
メルヴィルは目を見開き、慌てたようにぶんぶんと左手を振った。
「陛下とシルフィアがご無事で何よりでございます!」
シルフィア?
呼び捨て?
口に出したわけではないが、思わずシルフィアを見てしまったアークレイの視線でわかったのだろう。
シルフィアは口元に手をあてて、ふふっと微笑んだ。
「メルヴィル様は今から3年ほど前、センシシアに半年近く滞在をされたことがあるのです。そのときに、私と同い年ということもあり親しくしていただいて。今では文を交し合う仲の良い友人です」
「ほう?」
同い年ということは19歳だろうが、シルフィアのほうが少し大人っぽく見える。
しかしメルヴィルという少年、シルフィアとはまた違った意味で目を引く容姿だ。
肩に毛先が僅かにかかる程度の長さの、癖のない漆黒の髪。
伏し目がちの、大きな紫色の瞳。
シルフィアのように少女と見紛う程ではないにせよ、おもわずハッとさせられる綺麗な顔立ちをした少年、というのがアークレイの印象だ。
漆黒の髪はエルガスティンでは珍しい。
エルガスティンは特に茶系の髪色を持つ国民が多い。
その中で、大陸でも北東の民の特徴ともいえる漆黒の髪は、さぞかし目立つことだろう。
一夫多妻が慣例となっている王侯貴族には珍しく、エルガスティンの現国王には妃が一人しかいないのだが、その妃がリヒテラン王国出身で、しかも現リヒテラン国王の姉だ。
噂では大陸4大美女の一人と謳われているそうだが、メルヴィルのこの容姿は、母親の血が色濃く出たためなのだろう。
メルヴィルは、血統においてリヒテラン現国王の甥でもあり、アークレイの妃ロージアの従弟ということになる。
その従弟の義兄として養子に入ったオスカー。
さらにその実弟が、アークレイの正妃となるシルフィア。
点が線に繋がって、どうも奇妙な縁で結ばれているようだ。
エルガスティンは好戦的な国民性で、幾多の戦争を繰り広げて領土を拡大してきた歴史がある。
国王自らが戦場で陣頭指揮を執り、王子たちも戦場へと躍り出て剣を振るうのだとか。
皆背が高く、鍛え上げられた肉体・・・・・・というのがアークレイが知るエルガスティンの王族に対する印象だ。
だが、このメルヴィルにはその印象が全く当てはまらない。
背はシルフィアと然程変わらないし、ほっそりとした体つきだ。
大人しそうで、戦場で剣を振るう姿など想像できなかった。
「メルヴィル殿は何故センシシアに?留学か何かか?」
「それは・・・・・・」
アークレイは何気なくシルフィアに問いかけたのだが、シルフィアは困ったように苦笑し、兄オスカーへと視線を向ける。
何か、あまり聞かれたくないことだったのだろうか。
シルフィアを困らせるつもりはなかったので慌てて右手を振った。
「ああ、いや、不躾なことを聞いてしまい申し訳ない」
「いえ、お気になされる必要はございません」
オスカーの、先ほどメルヴィルに見せた柔らかな視線が嘘のように、至極真面目な表情で硬い口調に変わる。
「メルヴィルは右腕に怪我を負ってしまったため、湯治でセンシシアに来たのです」
「右腕を?」
「はい」
メルヴィルの右腕に視線を落とせば、確かに右腕はだらりと下がったままだ。
先ほども左手を振っていた。
利き腕が左手なのかと特に気にはしていなかったのだが。
3年ほど前の話ということだが、この様子では恐らく完治していないのだろう。
「そうか・・・・・・この城で不便はかけていないだろうか?何か足りないことがあれば、遠慮なく申し付けていただいて結構だ」
「あっ!いえっ!大丈夫です!お気遣いいただきまして、ありがとうございます!」
顔を紅潮させたメルヴィルは、勢いよく頭を下げた。
何だか一生懸命な少年の姿が微笑ましくて、アークレイも自然と笑みが浮かぶ。
「ところで、エルガスティンの方々も5日後の式に出席してくださるとお聞きしているが、お二人ともに?」
「はい。私もメルヴィルも出席いたします」
表情を変えずに頷くオスカーに「え?」と反応したのはシルフィアだった。
「5日後?」
「ああ、5日後に式を再度執り行うことになった」
まだ理解ができないのか、「え?」と再び首をかしげてきょとんと見上げてくる。
「式が昨日の騒ぎで中断されてしまっただろう?言祝ぎの儀も途中となってしまったため、やり直さねばならないからな」
「ですが・・・・・・」
胸の前でぎゅっと手を握ったシルフィアは、眉を顰めて唇をかみしめた。
「まだ陛下のお命を狙う者が・・・・・・」
暗殺者は捕らえられたとはいえ、アークレイの命を狙う真の首謀者は捕らえられていない。
そんな中で、式を行ってもいいのだろうか。
シルフィアの表情からそのような考えが読み取れた。
「大丈夫ですよ、殿下」
アークレイたちよりも2,3歩下がって、何も言わずに待機していたシメオンがシルフィアに声をかけてきた。
「シメオン様・・・・・・」
「『レイス・レーヴェ』の暗殺者を雇った者たちは、今朝方捕らえられました」
「本当ですか!?」
「はい」
「・・・・・・一体誰が陛下のお命を?」
シメオンがアークレイにチラリと視線を向けてくる。
シルフィアに告げても良いかということではなく、この場には他国の者であるオスカーとメルヴィルがいる。
彼らがいる前で話しても問題が無いかという確認だろう。
オスカーは間違いなく信頼に足る人物であるし、シルフィアが友人だとアークレイに紹介してくれたメルヴィルの人格を疑うのも愚かなことだ。
アークレイは承諾の意を込めて軽く頷いた。
優秀な宰相は、言葉なくとも理解したようだ。
「此度、陛下のお命を狙ったのは、ライブルーディンという地方貴族を首謀者とした10名の貴族たちです」
「貴族・・・・・・」
「はい。首謀者のライブルーディンは、様々な手段で法を犯して財を成してきた貴族なのですが、陛下と我々中央政府が進めようとしている政策に反意を抱く者たちを集めて、陛下を弑逆しようと企んだようなのです」
「連中は全て捕らえた。だから、安心していい」
強く握られたシルフィアの手にそっと手を重ねれば、ほっと安堵の表情を浮かべてアークレイを見上げてくる。
「陛下・・・・・・」
「無論、それで全てが解決するわけではない。国を改革していこうとする俺を厭う者たちは他にもいるだろうし、これからも国王という地位にあり続ける限り、命は狙われ続けるだろう」
「それは・・・・・・」
そのことはシルフィアもわかっているのだろう。
わかっているからこそ、アークレイのことを案じ、不安に満ちた表情を浮かべる。
「今は、此度のことでしばらく動きはないだろう。彼らの逮捕は、言い方は悪いが、見せしめにもなる」
「見せしめ・・・・・・でございますか?」
「ああ。あまりこの手は使いたくないのだがな・・・・・・」
「その者たちは、極刑となるのでしょうか」
いきなり滑り込んできた抑揚のない、どこか冷徹とも思える声に視線を向ければ、オスカーが眉根一つ動かさずにアークレイを見据えていた。
どう答えるべきか一瞬悩んだが、アークレイも国を治める者の立場として、その問いにはっきりと答える。
「無論だ」
「兄様、極刑って・・・・・・・」
シルフィアに対しては表情を緩めるはずのオスカーの視線が、まるで何も感情を映していないように硬かった。
「死罪ということだ」
「死罪・・・・・・」
無意識にだろうか、シルフィアとメルヴィルは二人顔を合せて息を飲み、オスカーを恐る恐る見上げる。
「貴族という身にありながら、己の私腹を肥やすために陛下のお命を狙ったのだから、その者が死罪となるのは当然のことだ。どの国においても、国主暗殺に対する罪は重い。国によっては国民の前で公開処刑をするほどだ。国主の暗殺を企てた者はこのようになるという見せしめでもあり、他者への抑止力にもなる」
「公開処刑って・・・・・・人を殺害する場面を民に見せるということですか?」
「そうだ」
「・・・・・・」
重い現実を受け止めきれないかのように、シルフィアは呆然となったまま言葉を無くす。
「シルフィア」
アークレイはシルフィアの顔を覗き込むように腰を屈めた。
「俺は、俺の命を狙ったばかりか、シルフィアを危険な目にあわせた者たちを許すことはできない」
「陛下・・・・・・」
複雑な感情が入り混じる碧玉の瞳が、戸惑うようにアークレイを見上げてくる。
「ですが、私が刺されたのは、私が自分で・・・・・・」
「そうではない。俺を狙うのであれば、俺が一人のときを狙えばいい。だが計画は、シルフィアだけでなく他国の方々がいるあの場で行われた。俺以外の者に危険が及ぶ可能性があるにも関わらずだ」
「・・・・・・」
「結果、シルフィアは俺を庇って暗殺者の刃に刺された。俺は、暗殺者も当然に許せないが、計画を企んだ貴族たちのことは更に許せない」
「陛下・・・・・・」
「我が国の法律では公開処刑はおこなっておりません。ただし、国王暗殺を企んだ者は、その地位も剥奪、私財も領地もすべて没収されてしまいます」
シメオンの、事務的ともいえる淡々とした声にシルフィアが驚きの声をあげる。
「地位も私財も?では、その貴族のご家族はどうなるのですか?」
アークレイの暗殺を企んだ者の家族の行く末をシルフィアは案じたのだろうが、それに対してシメオンは実に冷静に言葉を返す。
「当然、一族全員捕らえられます」
「全員?それで・・・どうなるのですか?」
「配偶者および直系男子は死罪。たとえそれが、赤子であってもです」
「!!」
ぎょっと目を見開いて身体を揺らしたシルフィアは、シメオンを見て、アークレイを戸惑いがちに見上げてきた。
「それは・・・・・・真でございますか?」
「本当だ」
「ですが、何故そこまで・・・・・・」
「遺恨を残してはならないからだ」
「遺恨?」
「ああ」
生き残った家族が逆恨みによって、国王を再び暗殺しようと考える可能性もある。
将来への不安要素を取り除くためにも、国王暗殺という大罪にはそれに見合う重罰が法で定められており、特例はない。
首謀者は死罪。
配偶者、直系男子も死罪。
他の一族の者も、山深いレイ・レシャンヌという鉱山跡地へと流され、生涯を監視の下で暮らさなくてはならない。
一族郎党にまでこれほどの思い罰が課せられるのは、オルセレイドの法の中でも国王暗殺という罪に対してくらいだろう。
国王暗殺を企むのであれば、それだけの覚悟をもって実行せよ、という暗に警告を含ませた刑罰でもある。
100年前にこの法が整備されてからは、国王暗殺の数も相当激減したというが、そのような危険を冒しながらも、暗殺を企てる者は100年経った今でも残念ながら無くなることはない。
「赤子まで、死罪となるのですか?」
苦しそうにその綺麗な顔を歪めるシルフィアは、罪の無い赤子までが刑に処せられるということが受け入れられないようだった。
本当ならば、そのような顔をシルフィアにはさせたくない。
だが、こればかりはアークレイにも譲ることはできなかった。
「そうだ。どのようなことがあろうとも、彼らに恩赦はない」
「ですが・・・・・・」
「国を治めるということはそういうことだ、シルフィア」
静かな、だがどこかシルフィアを諌めるような深く落ち着いた声に、全員がはっとなって目を開く。
「父様・・・・・・」
その声はシルフィアの父、センシシア王国レファード国王だった。
側には穏やかな笑みを浮かべて佇む、シルフィアの母親もいた。
「王という者は、誰よりも法に准じる立場になくてはならない。罪ある者に対して温情を抱いたり、権力によって法を捻じ曲げることは、例え王制といえども法治国家においてあってはならないことだ。わかるな?」
父親の言葉にシルフィアはくしゃりと顔を歪め、今にも泣き出しそうな表情でゆっくりと頷く。
「・・・・・・はい」
「確かに重い刑かもしれないが、やはり国主暗殺は重罪だ。それに、ロイスラミア陛下とて好んで刑を処するのではない。しかしながら、犯罪に対して強い意志を示さねば、考えが甘いと捉えられて、陛下に対する臣下や民からの信頼を無くしてしまう可能性もあるのだ」
「あ・・・・・・」
諭すように指摘をされてシルフィアは瞠目し、緩慢な仕草でアークレイを見上げてきた。
そんなシルフィアの手を握り締めたまま、真っ直ぐ向けられたその視線にアークレイは笑顔で応じる。
「オルセレイド王国という国を治められているロイスラミア陛下は、その肩にかかる重圧は想像以上だろう。私などよりも数倍も重い荷を背負っておられるはずだ。シルフィア、おまえはそのような陛下を、誰よりも理解してさしあげねばならない」
「は、い・・・・・・」
「この国のため、民のため、そして何よりもロイスミア陛下のために支えて差し上げなさい」
「父様・・・・・・」
全てを包み込むような慈愛に満ちた父親の言葉に、シルフィアの瞳からはらはらと涙がこぼれ落ちていく。
白い頬を伝いおちる雫を指で拭ってやれば、切なげに揺れる瞳とぶつかった。
「申し訳ございません・・・・・・貴方様のお立場を理解せずに申し上げてしまって・・・・・・」
「構わん。シルフィアはそれで良い・・・・・・俺が間違っていると思うのならば遠慮せずに言ってくれ。貴方は俺の正義であって欲しいのだ。全てを受け入れることは、俺の立場からは出来ないかもしれないが、貴方の分け隔てなく人を想うその優しい気持ちを俺も失いたくはない」
「・・・・・・アークレイ様」
あふれる涙を拭うこともせず、シルフィアは震える声で無意識にだろうかアークレイの名を呼んでいた。
シルフィアの強く握られた手をそっと両手で包み込む。
「シルフィア・・・・・・貴方の言葉が、考えが、俺を正しい方向へと導き、きっとこれからも支えとなってくれるだろう」
「アークレイ様・・・・・・」
わななくように震える唇は、だが、ふわりと綻び、涙を湛えた瞳が細められて笑顔に変わった。
「ありがとうございます・・・・・・」
やはりシルフィアにはいつも笑っていてほしい。
辛い思いはさせたくない。
愛しい思いが沸きあがり、その笑みを抱くように、アークレイは細い肩を抱きしめていた。
応援ありがとうございます!
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