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大事なのは出会いでは無くそこから一歩踏み出すかどうかだ 3
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その日の部活は顔合わせだけをして、俺は家に帰ってから鈴木さんが作った小説を読んだ。正確には、帰りのバスに乗った時から読み始めたが、気づいたら夜中になっていた。
読み終わった時、時計は夜中の一時を差していた。まず驚いたのは、彼女の作る作品がとても読みやすいことだった。途切れることなくすらすら読める。テンポが良い。難しい言葉は一切使わない。それでいて分量は決して軽くない。俺は殆ど、頭のてっぺんから足の先まで驚愕した。同じ高校一年生で、ここまでの小説を書ける人物がいるのか。
読み終えた瞬間、俺は自分自身を恥じさえもした。彼女の力は本物だった。俺は興奮して、その日殆ど寝付けなかった。
翌日、俺は鈴木に話しかけたい気持ちを抑えて、普段通り学校に来た。早く放課後になって鈴木に話しかけてみたい気持ちと、俺の自尊心が完膚なきまでにボロボロになるかもしれない恐怖とで、俺は揺れていた。そりゃあそうだ、同い年の鈴木はこんなにも素晴らしい作品を書けるのに、俺は何も作り出せない。あんな才能を見せつけられ、その上あいつが謙遜なんかしたら、俺の自尊感情は砂浜に作られた城のごとく崩壊するだろう。
「そういえば、あれ読んだか?」人の気持ちも知らず、伊月は何時ものノリで俺に話しかけて来た。
「鈴木さんの作品のことか?勿論読んだよ」
俺は伊月に目の下の隈を指さして言った。
「どうだった?」
「すごかった」本心だった。
「すごいだろ?あれ」
「うん」
「どんな風にすごかった?」
「そうだな、読みやすい文体でテンポも良い。登場人物も魅力的。異世界ものにしては珍しく設定がしっかりしている。それでいて官僚制度批判という裏テーマもしっかり書けている。中盤がやや助長的なのが唯一の欠点かな」
「中盤?」
「日常シーンを削って、過去の話だけにする。現在の話は最初からの記述だけで読者にそれとなくわからせるようにする」
「なるほど……」
伊月は、鞄から一冊の雑誌を取り出した。色んな小説やコラムが載っている、字ばかりの雑誌。伊月はあるページを開いた。そこには、昨日俺が読んだ文章とまるっきり同じ文章が載っていた。タイトルと作者名だけが違っていた。
「これが鈴木さんの実力。あ、名前違うけど、この人、鈴木さんのペンネームね」
俺は驚いて、雑誌を伊月から取り上げて、同じページの文章を三回読んだ。
「何これ?」
「鈴木さんはアンダー二十文学賞で優秀賞を先月獲った。小さい時から文学賞に作品を応募してたそうだ。最優秀賞と優秀賞は雑誌に作品が掲載される。賞金も貰える」
「嘘」
「本当」
「すげーじゃん」
「すげーよ。だからすげーって言ってるだろ」
伊月が雑誌を俺の手から取り上げる。
「ちなみに今回の最優秀賞受賞者は十八歳。鈴木さんは後一歩ってとこだったと思うが、まあこれが実力だ。で、俺が読んでほしいのは」
伊月が頁を捲る。
「これ」
伊月が指さした頁には、どの作品も載っていなかった。代わりに、審査員たちのコメントが載っていた。
「特に佐近樹忠」作家の佐近樹先生のコメントと写真が載ってある。伊月は先生の顔を指さす。俺は指さされた場所を目で追った。
「わかるとは思うが、今のお前の批評、この人のコメントとほぼ同意見だ」
俺は審査員コメントを一通り読む。
「やっぱりな、わかってるぜ佐近樹先生」
俺は感心した。
「ああ、すげえよな、鈴木さんの作風とは結構違うのにな。さすがによくわかってる。まあ、優れた作品を読むのは子供も大人も関係ないがな」
伊月が言う。
「そうだな、俺はこの人の作品、好きだ。こいつ自身には不倫したから共感できねえけど」
「お前、この雑誌のことは知っていたか?」
伊月が一段と顔を近づけて、声を低くして言った。
「いや、なんも。っていうか、俺は金、無いし。基本的に図書館の本しか読まないし」
「じゃあ、さっきのこの作品に対するコメントは、お前自身のオリジナルのコメントなんだな?」
「そりゃそうだろ。佐近樹先生はわかってるぜ、やっぱり。すごく頭がいいね」
「お前、小説を書いたことはあるのか?」
伊月が声のトーンを落として言う。
「俺が?」
俺は面食らった。
「ああ」
伊月の表情はまじめそのものだった。
「俺が小説を?」
「書いたことがあるな?」
「そうだな、本当にガキの時、幼稚園の時は作ってたみたいだけどよ、まあ、忘れたわな。そんなもん作ったうちに入らないだろ」
「そうか」
伊月の声のトーンがいつもより低い。
「お前は、今は小説を書く気はないのか?」
「俺が?」
「そうだ、さっきから言ってる」
「いや、考えたことも無いな、今となっては」
「そうか」
教室は誰かの声でざわざわしていたはずだった。さっきまで。今はこいつの声だけが俺に届いている。
「それなら、なんでもない」
伊月はそれきり、放課後まで俺に話しかけてこなかった
読み終わった時、時計は夜中の一時を差していた。まず驚いたのは、彼女の作る作品がとても読みやすいことだった。途切れることなくすらすら読める。テンポが良い。難しい言葉は一切使わない。それでいて分量は決して軽くない。俺は殆ど、頭のてっぺんから足の先まで驚愕した。同じ高校一年生で、ここまでの小説を書ける人物がいるのか。
読み終えた瞬間、俺は自分自身を恥じさえもした。彼女の力は本物だった。俺は興奮して、その日殆ど寝付けなかった。
翌日、俺は鈴木に話しかけたい気持ちを抑えて、普段通り学校に来た。早く放課後になって鈴木に話しかけてみたい気持ちと、俺の自尊心が完膚なきまでにボロボロになるかもしれない恐怖とで、俺は揺れていた。そりゃあそうだ、同い年の鈴木はこんなにも素晴らしい作品を書けるのに、俺は何も作り出せない。あんな才能を見せつけられ、その上あいつが謙遜なんかしたら、俺の自尊感情は砂浜に作られた城のごとく崩壊するだろう。
「そういえば、あれ読んだか?」人の気持ちも知らず、伊月は何時ものノリで俺に話しかけて来た。
「鈴木さんの作品のことか?勿論読んだよ」
俺は伊月に目の下の隈を指さして言った。
「どうだった?」
「すごかった」本心だった。
「すごいだろ?あれ」
「うん」
「どんな風にすごかった?」
「そうだな、読みやすい文体でテンポも良い。登場人物も魅力的。異世界ものにしては珍しく設定がしっかりしている。それでいて官僚制度批判という裏テーマもしっかり書けている。中盤がやや助長的なのが唯一の欠点かな」
「中盤?」
「日常シーンを削って、過去の話だけにする。現在の話は最初からの記述だけで読者にそれとなくわからせるようにする」
「なるほど……」
伊月は、鞄から一冊の雑誌を取り出した。色んな小説やコラムが載っている、字ばかりの雑誌。伊月はあるページを開いた。そこには、昨日俺が読んだ文章とまるっきり同じ文章が載っていた。タイトルと作者名だけが違っていた。
「これが鈴木さんの実力。あ、名前違うけど、この人、鈴木さんのペンネームね」
俺は驚いて、雑誌を伊月から取り上げて、同じページの文章を三回読んだ。
「何これ?」
「鈴木さんはアンダー二十文学賞で優秀賞を先月獲った。小さい時から文学賞に作品を応募してたそうだ。最優秀賞と優秀賞は雑誌に作品が掲載される。賞金も貰える」
「嘘」
「本当」
「すげーじゃん」
「すげーよ。だからすげーって言ってるだろ」
伊月が雑誌を俺の手から取り上げる。
「ちなみに今回の最優秀賞受賞者は十八歳。鈴木さんは後一歩ってとこだったと思うが、まあこれが実力だ。で、俺が読んでほしいのは」
伊月が頁を捲る。
「これ」
伊月が指さした頁には、どの作品も載っていなかった。代わりに、審査員たちのコメントが載っていた。
「特に佐近樹忠」作家の佐近樹先生のコメントと写真が載ってある。伊月は先生の顔を指さす。俺は指さされた場所を目で追った。
「わかるとは思うが、今のお前の批評、この人のコメントとほぼ同意見だ」
俺は審査員コメントを一通り読む。
「やっぱりな、わかってるぜ佐近樹先生」
俺は感心した。
「ああ、すげえよな、鈴木さんの作風とは結構違うのにな。さすがによくわかってる。まあ、優れた作品を読むのは子供も大人も関係ないがな」
伊月が言う。
「そうだな、俺はこの人の作品、好きだ。こいつ自身には不倫したから共感できねえけど」
「お前、この雑誌のことは知っていたか?」
伊月が一段と顔を近づけて、声を低くして言った。
「いや、なんも。っていうか、俺は金、無いし。基本的に図書館の本しか読まないし」
「じゃあ、さっきのこの作品に対するコメントは、お前自身のオリジナルのコメントなんだな?」
「そりゃそうだろ。佐近樹先生はわかってるぜ、やっぱり。すごく頭がいいね」
「お前、小説を書いたことはあるのか?」
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「俺が?」
俺は面食らった。
「ああ」
伊月の表情はまじめそのものだった。
「俺が小説を?」
「書いたことがあるな?」
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「そうか」
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「お前は、今は小説を書く気はないのか?」
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「そうだ、さっきから言ってる」
「いや、考えたことも無いな、今となっては」
「そうか」
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