7 / 50
選択肢は無限でも選び取ることが出来るのは一つだけだ 1
しおりを挟む
二学期の初め、鈴木は全校生徒の前で表彰された。学校としても、優秀な生徒がいることを前面にアピールしたいのだろう。しかし、当の鈴木自身は放っておいて欲しいみたいだった。表彰式の間、俺と伊月は体育館の奥の方で、右足と右手を同時に出しながら歩く彼女を見守った。
そんな鈴木の胸中とはお構いなしに、その日から周囲の鈴木に対する目は明らかに変化した。鈴木はすっかり有名人になった。そこまでは俺と伊月の想定内だった。
想定外なことに、同時に文芸部の注目もかなりのものとなった。それは鈴木が、全校生徒の前で自分の作品を「文芸部みんなで作った作品」と称したからだ。一年生三人だけで細々と活動していた文芸部の知名度は、この日を境に一気に上がった。特に伊月は部長だったから、奴の周りには性別も学年も関係なく、人が集まるようになった。しかし彼は、「あの作品は鈴木の実力だよ」と繰り返すだけで、その謙虚な姿勢が伊月の人気を(生徒ならず先生にまでも)さらに加速させた。
俺はと言うと、相変わらずあまり多くの人には話しかけられなかった。ただ、国語の成績だけは抜群に良かったから、勉強を教えてくれと申し出る人が出て来た。俺は快くそれを引き受けた。初めは誰かに物を教えるなんてできないと思っていたが、やってみると案外楽しかった。現代文は、論理的思考さえあれば必ず正解にたどり着ける教科だから、ちゃんと教えさえすれば皆納得できる。不思議なことに、国語の答えには正解がいくつもある、と信じている人間がたくさんいた。それは俺を少なからず驚かせたが、その度に俺は首を横に振った。
「表現方法が無限にあるだけだ。正解は一通りしかない」
俺はそのたびに繰り返した。
二学期が始まってからの二週間後、伊月がとあるパンフレットを俺たちに見せた。その日は午前授業だったから、俺たちは学校の近くのマクドナルドに集まっていた。
「隣町でビブリオバトルが開かれるそうなんだ」
伊月が相変わらずのニヤニヤ顔で言った。ビブリオバトルとは、参加者が各自好きな本の紹介をし、一番読みたいと感じた本を決める大会のことだ。伊月はいつになく自信に溢れていた。
「十月に市民文化センターで行われる。毎年、他の高校からも何人か出てるみたいだ。強制はしないが、もしよかったら、出てみないか?」
伊月は満面の笑みで俺らを見た。
「俺は出る」
即答だった。
「読んでいない本を知るいい機会だしな」
その気持ちもあったが、本当は鈴木が賞を獲った一件から、俺は何か、自分自身の目標が欲しいと感じていた。俺はあれから小説のネタを探すようにはなったものの、依然として自分の小説を形にできていなかった。伊月も俺と同じような気持ちだったのかもしれない。このところ、奴が文芸雑誌を度々チェックしていたのを俺は見ている。俺と伊月の心は一つだった。が、鈴木の反応はいまいちだった。
「私は、十月締め切りの賞に応募したいから、今回はパスかな」
鈴木は淡々と言った。賞を獲ったにも関わらず、鈴木の創作ペースは一向に落ちていなかった。むしろ、前よりも新しいアイディアが出るペースは速くなっていた。鈴木が大切にしているネタ帳とプロット帳は、伊月と俺も見ることができたから、間違いない。あの作品を皮切りに、鈴木は更なる成長を遂げようとしていた。
「そうだな、光は今の作品に集中、俺らは一か月、大会に集中。しばらくはこれで行こう。光、当日は見に来てくれるよな?」
伊月は優しく話しかけた。その声はよく通り、どこか俺らを安心させた。
「うん、土曜日なんだね。空けておくよ」
「鈴木だけが有名じゃ、立つ瀬がないしな。やるからには優勝だ」
伊月が笑う。
「お前はもとから人気者だから別にいんだよ、俺が優勝する。鈴木は今のままでいいだろ」
俺も伊月も、鈴木の言葉を聞いた時から、鈴木は自分のやりたいようにやるべきだと直感していた。
「ただし、今まで通り、鈴木の小説の校正は俺がやる」
俺は鈴木の目をなるべく見ながら言った。
「鈴木は才能あるし、一人で自分の書きたいこと書けば、それだけで形になるとは思う。でもだからと言って、そこで俺に遠慮されたら、俺は怒る。だから俺は今まで通り、鈴木の作品を読む」
「まあ、当たり前だろ。改めて言わなくても」
伊月が頷く。
「言っとかないと、鈴木は遠慮しがちだしな」俺は鈴木の目を見て、話す。
「それはお前が、話しかけづらいオーラ出してるからだろ」
伊月が突っ込む。
「出してねえよ」
「わかった」
鈴木が簡潔に言った。オレンジジュースを一気飲みして、パソコンを取り出す。
「遠慮しません」
そう言い残して、鈴木は自分の小説の世界に潜っていった。ついでに俺らの目の前にあったチキンとポテトを何も言わずに食べてしまった。おそらく無意識なのだろう、鈴木は集中すると食欲が増える。
「そういや、ビブリオバトルって、どうやって勝敗決めるの?」
俺は思い出したかのように伊月に聞いた。
「あ、そこから?」
その日から、俺と伊月は勉強会を始めた。
そんな鈴木の胸中とはお構いなしに、その日から周囲の鈴木に対する目は明らかに変化した。鈴木はすっかり有名人になった。そこまでは俺と伊月の想定内だった。
想定外なことに、同時に文芸部の注目もかなりのものとなった。それは鈴木が、全校生徒の前で自分の作品を「文芸部みんなで作った作品」と称したからだ。一年生三人だけで細々と活動していた文芸部の知名度は、この日を境に一気に上がった。特に伊月は部長だったから、奴の周りには性別も学年も関係なく、人が集まるようになった。しかし彼は、「あの作品は鈴木の実力だよ」と繰り返すだけで、その謙虚な姿勢が伊月の人気を(生徒ならず先生にまでも)さらに加速させた。
俺はと言うと、相変わらずあまり多くの人には話しかけられなかった。ただ、国語の成績だけは抜群に良かったから、勉強を教えてくれと申し出る人が出て来た。俺は快くそれを引き受けた。初めは誰かに物を教えるなんてできないと思っていたが、やってみると案外楽しかった。現代文は、論理的思考さえあれば必ず正解にたどり着ける教科だから、ちゃんと教えさえすれば皆納得できる。不思議なことに、国語の答えには正解がいくつもある、と信じている人間がたくさんいた。それは俺を少なからず驚かせたが、その度に俺は首を横に振った。
「表現方法が無限にあるだけだ。正解は一通りしかない」
俺はそのたびに繰り返した。
二学期が始まってからの二週間後、伊月がとあるパンフレットを俺たちに見せた。その日は午前授業だったから、俺たちは学校の近くのマクドナルドに集まっていた。
「隣町でビブリオバトルが開かれるそうなんだ」
伊月が相変わらずのニヤニヤ顔で言った。ビブリオバトルとは、参加者が各自好きな本の紹介をし、一番読みたいと感じた本を決める大会のことだ。伊月はいつになく自信に溢れていた。
「十月に市民文化センターで行われる。毎年、他の高校からも何人か出てるみたいだ。強制はしないが、もしよかったら、出てみないか?」
伊月は満面の笑みで俺らを見た。
「俺は出る」
即答だった。
「読んでいない本を知るいい機会だしな」
その気持ちもあったが、本当は鈴木が賞を獲った一件から、俺は何か、自分自身の目標が欲しいと感じていた。俺はあれから小説のネタを探すようにはなったものの、依然として自分の小説を形にできていなかった。伊月も俺と同じような気持ちだったのかもしれない。このところ、奴が文芸雑誌を度々チェックしていたのを俺は見ている。俺と伊月の心は一つだった。が、鈴木の反応はいまいちだった。
「私は、十月締め切りの賞に応募したいから、今回はパスかな」
鈴木は淡々と言った。賞を獲ったにも関わらず、鈴木の創作ペースは一向に落ちていなかった。むしろ、前よりも新しいアイディアが出るペースは速くなっていた。鈴木が大切にしているネタ帳とプロット帳は、伊月と俺も見ることができたから、間違いない。あの作品を皮切りに、鈴木は更なる成長を遂げようとしていた。
「そうだな、光は今の作品に集中、俺らは一か月、大会に集中。しばらくはこれで行こう。光、当日は見に来てくれるよな?」
伊月は優しく話しかけた。その声はよく通り、どこか俺らを安心させた。
「うん、土曜日なんだね。空けておくよ」
「鈴木だけが有名じゃ、立つ瀬がないしな。やるからには優勝だ」
伊月が笑う。
「お前はもとから人気者だから別にいんだよ、俺が優勝する。鈴木は今のままでいいだろ」
俺も伊月も、鈴木の言葉を聞いた時から、鈴木は自分のやりたいようにやるべきだと直感していた。
「ただし、今まで通り、鈴木の小説の校正は俺がやる」
俺は鈴木の目をなるべく見ながら言った。
「鈴木は才能あるし、一人で自分の書きたいこと書けば、それだけで形になるとは思う。でもだからと言って、そこで俺に遠慮されたら、俺は怒る。だから俺は今まで通り、鈴木の作品を読む」
「まあ、当たり前だろ。改めて言わなくても」
伊月が頷く。
「言っとかないと、鈴木は遠慮しがちだしな」俺は鈴木の目を見て、話す。
「それはお前が、話しかけづらいオーラ出してるからだろ」
伊月が突っ込む。
「出してねえよ」
「わかった」
鈴木が簡潔に言った。オレンジジュースを一気飲みして、パソコンを取り出す。
「遠慮しません」
そう言い残して、鈴木は自分の小説の世界に潜っていった。ついでに俺らの目の前にあったチキンとポテトを何も言わずに食べてしまった。おそらく無意識なのだろう、鈴木は集中すると食欲が増える。
「そういや、ビブリオバトルって、どうやって勝敗決めるの?」
俺は思い出したかのように伊月に聞いた。
「あ、そこから?」
その日から、俺と伊月は勉強会を始めた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる