それでも日は昇る

阿部梅吉

文字の大きさ
9 / 50

一人で楽しめる術を見つけるだけでは勿体ない 1

しおりを挟む
 大会の日、俺らは三十分前に市民文化センターに着いた。

「会議室1だって」
鈴木が言う。

「わかってるって」

俺は緊張を悟られないように笑ってみせる。

「有難う、行ってくる」

伊月は今日も余裕だった。
 会議室に入った時、まだ参加者は誰もいなかった。数分後、一人の男性が入って来た。社会人だろうか、少なくとも高校生ではない。眼鏡をかけていて、細身。ついでに猫背だ。いかにも頭が良さそう。数分後、続々と参加者が集まって来た。俺と伊月を除いて十人。ざっと眺めてみたが、高校生はいないみたいだ。と思ったが、一人学生っぽい奴がいた。女だ。長い黒髪の女。色白で、アイドルみたいな顔をしている。割と美人。

 時間ぴったりに、この大会の主催者がマイクを獲った。三十代くらいの、髪の薄い男性だった。彼はこの大会の目的を説明し、簡単なルール説明を行った。

「それでは早速始めていきましょうか。トップバッターは、今大会最年少の伊月圭介君です。彼はまだ十五歳だそうです。頑張ってほしいですね、それではどうぞ」

伊月が笑顔で前に出る。会場の視線が伊月に集まる。

「トップバッターで緊張しますね、初めてですので温かい目で見てくれると嬉しいです」

伊月は落ち着いていた。トップバッターで、相手は自分よりも大人である。その中でこの態度はさすがと言わざるを得ない。

「本日、僕が紹介したいのは、この本です。とても最近の本なので知らない方も多いかと思います。『檻の中のアポロン』です」

それは俺たちが三人で作った小説だった。

 その日の大会で、驚くことに、俺は優勝した。俺は練習通り、ミスもど忘れも無く最後まで走りきれた。終わった時の感触も悪くなかった。皆の顔を見て話すことが出来たし、一旦言葉を話してしまえば、あとは波に乗ることが出来た。鈴木に毎日練習を見てもらったお陰かもしれない。

 俺は伊月に言いたいことがたくさんあったせいで、自分の優勝を聞かされても、その実感は湧かなかった。主催者から賞状を渡された時、やっと少しだけ、俺は自分自身を確立できた気がした。それでも、俺は伊月のやったことを認めることが出来なかった。一刻も早く、大会を終えて二人で話し合いたかった。
 終わってから、いの一番に俺はあいつを問い詰めた。

「何やってんだよ、お前」

「ごめん、土壇場で、本ごとまるまる変えたくなっちゃってさ」
伊月は飄々と言う。

「あれはダメだ」

俺は周りに聞こえないように、精一杯声を抑えて言う。他の参加者の何人かが、俺たちに声を掛けたがっていたが、俺は無視する。

「あれは俺たちの作品だ」

「あれは光の作品だよ」

伊月はさらりと言う。

「あの作品は光の実力だ。俺は関係ない」

伊月が乾いたとも冷たいとも言える口調で言う。

「嘘つけ、本になる前に内容、知ってただろ?それはもう関係者だ」

「それでもあれは、もう『桜木ヒカル』の作品なんだよ」

桜木ヒカルというのが、鈴木のペンネームだった。

「気付いてんだろ、お前だって。俺たちは影だ。光がいなきゃ、新しいものは作れない」

「そうかもしれない。でも、お前だって必要だった。現に、お前のマックス・ウエーバーの知識のおかげで、主人公の名前も決まったし、」

「俺はヒントを与えただけだ。小説の材料。それを見つけて料理したのは光だ。あたりまえだろ。それに自分の作品を紹介しちゃダメなんてルールは無い」

 俺は何も言えなくなった。第一、話し合うにもここは人が多すぎる。鈴木は、会場の後ろの方にいた。その表情はここから読み取れない。訳も無く何かを殴りたかったが、俺はその衝動を抑えた。鈴木の気持ち次第だ。まず、あいつに話を聞こう。俺は鈴木のもとへ駆け寄る。

「日向君、すごく良かった」

鈴木は笑おうとしていた。実際に笑っていたのかもしれない。

「本当に良かったよ」

「鈴木、お前は、伊月のこと、どう思うんだ?あの作品は、俺たちの……」

俺たちの、何だ?突然言葉が止まる。さっきまではたくさん、言いたい言葉が俺の頭の中にあった。けど今は、何も思い浮かばない。

「吃驚した」

鈴木は、淡々と言った。

「でも、伊月君らしい」

鈴木は少しだけ笑った。

「鈴木は、納得してるのかよ?」

「うーん、納得、かあ」

鈴木は左斜め下を見る。こいつの考えるときの癖だ。

「わかんない。でも、日向君が優勝したことには納得してる」

「ほら、納得してるってよ」

いつの間にか、隣に伊月がいた。

「そういう意味じゃねえよ」

俺は突っかかる。

 「あ、日向君、あと伊月君」

俺は主催者の方に呼ばれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...