それでも日は昇る

阿部梅吉

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一人で楽しめる術を見つけるだけでは勿体ない 1

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 大会の日、俺らは三十分前に市民文化センターに着いた。

「会議室1だって」
鈴木が言う。

「わかってるって」

俺は緊張を悟られないように笑ってみせる。

「有難う、行ってくる」

伊月は今日も余裕だった。
 会議室に入った時、まだ参加者は誰もいなかった。数分後、一人の男性が入って来た。社会人だろうか、少なくとも高校生ではない。眼鏡をかけていて、細身。ついでに猫背だ。いかにも頭が良さそう。数分後、続々と参加者が集まって来た。俺と伊月を除いて十人。ざっと眺めてみたが、高校生はいないみたいだ。と思ったが、一人学生っぽい奴がいた。女だ。長い黒髪の女。色白で、アイドルみたいな顔をしている。割と美人。

 時間ぴったりに、この大会の主催者がマイクを獲った。三十代くらいの、髪の薄い男性だった。彼はこの大会の目的を説明し、簡単なルール説明を行った。

「それでは早速始めていきましょうか。トップバッターは、今大会最年少の伊月圭介君です。彼はまだ十五歳だそうです。頑張ってほしいですね、それではどうぞ」

伊月が笑顔で前に出る。会場の視線が伊月に集まる。

「トップバッターで緊張しますね、初めてですので温かい目で見てくれると嬉しいです」

伊月は落ち着いていた。トップバッターで、相手は自分よりも大人である。その中でこの態度はさすがと言わざるを得ない。

「本日、僕が紹介したいのは、この本です。とても最近の本なので知らない方も多いかと思います。『檻の中のアポロン』です」

それは俺たちが三人で作った小説だった。

 その日の大会で、驚くことに、俺は優勝した。俺は練習通り、ミスもど忘れも無く最後まで走りきれた。終わった時の感触も悪くなかった。皆の顔を見て話すことが出来たし、一旦言葉を話してしまえば、あとは波に乗ることが出来た。鈴木に毎日練習を見てもらったお陰かもしれない。

 俺は伊月に言いたいことがたくさんあったせいで、自分の優勝を聞かされても、その実感は湧かなかった。主催者から賞状を渡された時、やっと少しだけ、俺は自分自身を確立できた気がした。それでも、俺は伊月のやったことを認めることが出来なかった。一刻も早く、大会を終えて二人で話し合いたかった。
 終わってから、いの一番に俺はあいつを問い詰めた。

「何やってんだよ、お前」

「ごめん、土壇場で、本ごとまるまる変えたくなっちゃってさ」
伊月は飄々と言う。

「あれはダメだ」

俺は周りに聞こえないように、精一杯声を抑えて言う。他の参加者の何人かが、俺たちに声を掛けたがっていたが、俺は無視する。

「あれは俺たちの作品だ」

「あれは光の作品だよ」

伊月はさらりと言う。

「あの作品は光の実力だ。俺は関係ない」

伊月が乾いたとも冷たいとも言える口調で言う。

「嘘つけ、本になる前に内容、知ってただろ?それはもう関係者だ」

「それでもあれは、もう『桜木ヒカル』の作品なんだよ」

桜木ヒカルというのが、鈴木のペンネームだった。

「気付いてんだろ、お前だって。俺たちは影だ。光がいなきゃ、新しいものは作れない」

「そうかもしれない。でも、お前だって必要だった。現に、お前のマックス・ウエーバーの知識のおかげで、主人公の名前も決まったし、」

「俺はヒントを与えただけだ。小説の材料。それを見つけて料理したのは光だ。あたりまえだろ。それに自分の作品を紹介しちゃダメなんてルールは無い」

 俺は何も言えなくなった。第一、話し合うにもここは人が多すぎる。鈴木は、会場の後ろの方にいた。その表情はここから読み取れない。訳も無く何かを殴りたかったが、俺はその衝動を抑えた。鈴木の気持ち次第だ。まず、あいつに話を聞こう。俺は鈴木のもとへ駆け寄る。

「日向君、すごく良かった」

鈴木は笑おうとしていた。実際に笑っていたのかもしれない。

「本当に良かったよ」

「鈴木、お前は、伊月のこと、どう思うんだ?あの作品は、俺たちの……」

俺たちの、何だ?突然言葉が止まる。さっきまではたくさん、言いたい言葉が俺の頭の中にあった。けど今は、何も思い浮かばない。

「吃驚した」

鈴木は、淡々と言った。

「でも、伊月君らしい」

鈴木は少しだけ笑った。

「鈴木は、納得してるのかよ?」

「うーん、納得、かあ」

鈴木は左斜め下を見る。こいつの考えるときの癖だ。

「わかんない。でも、日向君が優勝したことには納得してる」

「ほら、納得してるってよ」

いつの間にか、隣に伊月がいた。

「そういう意味じゃねえよ」

俺は突っかかる。

 「あ、日向君、あと伊月君」

俺は主催者の方に呼ばれた。
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