それでも日は昇る

阿部梅吉

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早く行きたいときは一人で、遠くに行きたいときはみんなで行く方がいい 

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 俺と鈴木は六月の末に小説を書きあげ、出版社に送った。佐伯もかなり迷ったが、土壇場で応募した。若狭の作品は見送った。彼の作品は思ったよりも長くなりそうだったからだ。

 高橋、梶、伊月は他県の本屋で行われていたビブリオバトルに参加した。アットホームな雰囲気で、初めての参加でも気軽にできたのではと思う。伊月も健闘したが、結局社会人の方が優勝した。意外にも高橋の評価が高かった。やはり彼女の文学知識は相当の物みたいだ。それに物おじせず、はきはきと喋れる。梶もなかなか良かったが、緊張が伝わってきて、見ているこっちもドギマギした。

「難しいですね」
と発表後に梶が言った。

「まあ今回は半分お遊びだしね。楽しめれば良いってことよ」

伊月が飄々と言う。

「私は少し楽しかったです」

高橋は穏やかに言う。この子は本が本当に大好きなのだ。

 俺は何気なく、海野さんが(あと二継も)ここにいる気がしたが、探してもいなかった。

「打ち上げどこにする?」

俺が伊月に話しかける。

「いいですね」

若狭がいの一番に答える。大会に出ていない俺たちは気楽なものだ。

「今なら小説もひと段落着いたし、鈴木の食欲も普通だろうしな」

「そんなに食欲変動しないよ?」

鈴木が反論する。執筆中はエネルギーを使うからだろうか、彼女自身は自分の食欲の高低差に気付いていないみたいだった。

「いやいや、去年俺たちが一緒にラーメン食べに行ったときは、チャーハン半分と餃子も追加で食べてたじゃん」俺も反論する。

「ケンタッキーの時も確か、一番多く食べてたよな」

伊月も悪ノリする。

「そうだっけ?」

鈴木が悲しそうな顔で言う。それを見て一年が笑った。

「確かに先生、先日チョコレート二枚を一気に食べてましたよね」

若狭が追い打ちをかける。

「そうだっけ……そうかも」

鈴木が若干、自己嫌悪気味になる。

「その分、頭動かしているからいいんだよ」

俺がフォローする。そうですよね、と若狭。

「ってか、打ち上げどうする?」

俺が伊月に聞く。

「サイゼで良くないか?」

伊月はちょっとだけ疲れていた。あまり遠くではない場所が良いだろう。

「そうするか」

伊月の一言で決まった。

「今日はたくさん食べても良いからな、遠慮するなよ」

俺は鈴木をからかう。

「普通だって」

鈴木は顔を赤くする。

駅前のサイゼリヤで、俺たちは簡単な打ち上げを行った。俺と伊月はピザやサラダを頼んだ。女子はパフェを頼み、それを複数で分け合っていた。パフェの写真を撮る鈴木を見て、初めてこいつも女子高生なんだな、と実感した。

「そう言えば、伊月先輩って彼女いらっしゃるんですよね?」

佐伯が唐突に聞いた。佐伯の積極的な姿勢だけは評価する。

「ああ」

伊月は軽く答えた。俺は横目で鈴木を見る。彼女は普段通りに振る舞っていた。

「可愛いです?」

佐伯が突っ込む。

「あたりまえだろ。彼女なんだから」

伊月がサラッと言う。女子たちから歓声が上がった。俺は一刻も早く話題を変えなければ、と頭を回転させた。

「佐伯は好きな人いるのかよ?」

「中学から付き合っている人がいます」

佐伯はあっさり答えた。

「どんな人?」

さらに深堀り。

「写メは無いの?」

高橋も興味津々だった。ナイス、高橋。

「なんか、変わった人です。写真は有りませんけれど」

佐伯は平然と答える。

「お前よりは変わってないだろ?」

俺は佐伯に言う。

「ひどいですねえ」

佐伯はパフェを食べながら言う。鈴木は黙々とフライドポテトを食べている。梶も今日は大人しい。

「どういう風に変わっているんだ?」

「そうですねえ、走るのがとても早いのに歩き方が少しおかしくて、勉強はものすごくできるのに突然授業中に立ち上がったりします」

「天才タイプか」

伊月が言う。

「相当キテんなあ」

俺もしみじみ言う。

「そうなんですかね?いつも似たような服ばかり着ていますし、変わった奴ですよ」

「ふうん」

「ところでずっと気になっていたんですけど、日向先輩は付き合っている人、いないんですか?」

食べていたピザを思わず吐き出しそうになる。突然の流れ弾だ。

「いない」

「あ、じゃあ鈴木先輩と付き合っているわけじゃないんですね」

佐伯があまりにも軽く言う。

「……なわけねえだろ」俺が突っ込む。何をもってそんな思想になるんだ。

「違う違う」

鈴木も首を横に振って全否定する。その仕草に俺は内心グサッとくる。

「俺たち仲は良いけど……、」

「鈴木先輩はみんなのものですからね」

若狭が俺の言葉をかき消し、ニコニコしながら言う。

「お前の思想が怖いわ」

俺がまたしても突っ込む。

「え? そうですか?」

若狭の発言が本気なのか冗談なのかは、俺にはまだわからない。でも、こいつの発言には助けられた。

「てか、梶、お前はどうなんだよ」

俺は無茶振りで梶に振った。今日は少し大人しい。大会の緊張が取れないのだろうか。梶は一瞬体を震わせながら、俺を見て言った。

「親しく付き合っている人が、いなくないわけでは、ない、です」

「まじで」

俺はちょっとショックを受ける。梶に彼女がいるとは思わなんだ。

「すげえじゃん」

「いえいえ」

梶が謙遜する。顔が赤い。伊月はにやにやしていた。

「へえ、どんな人?」

高橋が突っ込む。

「いえ、可愛らしい方ですよ」

梶が何故か同級生に敬語を使う。明らかに動揺している。

「理学部の子だよね。眼鏡かけてて結構美人」

佐伯が口を挟む。情報ツウだな。

「まあ、そうですね」

梶の口調が明らかにおかしくなっている。眼鏡を抑える指が若干震えている。いったん話題を変えた方がよさそうだ。俺は若狭に肩を叩かれた。

「俺は自慢じゃないけど、彼女いないです!」

若狭が親指を立てながら元気に言った。

「うん。本当に自慢じゃねえな」

俺は突っ込む気力がなくなっていた。

「へえ」佐伯が人の気持ちも知らずに言う。

「そうなんだ、意外」

鈴木は恭しく笑っていた。出会った頃みたいな平坦な笑い方だった。
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