それでも日は昇る

阿部梅吉

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壁に耳あり障子に目あり

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二日後に、中谷先輩から連絡が来た。

【犯人わかったお 放課後会える?】
【どこに行きます? 日向】
【じゃあ理科室で!よろ】

 俺はその日の昼休み、理科室に向かった。誰にも言わず、俺一人で向かった。約束通り行ってみると、パソコンを覗いている中谷さんがいた。中谷さんはパソコンにヘッドホンを繋ぎ、何かを聞いて足でリズムをとっていた。俺は静かに彼の肩を叩いた。

「こんにちは」

「あ、やあ」

と振り返った。パソコンの画面に夢中になっている彼は、ゲームに熱中している中学生のように見えた。

「頼まれていたやつね、なかなか面白かったよ、うん」
とニコニコしながら彼は言った。

「はあ」

「初めは結構簡単にわかったんだ。この学校の一年だね」

「一年」

「そ」

彼はそのアカウントのメールアドレスを表示させた。怖い世の中だ。

「ま、それは割と簡単だったわけなんだけど」
彼は何でもないように言う。

「ちょっとおかしいな、と思ったんだ。はっきり言ってね、これはたちが悪いね」

「そんなことってできるんですか?」

「勿論。アカウントのアドレスとパスワードさえわかれば誰だってログインできるだろ? でさ、そのログインしている端末に気付いたのが確か一昨日だったんだ。色々見ててねおかしいなあって思ってね、こんなに時間がかかっちゃったよ。でもすごく楽しかったね、本当に。久々に楽しかったな、うん」

「なるほど。で、この子の名前は?」

「うーん、多分だけど、南条菊代。一年で、えっと」

次に、この学校の教師用サイトが出てくる。

「えっと、南条南条、な、ん、じょ、う……あ、そう、これこれ。一年五組。学生証用の証明写真もきっとどこかにあるよ。探してみる?」

「いや、いいです。クラスさえわかれば」

俺にはもう十分だった。

「先輩、これって大丈夫なんですか?いろいろとハッキングしてますけど」

俺は恐る恐る聞く。俺はこの人が心底怖くなっていた。

「君が大丈夫だと思えば大丈夫だよ」

俺にはよくわからなかった。答えが哲学的すぎる。

「とりあえず心を強く持ちます」

俺にできる精一杯の返事だった。

「そうそう」

中谷さんは、一年生全員のクラス名簿を開く。

「大事なのは信念と観念。僕、君はとても好きだよ。個人的にね。君は強い」

中谷さんの喋り方は変わっていた。パソコンの前にいる彼はいつもよりおしゃべりになっている気がした。

「とまあ、こんな感じ。説明はもう終わりだけど、これでいい?満足?あと何か調べて欲しいことはある?」

画面はすぐにユーチューブに切り替わり、十年以上前のアニメの主題歌が流れた。残酷な天使のテーゼ。

「いや、満足です。後は俺が何とかします。本当にありがとうございました」

俺は精一杯頭を下げた。

「いいよいいよー。悪いけどさ、今度何か、本を買ってきてくれないかな」

「わかりました」

「いいよ、そんなにかしこまらなくても。本なんて無くてもあっても良いんだ。ただ、正当な報酬をもらわないと、逆に人間関係がこじれたりするもんなんだよ、まじな話。うん。だからいわば、僕は便宜的に君に報酬を要求しているんだな。わかる?」

「わかります」

「話が早いね、さすが。君は結構好きだよ。うん。で? 君はその、鈴木光ちゃんのことが好きなんだ?」

「そうですね」

俺はあっさり認めた。嘘をつく理由もない。

「でも、鈴木は俺のことが好きではないんです。残念ながら」

「なるほどなるほど。そういうパターンもあるね」

そういうパターン。

「それでも、君はあの子を放って置けないんだ」

「まあ、そうですね」

それは本当だった。

「で、これからどうする? この、南条さんだっけ? 殴りに行く?」

先輩は画面に出てきた名前を指さす。

「行きますね。でも、放課後でもいいかもしれません。授業に集中できないかもしれませんが」

「そっか」

彼は動画を検索した。YAH YAH YAHが流れた。

「僕も行ってもいいけど、どうする?」

「待機してもらっていいですか?証拠を突きつけるのは最後にしましょう。俺はまず一人で行きます」

「オッケー」

彼は動画を閉じ、パソコンをシャットダウンさせた。

「まあ、君があんまり大きく喋らなければ、いろいろと上手くいくよ。うん。てことで、あんまり俺の技術のことは他に言わないようにしておいてくれる?」

「気を付けてみます」

「そうしてくれると有り難いな。だって僕の技術が必要な時も、この世の中にはあるしね」

中谷さんがにっこりと笑った。俺はこの人だけには逆らわないと誓った。

「裏でこっそりとこうやってやることで、救える人もいるんだよ」

この世には色々な種類の人間がいる。
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