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本編
12話 醜い薔薇
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チャンミは自己肯定感の低い少女だった。彼女は毒親とは程遠い、逆に一人娘のチャンミを溺愛する優しい両親に育てられたが、残念ながら彼女の両親は世間の常識と少しだけズレているところがある人たちだった。
それを証明するエピソードはいろいろあったが、彼女の名前である「チャンミ」が何よりもそれを物語っていた。
チャンミの彼女の本名で、名字が「チャン」、名前が「ミ」だった。そして「チャンミ」は韓国語で「薔薇」を意味する言葉だった。それはかなり珍しい名前で、もっと言うと日本でいう「キラキラネーム」に近いものだった。
韓国では名字が一文字、名前が二文字であることがもっとも一般的である。名前が一文字であること自体はそこまで珍しいわけではなかったが、問題は「バラ」を意味する「チャンミ」がそのままフルネームであること。
「チャンミ」がファーストネームで、例えば「キム・チャンミ」や「イ・チャンミ」という名前だったらまだマシだったかもしれない。しかし、名字が「チャン」で名前が「ミ」となると、フルネーム自体が「バラ」を意味する単語なのである。それが非常に珍しかった。
親は「バラのように美しい我が娘」だという意味でその名前をつけたらしい。でも、その名前は圧倒的にビジュアルが良い場合に限ってかろうじて許される名前で、チャンミは幼い頃から自分は完全に名前負けしていると感じていた。
特に問題だったのは、甘やかされて育ったチャンミが中学3年生の春までかなり太っていたこと。「バラ」を指す単語そのものがフルネームの、肥満の女の子。いじられ、からかわれる対象になったのはある意味、自然な流れだった。
小学生の頃は男女共学だったので、特に男子からのいじりはひどいものだった。直接の暴力や、加害者のなんらかの処分が下されるレベルのいじめにまでは発展しなかったものの、言葉の暴力と言っても良いレベルの言葉をかけられることは日常茶飯事だった。
その中でも特に、彼女の容姿を名前に絡めて嘲笑う数々のあだ名は、今でもその一つひとつがチャンミの心に深い傷として残っていた。
そんな地獄のような日々の中、チャンミの心の支えになってくれていたものは日本のゲームや漫画、そしてボカロ曲だった。それは彼女にとっては唯一の心の癒しで、逃げ場だった。日本語のコンテンツに接している時だけは現実世界の醜い自分とは違う自分になれている気がした。
いつの間にか「日本」という国自体が、チャンミにとっては憧れの場所になり始めていた。そして彼女は、小学5年生から独学で日本語を学び始めた。
中学は女子校に進学したことから、チャンミは小学校の頃よりは穏やかな日々を過ごせるようになっていたが、それでもチャンミは常に萎縮して、自分を嫌う性格のままだった。
チャンミは、大学時代に趣味でバンド活動をしていた父の影響で、幼い頃から音楽が身近な環境を持ち、特に歌には抜群の才能を持っていた。
そして彼女は、現実逃避の一環として日本のボカロ曲を中心に、自分が好きな曲を自分なりにアレンジして歌うことにハマり始めた。
チャンミは自分で聴くためだけに録音ファイルを作っていたが、中2の春に特に深く考えずに父に録音ファイルを聞かせたところ、父は「これを公開しないのはあまりにももったいない。YouTubeに投稿してみてはどうか。俺のバンド仲間が今も音楽関係の仕事をしているからMIXとかは彼に頼めばいい」と真剣に勧めてきた。
それくらいならいいかなと思ったチャンミは、中2の夏から顔出しは一切せずに歌ってみた動画だけを投稿するようになった。チャンネル名は「Ugly_R」にした。その名前は「Ugly_Rose」の略だった。
当時のチャンミは「少しでも自分の歌声を聴いてもらえて、褒めてもらえたら嬉しい」という軽い気持ちで歌を投稿していた。
バズらせてプロの歌手になるつもりは微塵もなかったことから、画面はフリー素材のちょっとおしゃれなイラストを使っていただけで、歌ってみた以外のコンテンツは一切投稿しなかった。
しかし、チャンミの予想に反して「Ugly_R」のチャンネルはその歌声だけでかなりの人気を集めるようになった。
そして、チャンミがチャンネルの概要欄に「中学生が趣味で投稿しているだけなので、あまり厳しいことは書かないでください…」という一文を入れていたことから、彼女がまだ中学生だということは自然と視聴者に伝わる状態になっていた。
中3になってから、チャンミには複数の芸能事務所からオーディションのお誘いが届くようになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
チャンミはオーディションに参加するつもりは全くなかった。顔出しはせずに趣味で歌だけ投稿するくらいならともかく、太っている自分の姿を人前で晒すなんて死んでも嫌だと考えていたから。
今ならVtuberのオーディションくらいなら受けてみたかもしれないが、当時の韓国にはまだVtuberという文化が根付いていなかった。
そんなチャンミに大きな転機が訪れる。彼女の極端な偏食と小学生時代からの長年のストレスが原因なのか、深刻な胃炎を発症してしまったのである。
胃炎によって10キロ近く体重が激減した彼女は、せっかく痩せてきたのだからそれを機にダイエットにチャレンジしてみることを決意した。
彼女のダイエットは驚くほどうまくいき、彼女はそこからさらに15キロの減量に成功した。小学生6年生の頃にはすでに70キロ近くあって、ピーク時には75キロだった彼女の体重は中学卒業時、50キロにまで減っていた。
そして中学生になってから10センチ以上、身長が伸びた彼女の中学卒業時点における身長は171センチで、体重は50キロ。いつの間にかチャンミはモデル体型になっていたのである。
元々顔立ちはかなり整っていたチャンミは、自慢の歌声だけじゃなく、容姿でも十分に芸能人を目指せる存在になっていた。
しかし、外見が変わってもチャンミの自己肯定感は昔とあまり変わっていなかった。ダイエットに成功した自分が「芸能界からスカウトされてもおかしくない美少女」になったことを、本人だけが認識できていなかった。ダイエット後の彼女の自己評価は「これでやっとモンスターから人間になれた」に過ぎなかった。
一方でチャンミは自分自身のことを「音楽、特に歌以外は何もできないポンコツ」とも評価していたことから、将来は音楽関係の目立たない職業を目指すつもりで、芸能人が多数所属するソウル市内の名門芸術高校の実用音楽課を受験する。そして数ある専攻の中でもっとも競争率の高いボーカル専攻に余裕で合格してしまう。
その高校で出会ったのが、すでにCWエンターテインメントの練習生になっていて、後に同じ『MYRM』のメンバーとしてデビューすることになるミンソンだった。
実はCWエンターテインメントは最初にチャンミのチャンネルを見つけて、オーディション参加を勧誘して断られた会社でもあった。
ミンソンはチャンミの歌声と容姿から、最初はチャンミもどこかの練習生だろうと思い込んでいた。
しかし、二人が少し仲良くなってから、ミンソンはチャンミとの会話の中でチャンミがまだどの会社にも所属しておらず、オーディションすらも受けたことがないことと、CWエンターテインメントからも声がかかっていたのに主にチャンミ本人の自己肯定感が理由で門前払いしていたことを知る。
そしてミンソンは、チャンミが自分のデビューの強力なライバルになり得ることを理解しながらも、出社時に自社の関係者にチャンミのことを詳細に報告する。
学校にずば抜けて歌が上手い子がいる。しかもものすごく綺麗な子。それなのにまだどの会社にも所属していない上に、うちの会社だけじゃなく、他の会社のオーディションのお誘いもすべて断っているらしいと。
性格がちょっと変わっている子で、なぜか自分は音楽関係の裏方の仕事を細々とやっていくつもりだと言っているが、あの容姿と歌唱力なら近い将来、どこかの会社からスカウトされるのは間違いないと思うと。
ミンソンの行動は、自分がCWの女子練習生の中でNo.1の実力を誇っていたことから、「仮にチャンミが入社しても、それによって自分がデビューできないことにはならないはず」という自信があったからこそできたものだった。
そして、すでに作曲でも才能を発揮していたミンソンにとって、チャンミは「この子に歌ってもらいたい曲」、「この子にしか歌えない曲」といったインスピレーションを与えてくれる貴重な存在でもあった。
当時のCWはまだスタートアップに近い会社で、ミンソンからの情報はすぐに社長兼統括プロデューサーのジウォンにまで伝わった。
そして翌週にはCWの担当者が直接ミンソンとチャンミが通う学校を訪れ、改めてチャンミにCWのオーディションを受けてみるよう説得を試みた。
それを証明するエピソードはいろいろあったが、彼女の名前である「チャンミ」が何よりもそれを物語っていた。
チャンミの彼女の本名で、名字が「チャン」、名前が「ミ」だった。そして「チャンミ」は韓国語で「薔薇」を意味する言葉だった。それはかなり珍しい名前で、もっと言うと日本でいう「キラキラネーム」に近いものだった。
韓国では名字が一文字、名前が二文字であることがもっとも一般的である。名前が一文字であること自体はそこまで珍しいわけではなかったが、問題は「バラ」を意味する「チャンミ」がそのままフルネームであること。
「チャンミ」がファーストネームで、例えば「キム・チャンミ」や「イ・チャンミ」という名前だったらまだマシだったかもしれない。しかし、名字が「チャン」で名前が「ミ」となると、フルネーム自体が「バラ」を意味する単語なのである。それが非常に珍しかった。
親は「バラのように美しい我が娘」だという意味でその名前をつけたらしい。でも、その名前は圧倒的にビジュアルが良い場合に限ってかろうじて許される名前で、チャンミは幼い頃から自分は完全に名前負けしていると感じていた。
特に問題だったのは、甘やかされて育ったチャンミが中学3年生の春までかなり太っていたこと。「バラ」を指す単語そのものがフルネームの、肥満の女の子。いじられ、からかわれる対象になったのはある意味、自然な流れだった。
小学生の頃は男女共学だったので、特に男子からのいじりはひどいものだった。直接の暴力や、加害者のなんらかの処分が下されるレベルのいじめにまでは発展しなかったものの、言葉の暴力と言っても良いレベルの言葉をかけられることは日常茶飯事だった。
その中でも特に、彼女の容姿を名前に絡めて嘲笑う数々のあだ名は、今でもその一つひとつがチャンミの心に深い傷として残っていた。
そんな地獄のような日々の中、チャンミの心の支えになってくれていたものは日本のゲームや漫画、そしてボカロ曲だった。それは彼女にとっては唯一の心の癒しで、逃げ場だった。日本語のコンテンツに接している時だけは現実世界の醜い自分とは違う自分になれている気がした。
いつの間にか「日本」という国自体が、チャンミにとっては憧れの場所になり始めていた。そして彼女は、小学5年生から独学で日本語を学び始めた。
中学は女子校に進学したことから、チャンミは小学校の頃よりは穏やかな日々を過ごせるようになっていたが、それでもチャンミは常に萎縮して、自分を嫌う性格のままだった。
チャンミは、大学時代に趣味でバンド活動をしていた父の影響で、幼い頃から音楽が身近な環境を持ち、特に歌には抜群の才能を持っていた。
そして彼女は、現実逃避の一環として日本のボカロ曲を中心に、自分が好きな曲を自分なりにアレンジして歌うことにハマり始めた。
チャンミは自分で聴くためだけに録音ファイルを作っていたが、中2の春に特に深く考えずに父に録音ファイルを聞かせたところ、父は「これを公開しないのはあまりにももったいない。YouTubeに投稿してみてはどうか。俺のバンド仲間が今も音楽関係の仕事をしているからMIXとかは彼に頼めばいい」と真剣に勧めてきた。
それくらいならいいかなと思ったチャンミは、中2の夏から顔出しは一切せずに歌ってみた動画だけを投稿するようになった。チャンネル名は「Ugly_R」にした。その名前は「Ugly_Rose」の略だった。
当時のチャンミは「少しでも自分の歌声を聴いてもらえて、褒めてもらえたら嬉しい」という軽い気持ちで歌を投稿していた。
バズらせてプロの歌手になるつもりは微塵もなかったことから、画面はフリー素材のちょっとおしゃれなイラストを使っていただけで、歌ってみた以外のコンテンツは一切投稿しなかった。
しかし、チャンミの予想に反して「Ugly_R」のチャンネルはその歌声だけでかなりの人気を集めるようになった。
そして、チャンミがチャンネルの概要欄に「中学生が趣味で投稿しているだけなので、あまり厳しいことは書かないでください…」という一文を入れていたことから、彼女がまだ中学生だということは自然と視聴者に伝わる状態になっていた。
中3になってから、チャンミには複数の芸能事務所からオーディションのお誘いが届くようになった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
チャンミはオーディションに参加するつもりは全くなかった。顔出しはせずに趣味で歌だけ投稿するくらいならともかく、太っている自分の姿を人前で晒すなんて死んでも嫌だと考えていたから。
今ならVtuberのオーディションくらいなら受けてみたかもしれないが、当時の韓国にはまだVtuberという文化が根付いていなかった。
そんなチャンミに大きな転機が訪れる。彼女の極端な偏食と小学生時代からの長年のストレスが原因なのか、深刻な胃炎を発症してしまったのである。
胃炎によって10キロ近く体重が激減した彼女は、せっかく痩せてきたのだからそれを機にダイエットにチャレンジしてみることを決意した。
彼女のダイエットは驚くほどうまくいき、彼女はそこからさらに15キロの減量に成功した。小学生6年生の頃にはすでに70キロ近くあって、ピーク時には75キロだった彼女の体重は中学卒業時、50キロにまで減っていた。
そして中学生になってから10センチ以上、身長が伸びた彼女の中学卒業時点における身長は171センチで、体重は50キロ。いつの間にかチャンミはモデル体型になっていたのである。
元々顔立ちはかなり整っていたチャンミは、自慢の歌声だけじゃなく、容姿でも十分に芸能人を目指せる存在になっていた。
しかし、外見が変わってもチャンミの自己肯定感は昔とあまり変わっていなかった。ダイエットに成功した自分が「芸能界からスカウトされてもおかしくない美少女」になったことを、本人だけが認識できていなかった。ダイエット後の彼女の自己評価は「これでやっとモンスターから人間になれた」に過ぎなかった。
一方でチャンミは自分自身のことを「音楽、特に歌以外は何もできないポンコツ」とも評価していたことから、将来は音楽関係の目立たない職業を目指すつもりで、芸能人が多数所属するソウル市内の名門芸術高校の実用音楽課を受験する。そして数ある専攻の中でもっとも競争率の高いボーカル専攻に余裕で合格してしまう。
その高校で出会ったのが、すでにCWエンターテインメントの練習生になっていて、後に同じ『MYRM』のメンバーとしてデビューすることになるミンソンだった。
実はCWエンターテインメントは最初にチャンミのチャンネルを見つけて、オーディション参加を勧誘して断られた会社でもあった。
ミンソンはチャンミの歌声と容姿から、最初はチャンミもどこかの練習生だろうと思い込んでいた。
しかし、二人が少し仲良くなってから、ミンソンはチャンミとの会話の中でチャンミがまだどの会社にも所属しておらず、オーディションすらも受けたことがないことと、CWエンターテインメントからも声がかかっていたのに主にチャンミ本人の自己肯定感が理由で門前払いしていたことを知る。
そしてミンソンは、チャンミが自分のデビューの強力なライバルになり得ることを理解しながらも、出社時に自社の関係者にチャンミのことを詳細に報告する。
学校にずば抜けて歌が上手い子がいる。しかもものすごく綺麗な子。それなのにまだどの会社にも所属していない上に、うちの会社だけじゃなく、他の会社のオーディションのお誘いもすべて断っているらしいと。
性格がちょっと変わっている子で、なぜか自分は音楽関係の裏方の仕事を細々とやっていくつもりだと言っているが、あの容姿と歌唱力なら近い将来、どこかの会社からスカウトされるのは間違いないと思うと。
ミンソンの行動は、自分がCWの女子練習生の中でNo.1の実力を誇っていたことから、「仮にチャンミが入社しても、それによって自分がデビューできないことにはならないはず」という自信があったからこそできたものだった。
そして、すでに作曲でも才能を発揮していたミンソンにとって、チャンミは「この子に歌ってもらいたい曲」、「この子にしか歌えない曲」といったインスピレーションを与えてくれる貴重な存在でもあった。
当時のCWはまだスタートアップに近い会社で、ミンソンからの情報はすぐに社長兼統括プロデューサーのジウォンにまで伝わった。
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