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序章 大阪の使者
大阪の使者
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天正十九年(一五九一年)一月。
岐阜の本巣郡根尾村(もとすぐんねおむら)。
ヒョオオオオオォォォッ。
雪嵐がうなりをあげた。
まるで雪巴(ゆきどもえ)よ――そんな言葉を思いつき、男は顔を伏せた。
腰まで届くほどの雪原は、二週間降り続いた雪の恩讐じみている。
がっぽがっぽと雪を踏み往く、その足が桶に見えるような巨体だ。男は名を、九能善次(くのうぜんじ)といった。
九能は関白秀吉の命を受けて、大阪城からやってきた使者だった。
雪はすぐに頭笠に積もって、のしりと重くなる。九能は手甲をつけた手で、笠の雪を何度も払いながら歩いた。羽織っている藁蓑の下には、厚い熊の毛皮。
雪べらで雪を漕ぐようにして先頭を無言で歩く九能は、雪道中の手練れである。
はるか後方を歩く供の者たちは、不慣れな雪に足取りが鈍く、遅々として進まない。
白い小さな鳥が舞うように、雪がぱたぱたと視界を染める。
……雪というのは、どこであっても景色が変わらぬのだな。
九能はまつ毛に貼りついた雪をぬぐった。
凍えた目の痛みは、七年前のさらさら越えの思い出を連れてきた。
そのころ彼は、富山越中で佐々成政(さっさなりまさ)に仕える二十五歳の若武者だった。
天正十二年(一五八四年)の佐々のさらさら越えといえば。
ことの発端は織田亡き後の天下をめぐって羽柴秀吉と織田信勝・徳川家康が争った小牧・長久手の戦いにある。このとき主君、成政が率いる佐々軍は前田利家の領内にある能登の末森城を奇襲したまではよかったが、金沢城から利家の軍が急行すると挟み撃ちに遭い、敗走。当時、越後には上杉景勝がおり、二正面作戦という苦しい戦況の中、織田信雄が秀吉に降伏し、これを受けて秀吉と家康は和議を結んだ。
この和議によって、佐々家が生きのびる目は徳川家康に再起を説き、加勢を頼むよりほかはなくなった。
十二月十四日、佐々成政は主従六十人で、越中の富山城を発ち、家康のいる遠州、浜松城に向かった。その道程は前田領と上杉領を避け、豪雪の飛騨山脈、立山連峰を越えて信濃口まで進むという、豪雪を往く強行軍となった。
「徳川に加勢を拒まれれば、後はない」
そう覚悟した成政は、領内の金鉱開発で得た金(きん)を小判にし、百万両とともに旅に出た。小判には佐々の家紋である笹の模様が刻まれ、四十九個の壺につめて運ばれた。
この四十九という壺の数は、一行六十名が、成政ほか五十代の重臣が十一人、残りが二十代から四十代の四十九人というところからきている。十一人は体力を温存するため、壺を背負わない。
若い九能は小判の詰まった壺を背負い、鍬をかつぎ、無言で雪の中を歩いた。
越中から立山弥陀ヶ原、松尾峠、立山温泉、ザラ峠、黒部川、鉢ノ木峠、信濃仁科と歩いていく。金の詰まった壺を背負っての過酷な雪路。浜松に向かう途中、その半ばで次々に凍死する者が出た。
一人死ねば、一人が二つの壺を運ばねばならなくなる。しかし、二つ背負える者などいない。年かさの重臣らも壺を背負うようになった。それでも、どんどん人死にが出る。誰が死のうと墓を作る余裕もない。
やがて、一行の半数、三十人が死んだ。ついに成政は旅の途中で、金百万両を隠すことにした。彼は九能をそばに呼び、こう言った。
「お前は知恵があり、和歌にも明るい。百万両の隠し処を考えよ。そして、その在処(ありか)を示す歌を作れ」
主(あるじ)の命に、九能は応えた。そして、
「朝日さす、夕日輝く、鍬崎(くわさき)に、七つ結び、七結び、黄金いっぱい、光り輝く」
この里歌に隠し金の在処を託し、百万両は、佐々復興の資金として隠された。
その後、一行は富山城を発って十日後の十二月二十五日、徳川家康のいる遠州浜松城に到着した。
家康の家臣、松平家忠のその日の日記にはこうある。
「越中の佐々内蔵助(成政)、浜松へ越し候」
たった一文のみ。
成政の命がけの家康説得は失敗に終わった。佐々の主従一行はその日のうちに浜松を発ち、再び十日かけて、越中、居城の富山城に戻った。その時には、出立の時の六十名が成政や九能を含めて、たった六名になっていた。
やがて、秀吉が天下を取ると、成政はお伽衆として秀吉に召し抱えられた。しかし、最期は肥後国に行かされ、失政の責めを受け、切腹となった。さらさら越えから四年後の天正十六年(一五八八年)のことである。
一方、九能は、成政がお伽衆だった頃に秀吉の目に止まり、
「九の字を、儂にくりゃあせ」
と菓子でもねだるように引き抜かれ、大阪城で秀吉に仕えることとなった。
秀吉に仕えねば、成政とともに肥後に同道し、腹を切っていたことだろう。
(この旅は、まさに私のさらさら越えだな……)
今、岐阜の雪原を歩いている九能の実感である。
秀吉と淀殿から受けた、生きた鶴を大阪城に持ち帰るという役目を果たせなければ、命(いのち)はない。
彼が藁蓑の下に着こんだ熊の毛皮は大阪城を発つ直前、大蔵卿局が持たせてくれたものだった。淀の乳母を務め、四人の子を秀吉の側近として仕えさせるこの女性は、権高な物言いで九能に念を押した。
「必ず主命を果たすように、というのが御台様からのお申しつけでございますよ。九能、くれぐれも頼みましたよ」
「はっ。承知仕りました」
毛皮を手に、その場に平伏した九能は
(御台様のなんとお優しいこと。我が身にはもったいないお言葉よ……)
と深く頭を垂れた。感動しやすいところがある。
一方、大蔵卿局は
(ほほほ。淀様のお名前を出すだけで、この男、気の入りようが違ってくるわ)
九能の腕に抱かれているこの熊の毛皮も次男の治房(はるふさ)が部屋で敷物にしていたものだ。
(死んだ熊の目玉が、ぎょろりと光っておぞましい。これで厄介払いになったわ)などと腹の中で呟いている。
「お行きなさい」
ひらりと手を振った大蔵卿局に、九能は誓った。
「一命を賭して、参りまする」
ざっざっざっ……。
十名の供とともに九能は歩いた。
前夜、まだ真っ暗な未明のうちに岐阜本巣の糸貫(いとぬき)にある寺を発ち、暗闇を渓谷の根尾に向かって歩き続けた。
やがて、根尾村に入ったところで、朝日が昇った。
雪を照らす光の中、唇に貼りつく雪を、ふっと吹き飛ばして九能は歌った。
「朝日さす、夕日輝く、鍬崎に、七つ結び、七結び、黄金いっぱい、光り輝く」
黄金百万両の隠し場所をひそかに織り込んだ里歌。
佐々の隠し金百万両は、今もまだ誰にも見つかることなく、その地に深く眠っている……。
しばらくすると、朝日に溶けるように、雪が止んだ。
九能は目当ての多田羅家(たららけ)の屋敷に向かう途中で出会った村の者たちに、問うてみた。
「多田羅家の当主、礼(あきら)とは、どんな男だ」
すると、聞かれた者はみな、百姓から足軽まで口をそろえて、「女狂いの大童様ですな」と頬を緩ませて笑った。
岐阜の本巣郡根尾村(もとすぐんねおむら)。
ヒョオオオオオォォォッ。
雪嵐がうなりをあげた。
まるで雪巴(ゆきどもえ)よ――そんな言葉を思いつき、男は顔を伏せた。
腰まで届くほどの雪原は、二週間降り続いた雪の恩讐じみている。
がっぽがっぽと雪を踏み往く、その足が桶に見えるような巨体だ。男は名を、九能善次(くのうぜんじ)といった。
九能は関白秀吉の命を受けて、大阪城からやってきた使者だった。
雪はすぐに頭笠に積もって、のしりと重くなる。九能は手甲をつけた手で、笠の雪を何度も払いながら歩いた。羽織っている藁蓑の下には、厚い熊の毛皮。
雪べらで雪を漕ぐようにして先頭を無言で歩く九能は、雪道中の手練れである。
はるか後方を歩く供の者たちは、不慣れな雪に足取りが鈍く、遅々として進まない。
白い小さな鳥が舞うように、雪がぱたぱたと視界を染める。
……雪というのは、どこであっても景色が変わらぬのだな。
九能はまつ毛に貼りついた雪をぬぐった。
凍えた目の痛みは、七年前のさらさら越えの思い出を連れてきた。
そのころ彼は、富山越中で佐々成政(さっさなりまさ)に仕える二十五歳の若武者だった。
天正十二年(一五八四年)の佐々のさらさら越えといえば。
ことの発端は織田亡き後の天下をめぐって羽柴秀吉と織田信勝・徳川家康が争った小牧・長久手の戦いにある。このとき主君、成政が率いる佐々軍は前田利家の領内にある能登の末森城を奇襲したまではよかったが、金沢城から利家の軍が急行すると挟み撃ちに遭い、敗走。当時、越後には上杉景勝がおり、二正面作戦という苦しい戦況の中、織田信雄が秀吉に降伏し、これを受けて秀吉と家康は和議を結んだ。
この和議によって、佐々家が生きのびる目は徳川家康に再起を説き、加勢を頼むよりほかはなくなった。
十二月十四日、佐々成政は主従六十人で、越中の富山城を発ち、家康のいる遠州、浜松城に向かった。その道程は前田領と上杉領を避け、豪雪の飛騨山脈、立山連峰を越えて信濃口まで進むという、豪雪を往く強行軍となった。
「徳川に加勢を拒まれれば、後はない」
そう覚悟した成政は、領内の金鉱開発で得た金(きん)を小判にし、百万両とともに旅に出た。小判には佐々の家紋である笹の模様が刻まれ、四十九個の壺につめて運ばれた。
この四十九という壺の数は、一行六十名が、成政ほか五十代の重臣が十一人、残りが二十代から四十代の四十九人というところからきている。十一人は体力を温存するため、壺を背負わない。
若い九能は小判の詰まった壺を背負い、鍬をかつぎ、無言で雪の中を歩いた。
越中から立山弥陀ヶ原、松尾峠、立山温泉、ザラ峠、黒部川、鉢ノ木峠、信濃仁科と歩いていく。金の詰まった壺を背負っての過酷な雪路。浜松に向かう途中、その半ばで次々に凍死する者が出た。
一人死ねば、一人が二つの壺を運ばねばならなくなる。しかし、二つ背負える者などいない。年かさの重臣らも壺を背負うようになった。それでも、どんどん人死にが出る。誰が死のうと墓を作る余裕もない。
やがて、一行の半数、三十人が死んだ。ついに成政は旅の途中で、金百万両を隠すことにした。彼は九能をそばに呼び、こう言った。
「お前は知恵があり、和歌にも明るい。百万両の隠し処を考えよ。そして、その在処(ありか)を示す歌を作れ」
主(あるじ)の命に、九能は応えた。そして、
「朝日さす、夕日輝く、鍬崎(くわさき)に、七つ結び、七結び、黄金いっぱい、光り輝く」
この里歌に隠し金の在処を託し、百万両は、佐々復興の資金として隠された。
その後、一行は富山城を発って十日後の十二月二十五日、徳川家康のいる遠州浜松城に到着した。
家康の家臣、松平家忠のその日の日記にはこうある。
「越中の佐々内蔵助(成政)、浜松へ越し候」
たった一文のみ。
成政の命がけの家康説得は失敗に終わった。佐々の主従一行はその日のうちに浜松を発ち、再び十日かけて、越中、居城の富山城に戻った。その時には、出立の時の六十名が成政や九能を含めて、たった六名になっていた。
やがて、秀吉が天下を取ると、成政はお伽衆として秀吉に召し抱えられた。しかし、最期は肥後国に行かされ、失政の責めを受け、切腹となった。さらさら越えから四年後の天正十六年(一五八八年)のことである。
一方、九能は、成政がお伽衆だった頃に秀吉の目に止まり、
「九の字を、儂にくりゃあせ」
と菓子でもねだるように引き抜かれ、大阪城で秀吉に仕えることとなった。
秀吉に仕えねば、成政とともに肥後に同道し、腹を切っていたことだろう。
(この旅は、まさに私のさらさら越えだな……)
今、岐阜の雪原を歩いている九能の実感である。
秀吉と淀殿から受けた、生きた鶴を大阪城に持ち帰るという役目を果たせなければ、命(いのち)はない。
彼が藁蓑の下に着こんだ熊の毛皮は大阪城を発つ直前、大蔵卿局が持たせてくれたものだった。淀の乳母を務め、四人の子を秀吉の側近として仕えさせるこの女性は、権高な物言いで九能に念を押した。
「必ず主命を果たすように、というのが御台様からのお申しつけでございますよ。九能、くれぐれも頼みましたよ」
「はっ。承知仕りました」
毛皮を手に、その場に平伏した九能は
(御台様のなんとお優しいこと。我が身にはもったいないお言葉よ……)
と深く頭を垂れた。感動しやすいところがある。
一方、大蔵卿局は
(ほほほ。淀様のお名前を出すだけで、この男、気の入りようが違ってくるわ)
九能の腕に抱かれているこの熊の毛皮も次男の治房(はるふさ)が部屋で敷物にしていたものだ。
(死んだ熊の目玉が、ぎょろりと光っておぞましい。これで厄介払いになったわ)などと腹の中で呟いている。
「お行きなさい」
ひらりと手を振った大蔵卿局に、九能は誓った。
「一命を賭して、参りまする」
ざっざっざっ……。
十名の供とともに九能は歩いた。
前夜、まだ真っ暗な未明のうちに岐阜本巣の糸貫(いとぬき)にある寺を発ち、暗闇を渓谷の根尾に向かって歩き続けた。
やがて、根尾村に入ったところで、朝日が昇った。
雪を照らす光の中、唇に貼りつく雪を、ふっと吹き飛ばして九能は歌った。
「朝日さす、夕日輝く、鍬崎に、七つ結び、七結び、黄金いっぱい、光り輝く」
黄金百万両の隠し場所をひそかに織り込んだ里歌。
佐々の隠し金百万両は、今もまだ誰にも見つかることなく、その地に深く眠っている……。
しばらくすると、朝日に溶けるように、雪が止んだ。
九能は目当ての多田羅家(たららけ)の屋敷に向かう途中で出会った村の者たちに、問うてみた。
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