交の鳥(こうのとり)

夏目真生夜

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第十四章 天蓋の下の名品

天蓋の下の名品

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鶴松の死による忌中も喪中も、秀吉の殺戮政治にはほとんど影響を及ぼすことはなかった。
天正十九年(一五九一年)九月四日には陸奥国奥州、九戸城(くのへ)城に、豊臣秀次を総大将にした総勢三万五千の仕置き軍を送った。秀次は
「今、降伏すれば、城内の者の命はすべて救う」
と偽の和議を持ち掛け、降伏した城主、九戸政実を斬首。城内にいた者すべて兵から女子供に至るまで五千人をすべて殺害している。
この仕置きに並行して、秀吉は、奥州の伊達政宗を減転封処分にし、七十二万石の米沢城城主から五十八万石の玉造郡岩手沢城とした。これにともない、旧伊達領の七郡を蒲生氏郷に与え、黒川城(のちに改修して若松城)主とした。
また朝廷への大きな動きとして、京の洛中に地子銭永代免除令を出している。地子銭とは現在における宅地税に相当する税金で、京都内の住民の地子銭を免除すると、朝廷や貴族は地子銭を徴収できなくなり領主権を失う。
着々と秀吉は完全な天下統一に向けて、他を圧し、策を生み出し続けていた。
伊達政宗が転封地へ入った九月二十三日。大阪城では鶴松の四十九日の法要が終わった。

その夜――
妙の目の前に、下帯一つの関白秀吉がいる。
天蓋のかかったベッドに妙は突き倒されていた。
どれほどの数の女がここで秀吉の権力の前に手籠めにされたのか。この部屋は涙のような冷たくて悲しい匂いがすると、妙は思った。
秀吉の手が、妙の着物の帯にかかった。
犯されてのち、この大阪城で生きていくことは叶わないと妙は思う。今日まで命をかけて育ててくれた多田羅のために、妙は懐から刀を出した。
 それは五歳まで母代わりになって育ててくれた百姓女のふちが、妙が多田羅に嫁入りする時にひそかに持たせてくれたものだった。
その時、ふちは言った。
「この懐剣は赤ん坊だった妙様を抱いて、長浜城から逃げる時、持ってきたものです」
「私とどんなゆかりがあるのです?」
「あなたの母様を殺したのは、この懐剣」
ふちが語るには、この刀で、妙の母は胸を突かれて殺されたのだという。
その時、ふちが生まれたばかりの妙をおくるみに抱いて逃げなければ、妙は母と同じようにその場で殺されていたのだと、ふちはぶるりと身を震わせて、明かした。
「私のお父上は? 母様と一緒に殺されてしまったのですか?」
そう尋ねる妙に、ふちはいたわし気な目を向けて言った。
「あなたの母様を殺したのは、妙様のお父君です」。
(かか様は、きっと私の本当の両親のことを知っている……)
養母ふちの目に宿る恐怖に、利発な妙はそう思った。
「私の父君は、いったい誰なのですか?」 
そう妙が尋ねると、
「天下一、恐ろしい方です」
とたった一言、返ってきた。
「天下一……」
それは、物心ついた時から、いつともしれず妙の胸に住みついていた言葉だった。
それから妙が両親のことをどれだけ尋ねても、ふちは
「お父君は天下一、恐ろしいお方です。知らない方がいいのです。知るべきではないのです」
それだけを繰り返した。
養父の弥兵衛が何者かに斬り殺された時、
「とと様は、私のお父上に斬り殺されたのですか?」
と妙はふちに迫った。
 けれども、ふちは何も答えず、しばらくして村から姿を消した。

 

そして今、母を殺した懐剣を握り締めている妙は、「鶴松の鶴汁を半分奪った悪童」という汚名のもとに、秀吉に犯されようとしていた。
それは、妙を殺してしまうより、取り上げて自分の側女にした方が、多田羅の苦しみは大きいだろうという、悪鬼のような秀吉の思いつきだった。
妙がその小さな手で握る懐刀を見て、閨の中で秀吉は笑った。
「無駄じゃ、こんなものはすぐに取り上げてくれる」
 妙の手から苦もなく懐剣を奪った秀吉だったが、
「ずいぶんと良い物を持っているな」
と燭台にその剣をかざし、銘を見た瞬間、眦を吊り上げた。
「なぜ、これをお前が持っている!」
妙は裾をかき合わせて布団に座り直して答えた。
「我が母を殺したものだからです」
 ううむと秀吉が唸った。
しばらくして、ぼそりと呟く。
「この刀は世に二つとないはず……」
「女、顔をよく見せよ」
秀吉は妙の頬を両手に挟んで、燭台に近づけた。
「女、話を聞かせよ」
 秀吉の言葉に、妙は袂に手を差し入れると、袱紗(ふくさ)に包んだ小さな骨片を取り出した。 
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