17 / 36
第十六章 蔵の多田羅
蔵の多田羅
しおりを挟む天正十九年(一九五一年)九月二十九日。九能と妙がこんな約定を交わしたその夜。
岐阜本巣郡根尾村 多田羅家の屋敷――
多田羅は、暗い蔵の中にいた。
荒縄で縛り上げられ、自分の垂れ流した大小の悪臭にまみれている。その喉には短刀で突こうとして負った刀傷があり、乾いた血がこびりついている。
多田羅のこの惨状、実は九能の策である。
妙を秀吉に召し上げられたのを知り、反乱の挙兵を息巻いている多田羅には、妙が根尾の屋敷に戻らぬ限り、どんな説得も通じまいと踏んだ九能は
「屋敷に戻ったら、家中の者総出で協力して、多田羅を縛り上げて蔵にでも放りこめ」
と辰木に策を与えたのである。さらにこうも続けた。
「いずれ、妙殿は、屋敷に戻れる。だが、それがいつ、とは約定できぬ。それまでに多田羅殿にはおとなしくしておいてもらわねば、すべて無になる」
根尾に戻った辰木は、素直に九能の策を実行した。
家中の者が二十人、総出で多田羅に襲い掛かり、縄にかけた。その際、多田羅は短刀一本で戦い、凄まじい反撃ぶりを見せた。みな手を焼き、多くの者が怪我をした。多田羅も首に怪我をした。しかし、ついに多田羅は蔵に閉じ込められた。
腰のものを奪われ、後ろ手に縛られ、舌を噛み切らぬよう猿轡を噛まされ、もう三日三晩、多田羅は床に転がされている。
首の傷は浅く、じりじりした痛みを残して、すでに血はとまっている。腹もすかず、その場に垂れ流される大小も気にならなかった。ただ、狂うほどに妙のことばかり考えていた。
秀吉、目が高いわ。妙を一目見て、貴種の生まれと気づきおったか――。
大阪城に伴わなければよかったと、全身全霊で悔いている。
三日目の晩、懐に、淀からの拝領品の銀細工の簪があることに気が付いた。あれこれと体をよじって、口を使って、苦心して簪を懐から出した。
これで喉を突けば、一息に死ねる。
冷たい蔵の中、窓から月明かりが差し込んで、簪を照らしている。
「私はまた子を孕まねばならぬ」
淀の漏らした冷たい金属のような声が頭に響く。
ふと多田羅は、あれは悲しみの声でなかったのかと思った。あの時、多田羅の腹に落ちたのは、本当に淀の口から溢れた鶴汁だったのか。鶴松の死を悼み、流された涙ではなかったのか。秀吉に飼われ続ける絶望ではなかったのか。
淀の方がいるのと同じところ、大阪城に今、俺の妙はいる――。
それはなぜだか、ひどく温かい思いで、多田羅を強く揺さぶった。
多田羅は、猿轡ごと簪を咥えた。そして一気に簪で猿轡をひき割くと、その隙間から声を限りに叫んだ。
「俺は生きる、生きるぞーっ!! 俺は必ず妙を取り戻す。一刻も早く縄を解けーっ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる