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第二十三章 名護屋城の鳥
名護屋城の鳥
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本巣根尾村――
大鷲(おおわし)が低木にとまって、魚を食んでいる。
秀勝が屋敷を訪れた翌日から、多田羅は妙を連れて、毎日のように山野に狩りに出た。
鶴は獲れなかったが、毎日、鴫(しぎ)や椋鳥(ムクドリ)、さまざまな鳥を捕まえては、干し肉を拵えた。
運よく鳥の卵を見つけると「子を孕むのによい。食え」と妙に与えた。
妙は、そんな風に受け取った小さな卵のてっぺんを割ると、「礼様のややこができますように」と小さく唱えて、口をつけて飲む。その素直さは、まだ子どものままだ。
しかし多田羅は、卵をあおった妙の白い喉首が日差しを浴びて光るのを尊いものを見るような目で見た。
そうやって得た鳥の干し肉と鳥の卵を、明への出兵のためほとんどの諸大名が名護屋城に集った文禄元年(一五九二年)の三月、多田羅は大阪城に献上した。
しかし、その干し肉と鳥の卵は、名護屋城の秀勝の元には届かなかった。
事情を知らない九能の誤解で、その鳥肉と卵の献上品は、大阪城から伏見城にいる淀の元へと届けられた。
淀は、秀吉について名護屋城に向けて出立する一週間前に、九能からその献上品を受け取った。
当時、鳥の卵を生で食す習慣は一般には広まっていない。
「九能よ、この卵はどう料せばよい?」
淀の問いに、九能はにこりと笑い、答えた。
「南蛮菓子の鳥卵素麺(けいらんそうめん)にするのはいかがでございましょう」
「鶏卵素麺?」
氷砂糖を沸騰させて作った蜜の中に卵黄を細く流し入れて素麺状に固め、取り出して冷ましてから切り揃えた菓子である。鮮やかな黄色いで、鳥の巣のような見た目をしている。
交易や諸国の事情に通じた九能は、ポルトガル人商人から長崎の平戸に伝来したこの菓子のことを知っていた。
「……口の中でほどけるような舌触りと滋味深い甘さがあり、天下一の美味と言ってもよいかもしれませぬ」
九能の説明に、淀は
「天下一の美味とは、よく言ったの」
とかすかに笑った。
その笑みに安堵した九能は、如才なく手を叩いた。
「淀の方様のため、この菓子を作れる者を連れてまいりました。どうぞご賞味くだされ」
こうして、九能の連れてきた菓子司によって多田羅の卵は鳥卵素麺になり、淀はこれを食べた。
「天下一の美味……」
淀は、一人の居室で、鳥の巣の形をした甘い菓子を口に、そっと呟いた。
やがて、三月二十六日の早朝、秀吉は御所に参内して後陽成天皇に明国への出兵を上奏し、京を発った。むろん、淀も籠で同行している。道中、秀吉は毛利の接待を受けながら、ゆるゆると向かい、翌月の四月二十五日、やっと肥前の名護屋城に入った。
文禄元年(一五九二年)四月二十五日。
肥前名護屋城。
「なんと遠くまで来たものか」
淀は、名護屋城の天守閣から屋根の金瓦を眺めている。
城の周りには諸国大名の陣屋がひしめいていた。
四月一日の時点ですでに小西行長・宗義智率いる第一陣先鋒隊は明に上陸し、戦闘を始めていたが、戦況など彼女にはまるで興味のないことだ。
戦が始まる前は「野も山も空いたところがない」と言われるほど、交易が盛んに行われ、活況を呈した名護屋城も、いざ戦が始まってしまえば、蜘蛛の子を散らしたように人は去り、海風に晒される桜の木は痛々しく蕾をちぢこまらせている。
道中、秀吉はずっと機嫌がよかった。
名護屋城につくまでは体力を残しておきたいのか、淀を閨に連れ込むことはなかったが、あれこれと話しかけ、始終まとわりつき、それは煩いほどであった。
それに耐える淀は、内心で薬が効きすぎたと悔いる気持ちであった。
大嫌いな秀吉も秀次も、どうでもいい秀勝も秀保もみな明に行き、自分は伏見城でのびのびと羽を伸ばすはずが、まさか名護屋城、戦の前線にほど近い所にまで連れてこられるとは思ってもみなかった。
淀は心の底から秀吉、そしてその甥の秀次を憎んでいた。
それというのも前年の天正十九年(一九五一年)九月三十日、秀吉の命を受けて淀は、大阪の大融寺に子授け祈願の名目で参籠した。だが、実際は祈祷などではなく、あの日、淀は、秀次によって犯された。「これは関白秀吉公の命じゃ!」と言う傲岸な猛り声を浴びながら。
鶴松の死、そしてその疑惑の出生に対して、秀吉はおそるべき策で対抗した。
子の種は誰じゃと嫉妬と譫妄に苛まされるより、いっそ自分の命で「儂と同じ豊臣の血の流れる子」を作ってしまおうと思いついたのだ。
そして、自分と血を分けた豊臣一族の中で、唯一健康体で子種を持つ秀次の種で淀に子を産ませようと、それを実行した。
大融寺で、淀は何度も何度も秀次に犯された。汚泥を全身の穴という穴に詰められたような嫌悪と苦しみは、淀を激しく苛んだ。
そして、今……。
淀は名護屋城の城下の桜を見つめた。
秀吉との知恵比べは、今、自分の方に分がある。風はこちらに吹いていると思った。
今や関白秀次と太閤秀吉は、互いが互いを疑いあい、仲はこじれ、その糸はもつれている。
どうしようもない秀次の性情や愚かさがその要因ではあったが、実はこの不仲は、淀が秀吉の感情操作に、注意深く智謀をこらしたことが大きく関わっている。
秀吉のような男には、「夢」という毒こそが効く、と淀は知っている。
くくく、と淀はひそかに声を漏らして笑った。
すべてを手に入れられる天下人だからこそ、決して手に入らないものに焦がれる。ならば、それが入るという夢さえうまく見させてやればいい。
淀の智謀知略は、女の浅知恵と侮れないほど、周到であった。
奇策の種は、こうである。
天正十九年(一五九一年)の十二月十五日――
数日後に豊臣秀次の関白就任の祝典が聚楽第で行われるというその数日前、淀は閨で秀吉に、嘘の妊娠を告げた。
「また、やや子ができたようでございまする」
という淀の言葉に躍り上がる秀吉の姿は、滑稽なほどであった。
この時呼ばれたお匙は、むろん金で懐柔してある。
「おめでとうござりまする。淀の方様、ご懐妊でございます」
というお匙が秀吉に告げた言葉も
「まだお子が淀の方様のお腹の中で安定しておりませぬゆえ、くれぐれも淀の方様のお体をお大事になさることです」
という言葉も、すべて打ち合わせ通りのものである。
そして、秀次の関白就任の祝典の日の早朝。
前夜から伏見城に泊まり込んでいた秀吉をつかまえ、淀は
「なんだかお腹が痛うございます」
と訴え、一日かけて流産騒動を巻き起こした。
祝典のため聚楽第に行かねばならない秀吉を「淀様のお命の一大事」とお匙に言わせて呼び返し、七転八倒で流産のふりをした。だけでなく、お匙の手を借り、生まれ損ねの胎児まで秀吉に見せた。
この胎児もむろん偽物である。
孵化途中の鳥の雛の毛を毟り、嘴と足をちぎりとったものを血だまりとともに盥に入れて、秀吉に見せただけのことである。
それでも、お匙が沈痛な顔で、「流れたお子でございまする」と言えば、誰が見てもそれは、もう胎児にしか見えないのであった。
この奇術に、秀吉は、ころりと騙された。
淀にとってもっとも肝心なのは、自分には再び子を孕む能力があると、秀吉に信じ込ませることであった。
くわえて関白就任の祝典に秀吉が出なかったことは、秀次の胸に疑惑を落とし、秀次は辻斬りの奇行に走った。
こうして秀次と秀吉の仲が破綻したことで、淀は子孕み祈願に寺に参籠させられることもなくなり、淀城でしばらく気楽な時を過ごした。
すべては淀の描いた通りのはずだった。
ところが、流産騒動にすっかり騙された秀吉は、明出兵の拠点となる名護屋城にまで淀を伴うと言いだしたのである。
これは誤算としか言いようがない。
淀は独りごちた。
「多田羅よ。お前の献上した卵は、私をこんなところにまで連れてきてしまったぞ」
実は菊花石の数珠以来、多田羅は度々、伏見城の淀の元に献上品を贈ってきていた。それは根尾に咲く花で出来た押し花であったり、小鳥の剥製であったり、竹でできた玩具の水鉄砲であったり、鹿革の敷布であったり、常に多田羅の手による自然の品であった。
「どうか、淀の方様がよき子をお孕みなりますように」
献上品にはいつも書状が添えられていた。
そして、淀が孵化途中の雛を見つけたのは、そうやって多田羅から献上された鳥の卵の一つからだった。
「……多田羅が、どうか致しましたか?」
声がして、誰かが天守閣に入ってきた。
秀吉の陣に混じって、共に名護屋城入りした九能かと、淀は振り向いた。
そこにいたのは、斑目盛信だった。
「いや、何でもない」
そう言いながら、淀はわき上がる笑みを喉でかみ殺している。
「ところで今、お前の元主の多田羅はどうしている?」
「根尾にいると、聞いておりまする」
ほう、と淀はまつ毛を持ち上げた。
「多田羅は、明には行かぬのか?」
「そのようでございます。なんでも明に行くのなら、妻女を明にまで連れて行くと大騒ぎしたそうです」
「そうか、太閤秀吉でもこの淀を名護屋城に連れて行くのがやっとというのに、多田羅は明にまで妻女を連れて行くと言うたのか、げに面白き者よの」
淀の笑顔の美しさに気圧されて斑目は瞼をしばたたき、
「左様でございますな」
と頷いた。
「ところで、斑目、なぜそちはここにいる?」
ふと淀が睨むようにして、斑目を見た。
本来ならば九能のように秀吉が率いてきた兵以外は、この名護屋城にはいないはずだった。全国から民出兵のために集められた諸将らは、名護屋城のそばに屋敷を普請したり、陣を張っている。
なぜ斑目がここにいる――。
次の瞬間、斑目が「御免」と呟くと、その逞しい腕が、雛を捕えるように淀の手首をつかんだ。
「何をする?」
金属を打つような声が出た。
「主命でござりますれば」
「斑目、そちに子はいるのか?」
斑目は何も答えなかった。
大鷲(おおわし)が低木にとまって、魚を食んでいる。
秀勝が屋敷を訪れた翌日から、多田羅は妙を連れて、毎日のように山野に狩りに出た。
鶴は獲れなかったが、毎日、鴫(しぎ)や椋鳥(ムクドリ)、さまざまな鳥を捕まえては、干し肉を拵えた。
運よく鳥の卵を見つけると「子を孕むのによい。食え」と妙に与えた。
妙は、そんな風に受け取った小さな卵のてっぺんを割ると、「礼様のややこができますように」と小さく唱えて、口をつけて飲む。その素直さは、まだ子どものままだ。
しかし多田羅は、卵をあおった妙の白い喉首が日差しを浴びて光るのを尊いものを見るような目で見た。
そうやって得た鳥の干し肉と鳥の卵を、明への出兵のためほとんどの諸大名が名護屋城に集った文禄元年(一五九二年)の三月、多田羅は大阪城に献上した。
しかし、その干し肉と鳥の卵は、名護屋城の秀勝の元には届かなかった。
事情を知らない九能の誤解で、その鳥肉と卵の献上品は、大阪城から伏見城にいる淀の元へと届けられた。
淀は、秀吉について名護屋城に向けて出立する一週間前に、九能からその献上品を受け取った。
当時、鳥の卵を生で食す習慣は一般には広まっていない。
「九能よ、この卵はどう料せばよい?」
淀の問いに、九能はにこりと笑い、答えた。
「南蛮菓子の鳥卵素麺(けいらんそうめん)にするのはいかがでございましょう」
「鶏卵素麺?」
氷砂糖を沸騰させて作った蜜の中に卵黄を細く流し入れて素麺状に固め、取り出して冷ましてから切り揃えた菓子である。鮮やかな黄色いで、鳥の巣のような見た目をしている。
交易や諸国の事情に通じた九能は、ポルトガル人商人から長崎の平戸に伝来したこの菓子のことを知っていた。
「……口の中でほどけるような舌触りと滋味深い甘さがあり、天下一の美味と言ってもよいかもしれませぬ」
九能の説明に、淀は
「天下一の美味とは、よく言ったの」
とかすかに笑った。
その笑みに安堵した九能は、如才なく手を叩いた。
「淀の方様のため、この菓子を作れる者を連れてまいりました。どうぞご賞味くだされ」
こうして、九能の連れてきた菓子司によって多田羅の卵は鳥卵素麺になり、淀はこれを食べた。
「天下一の美味……」
淀は、一人の居室で、鳥の巣の形をした甘い菓子を口に、そっと呟いた。
やがて、三月二十六日の早朝、秀吉は御所に参内して後陽成天皇に明国への出兵を上奏し、京を発った。むろん、淀も籠で同行している。道中、秀吉は毛利の接待を受けながら、ゆるゆると向かい、翌月の四月二十五日、やっと肥前の名護屋城に入った。
文禄元年(一五九二年)四月二十五日。
肥前名護屋城。
「なんと遠くまで来たものか」
淀は、名護屋城の天守閣から屋根の金瓦を眺めている。
城の周りには諸国大名の陣屋がひしめいていた。
四月一日の時点ですでに小西行長・宗義智率いる第一陣先鋒隊は明に上陸し、戦闘を始めていたが、戦況など彼女にはまるで興味のないことだ。
戦が始まる前は「野も山も空いたところがない」と言われるほど、交易が盛んに行われ、活況を呈した名護屋城も、いざ戦が始まってしまえば、蜘蛛の子を散らしたように人は去り、海風に晒される桜の木は痛々しく蕾をちぢこまらせている。
道中、秀吉はずっと機嫌がよかった。
名護屋城につくまでは体力を残しておきたいのか、淀を閨に連れ込むことはなかったが、あれこれと話しかけ、始終まとわりつき、それは煩いほどであった。
それに耐える淀は、内心で薬が効きすぎたと悔いる気持ちであった。
大嫌いな秀吉も秀次も、どうでもいい秀勝も秀保もみな明に行き、自分は伏見城でのびのびと羽を伸ばすはずが、まさか名護屋城、戦の前線にほど近い所にまで連れてこられるとは思ってもみなかった。
淀は心の底から秀吉、そしてその甥の秀次を憎んでいた。
それというのも前年の天正十九年(一九五一年)九月三十日、秀吉の命を受けて淀は、大阪の大融寺に子授け祈願の名目で参籠した。だが、実際は祈祷などではなく、あの日、淀は、秀次によって犯された。「これは関白秀吉公の命じゃ!」と言う傲岸な猛り声を浴びながら。
鶴松の死、そしてその疑惑の出生に対して、秀吉はおそるべき策で対抗した。
子の種は誰じゃと嫉妬と譫妄に苛まされるより、いっそ自分の命で「儂と同じ豊臣の血の流れる子」を作ってしまおうと思いついたのだ。
そして、自分と血を分けた豊臣一族の中で、唯一健康体で子種を持つ秀次の種で淀に子を産ませようと、それを実行した。
大融寺で、淀は何度も何度も秀次に犯された。汚泥を全身の穴という穴に詰められたような嫌悪と苦しみは、淀を激しく苛んだ。
そして、今……。
淀は名護屋城の城下の桜を見つめた。
秀吉との知恵比べは、今、自分の方に分がある。風はこちらに吹いていると思った。
今や関白秀次と太閤秀吉は、互いが互いを疑いあい、仲はこじれ、その糸はもつれている。
どうしようもない秀次の性情や愚かさがその要因ではあったが、実はこの不仲は、淀が秀吉の感情操作に、注意深く智謀をこらしたことが大きく関わっている。
秀吉のような男には、「夢」という毒こそが効く、と淀は知っている。
くくく、と淀はひそかに声を漏らして笑った。
すべてを手に入れられる天下人だからこそ、決して手に入らないものに焦がれる。ならば、それが入るという夢さえうまく見させてやればいい。
淀の智謀知略は、女の浅知恵と侮れないほど、周到であった。
奇策の種は、こうである。
天正十九年(一五九一年)の十二月十五日――
数日後に豊臣秀次の関白就任の祝典が聚楽第で行われるというその数日前、淀は閨で秀吉に、嘘の妊娠を告げた。
「また、やや子ができたようでございまする」
という淀の言葉に躍り上がる秀吉の姿は、滑稽なほどであった。
この時呼ばれたお匙は、むろん金で懐柔してある。
「おめでとうござりまする。淀の方様、ご懐妊でございます」
というお匙が秀吉に告げた言葉も
「まだお子が淀の方様のお腹の中で安定しておりませぬゆえ、くれぐれも淀の方様のお体をお大事になさることです」
という言葉も、すべて打ち合わせ通りのものである。
そして、秀次の関白就任の祝典の日の早朝。
前夜から伏見城に泊まり込んでいた秀吉をつかまえ、淀は
「なんだかお腹が痛うございます」
と訴え、一日かけて流産騒動を巻き起こした。
祝典のため聚楽第に行かねばならない秀吉を「淀様のお命の一大事」とお匙に言わせて呼び返し、七転八倒で流産のふりをした。だけでなく、お匙の手を借り、生まれ損ねの胎児まで秀吉に見せた。
この胎児もむろん偽物である。
孵化途中の鳥の雛の毛を毟り、嘴と足をちぎりとったものを血だまりとともに盥に入れて、秀吉に見せただけのことである。
それでも、お匙が沈痛な顔で、「流れたお子でございまする」と言えば、誰が見てもそれは、もう胎児にしか見えないのであった。
この奇術に、秀吉は、ころりと騙された。
淀にとってもっとも肝心なのは、自分には再び子を孕む能力があると、秀吉に信じ込ませることであった。
くわえて関白就任の祝典に秀吉が出なかったことは、秀次の胸に疑惑を落とし、秀次は辻斬りの奇行に走った。
こうして秀次と秀吉の仲が破綻したことで、淀は子孕み祈願に寺に参籠させられることもなくなり、淀城でしばらく気楽な時を過ごした。
すべては淀の描いた通りのはずだった。
ところが、流産騒動にすっかり騙された秀吉は、明出兵の拠点となる名護屋城にまで淀を伴うと言いだしたのである。
これは誤算としか言いようがない。
淀は独りごちた。
「多田羅よ。お前の献上した卵は、私をこんなところにまで連れてきてしまったぞ」
実は菊花石の数珠以来、多田羅は度々、伏見城の淀の元に献上品を贈ってきていた。それは根尾に咲く花で出来た押し花であったり、小鳥の剥製であったり、竹でできた玩具の水鉄砲であったり、鹿革の敷布であったり、常に多田羅の手による自然の品であった。
「どうか、淀の方様がよき子をお孕みなりますように」
献上品にはいつも書状が添えられていた。
そして、淀が孵化途中の雛を見つけたのは、そうやって多田羅から献上された鳥の卵の一つからだった。
「……多田羅が、どうか致しましたか?」
声がして、誰かが天守閣に入ってきた。
秀吉の陣に混じって、共に名護屋城入りした九能かと、淀は振り向いた。
そこにいたのは、斑目盛信だった。
「いや、何でもない」
そう言いながら、淀はわき上がる笑みを喉でかみ殺している。
「ところで今、お前の元主の多田羅はどうしている?」
「根尾にいると、聞いておりまする」
ほう、と淀はまつ毛を持ち上げた。
「多田羅は、明には行かぬのか?」
「そのようでございます。なんでも明に行くのなら、妻女を明にまで連れて行くと大騒ぎしたそうです」
「そうか、太閤秀吉でもこの淀を名護屋城に連れて行くのがやっとというのに、多田羅は明にまで妻女を連れて行くと言うたのか、げに面白き者よの」
淀の笑顔の美しさに気圧されて斑目は瞼をしばたたき、
「左様でございますな」
と頷いた。
「ところで、斑目、なぜそちはここにいる?」
ふと淀が睨むようにして、斑目を見た。
本来ならば九能のように秀吉が率いてきた兵以外は、この名護屋城にはいないはずだった。全国から民出兵のために集められた諸将らは、名護屋城のそばに屋敷を普請したり、陣を張っている。
なぜ斑目がここにいる――。
次の瞬間、斑目が「御免」と呟くと、その逞しい腕が、雛を捕えるように淀の手首をつかんだ。
「何をする?」
金属を打つような声が出た。
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