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第11章 かの人
かの人
しおりを挟む慶長五年(一六〇〇年)九月十五日、徳川方東軍の勝利で関ヶ原の戦いが終わった。
このとき、細川幽斎は五百名の手勢とともにまだ田辺城内にいた。
玉造屋敷でのガラシャの死からほどなくして田辺城は石田方に属する一万五千人の大軍に包囲された。敵兵の中には茶の湯や歌道で幽斎の薫陶を受けた者が数多くいた。
「おとなしく、降伏めされい!」
降伏を勧告する声と書状が何度も、田辺城に送り込まれた。その声や筆致に(どうか)と祈るような悲壮さが滲んでいる。
が、このとき六十六才の幽斎は屈しなかった。籠城し、徹底抗戦を決め込んでいる。
弟子の一人、八条宮智仁親王による二度にわたる講和の呼びかけにも応じず、礼を尽くして断った。
さらには使者をたて、「古今和歌集」、「源氏抄」、「二十一代和歌集」といった自身の所有する物語歌集を朝廷ならびに八条新王に献上した。
この際に、幽斎は和歌を記した短冊を添えている。
「古へも今もかはらぬ世の中に 心のたねを残すことの葉」
悠久に変わらぬ時の流れの中、和歌は言葉となり、心の種をいついつまでも残していくものである。
(そのように我が歌と心も行く末まで残るのならば、ただそれでよい)
献上した古典より和歌より何より、老翁幽斎の体の中に、茶の湯や歌の心といった真の文化が脈々と生きづいている。
「死なせるにはあまりに惜しい」
それが城を取り囲む城兵、新皇、朝廷らの思いであった。
「どうか、かの者の命を」
八条宮は、帝である兄、後陽成天皇に奏請した。
これに帝は頷き、勅命を出す。その勅命にはこうある。
「もし幽斎がここで落命するようなことがあれば、古今集の秘伝は永久に絶えるであろう。すみやかに城の囲みを解くように」
こうして田辺城に勅使が下され、
「あまりにも畏れ多いことでございまする」
とついに幽斎はこれを受け、勅命によって講和が結ばれた。
関ヶ原の戦いの終わった三日後の九月十八日、幽斎は田辺城を明け渡し、敵方の亀山城に移った。
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