亨吉さんの予言

夏目真生夜

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亨吉さんの予言

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その日、私が取材させてもらった老女は、猫の目のようにくるくると表情が変わる、つかみどころのない人だった。


亨吉《こうきち》さんの話が聞きたい?
あなたも変わった人ですねえ。
言っても、私と亨吉さんは、つきあうとか思いあうだとか、そういう甘たるい仲とは違いますけど、いいですか?
どんな仲、と言えばいいか。

猫をね、亨吉さんから、もらったんです。
亨吉さんが、京都からいなくなる、少し前に。
ですから、猫友が一番、正しい間柄。

あの亨吉さんと、どうやって出会ったと言われても、親の縁です。
うちの父が京大で英語のリーダーを教えてて、京大の初代学長だった亨吉さんと知りあったんです。

あの頃、亨吉さんは40の坂をちょっと超えたところで、顎が細くてとんがって、目ばっかりギョロギョロしていて。
私は、まだ十六になったところで。

初めて京大の時計台の下で会った時のこと、ようく覚えてます。
父のお弁当を届けにいった帰りに呼び止められたんです。
「もし、あなたは講師のどなたかのお嬢さんですか」と。
「はい、私は日向千代《ヒュウガチヨ》と申します。父はここで、リーダーを教えている日向左馬介《ヒュウガサマノスケ》です」
はきはきと答えた私に、亨吉さんは感心して
「なるほど。日向くんのお嬢さんでしたか。千代さん、一つあなたに相談がある」
といきなり言うのです。

「私は左馬介くんをたいへん、気に入っている」
それはかなり本気の口調でした。
父の左馬介は京大一の美丈夫と言われたほどの美形で、人柄も涼やかでしたから、こういうことは言われ慣れておりました。
「どうもありがとうございます」
そうお礼を言うと、
「そして今、あなたの見目形を見て、私はたいへん気に入った。
あなたは、私が敬愛する鈴木春信の『風流艶色真似ゑもん《ふうりゅう えんしょく まねえもん》』の中の女《おなご》に顔がよく似ている」
と。

鈴木春信が絵師だということは知ってましたけど、その真似ゑもんが、まさか春画だなんてちっとも知らなくて。
帰ってから、父にどんな絵か尋ねて、「そんなものは知らなくてよい!」とたいへん叱られましたのよ。
ふふっ。


「まあ、座りなさい」
と亨吉さんは手馴れた様子で、あたしを木陰に手招きして、着ていた袂の中から新聞を出すと広げて示すのです。
座ると、夏の明るい日差しに青葉がキラキラ瞬いてのどかで、「ピクニックみたいですわね」
とうきうきして笑うと
「これは秘密の話だからね。なるべく明るいところで話さないといけない」
と大まじめに言うのです。
それで私もかしこまって、まじめな顔で亨吉さんに向き合いました。
「千代さん」と呼ばれて、
「はい」と目を伏せて頷いたら
「私の頭の中で、人妻になってはくれないだろうか?」
と言われて。
もうびっくりしてしまって。
これは、この京大の大先生、狩野亨吉さんの奥方になれという話だわと合点してしまって。
真っ赤になって、
「……あの……その……、父と相談しないとお答えできません……」とやっと言うと、
「相談などしてもらっては困る。ただ、はい、とうなづいてくれればいいのだ」
とあたし以上に真っ赤な顔で言うのです。
もうこれは求婚に違いないわと早合点した私は、亨吉さんをじっと見つめました。
享吉さんの小さな瞳が子どものように、私の目を吸い込んでいきました。
それで、頷いてしまったんです。
「はい。承知いたしました」
「おお、ありがとうございます!」
目じりを下げて笑う享吉さんに尋ねました。
「それで、これから、私はどうしたらよいのでしょう?」
父にどういえばいいのか、通っている女学校のことなどが頭に浮かんで気になりました。
「千代さんは、これから毎日、お父上の左馬介くんのところへお弁当を届けてほしい」
「はい」
「私は、自分の部屋の窓から、そんなあなたの姿を見る」
「はい」
「では、万事、よろしく頼みます」
そう言われても、あたしは、何が何だか話がまるで飲み込めません。
「では」と立ち上がって新聞を畳むと袂に入れて立ち去ろうとする亨吉さんに、あたしはすがりつくように尋ねました。
「……あの、私の父には、狩野先生から、いつお話をしてくださるんでしょうか?」
と。
すると、亨吉さんはくしゃみをこらえるみたいにきゅうっと顔をしかめて
「どうしても左馬介くんに話さなければ、なりませんか?」
と言うのです。
困ってしまって
「……縁談のことですし。まだ16で、女学校のこともありますし」
と一生懸命、言い重ねてみました。
けれど亨吉さんは
「縁談」と一言、呟くと
「ご心配無用。私は生涯、妻を持たないと決めております」
とおっしゃるのです。
「けれど先生は、先ほど私に『人妻になってほしい』。そうおっしゃったじゃあ、ありませんか」
「はい。ですから。私の頭の中で、あなたはよその誰かの奥方になってほしい。人妻になった千代さんと、私は頭の中で交情する。そうしたいとお願いしているのですが」
そんなことをしなくても、父に正式に申し入れて、私を本物の妻にしたらいいじゃございませんか――
とは、さすがに十六の身では口にはできませんでした。
「どうして、私は人妻にならなければならないんですか」
口をついて出た素朴な疑問は
「その方が、たいへん興奮できて、私のP(ピー)によいからです」
P(ピー)の意味は聞かなくても、なんとなくわかりました。
交情というのも、もちろん意味がわかっています。
そして、私を見つめる亨吉さんの目の中に、優しい光が宿っていることも。
私は、ない頭を必死でしぼって、どう答えたらいいか、考えました。

父の左馬介は、常々から「狩野亨吉という男はすごい大人物《だいじんぶつ》だ」と言っておりました。
東大で数学と物理学を学んだ、傑出の頭脳の持ち主。
アインシュタインの研究発表録を欠かさず読み、寝言で呟くドイツ語は完璧流暢。
なんでも京大にくる前は旧制一高(今の東大教養部)の校長を務められて、親友の漱石先生を一校の講師にした男だということでした。
それを聞いたときには、びっくりしました。
私、「ホトトギス」で読んだ漱石先生の読み切り短編「吾輩が猫である」が、もう大好きで大好きで。
それだけでなく、享吉さんは今も学長として京大の文学部に、西田幾多郎《にしだきたろう》さんや幸田露伴《こうだろはん》さんといった、当代きっての知識人を講師に呼ぼうとと集めておられるとか。

亨吉さんが、自分なんかでは想像もできないくらい、すごいお方なんだということはわかりました。
父からは、古今東西の本を蒐集して、鬼のように知識の習得に励む、博識家とも聞きましたし。
それで、その……一生、妻を娶らず、頭の中で私を人妻にして交情を交わすというのも、亨吉さんには何か学問的に意味があることなのかもしれないと、そのとき、思ったんです。
でもねえ、頭の中で愛されるだけじゃあ、女の方は済みませんよ。
それでこう言ったんです。
「承知しました。どうぞ先生の頭《おつむり》の中で、私を人妻でも、何にでもしてくださって、構いません」
「本当ですか! ありがとうございます」
亨吉さんは、エサをもらった猫の子のような、私にパッと飛びつくような笑顔で喜びました。
「でも、頭の中の存在では千代は嫌です。せめて、これを先生のおそばに」
そう言って髪を結っていたリボンをほどいて、亨吉さんに差し出しました。
それを受け取った亨吉さんは、リボンの赤をじっと見つめて
「なら、うちで飼っているメス猫に『千代』と名前をつけましょう。それなら、いいですかな?」
「千代の首輪にします」と袂《たもと》にリボンをつっこんだ亨吉さんは、そう言ってくるりと背中を向けて去っていきました。
嬉しいのか恥ずかしいのか、よくわからなくて、私は
「でも、今、猫についている名前があるじゃないですか」
と呟きました。
「心配はご無用」
去っていく亨吉さんの背中から帰ってきた言葉は
「うちの猫に、名前はまだない」

ええ、だいぶあとになって知りました。
漱石先生の「吾輩は猫である」に出てくる主人公の珍野 苦沙弥《ちんの くしゃみ》のモデルは、亨吉さんなんですってね。




それから一年、毎日、京大に通いました。
父の左馬介にお弁当を届けに。
亨吉さんは、いつも学長室の窓から、そんな私の姿を見下ろしていました。

いつも、なるべく亨吉さんに自分の顔が見えるように、上を向いてゆっくり歩いていました。
でも目が合うと亨吉さんは、真っ赤になって、ふいっと目を逸らしてしまう。
かわいい、と思いました。

そんな亨吉さんが気になって、父の左馬之助に亨吉さんのことをそれとなく、聞いてみたんです。
すると、蔵書家、読書家なだけではなくて、春画や刀剣の蒐集でも当世きっての名鑑定《めきき》で有名ということでした。
男女の交わりを描いた春画を集めて、舐めるように見ては、頭の中で日夜、鑑定しているような人が、16の女学生に恋をしている。
それは、なかなか希少な経験でした。

ふふっ。
あら、失礼しました。
そんな亨吉さんが、飼ってた猫に「千代」と名前をつけて、
「千代や」「千代や」と可愛がっていたなんて思うと、今、思い出してもおかしくて……。

一年、二人の間には何もなかったのかって?
私、こう見えて、けっこうな行動家なんですのよ。
半年ほどしたところで、父に
「どうか私が狩野亨吉先生の妻になれるよう、縁談を申し込んでくれませんか」
と土下座して、頼み込んだんです。
父はもうびっくりです。
ゆくゆくは、京大の教え子の誰かとあたしを娶わせて、エリートの奥方として何不自由ない生活をさせるつもりが、当の娘が、26歳も年上の自分の上司、京大学長と結婚したいと言い出したんですから。
父は難しい顔をして
「お前はもう、狩野先生と男女のことをしたのか?」
と尋ねるので、ぶんぶんと頭を振って、
「そんなことは、していません!ただ、猫に「千代」と名前をつけて可愛がってくださる、そう先生はそうおっしゃっられただけです」
と必死で否定しました。
講師の娘に無理やり手を付けたなどと、狩野先生が誤解されては嫌ですから。
「ふむ……」
と父は一つ唸って、それから数日後、亨吉さんに「うちの娘の千代を嫁にもらってはくれないだろうか」
と縁談を切り出してくれました。

けれど、亨吉さんの返事はにべもないものでした。
「私は生涯、妻を持たないと決めている」

その返事を父から聞かされた私は、一人、走って、亨吉さんの家に行ったんです。
ふふっ。
若かったとはいえ、よくあんなことができたものです。

玄関まで行ったものの、戸を叩く勇気がどうしても出ません。
お庭にそっとまわってみると、亨吉さんの声がしました。
「千代や、千代や」
という、とても愛しそうな声音でした。
もっと声が聞きたい――

そう思って、おうちに近づくと割れ窓が一枚あったので、、そこから中を覗いてみたんです。
「千代や、千代や」
亨吉さんは、山のような古今東西の蔵書に埋もれて、その中でごろんと寝転がり、片手に本、もう片方の腕で三毛猫を抱き上げているところでした。
「千代や、千代や」
と言う度に、三毛猫の口にキッスして。
本を読んだかと思うと、
「千代や、千代や」
そのお腹やお乳に、唇をつけて。
そのとき、私、自分の形代である猫の千代、それから亨吉さんが頭の中で飼っている女の千代に嫉妬したんです。
気がつくと、がらりと窓を開けて、驚いている亨吉さんに向かって
目に涙をいっぱいためて
「どうして、あたしを本物の人間の千代にしてくださらないのです」
と訴えていました。

亨吉さんは抱いていた三毛猫の千代をそっと床におろすと、きっぱりとした口調で言いました。
「私では千代さんを幸せにできないのです」
「どうして? 私は狩野先生のおそばにいられたら、それだけできっと幸せになれるような気がします」
けれど、亨吉さんは首を振って、絶望しきった声で言いました。
「国を問わず、知識というものを蒐集していると、この先に何が起こるか、いろいろなことが見えるようになります」
「私といると、狩野先生は幸せになれないのですか?」
「今も幸せです。人妻のあなたと人目を忍び、朝に夕に逢引きして、背徳の中で交情を重ねる。たいへん、幸せです」
「それは、先生の頭の中のお話ではないですか! 本物は私は確かにここにいて、生きているんですよ。あたしは猫でも、先生の頭の中の春画の女でもありません!」
精一杯の抗議の声にも狩野先生は動じませんでした。
「はい。もちろん、わかっています。あなたは生きていて、ご飯も食べれば、服も着る。あなたを幸せにする、ということはお金がかかるということです」
「私は贅沢をしたいなどとわがままは申しません!」
「そういうことではないのです。おそらくこれから先、私はたいへんな貧乏をするでしょう。
むろん、そうはなりたくないのですが、そうなる気がしてならないのです。食うに困ってあなたを餓死させるのは、なんとも忍び難いのです。この思いをどうか、わかっていただきたい」
餓死!?
なんて大げさな言葉でしょう。
かつて旧制一校で名校長と称えられ、この京大でも学長としても教育者としても天下一。誰からも愛され、慕われる亨吉さんが、どうして貧乏をするのか、私にはさっぱりわかりませんでした。

けれど、「どうか、わかっていただきたい」と大の大人の男の人が泣いているのを見ては、黙って引き下がるしかありませんでした。

それでも、それからも京大に毎日毎日、通いました。
亨吉さんは、いつも黙って、私の姿を学長室の窓から見下ろしていました。

それから半年後、亨吉さんは、京大の学長をおやめになられて、東京に行ってしまいました。
表向きは、国の偉い人と意見が合わず、神経衰弱になったということでした。
でも実はあの方は、1908年、明治40年のときに、すでに1941年(昭和16年)に起きる太平洋戦争の開戦、そしてその三年半後の日本の敗北まで、予言していらっしゃったんです。

そのときのことは、悲しくて悲しくて、生涯忘れられません。
どうしても、自分の口で直接、お別れがしたいと思い、亨吉さんが東京に発たれる前日、ご自宅に最後にご挨拶に行ったんです。

きっと、あなたが来ると思っていました――。
そう言って、優しい顔をして亨吉さんは私をお家の中に入れてくださいました。
そして、春画や難しいご本がうずたかく積まれているお部屋の中で、四月の青空を見上げて
「いつか日本は戦争を始める。そのとき、アメリカの軍機がこの国の空を埋め尽くすだろう。そうして、東京は焼け野原になるだろう」
そう、おっしゃったんです。
「どうして、それがわかっているのに、東京に行かれるのですか」
私が教育界にいても、できることはない――
亨吉さんは、決定した物事みたいに淡々と言うだけです。
「あります! 先生くらい、頭のいい、偉い人なら、できることがたくさんたくさん……」
亨吉さんと話していると、いつも、私はどうしようもなく、わがままで怒りんぼになってしまう。
だって、亨吉さんみたいな男の人は、きっと世にどこにもいないから――
私が、どれだけ長く生きても、どれだけ見聞を広めても、亨吉さんみたいな変なおじさんは、どこにもいない――
怒りんぼになった私に、亨吉さんはすっぱりとした口調で言いました。
「なにしろ、私は鑑定士《めききし》だからな」
あの頃の私には、その言葉の意味がわかりませんでした。
でも、今、振り返れば、時代を読む鑑定眼《めききのめ》のことをおっしゃっていたんでしょうね。
自分の持論が正しいかどうかを、自分自身の目で見て確かめなければならない、そのために東京に行かなければならないーーそういうことを言いたかったのでしょうね。

私は、泣きました。
亨吉さんの胸に取りすがって泣く才覚もなく、ただただ、亨吉さんと並んで青い空を眺めて、手放しでわあわあと泣いていました。
息苦しくなるような、喉から溢れる嗚咽の中で、言いました。
「あなたの頭の中で、人妻になって愛された私は? この身はどうしたらよいのです!」
「どうもしなくてよい。幸せでいてください」
「どこで! 誰と! どうやって!?」
それはまだ子どもだった私の精一杯の反論でした。
他の誰でもない、亨吉さんのそばにいたい――
けれど、亨吉さんは「どこーー」と一つ呟くと、にっこり笑ってこう言うのです。
「そうですね、戦争になれば、日本で安全なところなど、一つもなくなるでしょう。
でも、千代さん、あなたならきっと大丈夫だ」

そう言われても、私はちっとも大丈夫なんかじゃありませんでした。
そのときの私に出来ることーー
それは、生身の私の肌を見せること。
それ以外に思いつきませんでした。
亨吉さんが、この体に触れなくてもいいーー
そのつぶらな瞳、網膜に、生まれたままの私の姿を映してほしいーー
そう思ったのです。
真昼の温かな日差しの中、女の私から肌を晒す。
考えただけで、羞恥で全身が震えました。
ぎゅっと目をつむり、帯に手をかけ、息を一つ吐いて「亨吉さん」とその名前を呼びました。

けれど、亨吉さんは私の前から離れてしまいました。
そうして、床をうろうろしていた三毛猫の千代を抱き上げ、
「千代や、千代や」
と言いながら、その唇にちゅっと音立てて唇を寄せました。
唖然とする私の前で猫の千代から唇を離すと、ニッと笑って
「はい。千代をよろしく頼みます」
と私の手に猫の千代を抱かせました。
手と胸の中で、温かいぬくもりが動いていました。
「動物の寿命は人よりうんと短い。たとえ猫でも、千代が死ぬところは見たくありません」
そう言う亨吉さんの目の前で、私は猫の千代の唇にキッスしました。
音もなく涙を流しながら。
ちゅっと音を立てて。

そうして、亨吉さんは京都の町を去っていきました。
翌年にはお兄様がご病気で亡くなって、狩野家の跡を継ぐために妻を娶れと縁談が持ち上がったそうですけど、「それだけは勘弁」と亨吉さんは脱走して、どこかに雲隠れしてしまったそうです。
そのお家問題は、お兄様が女中に生ませたという男の子が見つかって、縁談の話は仕舞いになったと聞きました。



それからも亨吉さんの噂は、ちらほらと耳に入ってきました。
亨吉さんの学識を惜しむ方が大勢いらして、東北帝国大学総長に推薦されたり、後に昭和天皇になる皇太子さま、裕仁親王の教育係にも推されたそうです。
たいへんご名誉なことなのに、
「自分は危険思想の持ち主である」とあっさり、断ってしまっただとか。

このときにはさすがに亨吉さんに手紙を書きましたのよ。
「先生が、いずれ天皇陛下になる方を教育なさったら、日本はアメリカと戦争なんて起こさないんじゃないんですか」って。
お返事が、ちゃんと来ましたよ。
「人間の行動がいいとか悪いとか、いちいち考えないといけないのは、自分が属しているグループのせいである。そのグループから抜け出せれば自由になれる。ゆえに私はもうどこの何にも属さないのだ」って。
ふふっ。
本当に亨吉さんらしい。

その手紙には
「『死』 すなわちこの世から抜け出れば、自然法則すらいっさい関係なく、思うように発想ができるのである」
とも書いてありました。
ふふっ。
本当に偏屈さん。

そうそう、猫の千代は、この頃に寿命で亡くなりました。
でもそれも亨吉さんの論理で言えば、猫の千代は自由に発想ができる、亨吉さんの憧れの世界へ旅立ったということですわね。
とはいえ、京大をやめてからの亨吉さんは、お金のことで、ずいぶんと苦労されたみたいです。
教え子の方の事業に多額のお金を出してあげて、その事業が失敗して借金取りに追われるようになったと、風の噂に聞きました。
そう、先生のおっしゃられた言葉、「私は、おそらくこれから先、たいへんな貧乏をするでしょう」
ご自分の運命の予言は、ピタリと当たっていたのです。
そのあとは十万点以上あった大切な蔵書を東北帝国大学や東京帝国大学に売り払って、なんとか糊口をしのいでおられたとか。
あんなにご本がお好きな亨吉さんのこと、お辛かったでしょうねえ……。
それを知った父の左馬介は、「あのとき、早まってお前を狩野先生に嫁がせなくてよかった」
などと言っておりましたけれどね。




「春画蒐集にかけては日本一」、「浮世絵の秘画の収集は世界最大級」と世に広く称された名鑑定《めいめきき》の亨吉さんは十九二四年(大正十二年)、東京市小石川の長屋で、「書画鑑定並びに著述業」の看板を掲げて開業しました。
書画や刀剣の鑑定などを日々の生計にして暮らしはじめたのです。
日常のお世話は、お姉さまの久子さまがされていたそうです。

「羨ましいこと。私も先生のお姉さまに生まれていればよかった。
ね、お姉さまの久子さまは、どんなお方なんですか?」
私が、そんな風に書いて手紙を送ったら、

「いい質問である。
先だっても友の者から『亨吉よ、君は同居する姉の久子殿の淫夢を見るのか』と問われたが、その実態はこうである。われわれでさえ、その父母、きょうだい、教師とセックスをする夢を見なかったというのは、一人もいないのではないか」

ですって。
私は、兄や父母なんかと、そんなことをする夢を見たことはありませんけど。
ふふふふっ。
本当に面白いお方でしょう?


でも、その手紙は、こう続いていたんです。
「であるから、私には、あまたの千代があり、不自由はしていない。あなたも、そろそろ私を忘れて、ご結婚されてはいかがだろうか。
なお、これは私のたっての願いである」

その頃、私は三十一になったところでした。
ええ、未婚のままです。
父には、さんざん嫁に行けとせかされ、何人か京大の教え子の方と見合いをすすめられたんですけど……。
だって、そんなの無理ですわ。
亨吉さんみたいな人、どこを探してもどこにもいらっしゃらないんですもの。
私は、亨吉さんに手紙を書きました。

「私には、たった一人の夫、狩野亨吉さましかおりません。
あなたも、そろそろ人間の千代を思い出し、これを娶られてはいかがでしょうか。
どうしても妻としてお迎えしていただけないのでしたら、お姉さまの久子さまと同じく、お世話を見る者としておそばにつかえ、その夢の中で抱いていただければ結構でございます。
なお、これは私のたっての願いです」
と――

お返事はありませんでした。
そのかわり、亨吉さんから一冊の本が送られてまいりました。

それは、亨吉さんが京都を去った二年後に漱石先生が発表された、小説「それから」でした。
ええ、読みました。
はい、もちろん、存じあげています。
「それから」の主人公の代助《タイスケ》は、亨吉さんがモデルなんですってね。
貧乏でも「高等遊民」そのままの生き方をした亨吉さんがいたからこそ、代助はできあがったのだと、漱石先生のお弟子さんの本で読みましたわ。
それよりも小説の中で、代助のすすめで不幸な結婚をして苦労する人妻の名前は、三千代《ミチヨ》
これって偶然なのでしょうか。
亨吉さんは、私のこと、漱石先生に話していたんでしょうか。
それとも享吉先生と漱石先生の間には、親友ゆえのいわゆるテレパシィじみた糸がつながっていたんでしょうかねえ。



この物語の最後で、代助はヒロインの三千代と一緒になることを選んで生きていく――
現実には、私と亨吉さんは、手一つ握ることもありませんでしたけど、
日本屈指の文豪の作品の中で、夫婦になれたのなら、それは永遠に結ばれたってことになるんじゃありませんか?
ねえ、そう思いませんか?
それを最後に、亨吉さんに手紙を書くのをやめました。



それから十八年の時が過ぎました。
一九四一年(昭和十六年)師走――
太平洋戦争が開戦するほんの数日前、亨吉さんから、最後の手紙が京都にいる私の元に届きました。
そこにはたった二行。

「戦争がはじまり、戦況が悪化すれば、いずれ、京の地も危なくなるでしょう。
特に京大のそばは危ない。どうか、千代さん、お気をつけて」

とだけありました。
私は住んでいた京大のそばの自宅を離れて、家族とともに奈良に疎開いたしました。
一方、亨吉さんは、それから一年後、太平洋戦争の始まった一九四二年(昭和十七年)十二月二十二日に、七十七歳で亡くなりました。
家で吐血して、そのまま病院に運ばれて、誰にも看取られず亡くなったそうです。
血で汚れた着物、その袂の中には、赤いリボンの猫の首輪が丸まって入っていたと、風の噂で聞きました。

そうそう、死後に、大勢のお弟子さんが亨吉さんの住んでした長屋を調べてみたら、亨吉さんがご自分で描かれた数百枚の「あぶな絵」(春画)が見つかったんです。
しかも、その絵に合わせて書いた、千代という人妻と交情を重ねるポルノ小説も、ノート30冊分、見つかったと。

ふふふふふっ。
「日本一の博覧強記」と言われながら、一冊も著作物を書かなかった亨吉さん。
なのに、ずーーっとこんなものを書いていらっしゃったなんて。
親友にして、大文豪の漱石先生に張り合ったおつもりなのかしら。
ああ、もう本当に恥ずかしい。
亨吉さんは、本当に困った人。

えっ、私が結婚したかどうかですって?
いいじゃないですか、そんなことは今さら。
結婚して、孫やひ孫に囲まれているところでも、猫に亨吉さんと名付けて独身を貫いたお婆さんでも、好きに想像してくださいな。

それより、亨吉さんの最後の手紙。
「戦争がはじまり、戦況が悪化すれば、いずれ、京の地も危なくなるでしょう。
特に京大のそばは危ない」

あの予言は外れましたね。
戦争でも京大は最後まで、爆撃を受けずに、無事なままでしたものね。
亨吉さんのような人でも間違うのだなと、なんだか余計、愛おしくなった気がしますけど。




ちりん。
私が千代さんに取材していた、その最後の最後、部屋の奥の方で、猫の首に着けた鈴のような音がした――


なお、現在では終戦間際の京大で、「F研究」と呼ばれる原爆開発研究が行われていたことは、周知の事実である。
この「F研究」に関する資料および文書は、終戦時にGHQによって没収され、最高機密指定を受けていたが、狩野亨吉の死からちょうど七十五年後の二〇一七年十二月二十一日。
アメリカが最高機密指定を解除した。
その文書によれば、終戦時に京大が確保していたウランの量は、物理学教室に計約一〇五キロの天然の酸化ウランなどであったという。
原爆製造には十分な量ではなかったが、近隣の人間を被ばくさせるには十分すぎる量だった。
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隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

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