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死に場所は【前編】(斎藤一)
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いつだって、覚悟はあった。
10代で人を斬った。
新選組となってからは、刀を振るい血を浴びることが日常だった。
そこから逃げたいとは思わなかった。
いつだって、死ぬ覚悟はあったんだ。
ただ。
その日が来ないまま、今がある。
「久々に酒を呑みましたよ」
ふくよかになった体を揺らし、島田魁はいった。前からいい肉付きだったが、ひとまわり大きくなった気がする。本人はだらしないと多少恥じてるようだが、俺は「平和になったもんだ」と妙な感想を覚えた。
「悪いな、付き合わせて。今でも全く呑まないのか?」
「呑みませんね。もし呑んで悪酔いしたら、言っちゃいけないことを漏らしそうですし」
「難儀だな」
「全く」
形だけでも、と空のお猪口に酒を並々とついでやれば、島田は嬉しそうに笑う。
「しかし、この酒は下戸の私だって美味いと思いますよ。きっと伏見の酒だって、斎藤さんがついだ酒に適うはずがない」
「俺を持ち上げても何も出ねぇよ」
そんなことを言いながら、俺自身も同じこと思っていた。
安酒も塩っ辛い沢庵も冷奴でさえも、今日のは格別に美味い。
それほど、昔馴染みに会えることを喜んでいたのかと、いい歳してガキのようだと思っていたところだ。
島田はいまも京に住んでいる。
新選組であったことが忘れられないのか。あの時代の名残を守りたいのか。
どちらにしても、強い覚悟があってのことだとわかっている。なんせ、京では新選組の名前は良くも悪くも知れ渡っている。元新選組の者、というだけで物陰で刺されるかもしれないのだ。そんな場所に自ら戻って暮らしている島田の心中は、あの頃のまま燃え続けているのかもしれない。
ぐっと自分の酒を煽ると、島田がついでくれる。そして付き合いの島田も舐めるように酒を味わっている。
そのうちに酔いがまわったのか、島田の口から懐かしい名前を出てきた。
「斎藤さんの酒は美味い。しかし昔、京で皆に無理矢理呑まされた酒はもっと美味かった」
「そうだな」
「でもね、斎藤さん。蝦夷で土方副長についでもらった酒の味は、どうしても忘れられないんですよ」
「…そうかい」
島田の声は泣きそうなくらい震えていた。
かける言葉は思いつかなかった。
俺はその酒を呑んではいないのだから。
※ ※ ※
沖田総司という男は、猫のような男だ。気まぐれに近寄っては可愛い顔で鳴くくせに、こっちが歩み寄ればふいといなくなる。そんな例えに頷くのは古参の顔馴染みくらいだが。
総司自身もわかって使い分けていた。
俺に対してはいつだって気まぐれ猫だった。
「一さん、一さん。甘い物持ってませんか?」
「持っているわけないだろう。なんだ急に」
「甘い物食べると疲れが取れる気がするんですよね」
「俺は酒飲んだ方が疲れが取れる」
「それ酔っ払って麻痺してるだけですよ」
にこにこしながら擦り寄ってくるが、袴の裾はすっかり血で汚れているし、あちこちに返り血が飛んでいた。俺自身も同じようなものだから気にはしないが、配下の者はざわりとしていた。
まあ、不貞浪士を切った後の会話としては、どこかずれているかもしれないが。
「この姿じゃ、今日は菓子を買いに行けないなぁ。あーあ」
勝手に話を切り上げると、ふらりと隊列に戻っていった。
そんな猫も、時々は本性を表すことがある。
刀を抜いた時だ。笑っていても、普段のそれとは違う。殺意が常に目に宿っている。
「僕は死ぬのが怖いんですよ」
「総司がいうと、説得力がないな」
久々に総司と稽古した時、避けきれなかった肩には打身ができていた。熱を持っているので、濡らした手拭いを当てていると、総司は唐突に話し始めた。
「一さんは強いですからね。僕は殺されないようにと一所懸命、剣を振るっただけです」
「稽古で殺す気なのはお前だけだろ」
「でも打ちどころが悪ければ死にますよね。僕はここでは死ねない」
「ここでは、か。じゃあどこで死ぬつもりだ?」
「もちろん戦場で」
総司の声は、冗談を言うわけでもなく真実を語っていた。
「近藤さんや土方さんを守って死ぬんですよ。どんなに強い相手でも、僕の力が及ばない相手でも、せめて戦力を削いでから死んでやります。そしたら土方さんがトドメを刺せばいい」
俺は総司の目を見た。
「あの人たちは、お前をそんな使い捨てにはしないだろう」
「しないでしょうね。僕が勝手にそうするんです。だって僕は、穏やかな死を望んでいない。まあ、近藤さんが望む先の世を見てみたいって気持ちはありますけど」
「でも畳の上では死ねない?」
「その通り。一さんは僕のことよくわかってますね」
「言わんとすることはわかるさ。俺も似たようなものだ」
この道を選んだ時から、平和な日常など捨てていた。
「うーん。僕と一さんは少し違うと思いますよ」
総司は首を傾げて、うん、と頷いた。
「一さんはね、自分の道を、自分で照らして歩ける人なんですよ。そこが戦場であれ、穏やかな日常であれ、自分の足で歩いていける人なんです。その点、僕はてんで駄目です。戦場ならやるべきことはわかるのに、それ以外じゃ、どう生きればいいのかわからないんですよ」
困ったものだと言いながら、総司はにこにこと笑っている。
「だから戦場で死にたいな」
10代で人を斬った。
新選組となってからは、刀を振るい血を浴びることが日常だった。
そこから逃げたいとは思わなかった。
いつだって、死ぬ覚悟はあったんだ。
ただ。
その日が来ないまま、今がある。
「久々に酒を呑みましたよ」
ふくよかになった体を揺らし、島田魁はいった。前からいい肉付きだったが、ひとまわり大きくなった気がする。本人はだらしないと多少恥じてるようだが、俺は「平和になったもんだ」と妙な感想を覚えた。
「悪いな、付き合わせて。今でも全く呑まないのか?」
「呑みませんね。もし呑んで悪酔いしたら、言っちゃいけないことを漏らしそうですし」
「難儀だな」
「全く」
形だけでも、と空のお猪口に酒を並々とついでやれば、島田は嬉しそうに笑う。
「しかし、この酒は下戸の私だって美味いと思いますよ。きっと伏見の酒だって、斎藤さんがついだ酒に適うはずがない」
「俺を持ち上げても何も出ねぇよ」
そんなことを言いながら、俺自身も同じこと思っていた。
安酒も塩っ辛い沢庵も冷奴でさえも、今日のは格別に美味い。
それほど、昔馴染みに会えることを喜んでいたのかと、いい歳してガキのようだと思っていたところだ。
島田はいまも京に住んでいる。
新選組であったことが忘れられないのか。あの時代の名残を守りたいのか。
どちらにしても、強い覚悟があってのことだとわかっている。なんせ、京では新選組の名前は良くも悪くも知れ渡っている。元新選組の者、というだけで物陰で刺されるかもしれないのだ。そんな場所に自ら戻って暮らしている島田の心中は、あの頃のまま燃え続けているのかもしれない。
ぐっと自分の酒を煽ると、島田がついでくれる。そして付き合いの島田も舐めるように酒を味わっている。
そのうちに酔いがまわったのか、島田の口から懐かしい名前を出てきた。
「斎藤さんの酒は美味い。しかし昔、京で皆に無理矢理呑まされた酒はもっと美味かった」
「そうだな」
「でもね、斎藤さん。蝦夷で土方副長についでもらった酒の味は、どうしても忘れられないんですよ」
「…そうかい」
島田の声は泣きそうなくらい震えていた。
かける言葉は思いつかなかった。
俺はその酒を呑んではいないのだから。
※ ※ ※
沖田総司という男は、猫のような男だ。気まぐれに近寄っては可愛い顔で鳴くくせに、こっちが歩み寄ればふいといなくなる。そんな例えに頷くのは古参の顔馴染みくらいだが。
総司自身もわかって使い分けていた。
俺に対してはいつだって気まぐれ猫だった。
「一さん、一さん。甘い物持ってませんか?」
「持っているわけないだろう。なんだ急に」
「甘い物食べると疲れが取れる気がするんですよね」
「俺は酒飲んだ方が疲れが取れる」
「それ酔っ払って麻痺してるだけですよ」
にこにこしながら擦り寄ってくるが、袴の裾はすっかり血で汚れているし、あちこちに返り血が飛んでいた。俺自身も同じようなものだから気にはしないが、配下の者はざわりとしていた。
まあ、不貞浪士を切った後の会話としては、どこかずれているかもしれないが。
「この姿じゃ、今日は菓子を買いに行けないなぁ。あーあ」
勝手に話を切り上げると、ふらりと隊列に戻っていった。
そんな猫も、時々は本性を表すことがある。
刀を抜いた時だ。笑っていても、普段のそれとは違う。殺意が常に目に宿っている。
「僕は死ぬのが怖いんですよ」
「総司がいうと、説得力がないな」
久々に総司と稽古した時、避けきれなかった肩には打身ができていた。熱を持っているので、濡らした手拭いを当てていると、総司は唐突に話し始めた。
「一さんは強いですからね。僕は殺されないようにと一所懸命、剣を振るっただけです」
「稽古で殺す気なのはお前だけだろ」
「でも打ちどころが悪ければ死にますよね。僕はここでは死ねない」
「ここでは、か。じゃあどこで死ぬつもりだ?」
「もちろん戦場で」
総司の声は、冗談を言うわけでもなく真実を語っていた。
「近藤さんや土方さんを守って死ぬんですよ。どんなに強い相手でも、僕の力が及ばない相手でも、せめて戦力を削いでから死んでやります。そしたら土方さんがトドメを刺せばいい」
俺は総司の目を見た。
「あの人たちは、お前をそんな使い捨てにはしないだろう」
「しないでしょうね。僕が勝手にそうするんです。だって僕は、穏やかな死を望んでいない。まあ、近藤さんが望む先の世を見てみたいって気持ちはありますけど」
「でも畳の上では死ねない?」
「その通り。一さんは僕のことよくわかってますね」
「言わんとすることはわかるさ。俺も似たようなものだ」
この道を選んだ時から、平和な日常など捨てていた。
「うーん。僕と一さんは少し違うと思いますよ」
総司は首を傾げて、うん、と頷いた。
「一さんはね、自分の道を、自分で照らして歩ける人なんですよ。そこが戦場であれ、穏やかな日常であれ、自分の足で歩いていける人なんです。その点、僕はてんで駄目です。戦場ならやるべきことはわかるのに、それ以外じゃ、どう生きればいいのかわからないんですよ」
困ったものだと言いながら、総司はにこにこと笑っている。
「だから戦場で死にたいな」
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