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俺の初恋は叶いそうにない
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そいつを始めて見たのは、俺が中学1年の時のことだ。
クラス移動の時、ふと隣の教室を見たら、窓際の一番奥の方で本を読んでいた。
それが最初に見た、そいつの姿だった。
「……ッ!」
「おい、早くいかないと先生に怒られるぞ」
「え、お、おう」
その時の衝撃は、今でも覚えている。
雷に打たれたようなという形容詞があるが、まさにそれだった。
それから休み時間やクラス移動の時、何度も隣のクラスを横目で覗いてそいつの姿を探した。
直接会いに行かなかったのは、なんというか気恥ずかしい気持ちがあったからだ。
そいつを見た感想としては、何て可愛い奴だろう、である。
全く筋肉の付いていない細く小柄な体、癖っ気のない目元が隠れるくらいの長さの綺麗な黒髪、ふとした時に見えた自信なさげで、しかしとても優しげな瞳。
流行りものが好きな女の子のようにキャピキャピしてる奴でもなく、男のようにがさつで元気に走り回ってるような奴でもない。
まるでカルガモの子供のように、トコトコと皆の一番後ろをおとなしくついてくるような、そんな物静かな奴だった。
そいつは図書委員をしている。
担当じゃない日も放課後は基本、図書室にいることが多い。
友達はいないのか、普段から1人でいるそいつを見ているうちに、俺は少しずつ不安な気持ちが胸の中に溜まっていくのを感じていた。
誰もいない放課後、夕暮れの薄暗い図書室、そして1人ぼっちのそいつ。
図書室の片隅で静かに本を読んでいる姿は、ふとした拍子に消えてしまうのではないかと思うくらい影が薄く、儚げだった。
それが無性に辛くて、胸を締め付けられて、俺は思わず近づいて強く抱きしめてしまっていた。
「ひゃっ」
と、そいつは小さく驚いた声を出す。
あぁ、驚いた声までこんなに可愛いのかと、俺は胸をときめかせてしまった。
……思えば、かなり危ない奴だと思う。
初対面で、名前も知らない奴にいきなり抱きしめられたら、どう思うだろうか?
俺なら気持ち悪い、下手しなくても殴り飛ばしている。
それがそいつときたら、俺が急に抱きしめた理由を話した時、きょとんとした後に小さく微笑んで許してくれた。
そして……。
「面白い人だね、君……あの、君の名前、教えてくれる?」
「……健斗、木林健斗(きばやしけんと)」
「木林、健斗君。じゃあ、健ちゃんって呼んでいい? ぼくは結城未来(ゆうきみらい)。未来って呼んで」
「未来……」
ようやく名前を知ることが出来た。
結城未来、か。
(見た目だけじゃなくて、名前もすっごい可愛いな!)
内心少し興奮していると、唐突に俺の手を未来は握ってくる。
思わずビクッとするが、未来のその小さな手は少し震えていた。
多分、初対面の相手に緊張しているのだろうと思い、俺は大丈夫だという気持ちを込めて、優しく握り返す。
未来は少し嬉しそうに微笑んで、何度かゆっくりと深呼吸をすると。
「……あの、ね。健ちゃん……ぼくと、友達になってくれる? ぼく、健ちゃんと友達になりたいな」
「と、友達……あぁ、なろう! 友達に! 俺達は、今から友達だ!」
小さな唇をキュッと引き締めて、オドオドとしながらも勇気を出したようにそう口にした。
そんな未来に、俺はただ力強く頷く。
「ッ! ……うん……うんっ!」
それは正解だったのだろう。
未来は驚いたように俺を見上げてくる。
揺れる髪の隙間から見えた瞳の端には少し涙が浮かんでいて、そして次の瞬間には花が咲くような綺麗な笑顔を見せてくれた。
こうして、俺と未来は友達になった。
(……でも、友達かぁ)
嬉しそうにしている未来とは逆に、俺は少し不満に思っていた。
なにせ俺は友達よりも、もっと先の関係になりたいと思ってしまっていたのだから。
多分、未来を始めて見た時に感じた強い想い、それが俺にとっての初恋なのだろう。
“初恋は実らない”
それはよく言われることだ。
そして、それを俺はよく実感している。
わかってるんだ、未来が俺に対して抱いているのは愛情ではなく友情であることは。
わかってるんだ、俺がどれだけ未来を好きになっていても、それは決して報われることはないということは。
たとえどれだけ想っていても、未来が同じ世代の女の子なんかと比べても、ずっと女の子らしい奴だとしても。
それでも……。
(こいつは、未来は……“男”なんだから)
始めて見た時から今に至るまで、未来は学校指定の男用の制服に身を包んでいた。
俺の初恋は決して実ることはない。
それでも俺は、この叶わない想いをいつまでも抱えて生きていくことになるだろう。
俺は自分で思っているよりも、ずっと未練がましい男だから。
(……って、なんか未来の奴、スキンシップ激しくない!? ちょ、そんな、腕をくっつけられたら、ギュッてされたら……ッ!)
綺麗な髪から漂ってくる少しいい香り、柔らかい体の感触。
「……友達って、いいね」
「……お、おう、そうだな」
俺はただただ、未来の無意識の誘惑に耐えるのだった。
◇
ぼくは、いつも1人ぼっちだ。
小さい頃から体が弱くて、ちょっとしたことで寝込んでしまって、学校も休みがち。
そのせいで友達と呼べる人も1人もいない。
だから遠足の班決めの時も、授業でグループを作らないといけない時も、いつも最後まで残って、あまりでどこかに入れてもらっていた。
ぼくは、いつも1人ぼっちだ。
勇気を出して踏み出していれば、もしかしたら違っていたのかもしれない。
誰か1人くらい、仲のいい友達が出来ていたのかもしれない。
その友達と一緒にいれば、もっとたくさん仲のいい人達が出来たのかもしれない。
だけどきっと、どうせ、そんな否定的な考えが頭に浮かんで、いつも一歩を踏み出せずにいた。
……ぼくは、いつも1人ぼっちだ。
友達らしい友達も出来ず、ぼくはもう中学3年生になった。
皆どこの学校に進学するかって、そんな話で周りは持ちきりになっている。
「……」
そんな中、ぼくはいつもと同じように放課後、1人で図書室に向かう。
ぼくは図書委員で、その仕事があるから、という理由だけじゃない。
図書室に行けば、ぼくの好きな本がたくさんあるからだ。
本を読んでいる時、その時だけぼくは1人でいる辛さを忘れられた。
沢山の物語があって、沢山の人達が出会いを紡いでいて、まるでぼくもその本の人達のように活躍している気持ちになれる。
そんな本の世界が僕は大好きで……そして読み終わった時、とても羨ましく虚しい気持ちで一杯になる。
(……ぼくは、いつも1人ぼっちだ)
どうしようもない、変えようもない現実に戻ってくる。
この時ばかりは、少しだけ泣きそうになる。
(……あぁ、ぼくも本の世界にいけたら)
そう考えることもある。
本の世界にいければ、魔法が使えれば、剣が使えれば……だけど、どうせ本の世界に行っても、自分が変わらなければ何も変わらない。
そんな当たり前のこと、ぼくだってわかっていた。
その変わる勇気が持てなかったから、今、ぼくは1人なのだから。
(……ぼくにも来るのかな、いつか友達って呼べる人が、そんな人と出会える機会が、ぼくにも……)
そう思っていた時。
―――ギュッ
「ひゃっ」
誰かに強く抱きしめられた。
力強い大きな腕で、いきなりで驚きもあったけど、どこか安心するような温かさがあった。
唐突に、しかしそれはやってきた。
あり得るかどうかわからなかった機会、心から信じることの出来る友達を作る機会が、ぼくにも。
だからぼくは今まで出すことの出来なかった、なけなしの勇気を集めて一歩を踏み出した。
「……あの、ね。健ちゃん……ぼくと、友達になってくれる? ぼく、健ちゃんと友達になりたいな」
「と、友達……あぁ、なろう! 友達に! 俺達は、今から友達だ!」
彼は木林健斗君、ぼくは親愛の思いを込めて健ちゃんと呼ぶ。
ぼくを見て儚くて消えてしまいそうで、それが嫌でつい抱きしめてしまったという、ちょっと変だけど、とても面白くて優しい人。
そんな人と、ぼくは友達になることが出来た。
(あぁ、そっか。友達ってこういうのなんだ)
一緒にいると嬉しくて、胸がポカポカして。
そしてぼくの手を優しく握ってくれる健ちゃんを見てると、少しドキドキしてくる。
ちょっと不思議な感覚だけど、全然嫌じゃない。
むしろもっと感じていたくて、思い切って健ちゃんの腕をギュッと抱きしめる。
「……友達って、いいね」
「……お、おう、そうだな」
髪が長くて目元が隠れてるのが暗い印象を与えるってお父さんが言ってたけど、今だけはこの長い髪でよかった。
だって今、ぼくの顔を健ちゃんに見られたくないから。
初めての友達に嬉しすぎて、ドキドキして、きっと凄い顔が緩んでると思うから。
だから顔を見せられない分、握る腕の力を少しだけ強くする。
(これからも、ずっと健ちゃんと一緒にいたいなぁ)
ぼくは、1人ぼっちだった。
だけど今、ぼくはようやく1人ぼっちじゃなくなった。
クラス移動の時、ふと隣の教室を見たら、窓際の一番奥の方で本を読んでいた。
それが最初に見た、そいつの姿だった。
「……ッ!」
「おい、早くいかないと先生に怒られるぞ」
「え、お、おう」
その時の衝撃は、今でも覚えている。
雷に打たれたようなという形容詞があるが、まさにそれだった。
それから休み時間やクラス移動の時、何度も隣のクラスを横目で覗いてそいつの姿を探した。
直接会いに行かなかったのは、なんというか気恥ずかしい気持ちがあったからだ。
そいつを見た感想としては、何て可愛い奴だろう、である。
全く筋肉の付いていない細く小柄な体、癖っ気のない目元が隠れるくらいの長さの綺麗な黒髪、ふとした時に見えた自信なさげで、しかしとても優しげな瞳。
流行りものが好きな女の子のようにキャピキャピしてる奴でもなく、男のようにがさつで元気に走り回ってるような奴でもない。
まるでカルガモの子供のように、トコトコと皆の一番後ろをおとなしくついてくるような、そんな物静かな奴だった。
そいつは図書委員をしている。
担当じゃない日も放課後は基本、図書室にいることが多い。
友達はいないのか、普段から1人でいるそいつを見ているうちに、俺は少しずつ不安な気持ちが胸の中に溜まっていくのを感じていた。
誰もいない放課後、夕暮れの薄暗い図書室、そして1人ぼっちのそいつ。
図書室の片隅で静かに本を読んでいる姿は、ふとした拍子に消えてしまうのではないかと思うくらい影が薄く、儚げだった。
それが無性に辛くて、胸を締め付けられて、俺は思わず近づいて強く抱きしめてしまっていた。
「ひゃっ」
と、そいつは小さく驚いた声を出す。
あぁ、驚いた声までこんなに可愛いのかと、俺は胸をときめかせてしまった。
……思えば、かなり危ない奴だと思う。
初対面で、名前も知らない奴にいきなり抱きしめられたら、どう思うだろうか?
俺なら気持ち悪い、下手しなくても殴り飛ばしている。
それがそいつときたら、俺が急に抱きしめた理由を話した時、きょとんとした後に小さく微笑んで許してくれた。
そして……。
「面白い人だね、君……あの、君の名前、教えてくれる?」
「……健斗、木林健斗(きばやしけんと)」
「木林、健斗君。じゃあ、健ちゃんって呼んでいい? ぼくは結城未来(ゆうきみらい)。未来って呼んで」
「未来……」
ようやく名前を知ることが出来た。
結城未来、か。
(見た目だけじゃなくて、名前もすっごい可愛いな!)
内心少し興奮していると、唐突に俺の手を未来は握ってくる。
思わずビクッとするが、未来のその小さな手は少し震えていた。
多分、初対面の相手に緊張しているのだろうと思い、俺は大丈夫だという気持ちを込めて、優しく握り返す。
未来は少し嬉しそうに微笑んで、何度かゆっくりと深呼吸をすると。
「……あの、ね。健ちゃん……ぼくと、友達になってくれる? ぼく、健ちゃんと友達になりたいな」
「と、友達……あぁ、なろう! 友達に! 俺達は、今から友達だ!」
小さな唇をキュッと引き締めて、オドオドとしながらも勇気を出したようにそう口にした。
そんな未来に、俺はただ力強く頷く。
「ッ! ……うん……うんっ!」
それは正解だったのだろう。
未来は驚いたように俺を見上げてくる。
揺れる髪の隙間から見えた瞳の端には少し涙が浮かんでいて、そして次の瞬間には花が咲くような綺麗な笑顔を見せてくれた。
こうして、俺と未来は友達になった。
(……でも、友達かぁ)
嬉しそうにしている未来とは逆に、俺は少し不満に思っていた。
なにせ俺は友達よりも、もっと先の関係になりたいと思ってしまっていたのだから。
多分、未来を始めて見た時に感じた強い想い、それが俺にとっての初恋なのだろう。
“初恋は実らない”
それはよく言われることだ。
そして、それを俺はよく実感している。
わかってるんだ、未来が俺に対して抱いているのは愛情ではなく友情であることは。
わかってるんだ、俺がどれだけ未来を好きになっていても、それは決して報われることはないということは。
たとえどれだけ想っていても、未来が同じ世代の女の子なんかと比べても、ずっと女の子らしい奴だとしても。
それでも……。
(こいつは、未来は……“男”なんだから)
始めて見た時から今に至るまで、未来は学校指定の男用の制服に身を包んでいた。
俺の初恋は決して実ることはない。
それでも俺は、この叶わない想いをいつまでも抱えて生きていくことになるだろう。
俺は自分で思っているよりも、ずっと未練がましい男だから。
(……って、なんか未来の奴、スキンシップ激しくない!? ちょ、そんな、腕をくっつけられたら、ギュッてされたら……ッ!)
綺麗な髪から漂ってくる少しいい香り、柔らかい体の感触。
「……友達って、いいね」
「……お、おう、そうだな」
俺はただただ、未来の無意識の誘惑に耐えるのだった。
◇
ぼくは、いつも1人ぼっちだ。
小さい頃から体が弱くて、ちょっとしたことで寝込んでしまって、学校も休みがち。
そのせいで友達と呼べる人も1人もいない。
だから遠足の班決めの時も、授業でグループを作らないといけない時も、いつも最後まで残って、あまりでどこかに入れてもらっていた。
ぼくは、いつも1人ぼっちだ。
勇気を出して踏み出していれば、もしかしたら違っていたのかもしれない。
誰か1人くらい、仲のいい友達が出来ていたのかもしれない。
その友達と一緒にいれば、もっとたくさん仲のいい人達が出来たのかもしれない。
だけどきっと、どうせ、そんな否定的な考えが頭に浮かんで、いつも一歩を踏み出せずにいた。
……ぼくは、いつも1人ぼっちだ。
友達らしい友達も出来ず、ぼくはもう中学3年生になった。
皆どこの学校に進学するかって、そんな話で周りは持ちきりになっている。
「……」
そんな中、ぼくはいつもと同じように放課後、1人で図書室に向かう。
ぼくは図書委員で、その仕事があるから、という理由だけじゃない。
図書室に行けば、ぼくの好きな本がたくさんあるからだ。
本を読んでいる時、その時だけぼくは1人でいる辛さを忘れられた。
沢山の物語があって、沢山の人達が出会いを紡いでいて、まるでぼくもその本の人達のように活躍している気持ちになれる。
そんな本の世界が僕は大好きで……そして読み終わった時、とても羨ましく虚しい気持ちで一杯になる。
(……ぼくは、いつも1人ぼっちだ)
どうしようもない、変えようもない現実に戻ってくる。
この時ばかりは、少しだけ泣きそうになる。
(……あぁ、ぼくも本の世界にいけたら)
そう考えることもある。
本の世界にいければ、魔法が使えれば、剣が使えれば……だけど、どうせ本の世界に行っても、自分が変わらなければ何も変わらない。
そんな当たり前のこと、ぼくだってわかっていた。
その変わる勇気が持てなかったから、今、ぼくは1人なのだから。
(……ぼくにも来るのかな、いつか友達って呼べる人が、そんな人と出会える機会が、ぼくにも……)
そう思っていた時。
―――ギュッ
「ひゃっ」
誰かに強く抱きしめられた。
力強い大きな腕で、いきなりで驚きもあったけど、どこか安心するような温かさがあった。
唐突に、しかしそれはやってきた。
あり得るかどうかわからなかった機会、心から信じることの出来る友達を作る機会が、ぼくにも。
だからぼくは今まで出すことの出来なかった、なけなしの勇気を集めて一歩を踏み出した。
「……あの、ね。健ちゃん……ぼくと、友達になってくれる? ぼく、健ちゃんと友達になりたいな」
「と、友達……あぁ、なろう! 友達に! 俺達は、今から友達だ!」
彼は木林健斗君、ぼくは親愛の思いを込めて健ちゃんと呼ぶ。
ぼくを見て儚くて消えてしまいそうで、それが嫌でつい抱きしめてしまったという、ちょっと変だけど、とても面白くて優しい人。
そんな人と、ぼくは友達になることが出来た。
(あぁ、そっか。友達ってこういうのなんだ)
一緒にいると嬉しくて、胸がポカポカして。
そしてぼくの手を優しく握ってくれる健ちゃんを見てると、少しドキドキしてくる。
ちょっと不思議な感覚だけど、全然嫌じゃない。
むしろもっと感じていたくて、思い切って健ちゃんの腕をギュッと抱きしめる。
「……友達って、いいね」
「……お、おう、そうだな」
髪が長くて目元が隠れてるのが暗い印象を与えるってお父さんが言ってたけど、今だけはこの長い髪でよかった。
だって今、ぼくの顔を健ちゃんに見られたくないから。
初めての友達に嬉しすぎて、ドキドキして、きっと凄い顔が緩んでると思うから。
だから顔を見せられない分、握る腕の力を少しだけ強くする。
(これからも、ずっと健ちゃんと一緒にいたいなぁ)
ぼくは、1人ぼっちだった。
だけど今、ぼくはようやく1人ぼっちじゃなくなった。
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