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8話
しおりを挟む―――創世の物語―――
はじめに“それ”がこの世界に降り立った。
この世界は光も水も風も何もない、虚無の空間であった。
“それ”は虚無の世界に光を作るために、全てを照らしだす太陽を生み出した。
はるか彼方まで照らし出す、強い光を生み出した太陽に照らされた“それ”の影から暗い闇が生まれた。
“それ”はあまりにも暗く先が見えないほどの闇に辟易し、導となるように月を生み出し闇の中の光とした。
その光は太陽のように力強いものではなかったが、暗い闇の世界に銀色のやさしい光をもたらした。
“それ”はいつまでも浮かび続けることに疲れ、降り立つことのできる大地を生み出した。
生み出された大地には“それ”以外に生物がおらず、共に話のできる命を生み出した。
しかしその命は空気のない世界で生きることができないほどに弱いもので、生まれてすぐに命の灯は消えてしまった。
“それ”はとても嘆いた。
初めて生み出した子供というべき命を不注意で亡くしてしまい、深く嘆き悲しんだ。
“それ”は悲しみのあまり7日間涙を流し続けた。
大量に流された涙は、大地しか存在しなかったこの世界の半分を満たしていた。
悲しみから立ち直った“それ”は、再び命を生み出すことを決めた。
まずは腕を振って一陣の風を生み出し、命にとって必要な空気をこの世界に作り出した。
そして新たに生み出された命が簡単には死なないように、力を少しだけ込めて生み出した。
生み出された命が、今度は簡単に死なないことを喜んだ“それ”は、多くのことを話した。
しかし、その命は何も言葉を返すことはなかった。
言葉を知らなかったのだ。
そのことに気付いた“それ”は、話ができるように言葉を与えた。
これでようやく話ができると喜んだが、今度は話をするための知識がその命には存在しなかった。
“それ”は命に知識を与えた。
しかし言葉を話すことが出来るようになっても、言葉を操る知識を身に着けても、それらをしようとする心がその命には存在しなかった。
“それ”はその命に心を与えた。
その時、初めてその命は“それ”を認識することができた。
その命が初めて認識した“それ”は、神々しいまでに白く光り輝いていた。
山よりも大きく、かみ砕けぬものはない鋭い牙、恐ろしくも威厳に満ちたその相貌に反し、慈悲深く優しく見下ろす眼差し。
与えられた知識に存在する、そのどれよりも神々しい存在。
“それ”は龍であった。
「へぇ、これが創世龍神話か」
創世龍。
それはこの本によると、この世界を生み出した神。
他にもいろいろと神を生み出した話もあるし、この創世龍という神が多くの神々の中でも一番上の存在なのだろう。
「太陽神フレア、月神ルナ、地神ガイア、海神アクア、酒神アルコ、戦神ボロス……ほんと、いろんな神様がいるんだな」
創世龍信仰について書かれた本といいつつ、他の神についても色々と書かれている。
それは創世龍がこの世界を、人々を、神々を生み出した存在だからなのだろう。
いってみれば様々な信仰の上に、この創世龍信仰が存在してるのだ。
まぁ、あくまでもこの本を読んで知った事だから、別の宗教では別の解釈もあるのかもしれないけど。
神々の話を読んでいて、俺はとあるページで捲る手を止めた。
「……邪神ナイア、か」
邪神ナイア。
創世龍がこの世に太陽を生み出し、光が強くなった時に自身の濃くなった影の中から生まれたとされる存在。
人の心に僅かに生まれる闇に付け入り、悪の道へ落とすとされている。
かつてこの世界に何度か現れたという、魔王と呼ばれる存在が生み出される理由も、ナイアによるものではないかと考えられているようだ。
ナイア自身は気まぐれな性格で、暇つぶしで別の世界から人や物を持ち込むこともあるという。
「……何気に勇者召喚の儀式も、このナイアってやつが人間に教えたんだったりしてな」
気まぐれな性格らしいし、暇つぶし目的に勇者召喚を人間に伝え、召喚された勇者がこの世界で迷いながらも進んでいく姿を見て、ほくそ笑んでいるのかもしれない。
もしかしたら、今もどこかで俺のことを見ていたり……まぁ、俺は勇者じゃないけど。
「まったく、はた迷惑な奴だ。流石は邪神ってか?」
溜息を洩らしながら、本を懐に仕舞う……振りをして、インベントリに収納する。
こういうふうに使うことも出来るから、本当に便利な力だ。
「っと、あそこが冒険者ギルドか」
そうこうしているうちに、店長が言っていた冒険者ギルドに辿り着いていた。
で、そのギルドの建物を見た感想が。
「……結構デカいな」
それだった。
見た感じでは横は家が3軒分くらいで2階建て。
木造の建物が多い周りとは違い、頑丈にレンガで組まれている。
そして看板に書かれているギルドの文字。
「……これぞ冒険者ギルド、って感じだな。うわ、どうしよう。ちょっとドキドキしてきたぞ」
もうすぐ三十路でどうかと思うが、それでも憧れの冒険者ギルドを前にして少し緊張してしまう。
まぁ、同じく憧れの魔法を使えるようになったことに比べれば、そこまで大きな感動はないのだけど。
とりあえず気持ちを切り替えて扉をくぐった。
中に入ると片側半分が酒場のようになっているらしく、昼間からすでに飲んでいる人達がちらほら見られた。
そしてもう片側、そっちがギルド関係の場所になっているようだ。
いくつかの部署があるようで、それごとにカウンターがあり職員が対応をしている。
俺はその中で、受付と書かれた看板があるカウンターに向かった。
「すみません、ギルドに加入したいんですが」
「はい、加入手続きですね」
そう受付にいた女性に声をかけた。
すると彼女は羽ペン、一枚のカード、そしてナイフをカウンターの上に置いた。
「それではこちらの未登録の冒険者カードに、ご自身のお名前を記入してください。そしてナイフで指に傷を入れて、カードに血を垂らしてください。そうすればカードが自動的に、あなたの情報を登録しますので」
「……情報ですか」
それを聞いて、少し躊躇してしまう。
指に傷をつけるというのもそうだけど、情報を登録というところが引っかかる。
(これ、どこまで知られるんだ?)
おそらく城でやったスキャンと似たものだろうとは思う。
ということはここに登録されるのは、俺の取得しているスキルなりステータスなりなのだろうけど。
(……あのメニュー、というかスキル創造がばれるのはマズいんだけど)
SPを使用するとはいえ、自分の好きなスキルを創造できる力など、他人に知られたらどうなるか。
そしてこの情報が王様の耳に入ったら……。
「……あのぉ、もしかして文字が書けませんか? でしたら代筆も致しますが?」
「え、あぁ、いや、大丈夫ですよ」
黙っていたのを字が欠けないからだと勘違いされてしまった。
ちなみに言語理解のおかげか、言葉や文字がわかるだけじゃなくて自分が書けることも調査済みである。
ここまで来て、やっぱり登録を止めるというのも変な話だし。
(えぇい、なるようになれだ!)
少しやけっぱちになりながらも、言われた通りカードに名前の記入、そして血を垂らして情報を登録していく。
そして名前のところ以外には白紙だったカードに、薄っすらと文字が現れてきた。
【ステータス】
・Lv:1
・名前:イトー(ランク:F)
・性別:男
・職業:魔法使い
・攻撃力:36
・魔 力:100
・防御力:42
・素早さ:12
・賢 さ:63
・器用さ:32
【スキル】
言語理解Lv:2、英雄の戦歌、ヒール、ファイア
(あ、よかった。メニューとかは出てこないのか)
浮き出た文字に、心配していた事柄が載っていなかったことに安堵の息を漏らす。
そして俺の名前の欄には『イトー』と記入しておいた。
実名だと、この世界では変に注目されそうと思ったからだ。
この“イトー”でも、十分変な名前かもしれないけど、それでも完全に慣れ親しんだ名前を捨てるのは憚られたのだから仕方ないだろう。
「文字が出ましたね。それでは確認させていただきます……魔法使い? それにこのスキル、英雄の戦歌?」
「あ、それは身体能力を強化する魔法です」
「そうなんですか? 始めて見るスキルですが……それにしても、ファイアはまだしも、身体強化魔法に治療魔法ですか。中々、珍しいスキル構成ですね」
「は、はは、そうですかね?」
彼女は用紙と俺をチラチラと見比べている。
まぁ、確かにおかしいということは認める。
スキル構成にしてもそうだろうが、俺の身なりで魔法使いというのも変に思えるだろう。
ちなみに治療魔法は昨晩に休めるところを見つけた時に、スキル創造で作ったものだ。
流石に疲労がピークに来てたし、暴力受けたところも痛かったから、なにか回復できる魔法を習得することにしたのだ。
とは言っても、探して出てきた中級クラスの回復魔法“キュア”、上級クラスの回復魔法“リザレクション”はSPが足りなくて覚えることができなかった。
なんというか中級以上のものは、習得に必要なSPの量が結構高めな印象だ。
そのため俺には、下級クラスの回復魔法“ヒール”以外に選択肢はなかった。
とはいえ下級と言えど、昨日の疲労とダメージなら余裕で癒すことが出来たから、十分に助かっているのだが。
回復魔法を覚えたおかげで、残りのSPは5。
他に覚えることが出来るのは魔法使いたちが基礎として習うような火をつけたり、水しずくを作ったり、軽い風を起こしたりといったものしかなかった。
とりあえずその中でも使う機会が多いかもしれないと思い、火をつける魔法“ファイア”を覚えておいた。
「……えっと、それでは、加入金として10シルを頂きます」
「はい、10シルね」
不審には思っただろうが、それでも一応仕事は続行するようで営業スマイルを浮かべて進行する。
「では、冒険者カードはお返しします。紛失した場合の再発行には同じく50シルを頂くことになりますので、くれぐれもご注意ください」
「ずいぶん高いな。まぁ、了解です」
「それでは簡単に冒険者についての説明をさせていただきます。冒険者はFランクから始まり最高でSランクまでの7ランクで構成されています。依頼についてですが、依頼にもランク指定があり自分と同等かそれより下のランクの依頼しか受けることは出来ません」
「……つまりFランクがいきなりBランクの依頼を受けることは出来なくて、Bランクはその下のC、D、E、Fランクの依頼を受けることが出来るってことですかね?」
「はい、その通りです。ちなみに同じランクでも、依頼の種類によっては難易度がかなり上下しますので、自身の力量をしっかり考慮したうえで依頼を選ぶようにしてください」
「まぁ、確かに討伐系と採取系じゃ難易度は違うもんな」
「そして依頼に失敗した場合、罰則金を頂くことになります。あまりにも依頼の失敗を繰り返していると、ランク降格もありますのでご注意を」
それ以外にも、ギルドランクを上げる方法や施設の説明などいろいろと言われて、5分ほどで解放された。
内容としては依然読んでいた作品に似ているところも多々あったため、わりかし簡単に頭に入れることが出来た。
「依頼はあちらのボードに貼られております。何度もいうようですが、くれぐれも自身の力量にを考慮して依頼の選択をお願いします。冒険者の依頼失敗は、ひいてはギルドの印象を悪くすることにもつながりますので」
「了解です。自分の力を過信するつもりはないんで」
「そうですか。それならいいのですが。では、どうなさいますか? 早速、何か依頼をお受けしますか?」
「そうですね……ちょっと見てから考えます」
俺は受付を離れて、依頼が載せられているボードに近づいていく。
ボードの周りには何人か同じ冒険者らしき人達がいて、ボードの依頼をジーッと真剣なまなざしで見つめていた。
「えっと、どんなのがあるのかな」
ボードはランクごとに分けられているらしく、俺は一番端のFランクの所に行く。
そこに貼られているのはゴブリン討伐、野犬討伐、荷物運び、どぶさらい、薬草採取等々。
討伐依頼もあるにはあるが、本当に初心者向けといった感じの内容だった。
色々考えた結果、俺は一枚の依頼書をもって受付に戻る。
「これをお願いします」
「薬草採取の依頼ですね、承りました……実を申しますと、少し安心しました。見る限りお一人なのに、報酬の高い討伐依頼を受注するような無謀な方ではなくて」
「まぁ、そういうのはもう少し経験を積んでからってことで」
「えぇ、それがよろしいかと。とはいえ道中にも、魔物が出る可能性もあります。十分にお気をつけて」
「えぇ、ご心配どうも」
そう受付の人にいって、ギルドから出る。
道を歩きがら、受付の人の言葉を思い出す。
よくいるのだろう、いきなり討伐依頼を受けて大怪我をするような人も。
確かに討伐依頼なら1つで10シルの物もある中で、薬草採取は3シル程度。
戦士系なら前者でもいいだろうが、魔法使いで見るからに戦い慣れてなさそうな俺には討伐依頼は無謀にしか見えないだろう。
多分、身体強化をすればFランクの討伐依頼なら問題ないと思うけど、命のやり取りなんて初めてで、少し自信が持てなかったのだ。
(討伐依頼もなぁ、この世界でやっていくには、いつかは通らないといけない道なんだろうけど)
昨日のゴロツキにだって、自分が襲われたというのに過剰な暴力への躊躇があったのだ。
それが自分から率先して依頼を受けて、命を奪いに行くことを考えると、今から少しだけ気が重くなってくる。
「……さて、気を取り直していくか。なんたって、この世界に来てからはじめての冒険だ!」
俺のこの世界での冒険は始まったばかり、今から気を重くしていても仕方ない。
どんよりとした心の靄を振り払うように、王都の門を出た後、身体強化の魔法を使って目的の場所まで全力で走りだした。
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