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第一部 空の城
月光の森(3/5)
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泥だらけになったドレスの裾を何度もたくし上げつつ、木々の枝を押しのけ、ときおり地面に手を着きながらユイカーナは斜面を登っていました。息が切れ、口の中は乾き、冷たい空気が出入りする咽喉からは激しい呼吸音が漏れていました。
ほんとうに魔女の家とはこの方向で合っているものなのか。目的地の見えない逃走が、よけいに体力を奪っていきます。
遠くで犬の吠える声が聞こえました。それが確実に迫ってくるのを確認したとき、少女は絶望感に襲われました。追っ手がこちらへ向かっているということは、彼女の最後の従者であった金髪の青年はどうなってしまったのか。しかし、そんな心配をしているひまもありません。犬たちは夜の闇をものともせず、あっという間に距離を詰めてきます。かすかに人の声も耳に入ってきました。
(……これまでか)
ユイカーナはこれ以上逃げられないと悟り、なにか武器になるものはないかと周囲を探りました。残念ながら細く短い木の枝しか見つかりませんでしたが、それを両手で握って犬たちのほうへ向きなおりました。木々の隙間から射しこむ月の光によって、数メートル先に犬らしき真っ黒い影が三つおぼろげに見えました。
自分を守るために戦い死んでいった者たち。その犠牲に報いることもなく、こんなどことも知れぬ暗い森の中で命を落とすのか。ユイカーナは疲労と恐怖で足を震わせながらも、「せめて最後まで誇り高く戦おう」と思いました。
犬たちは低く唸りながら少女の前に展開しています。しかし、それ以上は近づいてきません。獲物を追いつめるのが彼らの役目で、捕らえるのは間もなく到着するであろう人間たちの仕事だからでしょうか。
じつはそうではなく、彼らは少女の肩越しに、その後ろにいるものを見て、動けないでいるのでした。
ユイカーナもそれに気づいて犬を牽制しつつゆっくりとふり返りました。
「……!」
背後に大きな岩がありました。その上に一匹の狼が座り、こちらを見下ろしていました。
大きな狼でした。堂々とした風格を感じさせるたたずまい。その輪郭は月光を浴びて、神秘的なほど銀色に輝いていました。
(森の……王?)
ユイカーナの頭に自然とそんな言葉が思い浮かびました。その狼の姿は、それほどまでに威厳に満ちあふれていたのです。
犬たちは狼がなにをするわけでもないのに後ずさりをはじめました。唸り声もだんだんと小さくなり、そしてついには、文字通り「尻尾を巻いて」その場から去っていきました。
狼は岩の上からひらりと降りると、優雅にすら見えるしぐさで背を向けて歩き出しました。少し行くとちらりとユイカーナのほうを向き、なにか言いたそうに立ち止まっています。
「もしかして……」
ユイカーナは言葉が通じるはずがないとわかっていても、つい声をかけてしまいました。
「ついて来いと言ってるの……?」
少女がそうたずねると、狼はまた、ゆっくりと歩き出しました。
あまり恐怖は感じませんでした。自分を助けてくれたのだから、もしかしたら魔女の使いかもしれない。実際には、威嚇したわけでもなく、犬たちが勝手に逃げていっただけなので、狼にユイカーナを助ける意思があったのかは不明でした。
しかし、あまり考えている時間はありません。そう遠くないところで、戻ってきた犬を叱っている声がします。
そうあってほしい、と願いつつ彼女は狼のあとをついていきました。
ほんとうに魔女の家とはこの方向で合っているものなのか。目的地の見えない逃走が、よけいに体力を奪っていきます。
遠くで犬の吠える声が聞こえました。それが確実に迫ってくるのを確認したとき、少女は絶望感に襲われました。追っ手がこちらへ向かっているということは、彼女の最後の従者であった金髪の青年はどうなってしまったのか。しかし、そんな心配をしているひまもありません。犬たちは夜の闇をものともせず、あっという間に距離を詰めてきます。かすかに人の声も耳に入ってきました。
(……これまでか)
ユイカーナはこれ以上逃げられないと悟り、なにか武器になるものはないかと周囲を探りました。残念ながら細く短い木の枝しか見つかりませんでしたが、それを両手で握って犬たちのほうへ向きなおりました。木々の隙間から射しこむ月の光によって、数メートル先に犬らしき真っ黒い影が三つおぼろげに見えました。
自分を守るために戦い死んでいった者たち。その犠牲に報いることもなく、こんなどことも知れぬ暗い森の中で命を落とすのか。ユイカーナは疲労と恐怖で足を震わせながらも、「せめて最後まで誇り高く戦おう」と思いました。
犬たちは低く唸りながら少女の前に展開しています。しかし、それ以上は近づいてきません。獲物を追いつめるのが彼らの役目で、捕らえるのは間もなく到着するであろう人間たちの仕事だからでしょうか。
じつはそうではなく、彼らは少女の肩越しに、その後ろにいるものを見て、動けないでいるのでした。
ユイカーナもそれに気づいて犬を牽制しつつゆっくりとふり返りました。
「……!」
背後に大きな岩がありました。その上に一匹の狼が座り、こちらを見下ろしていました。
大きな狼でした。堂々とした風格を感じさせるたたずまい。その輪郭は月光を浴びて、神秘的なほど銀色に輝いていました。
(森の……王?)
ユイカーナの頭に自然とそんな言葉が思い浮かびました。その狼の姿は、それほどまでに威厳に満ちあふれていたのです。
犬たちは狼がなにをするわけでもないのに後ずさりをはじめました。唸り声もだんだんと小さくなり、そしてついには、文字通り「尻尾を巻いて」その場から去っていきました。
狼は岩の上からひらりと降りると、優雅にすら見えるしぐさで背を向けて歩き出しました。少し行くとちらりとユイカーナのほうを向き、なにか言いたそうに立ち止まっています。
「もしかして……」
ユイカーナは言葉が通じるはずがないとわかっていても、つい声をかけてしまいました。
「ついて来いと言ってるの……?」
少女がそうたずねると、狼はまた、ゆっくりと歩き出しました。
あまり恐怖は感じませんでした。自分を助けてくれたのだから、もしかしたら魔女の使いかもしれない。実際には、威嚇したわけでもなく、犬たちが勝手に逃げていっただけなので、狼にユイカーナを助ける意思があったのかは不明でした。
しかし、あまり考えている時間はありません。そう遠くないところで、戻ってきた犬を叱っている声がします。
そうあってほしい、と願いつつ彼女は狼のあとをついていきました。
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