涙目のサディ - 小さな魔女の物語 -

月森冬夜

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第一部 空の城

幕間 疾風のルーシア(1)

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 「なんでも屋」のオットーは、村はずれに妻とふたりの息子と四人で住んでいました。
 ベルゼローズ村のはずれといえば、そこから先はもう深い森でした。
 その森の中からひとりの少女が歩いてきました。
 庭先で仕事をしていたオットーは少女に気づいて顔を上げました。
 少女は淡色のコートを着て、片手にほうきを持っていました。首からゴーグルを下げ、肩にはカワセミが乗っています。長い髪は、夏の浜辺で輝く乾いた砂の色をしていました。
 少女が近づいてくると、オットーは作業の手を止め、声をかけました。

「やあ、疾風しっぷうの姉さんか」

「こんにちは、おじさん。なに作ってるの?」

「テーブルだよ。村のやつに頼まれてね」

「ふーん」

 少女はうなずきながら作りかけのテーブルをしげしげとながめました。
 カワセミは落ちないように、肩の上でちょんちょんと小さく跳ねて場所を移動していました。
 カワセミは背が青くて腹がオレンジの色あざやかな小鳥です。雌雄の区別はつきにくいのですが、このカワセミは黒く細長いくちばしをせわしなく左右に振っているので雄のようでした。雌は下のくちばしがいくらか赤みがかっているのです。落ち着きがないのは本人の性格のようでした。

「今日はなんだい?」

 オットーにたずねられて、少女は視線を戻すとポケットから紙片を出してわたしました。

「ふむ」

 オットーは紙片のメモに目を通しました。

「全部いまうちにあるよ。持ってくかい?」

「ええ、おねがい」

 オットーはメモを持って家の中に入りました。
 オットーの家は昔から魔女相手の商売をしていました。森じたいは少しずつ切り開かれているので場所は変わりますが、いつも森にいちばん近いところに住んで、魔女が必要とするものを調達したり、魔女が作ったものを買い取ったりしていました。
 オットーは器用だったので自分で材料を買って魔女用、人間用にこだわらず工作したものを売ったりもしていました。なんでもそろう、なんでも作る、なんでも屋のオットーとして村では知られていました。
 魔女のための物資を配達をするのはいつも決まった魔女でした。いまはこのルーシアという少女がその役目をやっていました。
 ルーシアが見習いのときは、先代のアイーシャとふたりでオットーのところに来ていました。
 魔女と取り引きをする村というのは、魔女に寛容な村ということです。コーネリアという文化的な国であっても、そうでない村や町のほうがまだまだ多くありました。
 オットーは「なかで茶でも飲むかい?」と聞きましたが、少女は「ここで待つわ」と言って動きませんでした。
 いつものやりとりでした。
 少女はどんなときでも屋内には入りませんでした。激しい雨や冷たい雪のときでもです。雨のときに来ることはほとんどありませんが、急用や長雨となるとどうしても物資が必要になります。それでも、家の外で待つのです。まるでそこが、森と村の、魔女とふつうの人間との境界線であるかのように。
 これは先代もそうだったので、先代の教えなのでしょう。
 先代のアイーシャはもっと用心深い性格でした。
 ルーシアが人間を警戒する理由のひとつとして、彼女の背中の古い傷のことがありました。オットーは見たわけではありませんが、ある日、アイーシャが教えてくれました。



 少女は、ほかの魔女がそうであるようにふつうの家に生まれました。
 五歳になったある日、魔女の真似をして遊んでいると、ほうきに乗って飛ぶことができました。少女は面白くて村中を飛びまわりました。
 少女の家では、「言うことをきかないと魔女がさらいに来るよ」とか「魔女に食べられるよ」という教育はおこなってこなかったので、魔女というものがこの村で忌避されるものとは知らなかったのです。
 少女はその夜、村人たちに森へつれて行かれました。両親は泣いてそれを止めようとしましたが、村人に押さえられていました。それを見て少女も怖ろしくなって泣きわめきました。しかし、大人の力にはさからえません。
 そして、崖の上に来ると、深い谷底に落とされました。
 魔女のなかには、魔女であることを隠してふつうの人間たちに混じって生活しているものがいます。そして、人間たちより早く、新しく生まれる魔女を見つけては森へつれていくのです。
 この日、偶然にも少女に気づいた魔女がいました。その魔女は急いで念話でほかの魔女に応援をもとめました。念話というのは声もとどかない見ることもできないようなはるか遠くの人と話す能力です。
 しかし、その魔女の念話のとどく範囲には魔女がいませんでした。
 それを拾いあげたのが、当時まだ十歳だったエレンでした。
 エレンはその魔女より広い範囲に念話を送ることができたので、アイーシャと連絡がとれました。
 アイーシャはほうきに乗って急いで少女のもとに向かいました。しかし、着いたときには少女は谷底に落とされたあとでした。
 アイーシャは落下していく少女の腕をぎりぎりつかむことはできましたが、直後に谷底の川に落ちてしまいました。
 少女が生きのびたのは、持ち前の運と生命力のおかげでした。彼女は長い療養生活と鍛錬のあと、若くして「疾風」と異名を持つほどのすぐれたほうき乗りになりました。



「あたしが昔のように飛べていたらあの子も無傷ですんだかもしれない」

 無愛想なアイーシャがめずらしく心の内を吐露するのをオットーは聞きました。
 だから、あんたには失礼かもしれないが、まだわたしたちは人間に気を許すことはできないのだと。
 ふつうの人間と魔女のあいだには厚くて硬い壁があるとオットーは思いました。それは透き通った氷のようで、相手の姿は見えるけどふれあうことはできないのでした。
 オットーは家の仕事上、子どものころから魔女と接してきたので、魔女がふつうの人間より危険だとは思っていませんでした。むしろ、人間の野盗や強盗のほうがよっぽど危険です。しかし、地方によっては魔女というだけで社会から排除してしまおうという人々も存在するのでした。魔女はそんな世界で生きているのです。そういう目で見れば、肩に乗せたカワセミもただのペットではなく、本人になにかあったときのための連絡係なのかもしれないと思えました。
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