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第1部
11.
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ショッピングセンター・ニャスコは、高校の最寄りの駅からひと駅離れたところに建つ郊外型エンクローズドモール形式(建物一体型)の商業施設である。二階建てで店内は広く、駐車場は店舗正面だけでなく屋上にも備えている。
蛍子たちはひととおり店舗をまわったあと、麺類、粉物、各有名ファストフード店が席を囲むフードコートに入った。
「ひゃはー、なに食べようかな!」
明里がよだれを垂らしそうなウキウキ顔であたりを見まわしている。
明里がショッピングセンターを好きなのは、幼いころ両親にデパートに連れていってもらって楽しかった思い出を引きずっているかららしい。現在は、両親は離婚して母親とふたり暮らしである。
「なにって、お好み焼きじゃないの?」
「お好み焼きとほかに『なに』かってことだろ」
魅那子は明里の性格をよく理解しているようだ。
魅那子は部活以外でも付き合いがいい。いつも「家にいるよりまし」と言ってついてくる。
言葉の端々から蛍子が読みとった情報だと、あまり両親とうまくいっていないようだ。部活が無いのならどこか寄り道して帰りたいのだろう。
明里と魅那子が食料調達に行っているあいだ、蛍子は椅子に座って昼間見たもののことを思い返していた。
単純に考えれば「九多良木紫苑の幽霊」ということになるが、あまりにも非科学的で、なぜ自分にだけ視えたのか論理立てて説明できない。冴木祥子や南原茜から九多良木紫苑のことを聞いていたならもっと深く考え関連性を追求したかもしれないが、なにも知らなかったので、思考は「自分の頭はだいじょうぶだろうか」といった方向に行かざるをえなかった。
そろそろ夕食どきとあって、フードコートにはぽつぽつと人が増えてきた。蛍子たち以外にも高校の制服を着たものがいる。
「!」
そのなかに、昼間の女子生徒がいた。
どことなく影が薄く、こちらを向いたままうつむいてぴくりとも動かないのでそれとわかる。
(また……)
また自分の前にあらわれた。
また自分を指差そうとするのか、片手が上がる。
しかし、視界を遮るように客が目の前を通ったあと女子生徒の姿は消えていた。
蛍子は肩を落とし「ふう」と息を吐いた。
見まちがいだろうか。
うつむいて目頭を指で押さえたあと目をしばたたかせた。
「どうした?」
魅那子が紙コップをふたつ持って席にもどってきた。
「あ……ううん」
蛍子は九多良木紫苑と思われる女子生徒のことを話すかどうか迷ったが、もう少し考えを整理してからと思い話さなかった。
「今日は考えごとが多いな。やっぱり部のほうが心配?」
魅那子は自分のほうにホットコーヒーを、蛍子のほうにはナントカカントカナントカチーノといった長い名前の甘そうな飲み物を置いた。蛍子が思いつめていることに気づいているようだ。魅那子はふだんは思ったことをあまり口にしないので、何事にも我関せずなイメージが先行しているが、蛍子から見れば気配りのできる子なのである。
「やっぱり誘っちゃ悪かった?」
明里ももどってきて言った。両手で持ったトレイにはお好み焼きとはべつにたこ焼きと炭酸ジュースも乗っていた。
「ううん。文化祭のほうはいいのよ。なんとかなるから」
「そんならいいけど」
「しかし、取ってきたな、明里」
魅那子は明里のトレイに乗った物量を見て言った。
「帰って、晩ごはんいけるのか?」
「ぜんぜん余裕よ」
自慢できるようなことでもなさそうだが、明里は胸を張った。
「それだけ食べてスタイルが変わらないのはうらやましいわ」
蛍子はややあきれたように言った。
「蛍子もぜんぜん変わってないじゃない」
「あたしは努力してるんです」
「そんな甘ったるいもの飲んでてよく言うよ」
すかさず魅那子が突っ込んだ。
「まあ、これくらいはね。すぐに消費するから。文化活動には糖分は必要なのよ。明里といっしょにしないで」
「あたしも全部ひとりで食べようとは思ってないんだからね。はい、あーん」
明里がつまようじに刺したたこ焼きを魅那子の口もとに持っていくと、魅那子はパクリと食べた。餌をもらった金魚のように口をパクパクさせて「あつ、あつ、あつ」と言っている。猫舌なのだ。その姿はややコミカルで、魅那子を王子様のように慕っている下級生女子が見れば幻滅するかもしれない。
明里は故意なのかどうか知らないが、教室ではおバカ発言は控えているので、世間では美少女キャラで通っている。ただし、本人は見た目で判断されることを嫌っていて、美人という自覚はあるが、それで声をかけられたりするのはとても面倒くさいと思っているようだ。贅沢な悩みともとれるが、明里にとっては背負った宿命なのだそうだ。
それぞれ、わざと隠しているわけではないけれど、本当の自分をさらけ出しているのは、こうやって三人でいるときだけだった。
だからこの時間が心地いいのだろうと蛍子は思っていた。
食事を終えてしばらくの雑談のあと三人はショッピングセンターを出た。
ショッピングセンターは表にも店舗があり、出入口のすぐ横は生花店だった。
「きれいね」
手前に並んだ鉢植えの花を見て、明里が女子らしいことを言っている。
「明里、どうせ晩ごはんのことしか考えてないだろ?」
「ばれたか」
ふたりの会話を上の空に聞きながら、蛍子は店の中を見ていた。
ショーウィンドウの向こうにもたくさんの花が飾られ、店員が作業している。
そこにおなじ制服を着た女子生徒がいた。
やはり、長い髪を垂らしてうつむいている。
「ねえ、ちょっと……あれ」
蛍子はふたりに声をかけた。もしあれが九多良木紫苑だとして、ふたりに見えるだろうか。昼間、学校の廊下では自分以外には見えていなかったようだが。
「ん?」
「なに?」
「あの子、見える?」
「あの子?」
「どの子?」
「ガラスの向こう。店の中の」
蛍子は女子生徒を指差した。
「ああ……あの、髪で顔は見えないけど、なんか暗い感じの」
明里が言うと、魅那子も「ああ」とうなずいた。
(見えてる!)
「あの子がどうかしたの?」
蛍子がどう説明しようかとガラスの向こうを凝視していると、急にあたりが騒がしくなった。
それが悲鳴に近い叫びに変わる。
「あぶない!」
魅那子の声がした。そして、蛍子は強い力で突き飛ばされた。
同時になにかが壊れるような大きな音がした。さらに悲鳴がかさなる。
運動神経の鈍い蛍子は倒れて強く頭を打った。
そこで意識が途切れた。
蛍子たちはひととおり店舗をまわったあと、麺類、粉物、各有名ファストフード店が席を囲むフードコートに入った。
「ひゃはー、なに食べようかな!」
明里がよだれを垂らしそうなウキウキ顔であたりを見まわしている。
明里がショッピングセンターを好きなのは、幼いころ両親にデパートに連れていってもらって楽しかった思い出を引きずっているかららしい。現在は、両親は離婚して母親とふたり暮らしである。
「なにって、お好み焼きじゃないの?」
「お好み焼きとほかに『なに』かってことだろ」
魅那子は明里の性格をよく理解しているようだ。
魅那子は部活以外でも付き合いがいい。いつも「家にいるよりまし」と言ってついてくる。
言葉の端々から蛍子が読みとった情報だと、あまり両親とうまくいっていないようだ。部活が無いのならどこか寄り道して帰りたいのだろう。
明里と魅那子が食料調達に行っているあいだ、蛍子は椅子に座って昼間見たもののことを思い返していた。
単純に考えれば「九多良木紫苑の幽霊」ということになるが、あまりにも非科学的で、なぜ自分にだけ視えたのか論理立てて説明できない。冴木祥子や南原茜から九多良木紫苑のことを聞いていたならもっと深く考え関連性を追求したかもしれないが、なにも知らなかったので、思考は「自分の頭はだいじょうぶだろうか」といった方向に行かざるをえなかった。
そろそろ夕食どきとあって、フードコートにはぽつぽつと人が増えてきた。蛍子たち以外にも高校の制服を着たものがいる。
「!」
そのなかに、昼間の女子生徒がいた。
どことなく影が薄く、こちらを向いたままうつむいてぴくりとも動かないのでそれとわかる。
(また……)
また自分の前にあらわれた。
また自分を指差そうとするのか、片手が上がる。
しかし、視界を遮るように客が目の前を通ったあと女子生徒の姿は消えていた。
蛍子は肩を落とし「ふう」と息を吐いた。
見まちがいだろうか。
うつむいて目頭を指で押さえたあと目をしばたたかせた。
「どうした?」
魅那子が紙コップをふたつ持って席にもどってきた。
「あ……ううん」
蛍子は九多良木紫苑と思われる女子生徒のことを話すかどうか迷ったが、もう少し考えを整理してからと思い話さなかった。
「今日は考えごとが多いな。やっぱり部のほうが心配?」
魅那子は自分のほうにホットコーヒーを、蛍子のほうにはナントカカントカナントカチーノといった長い名前の甘そうな飲み物を置いた。蛍子が思いつめていることに気づいているようだ。魅那子はふだんは思ったことをあまり口にしないので、何事にも我関せずなイメージが先行しているが、蛍子から見れば気配りのできる子なのである。
「やっぱり誘っちゃ悪かった?」
明里ももどってきて言った。両手で持ったトレイにはお好み焼きとはべつにたこ焼きと炭酸ジュースも乗っていた。
「ううん。文化祭のほうはいいのよ。なんとかなるから」
「そんならいいけど」
「しかし、取ってきたな、明里」
魅那子は明里のトレイに乗った物量を見て言った。
「帰って、晩ごはんいけるのか?」
「ぜんぜん余裕よ」
自慢できるようなことでもなさそうだが、明里は胸を張った。
「それだけ食べてスタイルが変わらないのはうらやましいわ」
蛍子はややあきれたように言った。
「蛍子もぜんぜん変わってないじゃない」
「あたしは努力してるんです」
「そんな甘ったるいもの飲んでてよく言うよ」
すかさず魅那子が突っ込んだ。
「まあ、これくらいはね。すぐに消費するから。文化活動には糖分は必要なのよ。明里といっしょにしないで」
「あたしも全部ひとりで食べようとは思ってないんだからね。はい、あーん」
明里がつまようじに刺したたこ焼きを魅那子の口もとに持っていくと、魅那子はパクリと食べた。餌をもらった金魚のように口をパクパクさせて「あつ、あつ、あつ」と言っている。猫舌なのだ。その姿はややコミカルで、魅那子を王子様のように慕っている下級生女子が見れば幻滅するかもしれない。
明里は故意なのかどうか知らないが、教室ではおバカ発言は控えているので、世間では美少女キャラで通っている。ただし、本人は見た目で判断されることを嫌っていて、美人という自覚はあるが、それで声をかけられたりするのはとても面倒くさいと思っているようだ。贅沢な悩みともとれるが、明里にとっては背負った宿命なのだそうだ。
それぞれ、わざと隠しているわけではないけれど、本当の自分をさらけ出しているのは、こうやって三人でいるときだけだった。
だからこの時間が心地いいのだろうと蛍子は思っていた。
食事を終えてしばらくの雑談のあと三人はショッピングセンターを出た。
ショッピングセンターは表にも店舗があり、出入口のすぐ横は生花店だった。
「きれいね」
手前に並んだ鉢植えの花を見て、明里が女子らしいことを言っている。
「明里、どうせ晩ごはんのことしか考えてないだろ?」
「ばれたか」
ふたりの会話を上の空に聞きながら、蛍子は店の中を見ていた。
ショーウィンドウの向こうにもたくさんの花が飾られ、店員が作業している。
そこにおなじ制服を着た女子生徒がいた。
やはり、長い髪を垂らしてうつむいている。
「ねえ、ちょっと……あれ」
蛍子はふたりに声をかけた。もしあれが九多良木紫苑だとして、ふたりに見えるだろうか。昼間、学校の廊下では自分以外には見えていなかったようだが。
「ん?」
「なに?」
「あの子、見える?」
「あの子?」
「どの子?」
「ガラスの向こう。店の中の」
蛍子は女子生徒を指差した。
「ああ……あの、髪で顔は見えないけど、なんか暗い感じの」
明里が言うと、魅那子も「ああ」とうなずいた。
(見えてる!)
「あの子がどうかしたの?」
蛍子がどう説明しようかとガラスの向こうを凝視していると、急にあたりが騒がしくなった。
それが悲鳴に近い叫びに変わる。
「あぶない!」
魅那子の声がした。そして、蛍子は強い力で突き飛ばされた。
同時になにかが壊れるような大きな音がした。さらに悲鳴がかさなる。
運動神経の鈍い蛍子は倒れて強く頭を打った。
そこで意識が途切れた。
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