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13.野望船団
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「王太子妃ですって?」
モン・ザ・ババロアはヴァンバルシアの王都サナト・モレアの王宮の自室で金切り声を上げながら室内を歩きまわっていた。
「エキドナ王家は正気なの? 素性もわからない孤児なのよ!」
「またその話か」
夫である王太子ランデルはソファに身体を預けて興味なさそうに言った。
「よその国の話なのによく飽きないな」
「殿下はあの女をご存知ないからです」
「大聖女候補になったころにチラと見た。孤児が将来の妻になるのかと怖気がしたが、排除できたのであとはなんとも思わなかった。そんなに悪どい女だったのか」
「悪どいというか……」
ナタ・デ・ココは聖女学校では突出した才能を見せ、ババロアにとって「目の上のたんこぶ」というより、もはや手の届かない存在だった。
そして、全身全霊をかけて国難から国を守った。悪どいところなどひとつもない。むしろ英雄だ。だが、ババロアはそれを認めるわけにはいかなかった。
自分がいま大聖女であり王太子妃であるのはナタ・デ・ココが追放されたために「くり上げ当選」した結果にすぎない。きっとだれもがそんな認識で見ている。
一方で、罪人になって死ぬはずだったココは、王太子妃として自分と同等の地位に立とうとしている。
なんてしぶとい女だろう。その強運がどこかしら薄気味悪くも感じる。それとはべつに、才能あるものは生き残るようになっているのかという畏怖の念もある。「やはりナタ・デ・ココは素晴らしい人物だ。ババロアなんかとは比べものにならない。本当の王太子妃はナタ・デ・ココだ」そんな声が聞こえてくるようだった。
「とにかく、あの女は見すぼらしく死ななければならないのです」
「準備は整いつつある。父上は反対しているが、病が重い。もうそろそろだろう」
「十年待ちました。やっとあの女に身の程をわからせてやる日が来るのですね」
ババロアがいまの地位を正当化し、自我を保つためには、ナタ・デ・ココの本性は取るに足らない野良犬でなければならないのだった。
サイバリア王国元帥シャルマーク・マハドは、いまだ慶事に沸くエキドナ王国の王都オルトロスをあとにして帰路に着いた。
来るとき同様、ヴァンバルシア王国を跨いで大陸を東西に横断することになる。
まずはエキドナ王国の西のウガイ城に入城する。ここで一泊し、明朝、船に乗り、数日かけてヴァンバルシア領リック城まで遡上する。
ウガイ城では先に王都からもどった城主のオーガスト・ペダンがマハドの一行を迎えた。
「先にもどられていたのですね」
マハドはオーガストに言った。マハドは四十二歳、オーガストは五十八歳である。
オーガストの隣には息子のグレッグことグレゴリー・ペダンが立っている。グレッグは三十二歳になっていた。留守を任されていたので王都には行っていない。
「ええ、西側があのような状態なので、おちおち城を空けておれません」
あのような状態とはリック城のことである。ウガイ川の西側国境ではヴァンバルシア軍の大船団が建造されていた。
マハドも来るときにそれを見ていたのでうなずいた。
「あんなものがあると落ち着きませんな」
「まだ、いますぐどうこうということはないでしょう。盛大なおもてなしはできませんが、エキドナ最後の夜をゆっくりしていってください」
「お言葉に甘えさせていただきます」
夕食の席にはペダン親子とサイバリアの一行が着いた。
食事中もマハドとオーガストの会話はつづいた。
大国を挟んで大陸の東と西にいる。連携をスムーズにするためにもお互いを理解し、意思疎通をはかることは重要だった。
「西側はどうですか、ヴァンバルシアとの関係は?」
「こちらは至って良好ですよ。ランデル王太子の姉上がオルビス王弟殿下に嫁いでおられるので」
「そうでしたな」
ヴァンバルシア王国の王女はサイバリア王国の王の弟の妻となっていた。血縁関係を結んでいるのだから、敵対する気はないようである。
「奥様は同席なさらないので?」
しばらく世界情勢について語ったあと、夕食の席に女がだれもいないことについてマハドはたずねた。こういった場には女を入れない風習の国もあるが、エキドナはちがったはずだと記憶していた。
「ええ、早くに亡くしましてね。息子もまだ独身なので」
「そうでしたか、失礼しました」
「いえいえ……元帥閣下はご結婚は?」
「しています。子どもが三人。うちふたりは男子ですが、まだ戦場に出れる歳ではありません」
「そうですか。サイバリアには健康的な美女が多そうですな」
「お望みでしたらご紹介いたしましょうか」
「私はいいのですが、息子にはいいかげん孫の顔を見せてほしいと思っているところです」
「父上……!」
「それは是非、わたしに推薦させていただきたいですな。遠く離れた東西の国の架け橋になるやもしれません」
「まあ、サイバリアからは遠いので、故郷をあとにした花嫁には寂しい思いをさせるかもしれませんな」
「たしかに、もっと近ければ気にいる相手が見つかるまで何人でもご紹介するのですが」
ふたりは笑ったが、グレッグは笑えない様子で頭を掻いていた。
「父上があんなことをおっしゃるから……マハド閣下は『世話になったので国にもどったら謝礼品を贈る』とのことですが、サイバリアからの贈り物に女が入っていたらどうするんですか」
翌朝、サイバリア一行の乗った船を見送りながら、グレッグが不平を唱えた。
「冗談だと理解されているよ。それに、そのときはそのときでいいじゃないか。元帥のお墨付きだ、いい女に決まっている」
「困りますよ」
「なんだ……さては、日に焼けた褐色の肌は趣味ではなかったか?」
「健康的な女は嫌いじゃないですが、個人的には色白で清楚な女が好みです」
「ほう、わしとおなじだな。リディアがまったくそうだった。それで、いまだに結婚相手が見つからないのか」
リディアとは病死したオーガストの妻である。
「父上も。再婚されないのはそういうわけなのですね」
「この近辺は活発な女は大勢いるのだがな」
「エキドナにも聖女殿のような女人がいればいいのですが」
グレッグはため息混じりに言った。
「おいおい、だからといって、王太子妃に横恋慕はいかんぞ」
「ご安心ください。大人っぽい魅力を持った女にしか興味はありません」
「おぬしの女の好みなど気にも留められないだろうが、いまの言葉、本人や殿下の前では絶対に言うなよ」
「心得ております」
彼らの視線の先で船はカーブにかかり、森の木々で見えなくなった。
「しかし、目下の問題は孫の顔より、ヴァンバルシアの大船団だ」
オーガストが言うとグレッグはうなずいた。
ふたりは船影の消えた川面をしばらく眺めていた。
マハドとサイバリア一行を乗せた船が着いたリック城は、かつてナタ・デ・ココが追放されるさいに立ち寄ったときとは様相が変わっていた。
当時は貿易船が行き交い、のどかながら活気のある光景だったが、いまは多くの軍船が並び物々しい雰囲気だった。
「来たときより増えたんじゃないか? いつでもやれそうだなあ」
マハドはリック城に入港しながら船上に立ってつぶやいた。
「表向きは、『魔物に対しての警戒』という名目になっていますが、ここ十年のあいだに軍船は増えつづけてますね」
隣で副官のフーリーが言った。
「海上へ進出するぞという意思表示か」
「もはや我々の目にさらけ出してもいいということになっているのでしょう。当然エキドナ側でも警戒はしているようでしたが……結婚式で浮かれているひまは、あまりないかもしれませんね。まあ、各国の使者がいるうちは攻め込んだりはしないでしょうが」
「ヴァンバルシア王が健在なうちは戦さはないと思うがな」
現ヴァンバルシア王は過去に六国に攻められたという苦い経験を持っていて、そのせいでかなり慎重になっている。軍備増強に積極的なのは王太子ランデルのほうだった。
「ヴァンバルシア王は他国を刺激したくないはずだ。やっているのは王太子だろう。なかなかやんちゃだと聞く」
マハドはリック湖のほうに目をやった。
広い湖に軍船がひしめき合い、入れない船は川のほうに出して繋がれていた。
「見ろ、野心があふれてきている」
「あの城——ウガイ城だけで対応するには、ちと荷が重そうですな」
「俺たちも国に帰るなりまた扱き使われそうな気がしてきたぞ」
サイバリア王国の一団は、リック城で一泊したあと、陸路を西へ向かって行った。
ヴァンバルシア王ルーヴェンは最近体調が優れず、床に臥している時間が多くなっていた。現在、五十八歳。どこかしら身体が悪くなってもおかしくない年齢ではある。
「クルフカ……」
ルーヴェンはベッドに寝たまま見舞いにきたモン伯爵の名前を呼んだ。
モン・ザ・クルフカは五十六歳、王とそれほど年齢差はなかった。
「ここ十年で邪魔者を退け、ずいぶん王宮が広くなったな」
「陛下、私は決してそのようなことは……」
「それはいい。そなたは力を持った。わしになにかあったら息子のことを頼む」
「なにかあるわけはありません。すぐに元気になられますよ」
「もしもの話だ。あやつは若い頃のわしに似て野心家だ。野心は本人の器量のなかにおさまっているうちはいいが、実力以上に大きくなってしまうと持ち主を破滅させる。わしは一度痛い目にあって身の程を知った。幸いにも破滅は免れたが、息子もそうとはかぎらん。王の破滅は国の破滅にもつながる。息子が自重しもっと大人の判断ができるようになるまでそなたが諌めてくれ」
ルーヴェンはモン伯爵の腕を掴んで一気に言うと、ふぅと息を吐いてベッドに身を沈めた。
「わかりました、お約束いたします。しかし、まずは陛下がお元気になられてご自分でそれをなさることです」
モン伯爵にそう言われて、ヴァンバルシア王ルーヴェンはとてもか細い声で「ああ」と答えた。
「過ぎたる野心は身を滅ぼす、か」
モン・ザ・クルフカは退室すると、王太子にだけでなく自分にも向けられた言葉なのかと考えつつ、王が言ったことを口のなかでくり返した。
モン・ザ・ババロアはヴァンバルシアの王都サナト・モレアの王宮の自室で金切り声を上げながら室内を歩きまわっていた。
「エキドナ王家は正気なの? 素性もわからない孤児なのよ!」
「またその話か」
夫である王太子ランデルはソファに身体を預けて興味なさそうに言った。
「よその国の話なのによく飽きないな」
「殿下はあの女をご存知ないからです」
「大聖女候補になったころにチラと見た。孤児が将来の妻になるのかと怖気がしたが、排除できたのであとはなんとも思わなかった。そんなに悪どい女だったのか」
「悪どいというか……」
ナタ・デ・ココは聖女学校では突出した才能を見せ、ババロアにとって「目の上のたんこぶ」というより、もはや手の届かない存在だった。
そして、全身全霊をかけて国難から国を守った。悪どいところなどひとつもない。むしろ英雄だ。だが、ババロアはそれを認めるわけにはいかなかった。
自分がいま大聖女であり王太子妃であるのはナタ・デ・ココが追放されたために「くり上げ当選」した結果にすぎない。きっとだれもがそんな認識で見ている。
一方で、罪人になって死ぬはずだったココは、王太子妃として自分と同等の地位に立とうとしている。
なんてしぶとい女だろう。その強運がどこかしら薄気味悪くも感じる。それとはべつに、才能あるものは生き残るようになっているのかという畏怖の念もある。「やはりナタ・デ・ココは素晴らしい人物だ。ババロアなんかとは比べものにならない。本当の王太子妃はナタ・デ・ココだ」そんな声が聞こえてくるようだった。
「とにかく、あの女は見すぼらしく死ななければならないのです」
「準備は整いつつある。父上は反対しているが、病が重い。もうそろそろだろう」
「十年待ちました。やっとあの女に身の程をわからせてやる日が来るのですね」
ババロアがいまの地位を正当化し、自我を保つためには、ナタ・デ・ココの本性は取るに足らない野良犬でなければならないのだった。
サイバリア王国元帥シャルマーク・マハドは、いまだ慶事に沸くエキドナ王国の王都オルトロスをあとにして帰路に着いた。
来るとき同様、ヴァンバルシア王国を跨いで大陸を東西に横断することになる。
まずはエキドナ王国の西のウガイ城に入城する。ここで一泊し、明朝、船に乗り、数日かけてヴァンバルシア領リック城まで遡上する。
ウガイ城では先に王都からもどった城主のオーガスト・ペダンがマハドの一行を迎えた。
「先にもどられていたのですね」
マハドはオーガストに言った。マハドは四十二歳、オーガストは五十八歳である。
オーガストの隣には息子のグレッグことグレゴリー・ペダンが立っている。グレッグは三十二歳になっていた。留守を任されていたので王都には行っていない。
「ええ、西側があのような状態なので、おちおち城を空けておれません」
あのような状態とはリック城のことである。ウガイ川の西側国境ではヴァンバルシア軍の大船団が建造されていた。
マハドも来るときにそれを見ていたのでうなずいた。
「あんなものがあると落ち着きませんな」
「まだ、いますぐどうこうということはないでしょう。盛大なおもてなしはできませんが、エキドナ最後の夜をゆっくりしていってください」
「お言葉に甘えさせていただきます」
夕食の席にはペダン親子とサイバリアの一行が着いた。
食事中もマハドとオーガストの会話はつづいた。
大国を挟んで大陸の東と西にいる。連携をスムーズにするためにもお互いを理解し、意思疎通をはかることは重要だった。
「西側はどうですか、ヴァンバルシアとの関係は?」
「こちらは至って良好ですよ。ランデル王太子の姉上がオルビス王弟殿下に嫁いでおられるので」
「そうでしたな」
ヴァンバルシア王国の王女はサイバリア王国の王の弟の妻となっていた。血縁関係を結んでいるのだから、敵対する気はないようである。
「奥様は同席なさらないので?」
しばらく世界情勢について語ったあと、夕食の席に女がだれもいないことについてマハドはたずねた。こういった場には女を入れない風習の国もあるが、エキドナはちがったはずだと記憶していた。
「ええ、早くに亡くしましてね。息子もまだ独身なので」
「そうでしたか、失礼しました」
「いえいえ……元帥閣下はご結婚は?」
「しています。子どもが三人。うちふたりは男子ですが、まだ戦場に出れる歳ではありません」
「そうですか。サイバリアには健康的な美女が多そうですな」
「お望みでしたらご紹介いたしましょうか」
「私はいいのですが、息子にはいいかげん孫の顔を見せてほしいと思っているところです」
「父上……!」
「それは是非、わたしに推薦させていただきたいですな。遠く離れた東西の国の架け橋になるやもしれません」
「まあ、サイバリアからは遠いので、故郷をあとにした花嫁には寂しい思いをさせるかもしれませんな」
「たしかに、もっと近ければ気にいる相手が見つかるまで何人でもご紹介するのですが」
ふたりは笑ったが、グレッグは笑えない様子で頭を掻いていた。
「父上があんなことをおっしゃるから……マハド閣下は『世話になったので国にもどったら謝礼品を贈る』とのことですが、サイバリアからの贈り物に女が入っていたらどうするんですか」
翌朝、サイバリア一行の乗った船を見送りながら、グレッグが不平を唱えた。
「冗談だと理解されているよ。それに、そのときはそのときでいいじゃないか。元帥のお墨付きだ、いい女に決まっている」
「困りますよ」
「なんだ……さては、日に焼けた褐色の肌は趣味ではなかったか?」
「健康的な女は嫌いじゃないですが、個人的には色白で清楚な女が好みです」
「ほう、わしとおなじだな。リディアがまったくそうだった。それで、いまだに結婚相手が見つからないのか」
リディアとは病死したオーガストの妻である。
「父上も。再婚されないのはそういうわけなのですね」
「この近辺は活発な女は大勢いるのだがな」
「エキドナにも聖女殿のような女人がいればいいのですが」
グレッグはため息混じりに言った。
「おいおい、だからといって、王太子妃に横恋慕はいかんぞ」
「ご安心ください。大人っぽい魅力を持った女にしか興味はありません」
「おぬしの女の好みなど気にも留められないだろうが、いまの言葉、本人や殿下の前では絶対に言うなよ」
「心得ております」
彼らの視線の先で船はカーブにかかり、森の木々で見えなくなった。
「しかし、目下の問題は孫の顔より、ヴァンバルシアの大船団だ」
オーガストが言うとグレッグはうなずいた。
ふたりは船影の消えた川面をしばらく眺めていた。
マハドとサイバリア一行を乗せた船が着いたリック城は、かつてナタ・デ・ココが追放されるさいに立ち寄ったときとは様相が変わっていた。
当時は貿易船が行き交い、のどかながら活気のある光景だったが、いまは多くの軍船が並び物々しい雰囲気だった。
「来たときより増えたんじゃないか? いつでもやれそうだなあ」
マハドはリック城に入港しながら船上に立ってつぶやいた。
「表向きは、『魔物に対しての警戒』という名目になっていますが、ここ十年のあいだに軍船は増えつづけてますね」
隣で副官のフーリーが言った。
「海上へ進出するぞという意思表示か」
「もはや我々の目にさらけ出してもいいということになっているのでしょう。当然エキドナ側でも警戒はしているようでしたが……結婚式で浮かれているひまは、あまりないかもしれませんね。まあ、各国の使者がいるうちは攻め込んだりはしないでしょうが」
「ヴァンバルシア王が健在なうちは戦さはないと思うがな」
現ヴァンバルシア王は過去に六国に攻められたという苦い経験を持っていて、そのせいでかなり慎重になっている。軍備増強に積極的なのは王太子ランデルのほうだった。
「ヴァンバルシア王は他国を刺激したくないはずだ。やっているのは王太子だろう。なかなかやんちゃだと聞く」
マハドはリック湖のほうに目をやった。
広い湖に軍船がひしめき合い、入れない船は川のほうに出して繋がれていた。
「見ろ、野心があふれてきている」
「あの城——ウガイ城だけで対応するには、ちと荷が重そうですな」
「俺たちも国に帰るなりまた扱き使われそうな気がしてきたぞ」
サイバリア王国の一団は、リック城で一泊したあと、陸路を西へ向かって行った。
ヴァンバルシア王ルーヴェンは最近体調が優れず、床に臥している時間が多くなっていた。現在、五十八歳。どこかしら身体が悪くなってもおかしくない年齢ではある。
「クルフカ……」
ルーヴェンはベッドに寝たまま見舞いにきたモン伯爵の名前を呼んだ。
モン・ザ・クルフカは五十六歳、王とそれほど年齢差はなかった。
「ここ十年で邪魔者を退け、ずいぶん王宮が広くなったな」
「陛下、私は決してそのようなことは……」
「それはいい。そなたは力を持った。わしになにかあったら息子のことを頼む」
「なにかあるわけはありません。すぐに元気になられますよ」
「もしもの話だ。あやつは若い頃のわしに似て野心家だ。野心は本人の器量のなかにおさまっているうちはいいが、実力以上に大きくなってしまうと持ち主を破滅させる。わしは一度痛い目にあって身の程を知った。幸いにも破滅は免れたが、息子もそうとはかぎらん。王の破滅は国の破滅にもつながる。息子が自重しもっと大人の判断ができるようになるまでそなたが諌めてくれ」
ルーヴェンはモン伯爵の腕を掴んで一気に言うと、ふぅと息を吐いてベッドに身を沈めた。
「わかりました、お約束いたします。しかし、まずは陛下がお元気になられてご自分でそれをなさることです」
モン伯爵にそう言われて、ヴァンバルシア王ルーヴェンはとてもか細い声で「ああ」と答えた。
「過ぎたる野心は身を滅ぼす、か」
モン・ザ・クルフカは退室すると、王太子にだけでなく自分にも向けられた言葉なのかと考えつつ、王が言ったことを口のなかでくり返した。
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