17 / 23
17.十万水軍
しおりを挟む
アルバートとココがウガイ城に向かっているころ、ウガイ川ではすでにエキドナ、ヴァンバルシア両船団がにらみ合っていた。
「軍船が約五百隻、その後ろに補給船が数十隻。軍船のほとんどはご覧のとおり大型船です」
司令官のグレッグ・ペダンに、副官のダリウス・シルトンが伝えた。
ダリウスはグレッグより二歳年下で、グレッグほどではないが体格が良く、精悍な顔つきをしており、グレッグの燃えるような赤毛とは対照的にさわやかな銀髪だった。
「大型船が五百か」
川面を埋め尽くすヴァンバルシア軍に対して、エキドナ軍は三百隻程度。しかも、そのほとんどは小型・中型船だった。
「まだ見えませんが、旗艦と思われる船は城のように巨大だそうです」
「ほう」
「流れの緩やかな川で運用することを前提に設計されたものだと思われます」
「ほとんどの船が投石機を積んでいるな」
グレッグは望遠鏡を覗きながら言った。
「平衡錘投石機ですね。あのサイズだと百キロの石を三百メートルは飛ばすでしょう」
トレビュシェットとはアームの先に乗せた石などを反対側の重りの力で振り子のように飛ばす大型の投石機である。
「そのまま攻城戦にもつかえるな」
「はい」
「城壁を破壊される前に、城が埋まるほど石を放り込まれそうだ。まずはここで迎え撃とう」
エキドナ軍が布陣している水域からウガイ城まではいくぶん川幅が狭くなっている。狭いと言ってももともとが広い川なので対岸までは一キロメートルほどある。
「どんなに大軍で押し寄せても、幸い船は陸に上がれん。この川幅のうちで戦わねばならない」
背後にまわり込んで挟み撃ちにする、あるいは補給を断つなどという戦法はとれない。広大な森はいまだ開発されず、湿地に支流が網の目のように走っている。軍隊を通す道などなかった。
ヴァンバルシア軍の船団がゆっくりと近づいてきた。
「戦闘用意!」
グレッグが声を上げると、兵士たちがつぎつぎにそれを反復した。合図の旗が掲げられる。
「ここで俺の代わりに指揮をとってくれ」
グレッグは中型船に移りながらダリウスに言った。
「私がですか?」
「ふたり目が生まれたばかりだろう。つまらんことで怪我をさせては奥方に申し訳が立たん」
「お気遣いなく、初戦で死ぬ気はありませんよ」
グレッグは笑いながら「任せたぞ」と片手を上げて中型船に乗り込んだ。
エキドナ側は船首に衝角を持った船で、敵船にぶつかって穴を空けてから乗り込むなり沈没させるなりする昔からの戦い方である。投石機を大量に備えた相手との長距離戦は分が悪い。三百メートル先から巨大な石を雨のように降らせられればとても近づけない。
その投石機が動いた。
石が放たれたとき、グレッグはすでに突撃の合図を出していた。
うなりを上げて飛んでくる石の下を、すべての漕ぎ手をつかって全速力で突進する。
敵軍との距離は三百メートル。近づけば投石機はつかえない。
人力であるので、最高速度を維持できるのは十五分が限界と言われているが、三百メートルであれば二分とかからない。投石機が再装填されて機能するのは一度か二度だろう。
近づく前に航行不能に陥る船もあったが、多くは石の雨をかい潜り、衝角により敵船にダメージをあたえた。
お互い矢で応酬しながら、梯子や鉤縄で乗り込み白兵戦に持ち込む。
一時間ほど前線を荒らしたところで、グレッグは退却の太鼓を打ち鳴らした。
射程外まで迅速に引いていく。
投石の追撃はあったが、破損した前の船が邪魔でうまく狙えていなかった。
「ご無事でなによりです」
自軍にもどると、指揮をとっていたダリウスが駆け寄ってきた。
「ああ、そっちもな」
グレッグの鎧は傷んで返り血を浴びていた。
振り返ってヴァンバルシア軍を一望する。
航行不能になった船のせいで前進できないようである。大軍が仇となった。
「しばらくは時間が稼げそうだな」
「はい」
国内の各地から援軍が向かってきているはずだ。川下の城からは軍船も到着するだろう。
しかし、それらを合わせてもあの大船団を追い返すのは困難に思えた。
ヴァンバルシア船団のなかでも一際大きな船に国王ランデルは乗っていた。
「手こずったようだな」
玉座を模した椅子に座り頬杖をついて、つまらなそうに言った。
「はっ……現在、被害を確認中であります」
側に立つシドニー・モルガンが報告した。
シドニー・モルガンは五十歳。もとは黒髪だったが増えた白髪のためにグレーになった髪と、おなじ色の口ひげを生やしている。今回の遠征の司令官を任されていた。総指揮はランデルがとるが細かい指示は彼が出している。
「動けない船は破壊してもいいからさっさとどかせ」
「ははっ」
エキドナ軍はランデルの乗った船まではたどり着けなかった。
そのためあまり緊張感はなく、敵を全滅させたわけでもないので高揚感もなかった。
「船ではかなわんとみて城へ逃げ込んだか」
エキドナ側が籠城した場合、ウガイ城へ陸路からの補給が断たれることはない。一方、ヴァンバルシア軍もリック城からの補給を受け放題なので不毛な消耗戦がつづくことになる。
補給はリック城に残ったモン伯爵が担当している。国力が上であるぶんヴァンバルシアのほうが有利だろう。
しかし、時間をかけすぎると他国が関与してくる可能性がある。とくにエキドナはすでに各国にヴァンバルシアの国境を脅かすよう依頼しているにちがいなかった。
「すぐに城を落としてやる。お前の出番はあるかな」
ランデルは肘掛けに頬杖をついたまま、隣の椅子に座っているババロアを横目で見た。
「なければそれはそれで」
はじめて見る戦闘にババロアはやや緊張した面持ちで答えた。
アルバートは歩兵を残して、まずは騎馬隊だけでウガイ城に到着した。ココは馬を扱えないので馬車である。
ウガイ城には各地からつぎつぎと増援が届いていた。城内に入れない軍があちこちで野営の準備をしている。
王家の紋章の刺繍が入った旗を見て、それらの兵士たちから歓声が上がった。
アルバートが片手を軽く上げてそれに応える。
ココはみんなに見られるのが恥ずかしくて馬車の中で一点を見つめていた。そもそも自分は戦力ではないので歓声を受ける立場にないのだ。
それでも、窓を閉めるのはあまりにも無愛想なので、大量の視線が刺さるのを感じながらもそのままにしていた。
「あの馬車に乗っている娘はだれだ?」
ひとりが右手を高く突き上げながら隣の兵士に聞いた。
「さあ……王太子妃様じゃないのか。殿下より年上だが見た目は幼いらしいからな」
「年上なのに幼いってどういうことだよ」
「いや、俺に聞かれてもわからんが、結婚する前は聖女だったそうだから、なんか俺たちとはちがうんだろう」
「ふうむ……片腕を失っても魔物を退けたという武勇の持ち主だったので、もっといかつい見た目をしているのかと思っていた」
「まあ、たしかに」
地方の兵士たちは王族に会うことなどまれなので、そういった感想もしかたのないことだった。
「しかし、前線に女を連れてくるとは、殿下も余裕だな」
「物見遊山で戦争見物に来られたのなら心配だがな」
「ううむ……」
だれもアルバートの采配を見たことがない。大国との戦闘を控えてみな不安だった。
アルバートが城主のオーガスト・ペダンに迎えられて城内に入ると、上流で一戦交えてきたらしき船が修理をしていた。
「ずいぶんやられたな……」
アルバートはそれを見てつぶやいた。
数百隻の軍船のほとんどが傷ついていて、無傷のものを探すのが困難なほどだった。
「敵はなかなかの大軍ですな」
再編成の指揮をとっていたグレッグと副官のダリウスが船から下りてきた。
「無事か」
「はい、殿下がお見えになるとは、これで兵士たちの士気が上がります。ココ様も、ええと……お変わりなく」
「おひさしぶりですね。ご無事でなによりです」
「いやぁ、生きた心地がしませんでした」
百キロの石が降ってくるなかの突撃だった。正直な感想だろう。
「王都に魔物が現れたと聞きましたが、そちらのほうはよろしいのですか」
「ああ、父上がいる」
「ヴァンバルシアの仕業でしょうか」
「魔物の出現を合図のように攻めてきたからな。偶然とは考えにくい」
「ヴァンバルシアは魔物を軍事利用できるようになったのでしょうか」
「さあ、それはどうだろう」
「魔物はただ出てきただけで、なんの目的もなく暴れていました」
アルバートの視線を受けて、ココは意見を述べた。
「コントロールされているようではなかったので、うまく利用できているとは思えませんでした」
「またココ様が邪神を召喚して撃退されたと聞きましたが」
「ええ、危ないところでした」
「ココにはまた助けられた」
「もう王都には出ないでしょうか」
「前のときは召喚したものが真っ先に食われたということだったからな」
「今回は王宮という隠れ場所があるのですぐに食べられることはなかったかもしれません」
ココは逆に「不審者が見つかったという報告は?」とアルバートにたずねた。
「まだ無い。召喚したものが生きていた場合、またすぐに魔物が現れると思うか?」
「魔物はわたしも召喚したことがないのではっきりとは言えませんが、いろいろと条件があるようなので、そうポンポンとは呼び出せないと思います」
「そうか、まずはこちらの敵の対応が先だな」
「その邪神をここに召喚して敵を追い払うということはできませんか?」
ダリウスがココにたずねた。
「これまでは敵対する魔物がいたのでそれを倒してくれましたが、単なる人間の都合で呼び出したら自由に暴れて戦争どころではなくなります」
「具体的にはどんなことが……?」
「まず、この城が消滅します」
「やめておこう」
アルバートはすぐに判断した。
ココがダリウスに「お役に立てず申しわけありません」というと、銀髪の副官は「いえ、思いつきで言ってみただけなので、こちらこそすいませんでした」と恐縮した。
そこへ「敵影確認!」と物見台から兵士の声が響いた。
「殿下、こんな場ですが、遅ればせながらご結婚おめでとうございます」
船団の指揮をダリウスに任せ、城壁へ移動する途中でグレッグが言った。
「うむ、抜け駆けしてすまんな」
「とんでもない」
「おぬしも早く結婚してお父上を安心させたらどうだ」
「先日もそのことを話していたのです」
オーガストが割って入った。
「どうもせがれは私に似てココ様のような、聖女的な清楚な女人が好みのようでしてな。王宮ならそのようなものも多いのではと思っておたずねしようと思っていたところです」
「そうだったのか、それなら早く言ってくれればよかったのに。と言っても私は女人に疎いので……ああそうではなくて」
隣に妻がいたので、王太子は慌てて言い方を変えた。
「自分の妻以外には興味がないので……ココ、どうだろう?」
女人には疎いが、妻選びまで適当にやったわけではないと言いたかったのである。
「森の中で野人のように暮らしていた私が清楚かどうかは置いておくとして……そういう目でいままで王宮の人を見ていなかったので急にはなんとも……でも、これからは気をつけて見ておくことにします」
「そうしてくれ。父親のぶんも」
「はい」
アルバートは、オーガストが「私に似て」の部分を強調したことを聞き逃さなかったようである。
「いやいや、これは楽しみが増えましたな。そのためには——」
「なんとしてもヴァンバルシアの船団には帰ってもらわなければなりませんな」
オーガストの言葉を息子が継いだ。
「軍船が約五百隻、その後ろに補給船が数十隻。軍船のほとんどはご覧のとおり大型船です」
司令官のグレッグ・ペダンに、副官のダリウス・シルトンが伝えた。
ダリウスはグレッグより二歳年下で、グレッグほどではないが体格が良く、精悍な顔つきをしており、グレッグの燃えるような赤毛とは対照的にさわやかな銀髪だった。
「大型船が五百か」
川面を埋め尽くすヴァンバルシア軍に対して、エキドナ軍は三百隻程度。しかも、そのほとんどは小型・中型船だった。
「まだ見えませんが、旗艦と思われる船は城のように巨大だそうです」
「ほう」
「流れの緩やかな川で運用することを前提に設計されたものだと思われます」
「ほとんどの船が投石機を積んでいるな」
グレッグは望遠鏡を覗きながら言った。
「平衡錘投石機ですね。あのサイズだと百キロの石を三百メートルは飛ばすでしょう」
トレビュシェットとはアームの先に乗せた石などを反対側の重りの力で振り子のように飛ばす大型の投石機である。
「そのまま攻城戦にもつかえるな」
「はい」
「城壁を破壊される前に、城が埋まるほど石を放り込まれそうだ。まずはここで迎え撃とう」
エキドナ軍が布陣している水域からウガイ城まではいくぶん川幅が狭くなっている。狭いと言ってももともとが広い川なので対岸までは一キロメートルほどある。
「どんなに大軍で押し寄せても、幸い船は陸に上がれん。この川幅のうちで戦わねばならない」
背後にまわり込んで挟み撃ちにする、あるいは補給を断つなどという戦法はとれない。広大な森はいまだ開発されず、湿地に支流が網の目のように走っている。軍隊を通す道などなかった。
ヴァンバルシア軍の船団がゆっくりと近づいてきた。
「戦闘用意!」
グレッグが声を上げると、兵士たちがつぎつぎにそれを反復した。合図の旗が掲げられる。
「ここで俺の代わりに指揮をとってくれ」
グレッグは中型船に移りながらダリウスに言った。
「私がですか?」
「ふたり目が生まれたばかりだろう。つまらんことで怪我をさせては奥方に申し訳が立たん」
「お気遣いなく、初戦で死ぬ気はありませんよ」
グレッグは笑いながら「任せたぞ」と片手を上げて中型船に乗り込んだ。
エキドナ側は船首に衝角を持った船で、敵船にぶつかって穴を空けてから乗り込むなり沈没させるなりする昔からの戦い方である。投石機を大量に備えた相手との長距離戦は分が悪い。三百メートル先から巨大な石を雨のように降らせられればとても近づけない。
その投石機が動いた。
石が放たれたとき、グレッグはすでに突撃の合図を出していた。
うなりを上げて飛んでくる石の下を、すべての漕ぎ手をつかって全速力で突進する。
敵軍との距離は三百メートル。近づけば投石機はつかえない。
人力であるので、最高速度を維持できるのは十五分が限界と言われているが、三百メートルであれば二分とかからない。投石機が再装填されて機能するのは一度か二度だろう。
近づく前に航行不能に陥る船もあったが、多くは石の雨をかい潜り、衝角により敵船にダメージをあたえた。
お互い矢で応酬しながら、梯子や鉤縄で乗り込み白兵戦に持ち込む。
一時間ほど前線を荒らしたところで、グレッグは退却の太鼓を打ち鳴らした。
射程外まで迅速に引いていく。
投石の追撃はあったが、破損した前の船が邪魔でうまく狙えていなかった。
「ご無事でなによりです」
自軍にもどると、指揮をとっていたダリウスが駆け寄ってきた。
「ああ、そっちもな」
グレッグの鎧は傷んで返り血を浴びていた。
振り返ってヴァンバルシア軍を一望する。
航行不能になった船のせいで前進できないようである。大軍が仇となった。
「しばらくは時間が稼げそうだな」
「はい」
国内の各地から援軍が向かってきているはずだ。川下の城からは軍船も到着するだろう。
しかし、それらを合わせてもあの大船団を追い返すのは困難に思えた。
ヴァンバルシア船団のなかでも一際大きな船に国王ランデルは乗っていた。
「手こずったようだな」
玉座を模した椅子に座り頬杖をついて、つまらなそうに言った。
「はっ……現在、被害を確認中であります」
側に立つシドニー・モルガンが報告した。
シドニー・モルガンは五十歳。もとは黒髪だったが増えた白髪のためにグレーになった髪と、おなじ色の口ひげを生やしている。今回の遠征の司令官を任されていた。総指揮はランデルがとるが細かい指示は彼が出している。
「動けない船は破壊してもいいからさっさとどかせ」
「ははっ」
エキドナ軍はランデルの乗った船まではたどり着けなかった。
そのためあまり緊張感はなく、敵を全滅させたわけでもないので高揚感もなかった。
「船ではかなわんとみて城へ逃げ込んだか」
エキドナ側が籠城した場合、ウガイ城へ陸路からの補給が断たれることはない。一方、ヴァンバルシア軍もリック城からの補給を受け放題なので不毛な消耗戦がつづくことになる。
補給はリック城に残ったモン伯爵が担当している。国力が上であるぶんヴァンバルシアのほうが有利だろう。
しかし、時間をかけすぎると他国が関与してくる可能性がある。とくにエキドナはすでに各国にヴァンバルシアの国境を脅かすよう依頼しているにちがいなかった。
「すぐに城を落としてやる。お前の出番はあるかな」
ランデルは肘掛けに頬杖をついたまま、隣の椅子に座っているババロアを横目で見た。
「なければそれはそれで」
はじめて見る戦闘にババロアはやや緊張した面持ちで答えた。
アルバートは歩兵を残して、まずは騎馬隊だけでウガイ城に到着した。ココは馬を扱えないので馬車である。
ウガイ城には各地からつぎつぎと増援が届いていた。城内に入れない軍があちこちで野営の準備をしている。
王家の紋章の刺繍が入った旗を見て、それらの兵士たちから歓声が上がった。
アルバートが片手を軽く上げてそれに応える。
ココはみんなに見られるのが恥ずかしくて馬車の中で一点を見つめていた。そもそも自分は戦力ではないので歓声を受ける立場にないのだ。
それでも、窓を閉めるのはあまりにも無愛想なので、大量の視線が刺さるのを感じながらもそのままにしていた。
「あの馬車に乗っている娘はだれだ?」
ひとりが右手を高く突き上げながら隣の兵士に聞いた。
「さあ……王太子妃様じゃないのか。殿下より年上だが見た目は幼いらしいからな」
「年上なのに幼いってどういうことだよ」
「いや、俺に聞かれてもわからんが、結婚する前は聖女だったそうだから、なんか俺たちとはちがうんだろう」
「ふうむ……片腕を失っても魔物を退けたという武勇の持ち主だったので、もっといかつい見た目をしているのかと思っていた」
「まあ、たしかに」
地方の兵士たちは王族に会うことなどまれなので、そういった感想もしかたのないことだった。
「しかし、前線に女を連れてくるとは、殿下も余裕だな」
「物見遊山で戦争見物に来られたのなら心配だがな」
「ううむ……」
だれもアルバートの采配を見たことがない。大国との戦闘を控えてみな不安だった。
アルバートが城主のオーガスト・ペダンに迎えられて城内に入ると、上流で一戦交えてきたらしき船が修理をしていた。
「ずいぶんやられたな……」
アルバートはそれを見てつぶやいた。
数百隻の軍船のほとんどが傷ついていて、無傷のものを探すのが困難なほどだった。
「敵はなかなかの大軍ですな」
再編成の指揮をとっていたグレッグと副官のダリウスが船から下りてきた。
「無事か」
「はい、殿下がお見えになるとは、これで兵士たちの士気が上がります。ココ様も、ええと……お変わりなく」
「おひさしぶりですね。ご無事でなによりです」
「いやぁ、生きた心地がしませんでした」
百キロの石が降ってくるなかの突撃だった。正直な感想だろう。
「王都に魔物が現れたと聞きましたが、そちらのほうはよろしいのですか」
「ああ、父上がいる」
「ヴァンバルシアの仕業でしょうか」
「魔物の出現を合図のように攻めてきたからな。偶然とは考えにくい」
「ヴァンバルシアは魔物を軍事利用できるようになったのでしょうか」
「さあ、それはどうだろう」
「魔物はただ出てきただけで、なんの目的もなく暴れていました」
アルバートの視線を受けて、ココは意見を述べた。
「コントロールされているようではなかったので、うまく利用できているとは思えませんでした」
「またココ様が邪神を召喚して撃退されたと聞きましたが」
「ええ、危ないところでした」
「ココにはまた助けられた」
「もう王都には出ないでしょうか」
「前のときは召喚したものが真っ先に食われたということだったからな」
「今回は王宮という隠れ場所があるのですぐに食べられることはなかったかもしれません」
ココは逆に「不審者が見つかったという報告は?」とアルバートにたずねた。
「まだ無い。召喚したものが生きていた場合、またすぐに魔物が現れると思うか?」
「魔物はわたしも召喚したことがないのではっきりとは言えませんが、いろいろと条件があるようなので、そうポンポンとは呼び出せないと思います」
「そうか、まずはこちらの敵の対応が先だな」
「その邪神をここに召喚して敵を追い払うということはできませんか?」
ダリウスがココにたずねた。
「これまでは敵対する魔物がいたのでそれを倒してくれましたが、単なる人間の都合で呼び出したら自由に暴れて戦争どころではなくなります」
「具体的にはどんなことが……?」
「まず、この城が消滅します」
「やめておこう」
アルバートはすぐに判断した。
ココがダリウスに「お役に立てず申しわけありません」というと、銀髪の副官は「いえ、思いつきで言ってみただけなので、こちらこそすいませんでした」と恐縮した。
そこへ「敵影確認!」と物見台から兵士の声が響いた。
「殿下、こんな場ですが、遅ればせながらご結婚おめでとうございます」
船団の指揮をダリウスに任せ、城壁へ移動する途中でグレッグが言った。
「うむ、抜け駆けしてすまんな」
「とんでもない」
「おぬしも早く結婚してお父上を安心させたらどうだ」
「先日もそのことを話していたのです」
オーガストが割って入った。
「どうもせがれは私に似てココ様のような、聖女的な清楚な女人が好みのようでしてな。王宮ならそのようなものも多いのではと思っておたずねしようと思っていたところです」
「そうだったのか、それなら早く言ってくれればよかったのに。と言っても私は女人に疎いので……ああそうではなくて」
隣に妻がいたので、王太子は慌てて言い方を変えた。
「自分の妻以外には興味がないので……ココ、どうだろう?」
女人には疎いが、妻選びまで適当にやったわけではないと言いたかったのである。
「森の中で野人のように暮らしていた私が清楚かどうかは置いておくとして……そういう目でいままで王宮の人を見ていなかったので急にはなんとも……でも、これからは気をつけて見ておくことにします」
「そうしてくれ。父親のぶんも」
「はい」
アルバートは、オーガストが「私に似て」の部分を強調したことを聞き逃さなかったようである。
「いやいや、これは楽しみが増えましたな。そのためには——」
「なんとしてもヴァンバルシアの船団には帰ってもらわなければなりませんな」
オーガストの言葉を息子が継いだ。
1
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります
cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。
聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。
そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。
村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。
かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。
そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。
やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき——
リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。
理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、
「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、
自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました
AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」
公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。
死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった!
人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……?
「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」
こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。
一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。
「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました
黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。
古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。
一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。
追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。
愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!
さよなら、悪女に夢中な王子様〜婚約破棄された令嬢は、真の聖女として平和な学園生活を謳歌する〜
平山和人
恋愛
公爵令嬢アイリス・ヴェスペリアは、婚約者である第二王子レオンハルトから、王女のエステルのために理不尽な糾弾を受け、婚約破棄と社交界からの追放を言い渡される。
心身を蝕まれ憔悴しきったその時、アイリスは前世の記憶と、自らの家系が代々受け継いできた『浄化の聖女』の真の力を覚醒させる。自分が陥れられた原因が、エステルの持つ邪悪な魔力に触発されたレオンハルトの歪んだ欲望だったことを知ったアイリスは、力を隠し、追放先の辺境の学園へ進学。
そこで出会ったのは、学園の異端児でありながら、彼女の真の力を見抜く魔術師クライヴと、彼女の過去を知り静かに見守る優秀な生徒会長アシェル。
一方、アイリスを失った王都では、エステルの影響力が増し、国政が混乱を極め始める。アイリスは、愛と権力を失った代わりに手に入れた静かな幸せと、聖女としての使命の間で揺れ動く。
これは、真実の愛と自己肯定を見つけた令嬢が、元婚約者の愚かさに裁きを下し、やがて来る国の危機を救うまでの物語。
【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?
時
恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。
しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。
追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。
フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。
ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。
記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。
一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた──
※小説家になろうにも投稿しています
いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる