5 / 12
2.Edge of Ouroboros
Ⅱ.
しおりを挟む
「居やがった!」
「仲間を連れてきたのか?」
少し広い通りに出ると、第三者の声がした。
ヨルが見下ろしていた辺りからである。
薄暗がりの向こうにふたつの影が揺れている。
「俺を襲ったのはあいつらだ」
ガルシアが左腕の怪我を包帯の上からさすった。
「細いほうは『サイレント・アサシン』あっちのごついのは……見ての通り『レッドタロン』だ」
サイレント・アサシンは「最凶の暗殺者」と呼ばれるほど戦闘能力に長けた氏族である。
レッドタロンもまたヴァンパイアの中では最も武闘派で、大きな体格の者が多いと言われている。
ふたりのヴァンパイアが近づいて来ると、サディが一歩前に出た。
ヴァンパイアがその気になれば、人間など一瞬で絶命させることができるが、まったく物怖じしたようすはない。
「あなたたちが、こちらのかたに危害を加えたそうだけど?」
「だとしたらどうする?」
「ウロボロス条約は知っているわね?」
「知っているとも、俺たちの行動に人間ごときが口を出すことじゃないってことをな。おめえ、なんだ?」
「ウロボロス調停官よ」
「『黄昏の魔女』か……こんなに可愛らしいお嬢ちゃんだとはな。おっかねぇババアだと聞いていたが」
「それは先代よ」
調停官はふたりのヴァンパイアの認識を正したが、先代に対する評価のほうは否定しなかった。
「うまそうだな」
男たちは唇の端を吊り上げて、下品な笑い声を漏らした。
「恥さらしどもが……」
なりゆきを見下ろしていたヨルは、吐き捨てるように呟いたあと、レンガを蹴り、高い建物の屋上からふわりと地上に降り立った。
「サディ、俺がやってもいいぞ」
長いやや癖のある黒髪とコートを軽く直しながら調停官の隣に並ぶ。
「なんだ、お前ヴァンパイアだろ。俺たちの仲間じゃないのか?」
「仲間さ、だから気高きヴァンパイアの恥が外部に知れ渡らぬうちに片付けようというわけさ」
サディが二人組を見たまま、軽く片手を上げ、ヨルを制した。
「大きな争いに発展させないために、わたしたちが仲介することもできますが」
それこそが、ウロボロス調停官のもっとも重要な役割である。
しかし、男たちは嘲笑で応えた。
「大きな争いに発展させたいのさ」
「今度こそ、犬畜生どもを根絶やしにしてやる」
「サディ、言っても無駄のようだぜ」
シンラが言うと、調停官は残念そうにうなずいた。
こういったトラブルは後を絶たないどころか、近年増加する傾向にある。
とくにウロボロス戦争の教訓を忘れつつある若い世代に多いようだ。
しかも、単なる喧嘩ではなく、抗争を広げようとする意思が明らかに感じられる。
個人の思いつきではなく、ヴァンパイアにもワーウルフにも組織立ったものがあるのかもしれない。
サディがそのことを質すと、ふたりのヴァンパイアはにやにや笑いながらしらばっくれた。
「さあねぇ、犬っころのことまでは知らねえな」
自分たちのことは否定しない。
「あんたが来る前にこいつらが話していたが……」
ヨルが口を挟んだ。
「どうやら、再び戦争を起こそうとする連中が居るのは間違いないようだぜ」
サディは黙ってうなずいた。
一度、双方のリーダーと話してみる必要があるのかもしれない。
ワーウルフの部族長たちは、人間嫌いだがウロボロスの協定には理解がある。
問題はヴァンパイアのほうだ。
(サードエルディアス)
サディはその名を思い浮かべると、一度も会ったことがないのに背筋が寒くなった。
サードエルディアスとは個人の名前ではなく、「第三世代」とも呼ばれる現存するなかで最も古いヴァンパイアたちの総称ある。
それぞれの氏族の長である彼らは、普段は長い眠りにつき、居場所どころか生死さえも不明なものが多い。
しかし、その影響力は眠っていてさえも世界に災害や恐慌を起こすほど強大であると言われている。
調停官を務めていれば、いつかは彼らに相対せねばならないだろう。
だが、それよりもいまは当面の問題が先決だ。
サディはふたりのヴァンパイアにもう一度警告したが、返答は変わらなかった。
「何度聞いてもおなじことだ。人間ごときに――そして、人間に使われる闇の住人ごときになにができる」と笑うばかりである。
「再び戦乱の火をおこそうとする愚か者ども……どうしても争いをやめないと言うのなら」
サディは前方のふたりを、その嘲笑が消えてしまうほどの眼力で睨み据えた。
「ウロボロスの盟約に基づき、刑を執行します」
「仲間を連れてきたのか?」
少し広い通りに出ると、第三者の声がした。
ヨルが見下ろしていた辺りからである。
薄暗がりの向こうにふたつの影が揺れている。
「俺を襲ったのはあいつらだ」
ガルシアが左腕の怪我を包帯の上からさすった。
「細いほうは『サイレント・アサシン』あっちのごついのは……見ての通り『レッドタロン』だ」
サイレント・アサシンは「最凶の暗殺者」と呼ばれるほど戦闘能力に長けた氏族である。
レッドタロンもまたヴァンパイアの中では最も武闘派で、大きな体格の者が多いと言われている。
ふたりのヴァンパイアが近づいて来ると、サディが一歩前に出た。
ヴァンパイアがその気になれば、人間など一瞬で絶命させることができるが、まったく物怖じしたようすはない。
「あなたたちが、こちらのかたに危害を加えたそうだけど?」
「だとしたらどうする?」
「ウロボロス条約は知っているわね?」
「知っているとも、俺たちの行動に人間ごときが口を出すことじゃないってことをな。おめえ、なんだ?」
「ウロボロス調停官よ」
「『黄昏の魔女』か……こんなに可愛らしいお嬢ちゃんだとはな。おっかねぇババアだと聞いていたが」
「それは先代よ」
調停官はふたりのヴァンパイアの認識を正したが、先代に対する評価のほうは否定しなかった。
「うまそうだな」
男たちは唇の端を吊り上げて、下品な笑い声を漏らした。
「恥さらしどもが……」
なりゆきを見下ろしていたヨルは、吐き捨てるように呟いたあと、レンガを蹴り、高い建物の屋上からふわりと地上に降り立った。
「サディ、俺がやってもいいぞ」
長いやや癖のある黒髪とコートを軽く直しながら調停官の隣に並ぶ。
「なんだ、お前ヴァンパイアだろ。俺たちの仲間じゃないのか?」
「仲間さ、だから気高きヴァンパイアの恥が外部に知れ渡らぬうちに片付けようというわけさ」
サディが二人組を見たまま、軽く片手を上げ、ヨルを制した。
「大きな争いに発展させないために、わたしたちが仲介することもできますが」
それこそが、ウロボロス調停官のもっとも重要な役割である。
しかし、男たちは嘲笑で応えた。
「大きな争いに発展させたいのさ」
「今度こそ、犬畜生どもを根絶やしにしてやる」
「サディ、言っても無駄のようだぜ」
シンラが言うと、調停官は残念そうにうなずいた。
こういったトラブルは後を絶たないどころか、近年増加する傾向にある。
とくにウロボロス戦争の教訓を忘れつつある若い世代に多いようだ。
しかも、単なる喧嘩ではなく、抗争を広げようとする意思が明らかに感じられる。
個人の思いつきではなく、ヴァンパイアにもワーウルフにも組織立ったものがあるのかもしれない。
サディがそのことを質すと、ふたりのヴァンパイアはにやにや笑いながらしらばっくれた。
「さあねぇ、犬っころのことまでは知らねえな」
自分たちのことは否定しない。
「あんたが来る前にこいつらが話していたが……」
ヨルが口を挟んだ。
「どうやら、再び戦争を起こそうとする連中が居るのは間違いないようだぜ」
サディは黙ってうなずいた。
一度、双方のリーダーと話してみる必要があるのかもしれない。
ワーウルフの部族長たちは、人間嫌いだがウロボロスの協定には理解がある。
問題はヴァンパイアのほうだ。
(サードエルディアス)
サディはその名を思い浮かべると、一度も会ったことがないのに背筋が寒くなった。
サードエルディアスとは個人の名前ではなく、「第三世代」とも呼ばれる現存するなかで最も古いヴァンパイアたちの総称ある。
それぞれの氏族の長である彼らは、普段は長い眠りにつき、居場所どころか生死さえも不明なものが多い。
しかし、その影響力は眠っていてさえも世界に災害や恐慌を起こすほど強大であると言われている。
調停官を務めていれば、いつかは彼らに相対せねばならないだろう。
だが、それよりもいまは当面の問題が先決だ。
サディはふたりのヴァンパイアにもう一度警告したが、返答は変わらなかった。
「何度聞いてもおなじことだ。人間ごときに――そして、人間に使われる闇の住人ごときになにができる」と笑うばかりである。
「再び戦乱の火をおこそうとする愚か者ども……どうしても争いをやめないと言うのなら」
サディは前方のふたりを、その嘲笑が消えてしまうほどの眼力で睨み据えた。
「ウロボロスの盟約に基づき、刑を執行します」
0
あなたにおすすめの小説
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
婚約者が聖女を選ぶことくらい分かっていたので、先に婚約破棄します。
黒蜜きな粉
恋愛
魔王討伐を終え、王都に凱旋した英雄たち。
その中心には、異世界から来た聖女と、彼女に寄り添う王太子の姿があった。
王太子の婚約者として壇上に立ちながらも、私は自分が選ばれない側だと理解していた。
だから、泣かない。縋らない。
私は自分から婚約破棄を願い出る。
選ばれなかった人生を終わらせるために。
そして、私自身の人生を始めるために。
短いお話です。
※第19回恋愛小説大賞にエントリーしております。
奥様は聖女♡
喜楽直人
ファンタジー
聖女を裏切った国は崩壊した。そうして国は魔獣が跋扈する魔境と化したのだ。
ある地方都市を襲ったスタンピードから人々を救ったのは一人の冒険者だった。彼女は夫婦者の冒険者であるが、戦うのはいつも彼女だけ。周囲は揶揄い夫を嘲るが、それを追い払うのは妻の役目だった。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる