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62.眩しい光。side千晴
しおりを挟む女に手を引かれて逃げた先は、すぐ目の前に交番のある公園だった。
日がすっかり落ちた公園内には、当然誰もいない。
交番の光と、街灯の灯り、それから月明かり。
光源はたったそれだけだったが、ここはネオン街よりもずっと明るく見えた。
「ここまで来れば大丈夫でしょ…」
大きく肩で息をする女を俺は一瞥する。
女は交番に視線を向け、「こんなところで大乱闘にはならないはず」と汗を拭いながら頷いていた。
それから俺たちはその辺のベンチに腰を下ろした。
「で、さっきの人たちの話は本当なの?」
俺の隣にいる女がこちらに厳しい目を向ける。
確かにあの男たちが言っていたことは本当なのだろう。
覚えがありすぎて、一体どれのことを言っていたのかわからないが。
それをそのまま女に伝えると、女は握り拳を作り、それを大きく振りかぶった。
ゴンッと鈍い音が頭に響く。
気がつけば、俺は女に頭を思いっきり殴られていた。
頭に走った衝撃に、痛みよりも驚きが勝つ。
誰かに叱られて、殴られたのは初めてだ。
「このバカ!何やってんのよ!?」
眉間にシワを寄せ、本気で怒っている女に、何故か胸がじんわり温かくなる。
初めて俺に本気で叱ってくれた。
その事実に、感じたことのない違和感を覚えた。
そして初めての感覚に、俺は首を傾げ、その違和感の中心である胸を押さえた。
けれど、すぐにいつもの虚しい感覚が俺を支配した。
コイツは俺が何者か知らない。
以前、警察にお世話になった時、俺を叱ろうとした大人もいたが、警察に事情を説明させると、小さくなって何も言えなくなった。
人とはそういうものなのだ。
圧倒的上の存在には逆らえない。
きっと、コイツも同じだ。
「お前、俺にこんなことしていいの?俺、華守の跡取り息子なんだけど。お前なんて社会的に簡単に殺せるよ?大丈夫そ?」
見下すように笑い、冷たく女を見据える。
すると、女はその瞳に力を込めた。
「何、親のことで威張ってんのよ。威張るなら自分の力で威張りなさい。そんな脅しカッコ悪いだけだから」
あり得ない、と言いたげにため息を吐く女に、思わず、笑ってしまう。
まさか、こんなリアクションをされるとは。
「信じてない?俺が華守の跡取り息子だって」
「信じるもクソもないわ。どのみち親の力じゃん」
「ふは、まぁ、そうだね」
当然のように答えた女に俺は最後には吹き出した。
こんなにも心から笑えたのはいつ以来だろう。
この人、面白い。
気がつけば、俺は彼女に興味を抱いていた。
もっと知りたい。
「とにかく!もう悪いことはやめなさい。いつかアンタの身を滅ぼすよ」
勢いよく立って、彼女がもう一度俺の頭を殴る。
けれど、その拳は先ほどとは違い、優しいものだった。
「じゃあね」
最後に笑顔でそれだけ言うと、彼女はこちらに背を向けて歩き出した。
「…あ」
彼女に向けて手を伸ばすが、それは何もない空を切る。
まだ一緒にいたかった。
もっと知りたかった。
そう思ったけれど、もう遅く、彼女の背中は暗闇へと消えていた。
伸ばした手に、ただただ冷たい夜風が当たった。
*****
それから彼女に一目でも会いたくて、あの制服を頼りに彼女を探した。
そしてわかったことは、彼女が鷹野高校の1年生で、鉄崎柚子、という名前だということだった。
「鉄崎柚子…」
自分の部屋でソファに座りながら、ポツリと彼女の名前を呟く。
大きな窓の向こうに登る月は、今日も明るく、あの日のことを思い出す。
街灯と月明かりの下で、怒り、笑う、彼女。
彼女との時間は、俺に色を与えてくれた。
鮮やかで眩しい時間。もう一度だけ、感じたい。
瞳を閉じて、また彼女に会いに行く。
現実でも、必ず、会う。
こうして俺は、進学先を、華守学園の高等部ではなく、鷹野高校へと変えたのだった。
*****
高校で再会した先輩は、俺のことを一切覚えていなかった。
きっと、俺のような存在をその平等さと優しさでたくさん救ってきたのだろう。
忘れられていてもいい。
また刻めばいいのだから。
他の救ってきた奴らとは、俺は違うのだ、と。
ずっと、会いたかった、眩しい存在が、今、俺の腕の中にいる。
高校に入って、関わるようになって、気がつけば、俺は先輩のことを好きになっていた。
いや、きっと最初から惹かれていた。
金髪を戻さないのも、校則違反をし続けるのも、先輩に俺を見て欲しいから。
こうしていれば、人混みの中からいつでも先輩は俺を見つけてくれるし、叱ってくれる。
先輩が俺をまっすぐと見据える度に、俺の鼓動は高鳴った。
素行が悪いのも、人を寄せ付けないようにしているのも、全部全部、先輩に構ってもらうため。
この人は、誰にでも平等に優しくて、正義の人。
きっと、こんな俺を放っておかない。
好き、好き、大好き。
俺の腕の中に収まる先輩に、愛しさが溢れて、止まらない。
その思いの丈をぶつけるように、先輩の頭に自分の頭をくっつけ、ぐりぐりとした。
「…」
それでも、先輩は文句一つ言わずに、俺を抱きしめ続ける。
俺にはこの人しかいない。
だから絶対俺のものにする。
今はアイツが先輩の恋人だけど、最後には絶対、俺が旦那として、隣にいるから。
恋人になる、という初めてだけは、アイツにあげる。
けれど、あとは全部俺のものだ。
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