推しに告白(嘘)されまして。

朝比奈未涼

文字の大きさ
90 / 108

90.もう少しだけ。

しおりを挟む

 

その日の三限目は日本史だった。
私は椅子に姿勢よく座り、先生の話を真剣に聞きながらも、ノートをとっていた。
もちろん今の私の格好は、悠里くんの体操服だ。
胸元にある〝沢村〟と刺繍された二文字が、あまりにも眩しすぎる。

恥ずかしさ、尊さ、眩しさ、喜び。
いろいろな感情を抱えて、それでも私は平然と学校生活を送っていた。



「…で、ここはこうなったわけだ。じゃあ、質問するぞー、お前らー」



黒板の前に立ち、気だるげに喋り続けていた、30代前半くらいの男性教師、秋田先生がチョークを持ったまま、クラス中に視線を向ける。
その視線に生徒たちは、背筋を伸ばした。

うちのクラスは進学科だ。
誰が当てられても、まあ、答えられるだろう。
当然、私も、だ。

秋田先生に質問されても、すぐに答えられるように気を引き締める。
すると、たまたま秋田先生と目が合った。



「じゃあ、鉄崎…」



そこまで言って、秋田先生の視線がどこかへ移動する。



「…あ?沢村?お前、いつ沢村になったんだよ?結婚したんか?アイツと」



そして、私の胸元を見て、おかしそうに笑った。



「ち、違います!借りているだけです!」



秋田先生からのまさかの指摘に、私はガターンッ!と勢いよく席から立ち、全力で否定する。
そんな私に秋田先生は、「じゃあ、未来の沢村に質問するぞー」と、ゆるく私に質問を始めたのだった。


 

*****




「…はぁ」



三限目での出来事を思い出し、深いため息をつく。
四限目は移動教室なので、私は1人で廊下内を移動していた。
雪乃は何やら用事があるらしく、別行動中だ。

疲れからトボトボと歩きたい気持ちでいっぱいなのだが、そんな歩き方では鬼の風紀委員長としての威厳は守れないので、私は意識して背筋を伸ばし、歩いていた。
心はヘトヘトだが、パッと見はいつもの強そうな鬼の風紀委員長、鉄子…なはずだ。

確かな足取りで廊下内を進んでいると、今日ずっと聞こえてくる生徒たちの話題が耳に入ってきた。



「て、鉄子が悠里の体操服着てる…っ。さすが、正妻…っ」



小さく、だが、興奮気味にそう言ったのは、男子生徒だろうか。
彼に続く形で周りの生徒たちは、好き勝手にいろいろなことを言い始めた。
一応、私には聞こえないように小さな声で話す、という配慮をして。
…全部聞こえているので、あまりその意味は成してはいないが。



「千晴くんがいるのに鉄子先輩酷い…っ」



今にも泣き出してしまいそうな女子生徒の声に、



「鉄子先輩は元々悠里先輩の正妻。当然の対応だね」



当然だと頷いている様子の女子生徒の声が聞こえる。
それから、「あれは浮気?」「違うよ、公式」「どっちも鉄子先輩の彼氏」と、あることないこと好きなように生徒たちは言っていた。

んー。これは思っていた以上に深刻なのかもしれない。

生徒たちのリアクションに、呆れると同時に、頭が痛くなる。
田中の忠告はまさに必要なものだったのだ。
今、学校内では、過去最高に私がどちらの彼女なのか疑問に思われ、さらには本気で千晴と付き合っている、と思っている者も一定数いるようだった。

これでは、風紀委員長である私が率先して、風紀を乱していることになる。
一番あってはならない状況だ。

…私は正真正銘、悠里くんの彼女なのに、どうしたら、千晴も彼氏or千晴が本当の彼氏疑惑を払拭できるのか。



「…はぁ」



本日何度目かわからないため息をつき、私は視線を下へと落とした。

私は悠里くんを推しているのだ。
どちらが好きなのか、と今の生徒たちの調子で詰め寄られても、もちろん悠里くんだと即答できる。
それだけ私の彼を推す想いは絶対だ。
だからこそ、悠里くんが私の彼氏なのだ。

だが、そう考えた時、ふと、頭の中に、ふわふわの金髪が過ぎった。
推しではなく、千晴の姿が一瞬だけ現れた。

何故?

突然の千晴登場に小首を傾げる。
それから胸の辺りがムズムズする感覚に気づき、私は眉間にシワを寄せた。

最近、こういうことが多い。
突然来るこの変な感覚はなんだ?やはり病気か?



「柚子」



うんうんと考える私に、後ろから誰かが声をかける。
このかっこ良すぎるイケボは、間違いなく悠里くんだ。
足を止めて、振り向けば、そこにはやはり悠里くんがいた。

窓から射す太陽の光を浴びて、キラキラと輝くサラサラの黒髪。
そこから覗く、整ったかっこ良すぎる顔。

私と目が合い、嬉しそうに細められた悠里くんの瞳に、先ほどまでの些細な悩みがぶっ飛んだ。

な、なんと眩しい存在なのだろうか。
世界の中心は彼であり、太陽の光は彼を照らすためのスポットライトだ。

悠里くんの登場に、私の思考はすっかり悠里くんに奪われてしまった。



「柚子も移動教室?」



自然と私の横に並び、歩き始めた悠里くんと、私も共に歩き始める。



「うん。悠里くんも?」

「うん、俺も。どこ行くの?よかったら一緒に行かない?」

「…う、うんっ」



悠里くんの提案に、私は思わず破顔した。
推しと一緒に少しでもいられるなんて、最高すぎる。

それから私たちは改めて一緒に移動を始めた。
どうやら悠里くんが向かっている教室と私が向かっている教室は近いらしい。



「だから確認してみたんだけど、違ったんだよね」



他愛のない会話の中で、悠里くんがおかしそうに笑う。
その姿があまりにも尊くて、私は瞳を細めながらも、何とか頷いた。

ああ、悠里くんという存在を産んでくれたお母様に感謝。
そのお母様を産んでくれたお母様にも感謝。
つまり、全てに感謝。

心の中で、手を合わせながらも、表ではいつも通りの表情を浮かべる。

そうこうしているうちに、私の教室の前までたどり着いた。
もう別れの時だ。

離れ難いと思いながらも、話を終えようと口を開いたが、私から言葉が発せられることはなかった。
悠里くんが変わらず、言葉を紡ぎ始めたからだ。



「この前、いい感じのカフェ見つけてさ。柚子と行きたいな、て思って。だからまた行かない?」

「う、うん。行きたい」

「やった。ありがとう」



柔らかく微笑む悠里くんに、ぎこちなく私は頷く。
とても嬉しいお誘いなのだが、何故、悠里くんは未だにここにいてくれるのだろうか。
私から離れようとせず、教室の前で話を続ける悠里くんに、私は首を捻った。

でも、まあ、いっか!
少しでも一緒にいられるのは嬉しいし!



「…やっぱ、いいね」



話の途中で突然、悠里くんが嬉しそうに瞳を細め、こちらをじっと見つめる。



「何が?」



私はその視線の意味がわからず、悠里くんに笑顔で問いかけた。
よくわからないが、悠里くんが嬉しいのなら、私も嬉しい。



「柚子、俺の体操服、着てくれてるじゃん。だから、柚子がちゃんと俺の彼女だって感じがしていいな、て」



ふわりと微笑む悠里くんの笑顔があまりにも眩しく、紡がれた言葉があまりにも甘く、どくん、と心臓が跳ねる。

は、反則級のかっこよさ。
我が校のバスケ部の王子様の枠に収めてしまうのは、もったいない。
日本の…いや、地球の王子様にすべきだ。

尊すぎる存在にたじたじになっていると、悠里くんはそんな私なんてお構いなしに、私の左手を優しく取り、薬指を撫でた。



「校則さえなかったら、ここに毎日柚子は俺があげた指輪付けてくれてたのかな」



残念そうに、けれど、どこか物欲しげに、悠里くんが視線を伏せる。
長いまつ毛が整った顔に影を作る様は、あまりにも甘く、色っぽかった。
そんな悠里くんの姿に、私の心臓は今にも破裂しそうだった。
バクバクと聞いたことのない音が嫌というほど聞こえてくる。

思考が停止し、頭の中は悠里くんでいっぱいだ。

まさに今、悠里くんによって意識が沈みそうになった、その時。
失いかけた私の意識を戻すように、予鈴が鳴った。



「…あ、もうさすがに行かないとだね。それじゃあまた後で、柚子」



離れ難そうに悠里くんが私の左手を離し、私から離れていく。
私はそんな悠里くんに「…う、うん、また」と、何とか返事を返すと、離れていく悠里くんの背中を、悠里くんが教室へと入るその瞬間まで見届けた。

教室へ入る際、悠里くんが再びこちらに視線を向けたことによって、再び目が合い、私の喜びが頂点に達したことは言うまでもない。
私と目の合った悠里くんは、それはそれはもう愛おしげに口元を緩め、こちらに軽く手を振ってくれた。

…私の推し、眩しくて、尊くて、かっこよくて、優しくて、メロくて、とにかく推すしかない要素がありすぎて困る。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

生まれ変わったら極道の娘になっていた

白湯子
恋愛
職業専業主婦の私は、車に轢かれそうになってた子どもを守ろうとして死んでしまった。しかし、目を開けたら私は極道の娘になっていた!強面のおじさん達にビクビクしながら過ごしていたら今度は天使(義理の弟)が舞い降りた。やっふぅー!と喜んだつかの間、嫌われた。何故だ!構い倒したからだ!!そして、何だかんだで結婚に焦る今日この頃……………。 昔、なろう様で投稿したものです。

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました

由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。 ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。 遠い存在になったはずの彼。 けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。 冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。

処理中です...