逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。

朝比奈未涼

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24. 愛しい人 sideウィリアム

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sideウィリアム



「それじゃあまた明日、レイラ」

「はい、ウィリアム様」



大きな扉の向こうでこちらに微笑む彼女に俺は名残惜しそうに笑い、小さく手を振る。
彼女の周りには弟であるセオドアとホンモノのレイラがいるのだが、俺の眼中には彼女しかいない。

俺に手を振られた彼女は俺に応えるように小さく手を挙げ、柔らかく微笑んでいた。
そして扉はいつものように閉められた。

ああ、本当はアルトワではなく、シャロンに連れて帰りたい。

そう扉の向こうに消えていく彼女を見る度に思う。
それでもそうできないのはまだ彼女がアルトワの人間だからだ。

名残惜しい、離れ難い気持ちで扉から離れ、シャロン公爵家の馬車へと乗る。
それかれしばらくして馬車は動き始めた。



「…」



動き始めた馬車から見える見慣れてしまった風景を何となく見つめる。
あのシャロン公爵邸には劣るが、なかなか立派な屋敷には俺の婚約者である彼女がいる。

彼女はレイラが帰ってきたあの日、レイラの代わりであるという価値を失った日、俺に言った。

ただ元に戻るのだ、と。

元に戻るとはすなわち、レイラの代わりではなく、没落寸前の男爵家の何も持たない娘、リリーに戻るということなのだろう。
彼女はレイラが現れたことによって、自由になったのだ。

今までの彼女は、アルトワ夫妻の顔色を伺い、レイラのように振る舞い、俺に婚約破棄されないように最低限のラインを守ってきた。

完璧な令嬢になり、周りの人が求める言葉を欲しい時に吐き、望まれた行動をする。
まるで俺たちの人形だったリリーはもう自由の身だ。
何を選んでもいい、何をしてもいい、全てが彼女の自由。
そこには婚約者の項目だってある。


ーーー彼女は俺以外を選ぶ自由を得たのだ。


彼女が、リリーが、俺ではない誰かを選ぶだなんて耐えられない。
この6年で俺は彼女を愛してしまった。
そしてそんな彼女に救われてきた。

6年前、彼女はどんな俺でも受け入れるしかない、俺だけの哀れで哀れで可哀想な完璧な婚約者になるしかなかった。

俺はそんな彼女を見て、ずっとただただ安堵していた。
彼女の存在こそが、完璧ではない、本当の俺を肯定し続けてくれた。
だからこそ、俺は俺であり続けることができたし、自分を殺さずにすんだ。

けれど、これが成立しているのは、彼女が俺よりも立場が圧倒的に下だったからだ。
俺やシャロンに望まれる完璧な令嬢になる為に、教養も権力も何もない彼女は俺に従うしかなかった。

この6年、彼女は本当によく努力したと思う。
何もできなかった没落寸前の男爵令嬢が、気がつけば、シャロンが望む、この国一のご令嬢にていたのだから。
シャロンが彼女を手放せば、どの家門も彼女を欲しがるほどの優秀さを今の彼女は持っていた。


『完璧でないお前なんかに価値はない。常に完璧であれ』


幼少期から呪いのように吐かれ続けた言葉。
ずっとずっと心の奥底で囁かれ続けた言葉に俺は笑う。
何と嘘みたいな呪いなのだろう、と。

完璧でなくてもいいのだ。
完璧でなくても、彼女なら俺の傍にいてくれる。
どんな俺でも彼女なら俺を肯定してくれる。

そうしなければならないからだとわかっていても、その事実が俺を安心させる。
そしてその事実がたまらなく嬉しくて、俺はたまに約束をすっぽかすなど、彼女を試すようなことをした。

だが、そんなことをしても、彼女は俺を見捨てない。
いつも少しだけ怒って、それでも俺を見つけて、文句を言うだけ。
そんな彼女が俺は愛しくて愛しくて仕方ないのだ。

完璧ではない俺を変わらず、ありのまま受け入れる彼女に何度本当の俺が救われてきたことか。


だが、彼女はもう元に戻る。
アルトワの娘ではなくなる。

そんな真に自由になった彼女が何を望み、何を選ぶのかが、俺にはわからない。

けれどこれだけはわかる。
フローレスに戻るということは、アルトワにいた時のような生活ができなくなるということだ。

ただのリリーには今のリリーのような価値などない。
アルトワからの支援も当然なくなり、事業が軌道に乗り始めたとはいえ、贅沢をできるほどではないだろうし、また少しでも傾けば、フローレスは没落寸前の男爵家に逆戻りするだろう。

そんな不安定な生活を誰が一体望むのだろうか。

俺は彼女に本当の俺を受け入れられて、救われた。
だから今度は俺が彼女を救いたい。

その為の結婚だ。
俺と結婚すれば、彼女は公爵家の者となり、彼女に新たな価値がつく。
ずっと俺といた彼女なら、名ばかりではない、この国の三大貴族の一つ、シャロン公爵家がどれほどの力を有しているのか知っているだろう。

俺を選び、未来の公爵夫人になれば、フローレス男爵家は未来永劫安泰だ。今後一切苦労しなくて済む。

こんな未来なら誰もが望むはずだ。
彼女もきっとそうだろう。

ただのリリーになった彼女に俺を選ばせる。
その為には、常に俺を選ぶこととはどういうことなのか、わからせなければならない。

公爵家の馬車に慣れてしまえば、もうただのどこにでもある馬車には乗れないだろうし、高級食材で作る美味しい料理ばかり食べていれば、もうただの料理では満足できなくなる。
そうやって彼女の日常を、少しずつ俺がいなれば成立しないものへと変えていく。

そこに愛がなくてもいい。
愛があればそれはそれで最高だが、彼女が手に入るのなら、最悪なくてもいい。

ただ利益を見て、未来を見て、当然俺を選べば幸せになれると気づいて俺を選んで欲しいだけ。

大丈夫。リリーなら俺を迷うことなく選ぶ。


遠ざかっていくアルトワ伯爵邸から俺は視線を逸らし、笑みを深めた。


ねぇ、俺を選んで、リリー。



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