逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。

朝比奈未涼

文字の大きさ
26 / 33

26. 2人のレイラ

しおりを挟む



劇場内の準備が整い、ついに入場が始まる。
ウィリアム様が私たちに用意してくれた特別席は個室のようになっており、たくさんの鑑賞席が並ぶ一般席の上から、舞台を観られるようになっていた。
そしてこの落ち着いた空間にはきちんと4つの席があった。



「さあ、どうぞ、レイラ」



ウィリアム様に手を引かれ、まずこの部屋に入ったのは私だった。

部屋に入った私は何となく目に留まった左端の席まで移動し、腰を下ろす。
するとそのままウィリアム様は私の右隣に腰を下ろそうとした。
…したのだが。



「ちょっと待ってください」



それをセオドアが冷たい声で制止した。



「姉さんの隣には僕が座ります。ですからウィリアム様はそこには座らないでください」



こちらにゆっくりと近づいてきたセオドアが、そこから動くようにとウィリアム様を促す。
だが、しかしそんなセオドアの言うことなどもちろんすんなり聞くウィリアム様ではなかった。



「レイラの隣に座るのは婚約者である俺だよ」

「違います。家族である僕です」



にこやかだが、どこか目の笑っていないウィリアム様と、冷たい表情でウィリアム様を睨むセオドアの間にギスギスとした空気が流れる。
何と嫌な空間なのだろうか。



「…じゃあホンモノの家族の隣に座ればいいんじゃないかな?」



お互いに一歩も引かない空気が続く中、ウィリアム様はセオドアにそうにこやかに提案した。



「もちろんそうするつもりですよ。姉さんとアイリス姉さんの間に僕が座るんです」

「ふーん。でも2人ともなんて少々わがままなんじゃない?1人くらいは俺に譲るべきだよ?」

「どちらも譲れません」

「強情だね」



何を言い争っているんだ、全く。

2人のくだらない言い争いを呆れ半分で傍観していると、2人の向こう側、扉の横でどこか寂しげにこちらを見つめるレイラ様の姿が視界に入る。

あれは疎外感を感じている表情ではないだろうか。

無理もない。
レイラ様が行方不明だったこの6年間で、ウィリアム様とセオドアの関係はレイラ様の知らない形へと変わってしまった。
きっとこのくだらない言い争いをする2人が、レイラ様には知らない2人に見えてしまったのだろう。

こんな不毛な言い争いで一番大切な存在を悲しませるだなんて大変よろしくない。

私はこの不毛な言い争いを終わらせる為にその場から立った。
そしてそのまま私の座っていた席にウィリアム様を強制的に座らせ、その右隣に私も座った。



「これでどちらの希望も叶えられるでしょ?不毛な言い争いなんてせずに打開策を考えなさい。私を動かすとかさ」



呆れながらも2人に文句を言う。
するとウィリアム様は、



「そうだね。レイラは左端に絶対座りたいんだと思ってたよ」



と、少しだけ困ったように優しく笑い、セオドアは、



「動けるなら動けると最初から言え。こののろま。アイリス姉さんを待たせるな」



と、とんでもなく冷たい表情でこちらを睨んできた。


あれ?結果私が悪かったことになってない?
何故だ…。



*****



私たちが観にきた流行りの演劇とは『だからこの恋心は消すことにした。』というタイトルの魔法使いと秘書官のラブストーリーだった。

同じようで人種も価値観も違う、魔法使いの男性と秘書官の女性。2人はストーリーの中で互いに惹かれ合い、時にすれ違う。
そのすれ違い方にハラハラさせられたが、最後はとても感動的なもので、涙なしでは見られないものだった。

あまりにも素敵な終わりに思わず泣いてしまいそうになったが、私はそれをグッと堪えた。



「…ぐす」



そんな私の耳にレイラ様のすすり泣く声が聞こえてくる。
全く同じタイミングで私も泣きそうになっていたので、レイラ様のその涙に心の中で私は共感した。

泣けますよね、わかります。



「…アイリス姉さん。ほらハンカチ」

「あ、ありがと、セオ」



レイラ様に共感していると、今度は優しげなセオドアの声とそんなセオドアにお礼を言っているレイラ様の声が聞こえてきた。



「…」



あ、やっぱりダメかも。

レイラ様の涙につられて、私からも堪えていた涙がほろりと流れる。
我慢するつもりだったが、やはり耐えられなかった。



「…っ」



すごく良かった、と静かに泣きながらも、ワンピースのポケットからハンカチを出そうとする。
だがしかし、それは私の右隣にいたセオドアによって止められた。



「こんなところで泣くなよ」



迷惑そうにそう言いながら、セオドアが私の目元に溢れる涙を自身の指で拭う。
私と同じように泣いていたレイラ様にはあんなにも優しい声音で接していたのに、私との温度差が酷すぎる。
レイラ様を愛しすぎている。



「…レイラ、はい」



そんなことを思っていると、私の左隣にいたウィリアム様が私にそっとハンカチを渡してくれた。
私はそれを「…ありがとうございます」とお礼を言い、受け取った。



*****



演劇鑑賞後、特別席に私とレイラ様を残して、ウィリアム様とセオドアはここから離れた。
この劇場内に集まっている貴族たちに軽く挨拶回りをするらしい。
このような場でも交流をせねばならないとは、貴族も大変である。

特別席に座ったまま劇場内を何となく見渡すと、もう演劇は終わったというのにたくさんの人たちがその場に残り、和気あいあいと談笑していた。



「…」



ふとそういえばレイラ様と2人きりになるのは、これが初めてであることに私は気がつく。

レイラ様が帰ってきてもう1ヶ月になるが、常にセオドアやウィリアム様がレイラ様の側にいた為、レイラ様と私が2人きりになることは今の今までなかった。

ウィリアム様もセオドアもアルトワ夫妻もいないこの状況で、レイラ様と一体何を話せばいいのだろうか。
一度も訪れることのなかったこの状況に、私はいつまでも沈黙を貫くわけにはいかないと焦り始めた。

何か、何か話題を見つけなくては。
ここは無難に先ほど見た演劇の内容がいいだろうか。
それとも機会がなく、言えなかった帰還を喜ぶ言葉や労う言葉を伝えるべきか。

そんなことをぐるぐるぐるぐると考えながらも、一つ席を開け、右隣に座るレイラ様をこっそりと盗み見る。



「ねぇ、えっと、レイラ」



するとそのタイミングで何とレイラ様の方が、少しだけ慣れない様子で遠慮がちに私を呼んだ。



「ふふ、やっぱり自分の名前を自分で呼ぶのは慣れないものね」



それからレイラ様はどこかおかしそうにそう言って私に微笑んだ。

め、女神様だ…。

あまりにも可憐に微笑むレイラ様に、今まで考えていたいろいろなことが全て吹っ飛び、そう思う。

私なんかが女神様と呼ばれるべきではない。
ホンモノを前にすれば、ニセモノが如何にニセモノだったのかよくわかる。
レイラ様こそこの国一のご令嬢で、女神様なのだ。



「あのね、レイラ。今までなかなか2人きりになれなくて、きちんと言える機会がなかったから言えなかったのだけれど、ずっと私はアナタにお礼が言いたかったの。本当にありがとう」



まさに女神様のようなレイラ様に心を奪われていると、レイラ様はそんな私に、変装する為に変えている赤い瞳を細めて、お礼を言った。

まさか私なんかにお礼を言ってくださるとは。



「…わ、私はアナタにお礼を言われるようなことはしておりません。私はただ空席だったアナタの席につき、その恩恵を受けていただけで…」

「いいえ、違うわ」



レイラ様からのお礼があまりにも恐れ多すぎて、否定の言葉を並べる。
すると、そんな私の言葉をレイラ様が優しく遮った。



「私が行方不明になって、おかしくなってしまったお父様とお母様が、それでも今普通でいられるのは、アナタが私の代わりをきちんと務めてくれていたからだわ。
それにアナタはただ私の代わりとしてその恩恵を受けるだけではなく、努力をし、私としてこの国一の令嬢でいてくれた。アナタのおかげで私の評価は行方不明前と何も変わらないのよ」



いつの間にか隣の席まで移動していたレイラ様が私の手を両手で優しく包む。



「ウィルとセオもアナタがいたから寂しくなったのよ?」



それからそう言うと、レイラ様は慈悲深い笑みを私に向けた。

…それは違うと思います。

レイラ様があまりにも私を買い被りすぎており、思わず苦笑いを浮かべそうになるが、何とか真剣な表情を作る。
百歩譲って努力を評価してもらえたことは大変恐れ多くも有り難いし、頷けるのだが、ウィリアム様とセオドアが私がいたから寂しくなった、というのは大きな間違いだ。

レイラ様の代わりなどこの世のどこにも存在しておらず、そのいないはずの存在が無理やりそこにいたことが、彼らにとってどれほど不愉快だったことか。
その表れとしてどれだけの嫌味、嫌がらせを受けてきたことか。



「彼らはアナタにずっと会いたがっていました。少なくとも彼らにとって私はアナタの代わりではありませんでした」

「そうかしら。…でもそうね。確かにアナタの言う通り、アナタは彼らにとって、私の代わりではなかったのかもしれない。けれど、この6年で少なくともアナタとして彼らと新たな関係を築けているでしょう?私とはまた確実に違う関係を。それが私は羨ましいの」



ふふ、とどこか寂しげに微笑むレイラ様がゆっくりと私から両手を離す。



「私が失った6年の間にアナタたちは仲を深めたのね。アナタは確実に私とは別の意味で彼らに大切にされているのよ」



悲しげにこちらを見るレイラ様に私は胸が痛んだ。
知らぬ間にできてしまっていた私たちの関係にレイラ様はきっともどかしさを感じているのだろう。



「ウィリアム様もセオドアも、みんなアナタを求めています。アナタを愛しています。私はあくまでもアナタの代わりとしてここにいることを許されている存在です。もうすぐその幻は消えます。アナタの失ってしまった6年を埋めていた存在は消え、何もかも元通りになるのです」



だから何も心配する必要はない。レイラ様はレイラ様らしくいればそれでいいのだ。
そう思いながらもレイラ様をまっすぐ見れば、レイラ様はどこか不安げだったが、嬉しそうにその瞳を細めた。



「ありがとう。私の代わりがアナタで本当によかった。アナタが私の場所を守ってくれたおかげで、私は私の帰るべき場所に帰れるわ」



しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

【完結】二度目の子育て~我が子を可愛がったら溺愛されました

三園 七詩
恋愛
私は一人娘の優里亜の母親だった。 優里亜は幼い頃から体が弱く病院でほとんどの時間を過ごしていた。 優里亜は本が好きでよく私にも本の話をしてくれた。 そんな優里亜の病状が悪化して幼くして亡くなってしまう。 絶望に打ちひしがれている時事件に巻き込まれ私も命を落とした。 そして気がつくと娘の優里亜が大好きだった本の世界に入り込んでいた。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

番(つがい)はいりません

にいるず
恋愛
 私の世界には、番(つがい)という厄介なものがあります。私は番というものが大嫌いです。なぜなら私フェロメナ・パーソンズは、番が理由で婚約解消されたからです。私の母も私が幼い頃、番に父をとられ私たちは捨てられました。でもものすごく番を嫌っている私には、特殊な番の体質があったようです。もうかんべんしてください。静かに生きていきたいのですから。そう思っていたのに外見はキラキラの王子様、でも中身は口を開けば毒舌を吐くどうしようもない正真正銘の王太子様が私の周りをうろつき始めました。 本編、王太子視点、元婚約者視点と続きます。約3万字程度です。よろしくお願いします。  

いい加減な夜食

秋川滝美
恋愛
ハウスクリーニングのバイトをして学費を稼ぐ大学生、谷本佳乃。ある日彼女が、とある豪邸の厨房を清掃していたところ、その屋敷の使用人頭が困り顔でやってきた。聞けば、主が急に帰ってきて、夜食を所望しているという。料理人もとっくに帰った深夜の出来事。軽い気持ちで夜食づくりを引き受けた佳乃が出したのは、賞味期限切れの食材で作り上げた、いい加減なリゾットだった。それから1ヶ月後。突然その家の主に呼び出されたかと思うと、佳乃は専属の夜食係として強引に雇用契約を結ばされてしまい……。ひょんなことから始まる、一風変わった恋物語。

運命の番より真実の愛が欲しい

サトウミ
恋愛
田舎娘のゾーイは龍族の王子・シャウロンの『運命の番』だった。 ロマンチックな恋を夢見るゾーイは『運命の番』であるシャウロンと会えるのを楽しみにしていた。 しかし、シャウロンはゾーイに対して素っ気ない。 運命の番だからといって、必ずしも愛し合う関係だとは限らないらしい。 それを悟ったゾーイは、シャウロンのもとから去ることを決意した。

5年経っても軽率に故郷に戻っては駄目!

158
恋愛
伯爵令嬢であるオリビアは、この世界が前世でやった乙女ゲームの世界であることに気づく。このまま学園に入学してしまうと、死亡エンドの可能性があるため学園に入学する前に家出することにした。婚約者もさらっとスルーして、早や5年。結局誰ルートを主人公は選んだのかしらと軽率にも故郷に舞い戻ってしまい・・・ 2話完結を目指してます!

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

処理中です...