1 / 33
1.リリー・フローレスは死んだ
しおりを挟むその日、没落寸前の男爵家の一人娘、リリー・フローレスは死んだ。
「リリー。お前は我がフローレス男爵家建て直しの為に、アルトワ伯爵家に行くんだ。アルトワ伯爵家のたった1人のご令嬢、レイラ・アルトワ様として」
私の向かい側に座るお父様がそう神妙な面持ちで言う。
同じくお父様の隣に座るお母様もずっとお父様と同じような表情で、時折、心苦しそうに私から視線を逸らしていた。
12年間生きてきた中で初めて乗った豪華な馬車。
私たち没落寸前の男爵家の力では一生乗ることのできなかったもの。
そんなものに今乗って移動しているのは、私が今日からレイラ・アルトワ様になるからだ。
レイラ・アルトワ様。
私と同じ12歳の彼女は、半年前の夏、バカンスの移動中に馬車で事故に遭い、行方不明になった。
事故に遭った馬車に乗っていた伯爵家の者は彼女だけで、行方不明となった彼女をアルトワ伯爵家は必死に探したが、半年経っても彼女を見つけることはできず、代わりに、この国の小さな村で暮らす、レイラ様に瓜二つの没落寸前の男爵家の娘、私、リリー・フローレスを見つけたのだ。
伯爵家は私を見つけた時に、フローレス家に言った。
『どうか、そちらの娘さんを私たちの養子として譲っていただけないか。譲っていただいた暁には、我がアルトワ伯爵家がフローレス男爵家再建の力になりましょう』と。
我が家は何度も言うが、没落寸前の男爵家だ。
男爵とは名ばかりで、ほぼ平民のような存在であり、暮らしも質素、使用人なんてもちろんいない生活を送っていた。
そこら辺の大商人の方がよっぽどいい生活をしているくらいだ。
フローレスの名を守るだけで日々精一杯だった。
そんな私たちに伯爵家の提案は有り難かったが、同時に受け入れ難いものでもあった。
伯爵家の提案を受け入れるということは、最愛のたった1人の娘を売ることと同じだったからだ。
それでも私たちフローレス家はアルトワ家の提案を受け入れた。
私がそうして欲しいと最後に願ったからだ。
私がフローレスのリリーであることを諦めるだけで、お父様とお母様がこれ以上苦労しなくて済むのなら、と。
「どんなことがあってもアルトワ伯爵家の意向に従い、完璧なレイラ様であり続けるんだ。わかったか、リリー」
「…はい、お父様」
毅然とした態度を崩さないお父様だが、その私と同じ空色の瞳には悲しみの色がある。
心なしか私の名前を呼ぶ声に未練や後悔のようなものまで感じた。
私はそんなお父様にただただ返事をすることしかできなかった。
ついに馬車が止まる。
ゆっくりと伯爵家の使用人によって開かれた馬車の扉。
その向こうには見慣れたフローレス家とは全然違う、立派なお屋敷が建っていた。
あそこが今日から私、レイラ・アルトワの家なのだ。
「お父様、お母様。今までありがとう。元気でね」
席から立ち、馬車から降りる前にお父様とお母様の顔を見て、微笑む。
最後だと思うと涙が溢れ、お父様とお母様の姿がぼやけてしまう。
最後だからこそ、目に焼き付けておきたいのに…。
それでも私はもう行かなければならない。
リリーはずっとここへはいられない。
リリー・フローレスはもう死んだのだ。
名残惜しいが、お父様とお母様に背を向け、私は馬車の外へと足を運んだ。
「リリー!」
ずっと何も言わなかったお母様が馬車から身を乗り出して、私の腕を掴む。
「私のリリー!愛しているわ!ずっとずっとよ!」
泣きながらそう叫んだお母様に溢れていた涙がとめどなく流れた。
430
あなたにおすすめの小説
『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』
由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。
婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。
ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。
「君を嫌ったことなど、一度もない」
それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。
勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした
ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!?
容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。
「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」
ところが。
ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。
無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!?
でも、よく考えたら――
私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに)
お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。
これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。
じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――!
本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。
アイデア提供者:ゆう(YuFidi)
URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464
【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~
tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。
番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。
ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。
そして安定のヤンデレさん☆
ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。
別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
私と義弟の安全は確保出来たので、ゆっくり恋人を探そうと思います
織り子
恋愛
18歳で処刑された大公家の令嬢、セレノア・グレイス。
目を覚ますと――あの日の6年前に戻っていた。
まだ無邪気な弟ルシアン、笑う両親。
再び訪れる“反逆の運命”を知るのは、彼女だけ。
――大公家に産まれた時点で、自由な恋愛は諦めていた。だが、本当は他の令嬢達の話を聞くたびにうらやましかった。人生1度きり。もう少し花のある人生を送りたかった。一度でいいから、恋愛をしてみたい。
限られた6年の中で、セレノアは動き出す。
愛する家族を守るため、未来を変えるために。
そして本当の願い(恋愛)を叶えるために。
王弟殿下の番様は溺れるほどの愛をそそがれ幸せに…
ましろ
恋愛
見つけた!愛しい私の番。ようやく手に入れることができた私の宝玉。これからは私のすべてで愛し、護り、共に生きよう。
王弟であるコンラート公爵が番を見つけた。
それは片田舎の貴族とは名ばかりの貧乏男爵の娘だった。物語のような幸運を得た少女に人々は賞賛に沸き立っていた。
貧しかった少女は番に愛されそして……え?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる