逃げたいニセモノ令嬢と逃したくない義弟と婚約者。

朝比奈未涼

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1.リリー・フローレスは死んだ

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その日、没落寸前の男爵家の一人娘、リリー・フローレスは死んだ。



「リリー。お前は我がフローレス男爵家建て直しの為に、アルトワ伯爵家に行くんだ。アルトワ伯爵家のたった1人のご令嬢、レイラ・アルトワ様として」



私の向かい側に座るお父様がそう神妙な面持ちで言う。
同じくお父様の隣に座るお母様もずっとお父様と同じような表情で、時折、心苦しそうに私から視線を逸らしていた。

12年間生きてきた中で初めて乗った豪華な馬車。
私たち没落寸前の男爵家の力では一生乗ることのできなかったもの。
そんなものに今乗って移動しているのは、私が今日からレイラ・アルトワ様になるからだ。

レイラ・アルトワ様。
私と同じ12歳の彼女は、半年前の夏、バカンスの移動中に馬車で事故に遭い、行方不明になった。
事故に遭った馬車に乗っていた伯爵家の者は彼女だけで、行方不明となった彼女をアルトワ伯爵家は必死に探したが、半年経っても彼女を見つけることはできず、代わりに、この国の小さな村で暮らす、レイラ様に瓜二つの没落寸前の男爵家の娘、私、リリー・フローレスを見つけたのだ。

伯爵家は私を見つけた時に、フローレス家に言った。

『どうか、そちらの娘さんを私たちの養子として譲っていただけないか。譲っていただいた暁には、我がアルトワ伯爵家がフローレス男爵家再建の力になりましょう』と。

我が家は何度も言うが、没落寸前の男爵家だ。
男爵とは名ばかりで、ほぼ平民のような存在であり、暮らしも質素、使用人なんてもちろんいない生活を送っていた。
そこら辺の大商人の方がよっぽどいい生活をしているくらいだ。
フローレスの名を守るだけで日々精一杯だった。

そんな私たちに伯爵家の提案は有り難かったが、同時に受け入れ難いものでもあった。
伯爵家の提案を受け入れるということは、最愛のたった1人の娘を売ることと同じだったからだ。

それでも私たちフローレス家はアルトワ家の提案を受け入れた。
私がそうして欲しいと最後に願ったからだ。
私がフローレスのリリーであることを諦めるだけで、お父様とお母様がこれ以上苦労しなくて済むのなら、と。



「どんなことがあってもアルトワ伯爵家の意向に従い、完璧なレイラ様であり続けるんだ。わかったか、リリー」

「…はい、お父様」



毅然とした態度を崩さないお父様だが、その私と同じ空色の瞳には悲しみの色がある。
心なしか私の名前を呼ぶ声に未練や後悔のようなものまで感じた。
私はそんなお父様にただただ返事をすることしかできなかった。


ついに馬車が止まる。
ゆっくりと伯爵家の使用人によって開かれた馬車の扉。
その向こうには見慣れたフローレス家とは全然違う、立派なお屋敷が建っていた。
あそこが今日から私、レイラ・アルトワの家なのだ。



「お父様、お母様。今までありがとう。元気でね」



席から立ち、馬車から降りる前にお父様とお母様の顔を見て、微笑む。
最後だと思うと涙が溢れ、お父様とお母様の姿がぼやけてしまう。

最後だからこそ、目に焼き付けておきたいのに…。

それでも私はもう行かなければならない。
リリーはずっとここへはいられない。

リリー・フローレスはもう死んだのだ。

名残惜しいが、お父様とお母様に背を向け、私は馬車の外へと足を運んだ。



「リリー!」



ずっと何も言わなかったお母様が馬車から身を乗り出して、私の腕を掴む。



「私のリリー!愛しているわ!ずっとずっとよ!」



泣きながらそう叫んだお母様に溢れていた涙がとめどなく流れた。





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