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7巻
7-3
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さて、このまま呪いを放置しておくのはよろしくない。
相手がベアトリスさんを陥れたいのなら、その気持ちをそのまま利用してやる。呪いの効果を違った意味で維持したまま、『構造編集』を実行だ。
『大幅好感度低下』→『大幅好感度○○』→『大幅好感度上昇』
効果:
これまで出会ってきた全ての人々との絆の証とも言える好感度を、九十九パーセント低下させる凶悪な呪い。
↓
これまで出会ってきた全ての人々との絆の証とも言える好感度を、二百十パーセント上昇させる凶悪な呪い。
くくく、低下を上昇へと編集することで、好感度を呪い発動前より二倍も向上させた。システム上、呪いとなっているけど、もはや一種の称号のようになっている。
最後に、『スキル封印』と『魔法封印』も、ステータスと同じように『解放』へと編集したところで、作業終了。この解放系のスキル……じゃなくて呪いの内容は、『常時、解放状態となる呪い』だ。つまり、呪いや魔法により再度封印されそうになっても、このスキル……いや呪いがそういったものを相殺してくれるのだ。
名前 ベアトリス・ミリンシュ
レベル46/HP387/MP822/攻撃321/防御339/敏捷484/器用237/知力329
魔法適性 火・水・風・土・雷・光/魔法攻撃441/魔法防御409/魔力量822
う~ん、基本ステータスだけを見ても、魔力量が際立っている。『魔力循環』や『魔力操作』といった基本スキルも平均レベルが7だから、ここで訓練を続けていけば次第に慣れてきて、魔法関係の数値も上がってくるはず、後は彼女次第かな。
「ベアトリスさん、終了です。ご気分は如何ですか?」
彼女はベッドから離れ、自分の力だけで立ち上がる。自分のステータスを確認し終えたらしく、ゆっくりと両手を握ったり緩めたりを繰り返し、自分の湧き上がる力に困惑しているのか、両手を見続けている。
「凄い……まるで自分じゃないみたいよ。身体の奥底から湧き上がる魔力が、以前のものより大幅にアップしているわ」
ベアトリスさんを見る目が元に戻ったアトカさんたちも、彼女の身に起きた変化に戸惑いを隠しきれていない。
「おいおい、マジかよ。魔力量を構造編集しただけで、明らかに凄みを増しているぞ。ベアトリス、逸る気持ちもわかるが、絶対魔力を外に漏らすな。今のお前は、まだ制御も不完全だろう。感知されたら、クロイスやイミアたちが、ここへ駆けつけてくるからな」
アトカさんによると、現在クロイス女王はビルクさんを筆頭とした臣下たちと、会議中らしい。城内でネーベリック並みの魔力を突然感知したら、大騒ぎになってしまうよね。
「もちろん、わかっています。でも、この湧き上がる力を一刻も早く制御したいので、明日になったら近くのCランクダンジョンに行ってみます。ふふ、楽しみだわ。シャーロット、ありがとね。貰った力、絶対に無駄にしないわ」
Cランクダンジョンなら、今のベアトリスさんでも問題ないね。ルクスさんやトキワさんだっているのだから、暴走も起きないでしょう。彼女の呪いの件もこれで片づいたから、クロイス様が戻り次第、私の話をしていこう。
○○○
「ベアト姉様~呪いが治ったんですね‼ よかった~」
「ちょっとクロイス、みんなが見ているでしょう‼ 離れなさい」
治療完了後、二十分ほどしてからクロイス様とイミアさんがやって来た。クロイス様はベアトリスさんを見た瞬間、大粒の涙を流して彼女の胸へと抱きつき、今の状態となっている。
「嫌です‼ 七年ぶりに会えたのに、姉様は死にかけていたのですよ? 私にとって、姉様は家族なんです。もう……誰も死なせたくありません‼」
クロイス様の親類はエルギス様ただ一人。そんな彼も今は幽閉されているから、甘える相手がいない。だからこそ、ベアトリスさんとの再会が衝撃的だったのだろう。体調が復活したこともあって、甘えに甘えまくっている。
「まったくもう、こんな姿、国民には見せられないわね。シャーロット、ベアトリスの呪いはどうなったの?」
イミアさんも、少し呆れているようだ。
「呪い自体は、今も継続中です。ただし、内容を大きく変更していますが」
そう、彼女のステータスには、『スキル解放』『魔法解放』『ステータス解放』『積重呪力症』『大幅好感度上昇』の五つが今でも記載されている。それらを説明すると……
「それ、呪いじゃなくて、もはやとびきり凄いスキルでしょ?」
「その通りです。しかし、元は呪いによってもたらされていますので、一応呪いの一種です」
「しかも、あなたの『構造編集』スキルで編集されたものは固定されてしまい、基本的に誰も弄れなくなるから、ほとんど呪いとして意味をなしていないじゃないの」
まったくもってその通り。仮にエブリストロ家の連中が呪いの名称に気づいたとしても、絶対に変更できない。最悪、誰かの命を差し出して同じ呪いをかけようとしても、既に存在しているので当事者にはね返ってしまうだろう。『呪いの反射』……か、今の私ならイメージさえ構築できていれば、そういったスキルを作れるかもしれない。
「おいおいクロイス、いい加減ベアトリスから離れろ。ここじゃあ狭いから、会議室に移動して、シャーロットの話を聞こう。ナルカトナ遺跡付近で、スキル販売者と遭遇したらしい」
アトカさん、場を動かしていただき、ありがとうございます。
「え⁉ シャーロット、それは本当ですか?」
クロイス様は、やっとベアトリスさんから離れてくれた。
「はい、真実です。この話に関しては長くなるので、場所を移しましょう」
ここにいるメンバーたちは、今後ユアラと接触する危険性が高い。あいつのことだから、今もどこかで私たちを観察しているかもしれない。『話さない』という選択肢を選んでしまうと、後々危険かもしれないから、こうなったら隠れ里を省いた状態できちんと話していこう。
……ここは会議室、私たちは大きな円形のテーブルを囲み、全員が椅子に座っている。ベアトリスさんもルームウェアのままだと礼儀に反すると感じたのか、上質な冒険服へと着替えている。
私が、ロッキード山で起きた魔物大発生がスキル販売者ユアラの仕業であること、彼女が古代遺跡ナルカトナを一時期乗っ取り、私たちがいいように弄ばれたことを話すと、全員が怒りに身を染めた。
「ユアラと言ったか? 要は、そいつが諸悪の根源ってことかよ」
アトカさんは人相の悪さのせいもあって、顔がかなり怖い。
「その女がエルギス兄様を誑かし、『洗脳』スキルを与えたのですね。大勢の人々が死んだにもかかわらず、一切の反省が見られないとは……ユアラのせいで……父も母も……」
先ほどまで喜びに満ち溢れていたクロイス様も、まだ見ぬユアラを酷く恨んだ。当然だ、あいつのせいで国内の人々が、どれだけ死んだことか。
「シャーロット、俺がユアラと遭遇した場合、単独で勝てると思うか?」
トキワさんからの質問、答えにくいけど、はっきりと言った方がいいよね。
「彼女の力は表向きはBランクですが、底が見えません。私の全力の一撃を、何らかのスキルで完全防御したほどです。多分、トキワさんが『鬼神変化』したとしても、手も足も出ないと思います」
彼は眉をひそめる。
「そこまで……かよ。ガーランド様からの連絡は?」
「現状、ありません。彼女は、自分の存在を他者へ誤認識させるようにシステムを弄っているせいで、ガーランド様も精霊様もかなり苦労しているそうです」
部屋の雰囲気が、重い。相手が、こちらの想定した以上に手強いのだから仕方ない。
「彼女に関しては、私に任せてください。彼女との一戦でさらに強くなりましたし、新たなユニークスキルも開発しました。次出会ったとき、必ず仕留めてみせます‼」
このまま、ユアラを野放しにしてはいけない。必ず、世界に大混乱をもたらす災厄になりかねない。彼女がスキルを一つ販売したことで、ジストニス王国は崩壊しかけたのだから。多分……私の手で、彼女を殺すことになるかもしれない。
「シャーロット、本当にその女を……殺せるのか?」
トキワさんの私を見る目、何か試されているようだ。
「正直言って……私はこの力で同族を殺したことがありません。ですから、『躊躇い』というものが心にあります。ですが、世界の存亡が懸かっているんです。そんな甘いことを言っていられません」
はっきり言って怖いよ。前世でも、人を殺したことがないのだから。ここは異世界、そんな優柔不断な思いを抱いていたら、足をすくわれる。
「シャーロット、アッシュ、リリヤ、お前たちも俺たちの旅に同行しろ」
「「「え⁉」」」
私の迷いを察知したのか、トキワさんが予想外の提案をしてきた。
5話 今後の方針
トキワさんから、まさかの提案が出される。ベアトリスさんのステータスを大きく弄ってしまったから、その責任もあって同行を申し出ようかと思っていたけど、まさか向こうから言ってきてくれるとは思わなかった。
「シャーロット、同族と戦った経験はあるか?」
「実戦での経験は、一度もありません」
そう、人を殺したこともなければ、人と死ぬ気で戦ったこともない。クーデターの際、トキワさんと本気で戦っているけど、あれは実戦とは言いにくい。どちらも相手を殺さないよう、細心の注意を払っていたのだから。
「アッシュは?」
「クーデターのときに、一度だけ経験しています。ただ、軍の人たちを馬鹿深い落とし穴に落として、頂上から石を投げつけただけなので、あれを対人戦と言えるのか微妙ですね」
アッシュさんも隠れ里のカゲロウさんと実戦形式で戦ってはいるけど、殺し合いはしていない。
「リリヤは?」
「アッシュと出会う前の奴隷時代、私は……何度か経験しています。ただ、当時は今以上に弱かったので、遠くから弓で盗賊の頭を射ったり、極限状態の中で短剣を握りしめ、必死になって盗賊たちのお腹を刺した程度ですけど」
そうだった。私たちと出会うまでは、白狐童子のこともあって、色々と苦労していたんだよ。
暴走して白狐童子と入れ替わった際は、密度の濃い対人戦だって経験している。リリヤさん自身は覚えていなくとも、身体にそういった経験が刻み込まれているから、実際に盗賊などの悪人と相対することになっても、苦もなく戦っていける気がする。
「そうなると、問題はやはりシャーロットか。俺たちにとっての切り札とも言えるお前が未経験のままだと、いずれそこを突かれることになる」
う、それは私も思っていました。
「ちょっと、トキワ‼ シャーロットは、まだ七歳よ。さすがに、その歳で同族殺しはまずいでしょう。アトカからも、何か言ってよ」
イミアさん、擁護してくれるのは嬉しいけど、さすがにこればかりは甘えていられません。
「イミア、落ち着け。普通なら俺も反対するところだが、『ユアラ』という存在は危険すぎる。その女と対等に戦える存在は、ここまでの情報だと、シャーロットしかいない。一番気がかりなのは、『ユアラとの戦い方』にある。トキワは、そこを危惧しているんだろ?」
どういうこと? トキワさんも頷いているけど、私の戦い方に何か問題があるの?
「互いの力が拮抗している場合、生半可な技はどちらも通用しない。そういったとき、大抵自分の持つ最高の技で勝負が決まる。シャーロット、ネーベリックを殺したときと同じ方法で、ユアラを殺せるか?」
私が逡巡していると、アトカさんは私の思考を鈍らせるほどの質問を放ってきた。
ネーベリックを討伐したときの最後の技は……げ、『内部破壊』だ‼
あの技をユアラに当てるの⁉ ど……どこに当てても、グロい映像しか思い浮かばない。
「今の表情だけで、覚悟が足りていないことが、よ~くわかった。トキワ、シャーロットに対人戦のイロハを教えてやってくれ」
う、私の顔色だけで悟られてしまった。ユアラだけじゃなくて、同族の悪人に『内部破壊』や『共振破壊』を使いたくない。最後には、木っ端微塵になったグロい光景を強くイメージしてしまうからだ。でも、ここが異世界である以上、人を殺める覚悟を持たないと、最悪みんなが死んでしまう。それだけは、絶対に嫌‼
「わかりました。俺が、みっちりと彼女の心に刻み込ませてやりますよ」
怖いよ、トキワさん⁉ 七歳の子供に、何を教える気だ‼
ユアラの件に関しては話し終えたけど、私はいつか彼女と戦うことになる。捕縛だけしてガーランド様に突き出すことも可能かもしれないけど、今後の関わり方次第では大規模な戦争になることもありえる。対人戦の経験は、絶対に必要だ。ただ、できる限りグロい方法だけはとりたくないから、『内部破壊』や『共振破壊』以外の技も考えておこう。
○○○
『対人戦』についてはひとまず落ち着いたため、次に遺跡関係の話をしていく。
トキワさんも早く知りたいだろうしね。
「次に、『ナルカトナ遺跡の最下層の石碑に何が刻まれていたか?』なんですが、リリヤさん、トキワさん、コウヤさんにとって衝撃的な内容ですので、覚悟を決めて聞いてください」
ベアトリスさんとルクスさんも、ジストニス王国の事情を詳しく知らないだろうから、そういったことも踏まえた上で全てを話していこう。
……全てを話し終えた結果、私とアッシュさん以外の人たちが顔をテーブルに突っ伏した。リリヤさんは石碑の内容を知っているけど、改めて聞かされてもショックなんだね。
「マジかよ。全ては、俺、師匠、リリヤの先祖がしでかしたことが発端なのか。師匠が、俺に教えてくれないはずだ。そもそも、神に戦いを挑むって、どれだけ戦闘狂なんだよ。俺でも、そんな馬鹿げた行為はしないぞ?」
さすがのトキワさんも、かなりショックのようだ。
「クロイス様、申し訳ありません。全ては、私たちの先祖が悪いんです」
リリヤさんが謝罪する必要はないんだけど、まあ内容が内容だけに言っちゃうよね。
「あ……はは……まさか、『ジストニス王国の異変』に『禿げ』が関わっていたなんてね。毛生え薬の開発で、こんな事態に陥るなんて……」
ベアトリスさんも、胸中複雑だろう。国宝のオーパーツ『魔剛障壁』を使い外界と隔絶した理由に『毛生え薬』が関わっていたなんて、絶句しても仕方ないと思う。
「も……もう終わったことですから。ベアト姉様、『毛生え薬』に関しては各国の首脳陣に言わないでくださいね。国の威厳が保てません」
ここまでの話し合いで、魔剛障壁に関しては既に解かれていることを、クロイス様の口から聞いた。ハーモニック大陸の全国家には、理由も含めて大型通信機で通達されている。
研究の失敗で、ザウルス族ネーベリックがSランクの力を身につけ凶暴化したこと、その力が余りに強大すぎたため、各国に被害が及ばないよう、物理、スキル、魔法などの攻撃全てを隔絶させる魔剛障壁を前触れもなく突然敷いてしまったこと。それらを説明し謝罪したことで、みな納得してくれた。
真実を言ったら、ジストニス王国の威厳が失墜し、どの国からも馬鹿にされるだろう。
「い……言わないわよ。そもそも指名手配されているから、そんな連中と会えもしないわ」
ある意味、助かります。
「つうか、土精霊様もそんな石碑を三千年以上も守っていたのかよ。まあ、そのおかげで、全ての謎が解けた。『禿げの功労賞』と言ったか? シャーロット、アッシュ、リリヤの三人は、『洗髪』スキルを他者に付与でき、洗髪すればどんな呪いも解呪できるわけか?」
ようやく復活したアトカさんも顔を上げ、心境を語る。
「はい、エルギス様の件もありますから、対処方法を伺おうと元々こちらへ戻る予定でした」
現在、国内の『洗髪』スキル所持者は、非常に少ない。王族貴族ともなると、エルギス様ただ一人。今もあの方は貴族たちを洗髪していると聞く。私たちの新スキルをどう扱うべきか、それをクロイス様に問いたい。私が彼女を見ると、すぐに今後の対応について口を開いた。
「『シャーロットの対人戦教育』『洗髪スキルへの対処』『ベアト姉様の魔力制御』。この三点が当面の問題ですね。それならば、ベアト姉様が王都内のダンジョンで増大した魔力の制御訓練を実施する。その間、トキワもしくはアトカが、シャーロットとアッシュに対人戦教育を施す。リリヤは孤児院の子供たちに『洗髪』スキルを付与して、その方法を教えていく。当面の間、これで進めてみましょう」
クロイス様の意見に、みんなが賛同する。私としても、この提案はありがたい。いきなり盗賊と戦闘とかになったら、多分頭がショートして、何かしでかしそうな気がする。あ、でも私には『状態異常無効化』スキルがあるから、グロい方法で人を殺めたとしても何も感じないか……あはは、それはそれで大問題だよ‼ そういったことも踏まえて、アトカさんとトキワさんに何らかのアドバイスを貰おう。
みんなにとって衝撃的な内容の会議ではあったけど、今後の方針が決まったことで、私の心も落ち着いた。特に、アトカさんとトキワさんから対人戦の手解きをしてもらえるのは非常に嬉しい。私の攻撃力がゼロである以上、攻撃手段がかなり限られてしまうものの、三人で相談していけば、何か別の方法を思いつくはずだ。
話し合いが終了し、クロイス様は女王の業務を再開するため会議室を出ていき、イミアさんも護衛のため一緒に出て行った。アッシュさんとリリヤさんが私のもとへ来たので、今後の相談をしようと思ったら、ベアトリスさんとルクスさんも私の方へやって来た。
「シャーロット、私の事情に巻き込んでしまって、ごめんなさいね」
ベアトリスさんも複雑な事情を抱えているから、無理もない。でもさ……
「いえ、それはこちらも同じです。ユアラのことを話してしまった以上、彼女の方からベアトリスさんやルクスさんに接触してくる可能性がありますから」
その名を口にすると、二人は眉をひそめる。
「ユアラ……か、もしかしたら既にサーベント王国に侵入して、何か仕掛けているかもしれないわね」
「ベアトリス様の抱える謎の嫉妬心も、ユアラの仕業でしょうか?」
ルクスさんの言いたいこともわかるけど、そこまではわからない。
「現時点では、何とも言えません。サーベント王国王都に出向いて、シンシアさんや王太子様を構造解析すれば、何か進展が見られると思います」
私自身、ユアラに関しては……
『スキルを他者に販売可能なこと』
『本人も、私の接近を許さないほどの強力なスキルや魔法の使い手であること』
『ドレイクというフロストドラゴンを従魔にしていること』
『自分の存在を他者に置き換え、ガーランド様の目を欺けること』
『ガーランド様の制作したシステムの一部を一時的に乗っ取るほどの力を有していること』
この五点以外、何もわからない状態だ。
彼女が接触してこない今のうちに、多くの経験を積んでおかないといけない。
「そうね。あなたの力に頼ってしまうことになるけど、今後ともよろしくね。何かわからないことがあったら、私かルクスに聞いてちょうだい。サーベント王国内のことなら、大抵のことはわかるわ」
そういえば、アイリーンさんから聞いた情報に、サーベント王国の遺跡名があったような?
たしか、名前は……
「クックイス遺跡‼」
「え、突然どうしたの?」
おっといけない。大声を出したから、二人を驚かせてしまった。私の事情は、アトカさんやトキワさんから聞いていると思うし、普通に質問すればいいか。
「サーベント王国の中でも、『クックイス遺跡』だけは制覇されておらず、最下層にあるとされる石碑の内容も不明と聞いています。この遺跡について、どんな些細な情報でもいいので教えてくれませんか?」
本来、カッシーナでアイリーンさんから聞こうと思っていたのだけど、そんな暇がなかった。サーベント王国出身の彼女たちなら何か知っているかもしれない。
6話 クックイス遺跡の正体
私の目と声色から真剣さが伝わったのか、ベアトリスさんが話し出す。
「シャーロット、あなたの事情はトキワから聞いているわ。期待しているところ申し訳ないんだけど、『クックイス遺跡』自体はナルカトナと違ってダンジョン化していないの」
は? ダンジョンじゃない? でも、アイリーンさんは……
「五十年くらい前から、雷精霊様がクックイス遺跡を使って、毎年一回大規模なイベントを開催しているのよ。死者も出る危険な催し物だけど、優勝賞品が豪華なことから、このイベントは口コミでハーモニック大陸中に広まったわ。まあ、口コミのせいもあって、歪んだ情報が一部で伝わってしまい、世間一般にはナルカトナ遺跡に次ぐ高ランクダンジョンと言われているのよ」
イベント?
「ということは、石碑はないんですか?」
「ええ、ないわ」
はっきりと断言されたよ。
これは、想定外の情報だ~。まあ、物事は前向きに捉えよう。
「毎年一回限りのイベントって、何をやっているんですか?」
年一回しか実施されないイベントで、どうしてジストニス王国にまで名が広まっているのだろう?
「クイズ大会よ」
「は、クイズ?」
……驚きの連続だよ。雷精霊様が主体となって、クイズ大会を開催しているとは。
「遥か昔、クックイス遺跡は闘技場として使用されていたわ。『戦闘奴隷対魔物』『戦闘奴隷対戦闘奴隷』『魔物対魔物』という具合でね。そこでは、どちらが勝つのかという賭けごとも実施され、かなり収益を上げていたらしいわ」
古代ローマのコロッセオと似ているような気もする。
「遺跡の形が、ドーム状でかなり広い。中央が闘技場、周辺部が観客席になっていて、多分二万人くらい入るんじゃないかしら?」
「「「二万人⁉」」」
日本の『とあるドーム』みたいだ。
雷精霊様にとって、そこがクイズ大会を実施できる理想的な会場なんだね。
「ルクス、参加者って何人くらいだった?」
「ここ最近はわかりませんが、私の知る限りでは二千人を超えていたと思います」
「「「二千人⁉」」」
私と同じく、ずっと話を聞いていたアッシュさんやリリヤさんも、これらの人数には驚いたようだ。いくらなんでも、収容人数二万人と参加者二千人は多すぎだよ。
「はい、参加者があまりに多いので、予選に関しては『○×クイズ』や『バトルロイヤル』といった感じの全員参加のクイズが主体となっています」
ちょっと~『○×』はわかるとして、『バトルロイヤル』はクイズじゃないでしょうに‼ どうやって、クイズとして成り立たせているのよ~。
「優勝商品は、『本人の望む願い事を一つ叶える』ですね」
ツッコミどころが多すぎる。願い事の内容って、人それぞれ違うし、いくら精霊様でも叶えられないものもあるはずだよ。というか、私の願い事って……
『ユアラを捕縛する』
『アストレカ大陸エルディア王国に住む両親のもとへ帰還する』
『転移魔法の取得』
この三つだ。
私自身、ガーランド様と会っているから、ユアラ以外の願い事に関してはあの方に直接要求すれば、本来は叶うんだよ。でも、神様自身に自力で帰るよう言われているし、転移魔法に関してはヒントしか貰えていない。つまり、雷精霊様にお願いしても、私の望みは絶対に叶えられない。
「シャーロット様、そんなに悲観することはありませんよ」
落ち込む私に、ルクスさんが優しく声をかけてくれた。
相手がベアトリスさんを陥れたいのなら、その気持ちをそのまま利用してやる。呪いの効果を違った意味で維持したまま、『構造編集』を実行だ。
『大幅好感度低下』→『大幅好感度○○』→『大幅好感度上昇』
効果:
これまで出会ってきた全ての人々との絆の証とも言える好感度を、九十九パーセント低下させる凶悪な呪い。
↓
これまで出会ってきた全ての人々との絆の証とも言える好感度を、二百十パーセント上昇させる凶悪な呪い。
くくく、低下を上昇へと編集することで、好感度を呪い発動前より二倍も向上させた。システム上、呪いとなっているけど、もはや一種の称号のようになっている。
最後に、『スキル封印』と『魔法封印』も、ステータスと同じように『解放』へと編集したところで、作業終了。この解放系のスキル……じゃなくて呪いの内容は、『常時、解放状態となる呪い』だ。つまり、呪いや魔法により再度封印されそうになっても、このスキル……いや呪いがそういったものを相殺してくれるのだ。
名前 ベアトリス・ミリンシュ
レベル46/HP387/MP822/攻撃321/防御339/敏捷484/器用237/知力329
魔法適性 火・水・風・土・雷・光/魔法攻撃441/魔法防御409/魔力量822
う~ん、基本ステータスだけを見ても、魔力量が際立っている。『魔力循環』や『魔力操作』といった基本スキルも平均レベルが7だから、ここで訓練を続けていけば次第に慣れてきて、魔法関係の数値も上がってくるはず、後は彼女次第かな。
「ベアトリスさん、終了です。ご気分は如何ですか?」
彼女はベッドから離れ、自分の力だけで立ち上がる。自分のステータスを確認し終えたらしく、ゆっくりと両手を握ったり緩めたりを繰り返し、自分の湧き上がる力に困惑しているのか、両手を見続けている。
「凄い……まるで自分じゃないみたいよ。身体の奥底から湧き上がる魔力が、以前のものより大幅にアップしているわ」
ベアトリスさんを見る目が元に戻ったアトカさんたちも、彼女の身に起きた変化に戸惑いを隠しきれていない。
「おいおい、マジかよ。魔力量を構造編集しただけで、明らかに凄みを増しているぞ。ベアトリス、逸る気持ちもわかるが、絶対魔力を外に漏らすな。今のお前は、まだ制御も不完全だろう。感知されたら、クロイスやイミアたちが、ここへ駆けつけてくるからな」
アトカさんによると、現在クロイス女王はビルクさんを筆頭とした臣下たちと、会議中らしい。城内でネーベリック並みの魔力を突然感知したら、大騒ぎになってしまうよね。
「もちろん、わかっています。でも、この湧き上がる力を一刻も早く制御したいので、明日になったら近くのCランクダンジョンに行ってみます。ふふ、楽しみだわ。シャーロット、ありがとね。貰った力、絶対に無駄にしないわ」
Cランクダンジョンなら、今のベアトリスさんでも問題ないね。ルクスさんやトキワさんだっているのだから、暴走も起きないでしょう。彼女の呪いの件もこれで片づいたから、クロイス様が戻り次第、私の話をしていこう。
○○○
「ベアト姉様~呪いが治ったんですね‼ よかった~」
「ちょっとクロイス、みんなが見ているでしょう‼ 離れなさい」
治療完了後、二十分ほどしてからクロイス様とイミアさんがやって来た。クロイス様はベアトリスさんを見た瞬間、大粒の涙を流して彼女の胸へと抱きつき、今の状態となっている。
「嫌です‼ 七年ぶりに会えたのに、姉様は死にかけていたのですよ? 私にとって、姉様は家族なんです。もう……誰も死なせたくありません‼」
クロイス様の親類はエルギス様ただ一人。そんな彼も今は幽閉されているから、甘える相手がいない。だからこそ、ベアトリスさんとの再会が衝撃的だったのだろう。体調が復活したこともあって、甘えに甘えまくっている。
「まったくもう、こんな姿、国民には見せられないわね。シャーロット、ベアトリスの呪いはどうなったの?」
イミアさんも、少し呆れているようだ。
「呪い自体は、今も継続中です。ただし、内容を大きく変更していますが」
そう、彼女のステータスには、『スキル解放』『魔法解放』『ステータス解放』『積重呪力症』『大幅好感度上昇』の五つが今でも記載されている。それらを説明すると……
「それ、呪いじゃなくて、もはやとびきり凄いスキルでしょ?」
「その通りです。しかし、元は呪いによってもたらされていますので、一応呪いの一種です」
「しかも、あなたの『構造編集』スキルで編集されたものは固定されてしまい、基本的に誰も弄れなくなるから、ほとんど呪いとして意味をなしていないじゃないの」
まったくもってその通り。仮にエブリストロ家の連中が呪いの名称に気づいたとしても、絶対に変更できない。最悪、誰かの命を差し出して同じ呪いをかけようとしても、既に存在しているので当事者にはね返ってしまうだろう。『呪いの反射』……か、今の私ならイメージさえ構築できていれば、そういったスキルを作れるかもしれない。
「おいおいクロイス、いい加減ベアトリスから離れろ。ここじゃあ狭いから、会議室に移動して、シャーロットの話を聞こう。ナルカトナ遺跡付近で、スキル販売者と遭遇したらしい」
アトカさん、場を動かしていただき、ありがとうございます。
「え⁉ シャーロット、それは本当ですか?」
クロイス様は、やっとベアトリスさんから離れてくれた。
「はい、真実です。この話に関しては長くなるので、場所を移しましょう」
ここにいるメンバーたちは、今後ユアラと接触する危険性が高い。あいつのことだから、今もどこかで私たちを観察しているかもしれない。『話さない』という選択肢を選んでしまうと、後々危険かもしれないから、こうなったら隠れ里を省いた状態できちんと話していこう。
……ここは会議室、私たちは大きな円形のテーブルを囲み、全員が椅子に座っている。ベアトリスさんもルームウェアのままだと礼儀に反すると感じたのか、上質な冒険服へと着替えている。
私が、ロッキード山で起きた魔物大発生がスキル販売者ユアラの仕業であること、彼女が古代遺跡ナルカトナを一時期乗っ取り、私たちがいいように弄ばれたことを話すと、全員が怒りに身を染めた。
「ユアラと言ったか? 要は、そいつが諸悪の根源ってことかよ」
アトカさんは人相の悪さのせいもあって、顔がかなり怖い。
「その女がエルギス兄様を誑かし、『洗脳』スキルを与えたのですね。大勢の人々が死んだにもかかわらず、一切の反省が見られないとは……ユアラのせいで……父も母も……」
先ほどまで喜びに満ち溢れていたクロイス様も、まだ見ぬユアラを酷く恨んだ。当然だ、あいつのせいで国内の人々が、どれだけ死んだことか。
「シャーロット、俺がユアラと遭遇した場合、単独で勝てると思うか?」
トキワさんからの質問、答えにくいけど、はっきりと言った方がいいよね。
「彼女の力は表向きはBランクですが、底が見えません。私の全力の一撃を、何らかのスキルで完全防御したほどです。多分、トキワさんが『鬼神変化』したとしても、手も足も出ないと思います」
彼は眉をひそめる。
「そこまで……かよ。ガーランド様からの連絡は?」
「現状、ありません。彼女は、自分の存在を他者へ誤認識させるようにシステムを弄っているせいで、ガーランド様も精霊様もかなり苦労しているそうです」
部屋の雰囲気が、重い。相手が、こちらの想定した以上に手強いのだから仕方ない。
「彼女に関しては、私に任せてください。彼女との一戦でさらに強くなりましたし、新たなユニークスキルも開発しました。次出会ったとき、必ず仕留めてみせます‼」
このまま、ユアラを野放しにしてはいけない。必ず、世界に大混乱をもたらす災厄になりかねない。彼女がスキルを一つ販売したことで、ジストニス王国は崩壊しかけたのだから。多分……私の手で、彼女を殺すことになるかもしれない。
「シャーロット、本当にその女を……殺せるのか?」
トキワさんの私を見る目、何か試されているようだ。
「正直言って……私はこの力で同族を殺したことがありません。ですから、『躊躇い』というものが心にあります。ですが、世界の存亡が懸かっているんです。そんな甘いことを言っていられません」
はっきり言って怖いよ。前世でも、人を殺したことがないのだから。ここは異世界、そんな優柔不断な思いを抱いていたら、足をすくわれる。
「シャーロット、アッシュ、リリヤ、お前たちも俺たちの旅に同行しろ」
「「「え⁉」」」
私の迷いを察知したのか、トキワさんが予想外の提案をしてきた。
5話 今後の方針
トキワさんから、まさかの提案が出される。ベアトリスさんのステータスを大きく弄ってしまったから、その責任もあって同行を申し出ようかと思っていたけど、まさか向こうから言ってきてくれるとは思わなかった。
「シャーロット、同族と戦った経験はあるか?」
「実戦での経験は、一度もありません」
そう、人を殺したこともなければ、人と死ぬ気で戦ったこともない。クーデターの際、トキワさんと本気で戦っているけど、あれは実戦とは言いにくい。どちらも相手を殺さないよう、細心の注意を払っていたのだから。
「アッシュは?」
「クーデターのときに、一度だけ経験しています。ただ、軍の人たちを馬鹿深い落とし穴に落として、頂上から石を投げつけただけなので、あれを対人戦と言えるのか微妙ですね」
アッシュさんも隠れ里のカゲロウさんと実戦形式で戦ってはいるけど、殺し合いはしていない。
「リリヤは?」
「アッシュと出会う前の奴隷時代、私は……何度か経験しています。ただ、当時は今以上に弱かったので、遠くから弓で盗賊の頭を射ったり、極限状態の中で短剣を握りしめ、必死になって盗賊たちのお腹を刺した程度ですけど」
そうだった。私たちと出会うまでは、白狐童子のこともあって、色々と苦労していたんだよ。
暴走して白狐童子と入れ替わった際は、密度の濃い対人戦だって経験している。リリヤさん自身は覚えていなくとも、身体にそういった経験が刻み込まれているから、実際に盗賊などの悪人と相対することになっても、苦もなく戦っていける気がする。
「そうなると、問題はやはりシャーロットか。俺たちにとっての切り札とも言えるお前が未経験のままだと、いずれそこを突かれることになる」
う、それは私も思っていました。
「ちょっと、トキワ‼ シャーロットは、まだ七歳よ。さすがに、その歳で同族殺しはまずいでしょう。アトカからも、何か言ってよ」
イミアさん、擁護してくれるのは嬉しいけど、さすがにこればかりは甘えていられません。
「イミア、落ち着け。普通なら俺も反対するところだが、『ユアラ』という存在は危険すぎる。その女と対等に戦える存在は、ここまでの情報だと、シャーロットしかいない。一番気がかりなのは、『ユアラとの戦い方』にある。トキワは、そこを危惧しているんだろ?」
どういうこと? トキワさんも頷いているけど、私の戦い方に何か問題があるの?
「互いの力が拮抗している場合、生半可な技はどちらも通用しない。そういったとき、大抵自分の持つ最高の技で勝負が決まる。シャーロット、ネーベリックを殺したときと同じ方法で、ユアラを殺せるか?」
私が逡巡していると、アトカさんは私の思考を鈍らせるほどの質問を放ってきた。
ネーベリックを討伐したときの最後の技は……げ、『内部破壊』だ‼
あの技をユアラに当てるの⁉ ど……どこに当てても、グロい映像しか思い浮かばない。
「今の表情だけで、覚悟が足りていないことが、よ~くわかった。トキワ、シャーロットに対人戦のイロハを教えてやってくれ」
う、私の顔色だけで悟られてしまった。ユアラだけじゃなくて、同族の悪人に『内部破壊』や『共振破壊』を使いたくない。最後には、木っ端微塵になったグロい光景を強くイメージしてしまうからだ。でも、ここが異世界である以上、人を殺める覚悟を持たないと、最悪みんなが死んでしまう。それだけは、絶対に嫌‼
「わかりました。俺が、みっちりと彼女の心に刻み込ませてやりますよ」
怖いよ、トキワさん⁉ 七歳の子供に、何を教える気だ‼
ユアラの件に関しては話し終えたけど、私はいつか彼女と戦うことになる。捕縛だけしてガーランド様に突き出すことも可能かもしれないけど、今後の関わり方次第では大規模な戦争になることもありえる。対人戦の経験は、絶対に必要だ。ただ、できる限りグロい方法だけはとりたくないから、『内部破壊』や『共振破壊』以外の技も考えておこう。
○○○
『対人戦』についてはひとまず落ち着いたため、次に遺跡関係の話をしていく。
トキワさんも早く知りたいだろうしね。
「次に、『ナルカトナ遺跡の最下層の石碑に何が刻まれていたか?』なんですが、リリヤさん、トキワさん、コウヤさんにとって衝撃的な内容ですので、覚悟を決めて聞いてください」
ベアトリスさんとルクスさんも、ジストニス王国の事情を詳しく知らないだろうから、そういったことも踏まえた上で全てを話していこう。
……全てを話し終えた結果、私とアッシュさん以外の人たちが顔をテーブルに突っ伏した。リリヤさんは石碑の内容を知っているけど、改めて聞かされてもショックなんだね。
「マジかよ。全ては、俺、師匠、リリヤの先祖がしでかしたことが発端なのか。師匠が、俺に教えてくれないはずだ。そもそも、神に戦いを挑むって、どれだけ戦闘狂なんだよ。俺でも、そんな馬鹿げた行為はしないぞ?」
さすがのトキワさんも、かなりショックのようだ。
「クロイス様、申し訳ありません。全ては、私たちの先祖が悪いんです」
リリヤさんが謝罪する必要はないんだけど、まあ内容が内容だけに言っちゃうよね。
「あ……はは……まさか、『ジストニス王国の異変』に『禿げ』が関わっていたなんてね。毛生え薬の開発で、こんな事態に陥るなんて……」
ベアトリスさんも、胸中複雑だろう。国宝のオーパーツ『魔剛障壁』を使い外界と隔絶した理由に『毛生え薬』が関わっていたなんて、絶句しても仕方ないと思う。
「も……もう終わったことですから。ベアト姉様、『毛生え薬』に関しては各国の首脳陣に言わないでくださいね。国の威厳が保てません」
ここまでの話し合いで、魔剛障壁に関しては既に解かれていることを、クロイス様の口から聞いた。ハーモニック大陸の全国家には、理由も含めて大型通信機で通達されている。
研究の失敗で、ザウルス族ネーベリックがSランクの力を身につけ凶暴化したこと、その力が余りに強大すぎたため、各国に被害が及ばないよう、物理、スキル、魔法などの攻撃全てを隔絶させる魔剛障壁を前触れもなく突然敷いてしまったこと。それらを説明し謝罪したことで、みな納得してくれた。
真実を言ったら、ジストニス王国の威厳が失墜し、どの国からも馬鹿にされるだろう。
「い……言わないわよ。そもそも指名手配されているから、そんな連中と会えもしないわ」
ある意味、助かります。
「つうか、土精霊様もそんな石碑を三千年以上も守っていたのかよ。まあ、そのおかげで、全ての謎が解けた。『禿げの功労賞』と言ったか? シャーロット、アッシュ、リリヤの三人は、『洗髪』スキルを他者に付与でき、洗髪すればどんな呪いも解呪できるわけか?」
ようやく復活したアトカさんも顔を上げ、心境を語る。
「はい、エルギス様の件もありますから、対処方法を伺おうと元々こちらへ戻る予定でした」
現在、国内の『洗髪』スキル所持者は、非常に少ない。王族貴族ともなると、エルギス様ただ一人。今もあの方は貴族たちを洗髪していると聞く。私たちの新スキルをどう扱うべきか、それをクロイス様に問いたい。私が彼女を見ると、すぐに今後の対応について口を開いた。
「『シャーロットの対人戦教育』『洗髪スキルへの対処』『ベアト姉様の魔力制御』。この三点が当面の問題ですね。それならば、ベアト姉様が王都内のダンジョンで増大した魔力の制御訓練を実施する。その間、トキワもしくはアトカが、シャーロットとアッシュに対人戦教育を施す。リリヤは孤児院の子供たちに『洗髪』スキルを付与して、その方法を教えていく。当面の間、これで進めてみましょう」
クロイス様の意見に、みんなが賛同する。私としても、この提案はありがたい。いきなり盗賊と戦闘とかになったら、多分頭がショートして、何かしでかしそうな気がする。あ、でも私には『状態異常無効化』スキルがあるから、グロい方法で人を殺めたとしても何も感じないか……あはは、それはそれで大問題だよ‼ そういったことも踏まえて、アトカさんとトキワさんに何らかのアドバイスを貰おう。
みんなにとって衝撃的な内容の会議ではあったけど、今後の方針が決まったことで、私の心も落ち着いた。特に、アトカさんとトキワさんから対人戦の手解きをしてもらえるのは非常に嬉しい。私の攻撃力がゼロである以上、攻撃手段がかなり限られてしまうものの、三人で相談していけば、何か別の方法を思いつくはずだ。
話し合いが終了し、クロイス様は女王の業務を再開するため会議室を出ていき、イミアさんも護衛のため一緒に出て行った。アッシュさんとリリヤさんが私のもとへ来たので、今後の相談をしようと思ったら、ベアトリスさんとルクスさんも私の方へやって来た。
「シャーロット、私の事情に巻き込んでしまって、ごめんなさいね」
ベアトリスさんも複雑な事情を抱えているから、無理もない。でもさ……
「いえ、それはこちらも同じです。ユアラのことを話してしまった以上、彼女の方からベアトリスさんやルクスさんに接触してくる可能性がありますから」
その名を口にすると、二人は眉をひそめる。
「ユアラ……か、もしかしたら既にサーベント王国に侵入して、何か仕掛けているかもしれないわね」
「ベアトリス様の抱える謎の嫉妬心も、ユアラの仕業でしょうか?」
ルクスさんの言いたいこともわかるけど、そこまではわからない。
「現時点では、何とも言えません。サーベント王国王都に出向いて、シンシアさんや王太子様を構造解析すれば、何か進展が見られると思います」
私自身、ユアラに関しては……
『スキルを他者に販売可能なこと』
『本人も、私の接近を許さないほどの強力なスキルや魔法の使い手であること』
『ドレイクというフロストドラゴンを従魔にしていること』
『自分の存在を他者に置き換え、ガーランド様の目を欺けること』
『ガーランド様の制作したシステムの一部を一時的に乗っ取るほどの力を有していること』
この五点以外、何もわからない状態だ。
彼女が接触してこない今のうちに、多くの経験を積んでおかないといけない。
「そうね。あなたの力に頼ってしまうことになるけど、今後ともよろしくね。何かわからないことがあったら、私かルクスに聞いてちょうだい。サーベント王国内のことなら、大抵のことはわかるわ」
そういえば、アイリーンさんから聞いた情報に、サーベント王国の遺跡名があったような?
たしか、名前は……
「クックイス遺跡‼」
「え、突然どうしたの?」
おっといけない。大声を出したから、二人を驚かせてしまった。私の事情は、アトカさんやトキワさんから聞いていると思うし、普通に質問すればいいか。
「サーベント王国の中でも、『クックイス遺跡』だけは制覇されておらず、最下層にあるとされる石碑の内容も不明と聞いています。この遺跡について、どんな些細な情報でもいいので教えてくれませんか?」
本来、カッシーナでアイリーンさんから聞こうと思っていたのだけど、そんな暇がなかった。サーベント王国出身の彼女たちなら何か知っているかもしれない。
6話 クックイス遺跡の正体
私の目と声色から真剣さが伝わったのか、ベアトリスさんが話し出す。
「シャーロット、あなたの事情はトキワから聞いているわ。期待しているところ申し訳ないんだけど、『クックイス遺跡』自体はナルカトナと違ってダンジョン化していないの」
は? ダンジョンじゃない? でも、アイリーンさんは……
「五十年くらい前から、雷精霊様がクックイス遺跡を使って、毎年一回大規模なイベントを開催しているのよ。死者も出る危険な催し物だけど、優勝賞品が豪華なことから、このイベントは口コミでハーモニック大陸中に広まったわ。まあ、口コミのせいもあって、歪んだ情報が一部で伝わってしまい、世間一般にはナルカトナ遺跡に次ぐ高ランクダンジョンと言われているのよ」
イベント?
「ということは、石碑はないんですか?」
「ええ、ないわ」
はっきりと断言されたよ。
これは、想定外の情報だ~。まあ、物事は前向きに捉えよう。
「毎年一回限りのイベントって、何をやっているんですか?」
年一回しか実施されないイベントで、どうしてジストニス王国にまで名が広まっているのだろう?
「クイズ大会よ」
「は、クイズ?」
……驚きの連続だよ。雷精霊様が主体となって、クイズ大会を開催しているとは。
「遥か昔、クックイス遺跡は闘技場として使用されていたわ。『戦闘奴隷対魔物』『戦闘奴隷対戦闘奴隷』『魔物対魔物』という具合でね。そこでは、どちらが勝つのかという賭けごとも実施され、かなり収益を上げていたらしいわ」
古代ローマのコロッセオと似ているような気もする。
「遺跡の形が、ドーム状でかなり広い。中央が闘技場、周辺部が観客席になっていて、多分二万人くらい入るんじゃないかしら?」
「「「二万人⁉」」」
日本の『とあるドーム』みたいだ。
雷精霊様にとって、そこがクイズ大会を実施できる理想的な会場なんだね。
「ルクス、参加者って何人くらいだった?」
「ここ最近はわかりませんが、私の知る限りでは二千人を超えていたと思います」
「「「二千人⁉」」」
私と同じく、ずっと話を聞いていたアッシュさんやリリヤさんも、これらの人数には驚いたようだ。いくらなんでも、収容人数二万人と参加者二千人は多すぎだよ。
「はい、参加者があまりに多いので、予選に関しては『○×クイズ』や『バトルロイヤル』といった感じの全員参加のクイズが主体となっています」
ちょっと~『○×』はわかるとして、『バトルロイヤル』はクイズじゃないでしょうに‼ どうやって、クイズとして成り立たせているのよ~。
「優勝商品は、『本人の望む願い事を一つ叶える』ですね」
ツッコミどころが多すぎる。願い事の内容って、人それぞれ違うし、いくら精霊様でも叶えられないものもあるはずだよ。というか、私の願い事って……
『ユアラを捕縛する』
『アストレカ大陸エルディア王国に住む両親のもとへ帰還する』
『転移魔法の取得』
この三つだ。
私自身、ガーランド様と会っているから、ユアラ以外の願い事に関してはあの方に直接要求すれば、本来は叶うんだよ。でも、神様自身に自力で帰るよう言われているし、転移魔法に関してはヒントしか貰えていない。つまり、雷精霊様にお願いしても、私の望みは絶対に叶えられない。
「シャーロット様、そんなに悲観することはありませんよ」
落ち込む私に、ルクスさんが優しく声をかけてくれた。
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