薔薇を抱いて眠れ

sorarion914

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第1章・狼煙

#1

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 11月の陽気にしては暖かく、天気の良い日曜日だった。

 何をするのでもなく縁側にじっと腰かけていると、うらうらと照り付ける日差しが心地よい眠気を誘う。
 もうあらかた散ってしまった金木犀の小さな花が、まるで橙色の絨毯のように庭の一角を染めていた。そこから、あの甘い匂いが風に乗って運ばれてくる。

「いい匂い……」

 清宮唯人きよみやゆいとはその匂いに、夢現ゆめうつつの様な気持ちになって目を閉じた。
 縁側の窓辺にもたれ、こうして目を閉じていると、このまま本当に眠ってしまいそうだった……というと、まるで年寄りのように聞こえるが、そうではない。
 色の白い、華奢な体つきの、だが決して貧弱ではない。
 長いまつげ、そっと閉じられた唇。歳の割には少々落ち着きすぎだが、これでも唯人はまだ16歳になったばかりだ。

 ロゴの入った青いトレーナーに生成りのパンツ姿は、どこにでもいる普通の少年と大して変わらないが、ふと瞼を開くと、その目は憂いを帯びた鈍い光を放ち、見るものを釘付けにする不思議な魅力を持っている。

 唯人自身の特異な生い立ちがそう見せるのか……

 自分が周囲の人とは少し違うということに、唯人自身も薄々は気づいている。しかし、何故なのか?を家人に問いかけたことは一度もなかった。
 家人と言っても、唯人の身の回りにいるのは唯人を含めて父とその秘書、そして長いこと唯人達の身の回りの世話をしている家政婦の4人だけ。

 それまでは祖父もいたのだが半年ほど前に死んだ。
 心臓発作であっという間だった。
 母はいない。というより、知らないと言った方がいいだろう。

 唯人は母の顔も名前も知らない。物心ついた頃から、自分の周りにいたのは前述した祖父と父と秘書と家政婦の4人だけだった。

 テレビなどのメディアを見ることもなく、半ば外界と隔離されるように生活してきた為、かなり後になるまで母親がいないことに、特別疑問を持つことはなかった。

 おかしいと思い始めたのは、あの山村の屋敷を出てきた7歳の時。

 それまで身内以外の人間をあまり見ることがなかった唯人の視界に、初めて飛び込んできたのが母親に手を引かれて歩く子供の姿だった。

 幼い唯人でも、その尊さは感じた。
 母の事は——しかし、決して口に出してはいけなかった。

 それは、この家の中で自然に学んだの一つだ。

 誰もがその話題には触れず、不自然なほど避けて通るものは全て、この家ではとされていた。
 母親の事は、その中でも最大級の禁句タブーだ、と唯人は思っている。
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