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第4章・迷動
#2
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「申し訳ありませんでした」
病院に駆けつけると、2人の巡査が頭を下げた。
空になった病室からは、点滴管が抜かれた警告音が鳴り響いている。
「見張りの交代をするために、ほんの少し席を外した隙に抜けだしたようです」
院内の防犯カメラの映像を確認していた捜査員が「いました」と告げた。
「まさか、ひと月近く意識を失くして点滴状態だった奴が、意識が戻った途端立って歩くなんて……考えられるか?」
「でも事実だよ」
白石の言葉に野崎はそう言った。
救命救急センターの出入り口から、誰にも気づかれることなく出てゆく男の姿が防犯カメラに映っている。時間にしてまだ20分も経っていない。しかも検査着のままだ。こんな姿でウロウロしていれば、すぐに見つかるはずだが……
緊急手配のパトロールが、すでに病院周辺や市内に出ている。
が、まだなんの連絡もない。
「係長」
呼ばれて野崎は振り返った。
捜査員の1人が内田巡査を伴ってやってきた。
「彼が、気になることがあるそうで」
促されて内田は言った。
「これは関係ないかもしれませんが……」
そう前置きしてから、昨夜の出来事を報告した。
その話を聞いた他の捜査員は皆、寝ぼけていただけだろう……と一笑に付したが、野崎だけは笑わずに真剣な目をすると、「よく報告してくれた。ありがとう」と内田の肩を叩いた。
「信じるのか?細長い影が、柳の枝みたいに揺れていたって」
白石の問いに、野崎は「俺はな」と返す。
事件現場の人影と、今朝の宇佐美の話を聞いたら、大抵のことは信じられそうな気がする。
(なんだかオカルトめいてきたな……)
全部オバケのせいにしてしまいたいが、そうもいくまい。
宇佐美の方はともかく、こっちは現実だ。
まずは佐々木を見つけること。すべてはそれからだ。
「俺たちは足でまわろう」
野崎はそう言うと、他の捜査員と共に徒歩で病院周辺の捜索にあたった。
街中を走るパトカーがやたらと目につく。
男はまだ見つかっていないのか…
宇佐美はなんとなく嫌な予感がした。
慌ただしく出て行った野崎を見送った後、署を出て宇佐美は途方に暮れた。
家に帰ろうかと思ったが、足取りが重い。
(あの部屋にはいたくない)
夕べ――あの衝撃を受けた後、どうやら自分はそのまま気を失っていたようだ。目が覚めた時、夕べと同じ場所でうずくまったままだった。そして感じた背中の激痛。
(まいったな……どうしよう)
無意識に歩きながら、気が付くと宇佐美は光臨堂のあるビルの前に立っていた。
まだ午前9時前だ。誰もいないかも……そう思って扉を引いたら開いた。
「あら?」
気配を感じて女性が顔をのぞかせた。
神原の妻で、智子夫人だった。
「あ……お、おはようございます」
滅多に出版社には顔を見せない夫人がいたことに、宇佐美は驚いた。
「まぁ宇佐美君、久しぶりねぇ……どうぞ入って」
そう言いながら、「あの人もすぐ戻ると思うわ」と宇佐美を中へ促す。
「急にサンドウィッチを買ってくるって、コンビニへ行ってしまったのよ。朝ご飯はちゃんと食べてきたのに……相変わらずおかしな人でしょ?」
そう言いながらクスクス笑っている。神原よりに6つ年下だが、還暦はとうに過ぎている。
ほっそりとして姿勢がいいのは昔バレエの講師をやっていたからだろう。白髪交じりの髪をきれいに束ねて、立ち居振る舞いも品が良い。
それにいつ会っても明るく楽しそうだ。一緒にいると、自然と温かい気持ちになってホッとする。
宇佐美は先程までの暗い気分が、夫人の笑顔で払拭されていくのが分かった。
「顔色があまり良くないわね……たまには夕飯を食べにいらっしゃい」
そう言われて宇佐美は小さく笑った。
「やぁ、やっぱり来ていたか」
事務所に入ってくるなり神原はそう言うと、「ハイこれ」と言ってコンビニの袋を宇佐美の手に渡した。
「え?」
「あら。宇佐美君のだったの?」
宇佐美は驚いて神原を見た。
「予感がしたのさ。来るんじゃないかって……私の力もまだまだ捨てたもんじゃないな」
そう言うと「コーヒーでも入れてやってくれ」と夫人に頼んだ。
宇佐美は応接室のソファーに座ってサンドウィッチを食べた。なぜ腹が減っていると思ったのか……なんてことは今更聞くまい。神原には、今日ここに自分が来るという予感があったのだ。
そして自分もきっと何かに引かれてここに来たのだ。
目の前に座る神原が、そんな自分を見て楽しそうに聞いてきた。
「それで?」
「?」
「野崎と会った感想は?」
そうストレートに聞かれて宇佐美は苦笑いした。もうすでに何度か会って行動はしているが、ありのままを言えば「住む世界が違いすぎる」だった。
「向こうは現実世界。こっちは――異次元。神原さんには申し訳ないけど、仲良くなれそうな気がしない」
すると神原は少し意外そうな顔をした。
「そうか……すごく良い相性だと感じたんだがね。互いに影響を与え合うような――そうか……違ったか」
「――」
宇佐美は思わず黙り込んだ。
個人の感情を除けば、神原の直感は当たっている――知り合ってまだひと月程しかたっていないのに、影響受けまくりだ。自分もそうだが、恐らく野崎の方も……少なからずトバッチリは受けている。
言おうか言うまいか……宇佐美は迷ったが、今日ここに来たのはきっとその為だ――そう思って昨晩の出来事を話した。
「実は――」
病院に駆けつけると、2人の巡査が頭を下げた。
空になった病室からは、点滴管が抜かれた警告音が鳴り響いている。
「見張りの交代をするために、ほんの少し席を外した隙に抜けだしたようです」
院内の防犯カメラの映像を確認していた捜査員が「いました」と告げた。
「まさか、ひと月近く意識を失くして点滴状態だった奴が、意識が戻った途端立って歩くなんて……考えられるか?」
「でも事実だよ」
白石の言葉に野崎はそう言った。
救命救急センターの出入り口から、誰にも気づかれることなく出てゆく男の姿が防犯カメラに映っている。時間にしてまだ20分も経っていない。しかも検査着のままだ。こんな姿でウロウロしていれば、すぐに見つかるはずだが……
緊急手配のパトロールが、すでに病院周辺や市内に出ている。
が、まだなんの連絡もない。
「係長」
呼ばれて野崎は振り返った。
捜査員の1人が内田巡査を伴ってやってきた。
「彼が、気になることがあるそうで」
促されて内田は言った。
「これは関係ないかもしれませんが……」
そう前置きしてから、昨夜の出来事を報告した。
その話を聞いた他の捜査員は皆、寝ぼけていただけだろう……と一笑に付したが、野崎だけは笑わずに真剣な目をすると、「よく報告してくれた。ありがとう」と内田の肩を叩いた。
「信じるのか?細長い影が、柳の枝みたいに揺れていたって」
白石の問いに、野崎は「俺はな」と返す。
事件現場の人影と、今朝の宇佐美の話を聞いたら、大抵のことは信じられそうな気がする。
(なんだかオカルトめいてきたな……)
全部オバケのせいにしてしまいたいが、そうもいくまい。
宇佐美の方はともかく、こっちは現実だ。
まずは佐々木を見つけること。すべてはそれからだ。
「俺たちは足でまわろう」
野崎はそう言うと、他の捜査員と共に徒歩で病院周辺の捜索にあたった。
街中を走るパトカーがやたらと目につく。
男はまだ見つかっていないのか…
宇佐美はなんとなく嫌な予感がした。
慌ただしく出て行った野崎を見送った後、署を出て宇佐美は途方に暮れた。
家に帰ろうかと思ったが、足取りが重い。
(あの部屋にはいたくない)
夕べ――あの衝撃を受けた後、どうやら自分はそのまま気を失っていたようだ。目が覚めた時、夕べと同じ場所でうずくまったままだった。そして感じた背中の激痛。
(まいったな……どうしよう)
無意識に歩きながら、気が付くと宇佐美は光臨堂のあるビルの前に立っていた。
まだ午前9時前だ。誰もいないかも……そう思って扉を引いたら開いた。
「あら?」
気配を感じて女性が顔をのぞかせた。
神原の妻で、智子夫人だった。
「あ……お、おはようございます」
滅多に出版社には顔を見せない夫人がいたことに、宇佐美は驚いた。
「まぁ宇佐美君、久しぶりねぇ……どうぞ入って」
そう言いながら、「あの人もすぐ戻ると思うわ」と宇佐美を中へ促す。
「急にサンドウィッチを買ってくるって、コンビニへ行ってしまったのよ。朝ご飯はちゃんと食べてきたのに……相変わらずおかしな人でしょ?」
そう言いながらクスクス笑っている。神原よりに6つ年下だが、還暦はとうに過ぎている。
ほっそりとして姿勢がいいのは昔バレエの講師をやっていたからだろう。白髪交じりの髪をきれいに束ねて、立ち居振る舞いも品が良い。
それにいつ会っても明るく楽しそうだ。一緒にいると、自然と温かい気持ちになってホッとする。
宇佐美は先程までの暗い気分が、夫人の笑顔で払拭されていくのが分かった。
「顔色があまり良くないわね……たまには夕飯を食べにいらっしゃい」
そう言われて宇佐美は小さく笑った。
「やぁ、やっぱり来ていたか」
事務所に入ってくるなり神原はそう言うと、「ハイこれ」と言ってコンビニの袋を宇佐美の手に渡した。
「え?」
「あら。宇佐美君のだったの?」
宇佐美は驚いて神原を見た。
「予感がしたのさ。来るんじゃないかって……私の力もまだまだ捨てたもんじゃないな」
そう言うと「コーヒーでも入れてやってくれ」と夫人に頼んだ。
宇佐美は応接室のソファーに座ってサンドウィッチを食べた。なぜ腹が減っていると思ったのか……なんてことは今更聞くまい。神原には、今日ここに自分が来るという予感があったのだ。
そして自分もきっと何かに引かれてここに来たのだ。
目の前に座る神原が、そんな自分を見て楽しそうに聞いてきた。
「それで?」
「?」
「野崎と会った感想は?」
そうストレートに聞かれて宇佐美は苦笑いした。もうすでに何度か会って行動はしているが、ありのままを言えば「住む世界が違いすぎる」だった。
「向こうは現実世界。こっちは――異次元。神原さんには申し訳ないけど、仲良くなれそうな気がしない」
すると神原は少し意外そうな顔をした。
「そうか……すごく良い相性だと感じたんだがね。互いに影響を与え合うような――そうか……違ったか」
「――」
宇佐美は思わず黙り込んだ。
個人の感情を除けば、神原の直感は当たっている――知り合ってまだひと月程しかたっていないのに、影響受けまくりだ。自分もそうだが、恐らく野崎の方も……少なからずトバッチリは受けている。
言おうか言うまいか……宇佐美は迷ったが、今日ここに来たのはきっとその為だ――そう思って昨晩の出来事を話した。
「実は――」
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