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第7章・過去
#5
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「野崎」
「……」
呼びかけられても応答しない相手に、岸谷が「おい!」と強めに呼びかける。白石が慌てて野崎を小突いた。
「え?あ……な、なに?」
ハッと我に返る野崎に白石は「課長が呼んでる」と心配そうに言った。
「あ……」
野崎は慌てて立ち上がった。その拍子に机にぶつかり、積んであった書類が雪崩のように床に落ちる。
「あぁ――!」
野崎は「すみません……」と苦笑いしてかき集めると、無造作に机に放り岸谷のデスクに寄った。
「お前、大丈夫か?少し休め」
「すみません。俺は……大丈夫です」
「ここしばらく、休みをとってないだろう?今はそういう働き方させるとさ……うるさいんだよ、上が」
そう言って、「半休でもいいから、帰って少し寝ろ」と、届け出用紙に先にサインをして野崎の前に突き出した。
「――」
有難い申し出だったが、今はじっとしていたくなかった。
忙しく動き回っていたかったのだ。
余計なことを考えなくても済むくらい……
渋々用紙を手にして、野崎は自分のデスクに戻りため息をつく。
白石が椅子のキャスターを滑らせながら傍に寄ってきた。
「マンションまで送ろうか?」
「え?いいよ。運転ぐらいできる」
「居眠り運転すんなよ」
「平気だって」
そう言いながらも、ぼんやりと虚ろな目で一点を見つめる。
妻と、離婚協議に入っていることは白石も知っていた。事情までは詳しく知らないが、相当落ち込んでいることは見て取れる。
大抵のことは気力でカバーするこの男が――こんなにダメージを受けているのを見るのは初めてだった。
離婚は結婚よりエネルギーを使う……とはよく聞くが。
いつもの野崎らしくない行動や言動が、どうにも気にかかる。
「完全にオーバーワークだぞ。食事も睡眠も、まともに取れてないようだしさ。本当に大丈夫か?死ぬぞ?」
そう言われ、野崎は鼻で笑った。
「別に死んでもいいよ……」
「おい……」
早退届に雑なサインをすると、野崎は鞄を掴んで「お先」と部屋を出て行った。
白石は「野崎!」と呼びかけたが、野崎は振り向きもしなかった。
休憩時間に、白石は神原の出版社へ電話した。
電話口には望月が出た。
白石が神原に取り次いでもらうよう懇願すると、しばらく待たされた後、神原が電話口に出た。
『やぁ、久しぶりだね白石君』
「どうも……ご無沙汰しております」
軽い挨拶の後、白石は宇佐美と連絡が取りたい旨を伝えた。
『宇佐美君?彼は今、休暇中なんだよ』
「え?いないんですか?」
『珍しく原稿前倒しにして預けていってね。しばらく出かけるって……何かあったのかい?』
白石は迷った。
肝心な時にウサギちゃん不在かよ……
仕方なく、白石は野崎の様子がおかしいと神原に話した。
『野崎が?』
「いつものアイツらしくないっていうか……ちょっと心配で」
離婚の話はそれとなく聞いてはいたが、どうもそれだけが原因ではない気がする。
例の、不審死の件もある。まさかとは思うが――
『――』
神原はしばらく黙っていたが、『分かった』と頷いて言った。
『私から2人にアプローチしてみよう』
「すみません」
『心配だが……まぁ馬鹿な男ではないから大丈夫だとは思う。でも念の為、注意して見てて欲しい』
分かりました……と白石は頷いた。
ただ落ち込んでいるだけなら時間が解決してくれるだろう。今はそっとしておく方がいい――そう思えるならそうしておく。
でも、野崎の口から「死んでもいい」という言葉を聞いた瞬間、白石は、これは普通ではない――と思った。
(何があっても、アイツは絶対そんなことは言わない)
たとえ思ったとしても口には出さない。
自分には宇佐美のように何かを見たり感じたりする力はないが、あの河川敷や資料室であった出来事みたいに、うまく言葉にできない奇妙な感覚があった。
放っておいたらマズい――
「ウサギちゃん……なんでこういう時にいないの」
「……」
呼びかけられても応答しない相手に、岸谷が「おい!」と強めに呼びかける。白石が慌てて野崎を小突いた。
「え?あ……な、なに?」
ハッと我に返る野崎に白石は「課長が呼んでる」と心配そうに言った。
「あ……」
野崎は慌てて立ち上がった。その拍子に机にぶつかり、積んであった書類が雪崩のように床に落ちる。
「あぁ――!」
野崎は「すみません……」と苦笑いしてかき集めると、無造作に机に放り岸谷のデスクに寄った。
「お前、大丈夫か?少し休め」
「すみません。俺は……大丈夫です」
「ここしばらく、休みをとってないだろう?今はそういう働き方させるとさ……うるさいんだよ、上が」
そう言って、「半休でもいいから、帰って少し寝ろ」と、届け出用紙に先にサインをして野崎の前に突き出した。
「――」
有難い申し出だったが、今はじっとしていたくなかった。
忙しく動き回っていたかったのだ。
余計なことを考えなくても済むくらい……
渋々用紙を手にして、野崎は自分のデスクに戻りため息をつく。
白石が椅子のキャスターを滑らせながら傍に寄ってきた。
「マンションまで送ろうか?」
「え?いいよ。運転ぐらいできる」
「居眠り運転すんなよ」
「平気だって」
そう言いながらも、ぼんやりと虚ろな目で一点を見つめる。
妻と、離婚協議に入っていることは白石も知っていた。事情までは詳しく知らないが、相当落ち込んでいることは見て取れる。
大抵のことは気力でカバーするこの男が――こんなにダメージを受けているのを見るのは初めてだった。
離婚は結婚よりエネルギーを使う……とはよく聞くが。
いつもの野崎らしくない行動や言動が、どうにも気にかかる。
「完全にオーバーワークだぞ。食事も睡眠も、まともに取れてないようだしさ。本当に大丈夫か?死ぬぞ?」
そう言われ、野崎は鼻で笑った。
「別に死んでもいいよ……」
「おい……」
早退届に雑なサインをすると、野崎は鞄を掴んで「お先」と部屋を出て行った。
白石は「野崎!」と呼びかけたが、野崎は振り向きもしなかった。
休憩時間に、白石は神原の出版社へ電話した。
電話口には望月が出た。
白石が神原に取り次いでもらうよう懇願すると、しばらく待たされた後、神原が電話口に出た。
『やぁ、久しぶりだね白石君』
「どうも……ご無沙汰しております」
軽い挨拶の後、白石は宇佐美と連絡が取りたい旨を伝えた。
『宇佐美君?彼は今、休暇中なんだよ』
「え?いないんですか?」
『珍しく原稿前倒しにして預けていってね。しばらく出かけるって……何かあったのかい?』
白石は迷った。
肝心な時にウサギちゃん不在かよ……
仕方なく、白石は野崎の様子がおかしいと神原に話した。
『野崎が?』
「いつものアイツらしくないっていうか……ちょっと心配で」
離婚の話はそれとなく聞いてはいたが、どうもそれだけが原因ではない気がする。
例の、不審死の件もある。まさかとは思うが――
『――』
神原はしばらく黙っていたが、『分かった』と頷いて言った。
『私から2人にアプローチしてみよう』
「すみません」
『心配だが……まぁ馬鹿な男ではないから大丈夫だとは思う。でも念の為、注意して見てて欲しい』
分かりました……と白石は頷いた。
ただ落ち込んでいるだけなら時間が解決してくれるだろう。今はそっとしておく方がいい――そう思えるならそうしておく。
でも、野崎の口から「死んでもいい」という言葉を聞いた瞬間、白石は、これは普通ではない――と思った。
(何があっても、アイツは絶対そんなことは言わない)
たとえ思ったとしても口には出さない。
自分には宇佐美のように何かを見たり感じたりする力はないが、あの河川敷や資料室であった出来事みたいに、うまく言葉にできない奇妙な感覚があった。
放っておいたらマズい――
「ウサギちゃん……なんでこういう時にいないの」
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