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何時も、何時までも。 Good night forever.

幕開け

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分厚いカーテンで閉ざされた舞台ステージでは音響スタッフさんが毎度の事ながらマイクチェック、マイクチェック、ワンツーワンツーと謎の呪文を唱えてたり舞台スタッフさんや他の人達が忙しそうに準備を整えながら右へ左へあっちこっちへと忙しそうに走り回っていた。

コンサートの開演まで後10分、ドキドキとワクワクと緊張でハピネスの為に作られた小さな特設ステージの上に立つ心は穏やかでは無かった。
落ち着け、落ち着け私。
今まで一杯やって歌って来たじゃんか、
だからって変に意識するな。
何時もの様に歌って観客のみんなを笑顔にするだけ……大丈夫、大丈夫な筈……

すると突然、巨大な影が覆い被さり足元を暗くした。

「お~随分と固まってんなぁハピィ?」

見上げると禿頭のロシア人、ペッカーがステージの上から覗き込んでいた

「どうよ調子は?」

「ん~正直言って凄い緊張してる。だってさ、目の前のカーテンが開いて私が歌っちゃったら全てが終わっちゃうんだよ?もう1回!なんて言えないんだよ?」

そう言うと暫く目を瞑り唸り声を上げて悩み込む。
ペッカーとは歌姫を引退すると伝えた時大反対された。
これから新しく始まる人と妖精の真の共存関係にはホムンクルスである私には関係が無い。好きに歌えばいいと。
それでも真実を知った者として、時代を切り開いた者達の1人として何か…そう区切りを1つ付けなければ私は前に進めない。

「それじゃ、逃げ出しちまおうぜ。一緒に何処か知らない所に逃げちまえば引退ライブなんて無かった事になる。お前は永遠に終わらねぇよ?」

その言葉にポッと顔が赤くなって恥ずかしい気持ちで溢れる。
私が彼等に言った弱音を少しアレンジした言葉をアイツは、ペッカーは言ったのだ。
しかも右手を差し出して。
あの時「聞こえてなかったぞ」とか言ってた癖に聞いてたんじゃないか。
ハピネスは差し出された大きな右手を蹴り上げる

「アンタさぁ……私の真似するのやめてよ小っ恥ずかしいじゃん、このバカロシア人」

「あいた!?何すんだよハピネス!」

「うるっさいバカ。何よ聞こえてたんじゃないのよ。」

「そりゃギャン泣きしながら言ってたんだからお前達が小さくても聞こえるに決まってんだろ?」

「ほんっと最悪よ、今すぐ死んで詫びなさいよ。ハラキリよハラキリ、早くやんなさいよお喋りロシア人。」

「今やっちまうとライブが中断になっちまうが良いか?」

「良くないに決まってるでしょうが!!」

嫌味ったらしく笑う顔に拳でも入れてやろうかと思った瞬間、ブザーが鳴り響く。
ステージの端から見える電光時計が5分前を記していた。

「さてと、緊張は解けたろ?」

「そうね。あれこれ考えるのが馬鹿らしくなったわ。」

カーテンの向こう側が次第に騒がしくなり始める。
多分観客席側では照明が暗くなり始めて、観客の「楽しみだ」というボルテージが限界まで上がりきってる筈だ。
そう思うと途端に心臓が跳ね上がる

「んだよビビってんじゃねぇかよ。んま、せいぜい頑張れや!」

ペッカーが面白いもんを見たと言わんばかりにステージ上でわざとらしい笑い声を上げて顔を引っ込めた。
開始1分前、ハピネスは深呼吸をして特設ステージの壇上へ上がる。
舞台裏や観客席まで全てが見渡せる場所に経つ頃にはドタバタと走り回ってくれたスタッフさんも、くそウザイお喋りロシア人ペッカーも何処にも居ない。
あるのはスクリーンに私を映し出すカメラとマイクのみ。
数秒後、ステージ側の照明が落とされた。
準備は出来た、それじゃ最後の歌を歌おう!
私はハピネス、全ての人を笑顔にする歌姫だ。
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