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第一話『アマダランの政変』
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一度も見られなかった、俺の未来図。
自分の人生の延長線上に、確実にそれはあったはずなのだ。妻と一緒に生活をし、いずれ子供が生まれて、その子のため、家族のため生きる、ひとりの男になる。
現実でかなわなかった夢は、寝ている間に繰り返し見た。見させられていたといっていい。
悪夢として。まるで拷問のように。
うなされて目覚めるなんてしょっちゅうだった。そんなときは予定をキャンセルして、妻と子の墓に行った。
謝った。着地点のない謝罪を何度もした。俺の生き様が悪かったからだなんて思い込み、路地裏の怪しい占い師に助けを求めたりもした。
やがて、友人や同僚が俺に気を使って遊びの誘いをしてきたり、「いい人がいるんだ」なんて言ってきたりし始めたとき、俺の心は、すでに抜け殻になっていた。
金が余った。何に使うこともないからだ。
働く意味すら、どこに求めたらいいのか分からなくなった。窓際族とか、ミドルエイジクライシスなんて言葉がはやっていたが、きっと自分もそのカテゴリーに入れられていただろう。
そんな空っぽの人生の中で唯一の癒やしが、あの木の下で休むことだった。
ここなら、妻や子と一緒にいられる。2人の肉体は墓の下に眠っているが、心はここにある。そう思い込んでいた。
「トーちゃん、おいしいよこれ! ありがとう!」
ロロッカの何気ない言葉に、俺はつい涙が出そうになり、なんとかこらえた。
「あ、そうか。よかったな」
「……カジさん、どうかしましたか? 顔色がよくないようですが」
「なんでもないよ。手にコショウがまだついていたみたいだ」
ふくらんできた妻のおなかを病院に診てもらったことがある。いわゆる出生前診断だ。
女の子です、と言われた。
自分がそのとき、どんな顔をしていたか思い出せないが、妻の顔ははっきり覚えている。パッと花が咲くように笑ったのだ。
もし、その子がなんの問題もなく生まれ、生きてこられたら――今ごろは15歳になっていたはずだ。
目の前にいる2人。見た目の年齢的には娘よりちょっと上だが、涙でかすんだ俺の視界には、成長した娘の姿とだぶって見えるところがあった。
もちろんこれは俺の勝手な想像だ。勝手に作った枠に、この子たちを無理やり当てはめてしまっている。
だから、あの子たちが否定すれば、俺はいつでもこの想像を取り下げる用意がある。
しかし、いくら身勝手な想像であっても、俺はその世界に浸っていたかった。妻と娘のために生きようとしたこの気力を、使いどころをなくしてしまった無軌道なエネルギーを、何かで発散したかった。でないと、生きている意味すら見失いそうになるからだ。
今、いただきますを教えたのも、単なる気まぐれではなかった。きっと自分のどこかに「家族」を求める心があるのだろう。
かりそめでもいい。迷惑だというなら今すぐやめる。だが――。
「いやー、うまかったー!」
ロロッカがトロフィーでも掲げるように、空になった器を眼前に持ち上げた。
「こら、やめなさい。行儀の悪い」
俺が言うと、ロロッカは素直に器をテーブルへ戻す。
「はーい」
「カジさん、食べ終わったときの儀式……あいさつみたいなものもあるんですか?」
シルビィが問う。俺はまた器を脇に置いて、手のひらを合わせた。
「振りは同じだ。で、こう言うんだ。ごちそうさま」
「ごちそうさま」
「ごちそうさまー!」
◇
食器の片づけを終えたところで、ロロッカが切り出した。
「ねえ、巫女ってさ、別の世界に行ってもいいのかな」
布巾でテーブルを拭いていたシルビィが、その声に応える。
「やってみたことがないので、ちょっと分かりませんね」
「そっかー。いやさ、せっかくこうしてシルビィに会えたんだから、そっちの世界に行ってみたいなーって」
そういえば、巫女同士がこの世界で会ったことはない、という話だったな。
「行ってみたらどうだ? ほら、あのポータルってやつ、あれを通れれば行けるんじゃないかな」
「いえ、しかし……」
言いよどむシルビィ。
アマダランの事情は彼女しか知らないが、そこにも問題があるようなことを言っていたな。それを聞いてからでも遅くはないか。
「シルビィ。アマダランで、何か事件が起こっていると言っていたな。それってそんなに根深いのか? お前ひとりじゃ解決できないくらいに」
「そんなことは……」
言い返そうとして、シルビィの口が止まった。
「今さら言い繕っても意味がないぞ。ここにはレベルアップしに来たんだろ? 今のままじゃダメだからって」
「そう、です。はい」
観念して、うなずいた。
さて、それではどうするか。確か余っている霊玉値がいくらかあったはずだ。
俺はHIDを起動した。
『残り霊玉値:600』
これを、どう使うか。
シルビィの基本ステータスを開き、レベルのところにカーソルを合わせる。すると『レベルアップしますか?』という選択肢が浮かび上がった。
押す。『必要霊玉値:300』と表示された。
「まずはレベルアップでいいか? ロロッカ、さっきもらった霊玉値、使わせてもらうぞ」
「どうぞー」
軽く準備運動をしながらロロッカは答える。もう行く気満々のようだ。
自分の人生の延長線上に、確実にそれはあったはずなのだ。妻と一緒に生活をし、いずれ子供が生まれて、その子のため、家族のため生きる、ひとりの男になる。
現実でかなわなかった夢は、寝ている間に繰り返し見た。見させられていたといっていい。
悪夢として。まるで拷問のように。
うなされて目覚めるなんてしょっちゅうだった。そんなときは予定をキャンセルして、妻と子の墓に行った。
謝った。着地点のない謝罪を何度もした。俺の生き様が悪かったからだなんて思い込み、路地裏の怪しい占い師に助けを求めたりもした。
やがて、友人や同僚が俺に気を使って遊びの誘いをしてきたり、「いい人がいるんだ」なんて言ってきたりし始めたとき、俺の心は、すでに抜け殻になっていた。
金が余った。何に使うこともないからだ。
働く意味すら、どこに求めたらいいのか分からなくなった。窓際族とか、ミドルエイジクライシスなんて言葉がはやっていたが、きっと自分もそのカテゴリーに入れられていただろう。
そんな空っぽの人生の中で唯一の癒やしが、あの木の下で休むことだった。
ここなら、妻や子と一緒にいられる。2人の肉体は墓の下に眠っているが、心はここにある。そう思い込んでいた。
「トーちゃん、おいしいよこれ! ありがとう!」
ロロッカの何気ない言葉に、俺はつい涙が出そうになり、なんとかこらえた。
「あ、そうか。よかったな」
「……カジさん、どうかしましたか? 顔色がよくないようですが」
「なんでもないよ。手にコショウがまだついていたみたいだ」
ふくらんできた妻のおなかを病院に診てもらったことがある。いわゆる出生前診断だ。
女の子です、と言われた。
自分がそのとき、どんな顔をしていたか思い出せないが、妻の顔ははっきり覚えている。パッと花が咲くように笑ったのだ。
もし、その子がなんの問題もなく生まれ、生きてこられたら――今ごろは15歳になっていたはずだ。
目の前にいる2人。見た目の年齢的には娘よりちょっと上だが、涙でかすんだ俺の視界には、成長した娘の姿とだぶって見えるところがあった。
もちろんこれは俺の勝手な想像だ。勝手に作った枠に、この子たちを無理やり当てはめてしまっている。
だから、あの子たちが否定すれば、俺はいつでもこの想像を取り下げる用意がある。
しかし、いくら身勝手な想像であっても、俺はその世界に浸っていたかった。妻と娘のために生きようとしたこの気力を、使いどころをなくしてしまった無軌道なエネルギーを、何かで発散したかった。でないと、生きている意味すら見失いそうになるからだ。
今、いただきますを教えたのも、単なる気まぐれではなかった。きっと自分のどこかに「家族」を求める心があるのだろう。
かりそめでもいい。迷惑だというなら今すぐやめる。だが――。
「いやー、うまかったー!」
ロロッカがトロフィーでも掲げるように、空になった器を眼前に持ち上げた。
「こら、やめなさい。行儀の悪い」
俺が言うと、ロロッカは素直に器をテーブルへ戻す。
「はーい」
「カジさん、食べ終わったときの儀式……あいさつみたいなものもあるんですか?」
シルビィが問う。俺はまた器を脇に置いて、手のひらを合わせた。
「振りは同じだ。で、こう言うんだ。ごちそうさま」
「ごちそうさま」
「ごちそうさまー!」
◇
食器の片づけを終えたところで、ロロッカが切り出した。
「ねえ、巫女ってさ、別の世界に行ってもいいのかな」
布巾でテーブルを拭いていたシルビィが、その声に応える。
「やってみたことがないので、ちょっと分かりませんね」
「そっかー。いやさ、せっかくこうしてシルビィに会えたんだから、そっちの世界に行ってみたいなーって」
そういえば、巫女同士がこの世界で会ったことはない、という話だったな。
「行ってみたらどうだ? ほら、あのポータルってやつ、あれを通れれば行けるんじゃないかな」
「いえ、しかし……」
言いよどむシルビィ。
アマダランの事情は彼女しか知らないが、そこにも問題があるようなことを言っていたな。それを聞いてからでも遅くはないか。
「シルビィ。アマダランで、何か事件が起こっていると言っていたな。それってそんなに根深いのか? お前ひとりじゃ解決できないくらいに」
「そんなことは……」
言い返そうとして、シルビィの口が止まった。
「今さら言い繕っても意味がないぞ。ここにはレベルアップしに来たんだろ? 今のままじゃダメだからって」
「そう、です。はい」
観念して、うなずいた。
さて、それではどうするか。確か余っている霊玉値がいくらかあったはずだ。
俺はHIDを起動した。
『残り霊玉値:600』
これを、どう使うか。
シルビィの基本ステータスを開き、レベルのところにカーソルを合わせる。すると『レベルアップしますか?』という選択肢が浮かび上がった。
押す。『必要霊玉値:300』と表示された。
「まずはレベルアップでいいか? ロロッカ、さっきもらった霊玉値、使わせてもらうぞ」
「どうぞー」
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