俺のスローライフが、美少女どもに蹂躙されている

シワルキ・イナガ

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第一話『アマダランの政変』

3-2

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 一度も見られなかった、俺の未来図。



 自分の人生の延長線上に、確実にそれはあったはずなのだ。妻と一緒に生活をし、いずれ子供が生まれて、その子のため、家族のため生きる、ひとりの男になる。



 現実でかなわなかった夢は、寝ている間に繰り返し見た。見させられていたといっていい。



 悪夢として。まるで拷問のように。



 うなされて目覚めるなんてしょっちゅうだった。そんなときは予定をキャンセルして、妻と子の墓に行った。



 謝った。着地点のない謝罪を何度もした。俺の生き様が悪かったからだなんて思い込み、路地裏の怪しい占い師に助けを求めたりもした。



 やがて、友人や同僚が俺に気を使って遊びの誘いをしてきたり、「いい人がいるんだ」なんて言ってきたりし始めたとき、俺の心は、すでに抜け殻になっていた。



 金が余った。何に使うこともないからだ。



 働く意味すら、どこに求めたらいいのか分からなくなった。窓際族とか、ミドルエイジクライシスなんて言葉がはやっていたが、きっと自分もそのカテゴリーに入れられていただろう。



 そんな空っぽの人生の中で唯一の癒やしが、あの木の下で休むことだった。



 ここなら、妻や子と一緒にいられる。2人の肉体は墓の下に眠っているが、心はここにある。そう思い込んでいた。



「トーちゃん、おいしいよこれ! ありがとう!」



 ロロッカの何気ない言葉に、俺はつい涙が出そうになり、なんとかこらえた。



「あ、そうか。よかったな」



「……カジさん、どうかしましたか? 顔色がよくないようですが」



「なんでもないよ。手にコショウがまだついていたみたいだ」



 ふくらんできた妻のおなかを病院に診てもらったことがある。いわゆる出生前診断だ。



 女の子です、と言われた。



 自分がそのとき、どんな顔をしていたか思い出せないが、妻の顔ははっきり覚えている。パッと花が咲くように笑ったのだ。



 もし、その子がなんの問題もなく生まれ、生きてこられたら――今ごろは15歳になっていたはずだ。



 目の前にいる2人。見た目の年齢的には娘よりちょっと上だが、涙でかすんだ俺の視界には、成長した娘の姿とだぶって見えるところがあった。



 もちろんこれは俺の勝手な想像だ。勝手に作った枠に、この子たちを無理やり当てはめてしまっている。



 だから、あの子たちが否定すれば、俺はいつでもこの想像を取り下げる用意がある。



 しかし、いくら身勝手な想像であっても、俺はその世界に浸っていたかった。妻と娘のために生きようとしたこの気力を、使いどころをなくしてしまった無軌道なエネルギーを、何かで発散したかった。でないと、生きている意味すら見失いそうになるからだ。



 今、いただきますを教えたのも、単なる気まぐれではなかった。きっと自分のどこかに「家族」を求める心があるのだろう。



 かりそめでもいい。迷惑だというなら今すぐやめる。だが――。



「いやー、うまかったー!」



 ロロッカがトロフィーでも掲げるように、空になった器を眼前に持ち上げた。



「こら、やめなさい。行儀の悪い」



 俺が言うと、ロロッカは素直に器をテーブルへ戻す。



「はーい」



「カジさん、食べ終わったときの儀式……あいさつみたいなものもあるんですか?」



 シルビィが問う。俺はまた器を脇に置いて、手のひらを合わせた。



「振りは同じだ。で、こう言うんだ。ごちそうさま」



「ごちそうさま」



「ごちそうさまー!」



   ◇



 食器の片づけを終えたところで、ロロッカが切り出した。



「ねえ、巫女ってさ、別の世界に行ってもいいのかな」



 布巾でテーブルを拭いていたシルビィが、その声に応える。



「やってみたことがないので、ちょっと分かりませんね」



「そっかー。いやさ、せっかくこうしてシルビィに会えたんだから、そっちの世界に行ってみたいなーって」



 そういえば、巫女同士がこの世界で会ったことはない、という話だったな。



「行ってみたらどうだ? ほら、あのポータルってやつ、あれを通れれば行けるんじゃないかな」



「いえ、しかし……」



 言いよどむシルビィ。



 アマダランの事情は彼女しか知らないが、そこにも問題があるようなことを言っていたな。それを聞いてからでも遅くはないか。



「シルビィ。アマダランで、何か事件が起こっていると言っていたな。それってそんなに根深いのか? お前ひとりじゃ解決できないくらいに」



「そんなことは……」



 言い返そうとして、シルビィの口が止まった。



「今さら言い繕っても意味がないぞ。ここにはレベルアップしに来たんだろ? 今のままじゃダメだからって」



「そう、です。はい」



 観念して、うなずいた。



 さて、それではどうするか。確か余っている霊玉値れいぎょくちがいくらかあったはずだ。



 俺はHIDを起動した。



『残り霊玉値:600』



 これを、どう使うか。



 シルビィの基本ステータスを開き、レベルのところにカーソルを合わせる。すると『レベルアップしますか?』という選択肢が浮かび上がった。



 押す。『必要霊玉値:300』と表示された。



「まずはレベルアップでいいか? ロロッカ、さっきもらった霊玉値、使わせてもらうぞ」



「どうぞー」



 軽く準備運動をしながらロロッカは答える。もう行く気満々のようだ。
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