個人授業は放課後に

須藤慎弥

文字の大きさ
44 / 195

5一4

しおりを挟む



 触れられてから、ものの数分の出来事だった。

 ジェットコースターに乗っていたかのような、あっという間の衝撃。


(……はぁ、……何だったんだよ、今の……)


 今何が起こったのか、すぐには理解出来なかった。

 橘が上体を起こしてティッシュで掌を拭い、由宇のものも拭ってくれたが、されるがままだ。

 自慰すらまともにしないせいで、こんなにも強い快感を感じた事のない由宇は脱力しきっていた。


「これで寝れるだろ」
「どういう理屈だよ!  ……っ何なんだよ、もう……」
「嫌じゃなかったろーが」


 しっかりと射精してしまった手前、そう言われると嫌では無かったけれど、教師である橘にあんなに不埒な事をされるとは思ってもみなくて、とにかく訳が分からない。

 この戸惑いをどうぶつけたらいいかも定かではないし、たった一回のあの数分だけで心臓がドキドキしてうるさいので、由宇は力なく橘の腕枕に沈んだ。

 またさっきの抱き枕をされても、あれ以上の何かが起きる事はないだろうと大人しく橘の腕に収まる。

 由宇の腰辺りに何やら硬いものが当たっているのに気付いたのは、その直後だった。


「……せ、先生……あの……」
「何だよ。  いいから早く寝ろ。  何時まで起きてるつもりなんだ」
「だって先生も……」
「だから何だって。  ハッキリ言え」


(言えないから濁してんじゃん~!  先生の鬼!  悪魔!)


 さっきの行為の非難も混じえて少しだけ振り返ると、無表情の橘と目が合った。


「なんか悪口聞こえたんだけど」
「え!?  俺口に出してた!?」
「て事は心ん中で思ってたっつー事か」
「なっ?  え、カマかけたのかよ!」


 こういう人だと分かっていながら、素直な性分に付け込まれた。

 唇の端を上げた橘のニヤリ顔にハッとして、またもや彼の手のひらの上で転がされている事に気付き奥歯を噛む。

 背後でフッと笑った気配がしたけれど、もう振り向かなかった。


「こんだけ単純な奴ばっかだと世界は平和になんのになー」
「キィィ……っっ」
「うるせーから鳴くな。  抱っこしてやってんだからマジで早く寝ろ」
「そんなの頼んでない!」
「頼まれてねーけど。  人肌恋しい時はこれが一番だ」


 ……減らず口も飽き飽きだ。

 どうせ口では勝てないのだから黙っていればいいのだろうが、言わずにもいられない由宇の勝ち気さを存分に引き出してくれる悪魔顔の教師。

 由宇の親が揉めていると知るや否や泊まれと言ってくれた橘は、今日の事を話すでもなく、ただ由宇をイライラさせていやらしい事をしただけだ。

 だが確かに人肌というのはこんなにも温かいものなのかと思ってはいた。

 背後の橘とは何やかんやで遠慮ナシでものが言える関係になっているから、それに免じてこれ以上歯向かうのはやめておこう。


「……優しいんだか優しくないんだか……」
「あ?  俺はヤサシイだろ」
「先生、言い慣れてないせいで片仮名に聞こえたよ」
「うるせーマジうるせー」


(やった、一つ俺の勝ち)


 言い返してこない橘が「うるせー」としか言わない時は、返す言葉が無い時だ。

 何故か突然に不埒な事を仕掛けてきたのも、疲れさせて眠気を誘うためなのだろうと由宇はとてもポジティブに捉えていた。

 もっと言えば、寂しさを紛らわすためなのだろう、と。


「……先生、……きっと意味があったんだよね、さっきの。  ……ありがと」
「センセーはもう寝ました」
「あはは……!  ……おやすみ、……ふーすけ先生」


 橘との言い合いは疲れるが、相変わらずすべてを忘れさせてくれる。

 由宇は世間を知らな過ぎて、すでに橘の図中にある事にも気が付けないでいた。

 抱える問題が大きくて重たくて、まだ知らない事の方が多い世の中で生きてきた由宇にとっては、橘は怜と同じ逃げ場にすらなり得そうだった。


(先生の事もっと知りたいな…。  怜の家族の事が解決したら、いっぱい話をしてみたい)


 すでに橘への「嫌い」という感情はほぼ無くなっていたが、今日一日でそれは皆無となった。

 誰かのために時間を割いて、解決しようとひた走る橘の背中は、単純な由宇にはとてもかっこよく見えた。


 … … …


「……ふーすけ先生、か」


 規則正しい寝息が聞こえ始めた事で、橘はその華奢な体を思いっきり自身の体と密着させた。

 うるさいガキんちょだが、時折ひどく切ない顔を見せる由宇の内側に入り込めたらしいと分かる橘への愛称に、知らず笑みを浮かべてしまう。

 密着させた体に自身の半勃ちのものを押し付けて、少しばかり変態染みた。

 仕方がない。


「コイツが気付くまでは挿れらんねーしな」


 由宇はまだ子ども過ぎる。

 さっきはほんのイタズラ心のつもりで触っただけなのだが、あまりに良い反応を見せるので思わずイかせてしまった。

 小さく丸まって唐突な快感に悶える様子や、変声期直後の不安定な喘ぎ声は驚くほど橘の欲を駆り立てた。

 だからといって、橘の中での感情もハッキリしないうちから体を繋げることなど出来ない。

 そこら辺で橘に媚を売るような軽い女達とは訳が違う。

 桜舞うあの日、ひとりぼっちで歩く由宇の後ろ姿は「寂しくてたまらない、誰か助けて」、……そう言っているかのようだった。

 橘は理由あってここに新任としてやって来たので、解決したら長居は無用とばかりにさっさと辞めてしまうつもりでいた。

 だが辞められなくなってしまった。

 助けて、と背中で橘に訴えてきた由宇を、三年間見届けなければならない。

 どうやら橘の予感通り由宇の家庭環境も劣悪なようだから、園田家の事と同時進行でどうにかしてやりたいが……。

 何分、時間が足りない。

 正義の暴走族、「裁判之女神」副総長だった橘 風助は、これまでにないほどたくさんの思いと案件を抱えていて、現在、とても忙しいのだった。




しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...